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……藤咲さんのどす黒い笑顔に恐怖を感じながら、撤回する言葉が出てこない。うん、恐怖のせいで。
沈黙が痛い。
どうしよう。撤回して別な話題をーー、
「アレー…悪魔との契約のせいで、秋月さんも外に出れないでしょ」
ん?
あ、話してくれるんだ。
私が、いそいそと姿勢を正すと、藤咲さんがクッと、笑いをかみ殺した後に語り始めた。……何がおかしかったんだろ?
「俺の家がこの外法を扱えるようになった理由は必要に迫られて。代々市長なんてやっているからね。『この土地』以外にも用が出来るわけだ。そうすると、外へ遣いを出さなければならない」
「はい」
なるほど確かに。と頷く私に何故かわかってんのかコイツという胡乱気な目を向けてくる。藤咲さんの中の私の株はだいぶ暴落しているらしい。
「俺と天久兄弟は家の繋がりでよく一緒に遊ぶ仲で、……懐く相手も似ていた」
自嘲気味に微笑む藤咲さん。私は、三人が一緒にいる図を想像し、……大人達は胃が痛かったろうな。と勝手な感想を抱く。
「その懐く相手がね、父の用事で『外』に行く事になったんだ。……ところで、秋月さん、『この土地』に外があるってわかってるよね?」
「はい?」
問いの意味が理解できずに藤咲さんに困惑した表情を向けてしまったらしく、やっぱりかと苦笑された。
「海外旅行とかに行きたい?」
「京都や北海道に行ってみたいです」
海外はちょっと怖いので、生前、修学旅行に行ったとおみやげをくれた二人と同じ場所に行きたいとー…あれ?兄と……誰だ。生前の私に修学旅行のお土産くれたのって?
なんか、思い出そうとしてみたら嫌な感情がじわじわと沸いてきた。嫌な相手だったようだ。
「うん。まだ大丈夫みたいだ……でもね。人外の加護とか呪いを受けた関係者は、こう言うんだ。『外に出たいなんて思った事はない。旅行も近場でいいじゃないか』って」
「それは……安上がりですね」
目を反らしながら、軽く冗談を口にしたが、滑ってるのはわかる。だって、……怖い。
「市の名前、わかる?」
「はい?」
「『この土地』の名前」
「………『天川』ですよね……?」
なんでだろ。一瞬、記憶に靄がかかったような?
私の様子に苦虫を噛んだ様子の藤咲さんは、問いを重ねる。
「それは、どこの県の市?」
「え?……あれ?」
確かに私は地図を覚えない女だが、さすがに自分の住んでいる県くらいわかってもいい筈だ。でもーー答えられない。
「自覚すると気持ち悪い話だよ。自分がどこで生まれて育ったのか」
それでも、アディーと契約する前は隣県に普通に行けていた。……あれ?隣県の名前は?ーーいや、少し遠い県には行った事が。
ん?遠かったっけ?
なんだか、頭がぐるぐると気持ち悪い。
「あんまり、考えすぎると頭がおかしくなるよ。そういう補正が掛かってるみたいだから。知識として残しておくといい」
藤咲さんもなんだか顔色が悪い。考えたせい?深く考えるなってこと?誰が、なんで。
「これはね。俺にとってわからなくて良かったって云う事なのに天久のせいで、俺は違和感に気付かされた。あの日、父の秘書のあとを三人でつけて行った時に俺と遵は隣県に続く電車に乗るのを躊躇ったっていうのに……俊平は平気な顔で秘書と同じ電車に乗った……遵と同じ顔をした俊平が、隣県に行く姿を見てしまったんだよ。俺達は」
意味、わかる?と笑みを浮かべた藤咲さん。
「秘書や他人が電車に乗ってどこに行こうと、どこに旅行に行こうと別に違和感なく受け入れていたのに。同じ顔した人間が一人は『この土地』から出れて、もう一人はその様子を愕然と見ていた様子を俺まで見たんだ。ーーもしかしたら、俊平だけだったら、まだ、修正がついたのかもしれないけれどね」
ハーッと、大きく息を吐く藤咲さん。
……んん?それで、なんで仲悪くなるんだろ。
藤咲さんは、性格悪いし、性格悪いし…性格悪いけど、人をからかうのが好きで、嫌っている人を構うなんて時間を作るような性格かな?
会長は、ちょっとからかわれるとすぐムキになる性格だからなー。
「あ、好きだから構っちゃうんだ」
「ちょっと、秋月。もうちょっと説明するから、黙れ」
ポンッと納得しようとしたら、藤咲さんがついに私をさん付けすらしなくなったようだ。へん、私だって心の中では呼び捨てだぜ。
………あれ?いつの間にかさん付けに戻ってる。恐るべし。へたれ根性!
またため息を吐く藤咲さん。なんだろ。言いたくないなら誤魔化しても。
「仲が悪くなったのは、俊平が遵の真似を本格的にし始めたからだ」
「お兄さんが望んだことだからじゃないですか」
それで、藤咲さんと仲悪くなるっておかしくないか。なんだか、この人、便乗しそうな性格なのにどうしたんだ。
「それが遵が望んでることの答えから外れる行為だとしたら?」
どういう意味だろう?と首を傾げると藤咲さんは、自分で考えろと吐き捨てた。
「見分けられたくないんですよね?」
「どっちが?ーー遵を知ってるだろ。俊平と同じなのは顔だけの子供だ。……俊平が最近、舐める飴の種類を変えた。口に出していることだけが本音じゃないと早々理解したほうが良い。自分を自分が裏切っていることがある。ーーだから、立場をわからせているのに」
爪を噛みはじめ、苛立ちを露にする藤咲さんに私は、うんと頷く。
「よく見てますね」
「当り前だよ。……どこを責めれば相手が苦しむのかを観察するのが趣味だからね」
ーー嫌な趣味だ。
「ともかく、『天久』で大事にされるのは長子だ。……同じ顔をしていても代わりにはなれない」
「それは、会長が大事にされてないってことですか?」
「ちがう。……『鶴』と親しくないならあまり関わらないほうが良い。それより、リンの様子を教えて欲しいんだけど。ただの風邪?留学疲れ?」
あ、話題を強引に変えた。……色々訊けたし、ここまでなのかな?
ふむーっ。やっぱり、一回はココさんの母親に会ってみないといけないのかな?その場合、アディーを連れて行くべきかな。
藤咲さんが付き合ってくれるわけが……そういえば。
「藤咲さん、私と付き合ってるって噂流れてたりしません?」
「ないよ。むしろ、君と片倉の噂が流れてる。……達也のファンに誕生日一緒に居たの見られたようだ」
完璧に藤咲のせいじゃないか。それ。
片倉さんにまた、迷惑かけてたこともショックだが藤咲さんがひょうひょうしていることにむっとした。が不満を押し殺し、今日貰った情報を藤咲さんに渡すと、内容を確認し、ああ、と頷いてポケットにしまってしまう。
「秋月が精神的に神経がおかしいから。周りから腐らせる気なんだろ」
………私、いま、普通なら泣いてもいい暴言吐かれてませんか?
「そういえば、愛川さんに最近避けられてるでしょ?」
「!はい」
もしや、知っているのか理由!?と、私は藤咲さんに詰め寄ると苦笑される。
「タダじゃ、教えないよ?」
「何でしょう。今持ってる物の中からですか!?あ、お金は無理です!!」
「すがすがしいくらい、俺をゲス扱いするね」
お手。と言われたので、ワンと返す。
え、プライド?なにそれおいしいの?そんなことより、マナルンだ。
「……リンから貰ったカードはある?」
「はい。常にバッグに持参しております」
ん?まさか、これが欲しいのか?
しかし、ひまわりヘアピンがココさんの手にある中、私はこれだけでも手元に置いて置きたい。……リンも確認していたくらいだし。うーん、これ以外がいいな。
バッグから取り出すと、何故か忌々し気にチッと。おいこら、リンと親友だよね。
どうして、舌打ちするの?
「仕方ない。耳を貸して」
おお、タダで情報をくれるのか。わーい。
藤咲さんの気が変わらないうちにと急いで耳を藤咲さんに向けると、ん?なんだって。チョロイーーって呟いた?
ーー藤咲さんの顔が近寄ってきたので、よく訊こうと髪を耳にかけると、少し息を飲む音が音が聞こえたなーと、思った瞬間、耳になんか落ちてきた!!
チュッって音も聞こえた!?
「ひゃう!?」
思わず、耳を隠した。
なんだ。なんかやわらかいものが、手か?手だな。そうじゃなきゃ生前プラスαは許しません!
藤咲さんをキッと睨み付ければ、大笑いしてやがる。
「どうした!?」
私の奇声に会長が血相を変えて部屋に入ってきた。
「藤咲!」
「ちゃんと許可は貰ったよ。『命じて』もいないよ。ね。秋月」
「そういう自覚すら無くすんだろ」
「あれ、見ても?」
私は必死に自己完結に走っている。
なぜ、耳に?いや、あれは手だ。ちゅっとかそんな破廉恥な。…いや、もしかしたらそういうオモチャで私をからかって。
現実逃避として、いい案はあるかね?はい、幻聴です!きっと、お得意の妄想だよ!!独り身、長いから…ね?ーー最後の奴、憐れむな!!
いやいい。その案で行こう。よし、今日は帰ってお姉ちゃんとリンの寝顔を堪能出来たらいいな。……少しは回復してたらいいなー。話とかできたら、
「秋月、キスって場所で」
「ふぎゃあああああああああっ!!」
助けて。やめて、現実逃避させて。
「……どう見ても、同意の上の反応ではないな」
「これで、どうしてこんな噂が流れるんだろ」
藤咲が会長にさっきのメモを手渡している。それと私を見比べ、
「嫉妬とは、人の目を腐らせるんだな」
嫉妬って何?代われるものなら代わるよ!?
「秋月、愛川さんの話」
「……本当に?」
近寄れと指示を寄越す藤咲に私は、会長の後ろに回り盾にしながらゆっくり近寄る。どっちもものすごく迷惑そうな顔しないで。
「秋月のおかげで、盗撮犯を捕まえたでしょ?」
「はい」
いまさら、その話?
盗撮君がどうしたんだろ。あ、マナルンの弟だから、そのせいで、マナルンになにか。
今更、思い当たった事実に上がった体温が一気に下がる。
「そこは、別に構わないんだけど。その美草っていうんだけど。愛川さんの弟だって知ってた?」
こくこく頷くと、ふぅーん。と言われた。なんだろ。はっ、友達の弟売りやがってとか!?
「意外だな。お前の性格上、友人の身内には手心を加えそうだが」
会長が変なところで感心してる。
「そうとも言い難いけれど。……盗撮データの中にイジメの現場が撮られていて。」
「はい?」
イジメって。……え、誰が誰を?
「泉水穂さんって、クラスメイトでしょ?」
「あ、はい」
泉さんがどうしたんだろ。会長が、私に対して、お前は悪くないと前置きした。…どうしよう。逆に何かやらかしたんじゃないかという不安が。
「美草の写真のおかげで、泉水穂をイジメていた相手を特定でき、それなりの制裁も行った。……天匙の生徒会長として感謝している」
イジメられていたのは、泉さん?
あ、初めて会ったとき、保健室に来たのは殿に相談しようとしていたのか。……自分からメールして来なかったのって、私を信用してなかったから?でも、アドレス交換はあちらからだし。
「愛川にその話をすると、弟の写真が彼女の救いにもっと早くなっていたのではと後悔しているようだ」
「それは」
「そして、このデータが出てきた経緯がお前で、最近、泉水穂と親しくしようとしているお前を見て、……罪悪感から距離を取ろうとしている。俺たちの解釈はそうだ」
思わず、藤咲さんの顔を見た。……頷かれた。否定はされなかった。そっかー、私、気づかないうちにマナルンを傷つけていたんだ。
「秋月?」
「すみません。帰ります」
これ以上、ここに居たら無様な顔をさらしそうで、私は、ぺこっと頭を下げて、生徒会室から出た。
「秋月さん」
藤咲さんが、後ろから追ってきた。どうしたんだろ。あ、またさん付けに戻った。
「送るから」
「いま、藤咲さんがお気に召すような面白い返しが出来そうにないです」
ぷるぷると頭を振ったら、いいからと、藤咲さんを迎えに来ていた車に乗せられた。
無言のまま自宅まで送られて、お礼を言ったら、私をじっと、見つめたあと、
「変な子だよね」
………お互い様だと思う。
自宅玄関まで上がると、私の涙腺がもう限界だった。
「おねえちゃん、おねえちゃん、!!」
わんわん泣き始めた私の声に誰かが慌てて反応する。
「ルカ!どうしたの」
お姉ちゃんが泣いてる私に抱きしめてくれた。
私、ひどいのーふぐーっと、自分ですら意味のわからないことを喚きたて、わんわん泣く私をお姉ちゃんは辛抱強く抱きしめてくれている。
マナルンのことも泉さんのことも全部、なんにも知らなかったし、行動しなかった。そのせいで、全部終わっていて、なんにも出来なかったんだ。マナルンを傷つける結果を残してしまった。後悔している。どうしよう。どうすればいいんだろう。
「……大丈夫、お姉ちゃんがいるから」
ぎゅーっと、抱きしめられた。悪魔なんかよりよっぽど甘いその声に安心感から、そのまま寝てしまったその日の夜。
ーーお姉ちゃんとリンがキスしている夢を見た。あ、もしかして、ご褒美?……なんの?
現実は、ご褒美どころじゃなかったが、
「マルに振られました」
リンが熱から復活した翌日、話があるからとリンの家にお邪魔したら、とんでもない爆弾をリンに落とされた。………え?




