日常を否定する闇に交渉しました。1
しばらくお姉ちゃんと雲雀の呼び方を本人の前で議論しては却下されていたのだが、雲雀が誰かに呼ばれて去ってしまい、中断することになった。
あ、何組なんだろ。うちの学校、一学年七組まであるからな。
お姉ちゃんとリンとは雲雀が図書委員らしく、リンが本をよく借りに行くので顔を合せているうちにリンと仲良くなったらしい。
はい、ここ、重要です。
仲良くなったのは、リンです。なので、薔薇が咲かないように見張らねば!
お姉ちゃんとも顔見知りみたいだけど。
「じゃあ、夕飯の材料買って帰りましょうね」
「カレー」
「シーフードかしら」
「納豆スパ」
「炭水化物ばっかりはダメよ」
怒られた。
ついでに納豆スパは納豆主体のスパゲッティの事だ。あ、気持ち悪っ!とか思った人。うん、気持ちはわかるが意外とうまい。鯖スパも美味い。……姉が作るからだろうか。
「じゃあ、鯖カレー」
「ルカは鯖が好きね」
にこにこと微笑む姉に、いや、生前は嫌いだったとか宣ってみるべきか。
この姉の恐ろしさは、生前偏食すぎて体調を崩しまくった私の好き嫌いをあっさりと治したところだ。
小さな頃にあれもこれも食べれないとほざいて両親たちの不興を買った私にずーっと、ニコニコ対応でついにはコンビニで好きなもの買ってこい!と怒鳴りつけて、夜にうちから追い出したお母さんを説得して、私の食べるものの管理を引き受けた猛者だ。
いやー、だってね。生前は、そこまでやってさ。米だけ食べる生活を獲得したから今回もいけるかなって。
しかし、お母さんはバリバリのキャリアウーマンでそれでも忙しい中、家族のために料理を作ってくれていたので私の態度が凄く腹立たしかったらしい。
今でも思い出すと恥ずかしい。私は一体何様なのか。
姉は、ご飯の大切さを小さな子供に延々と説き、ついには一口ずつでも食べてと小学生に成り立てだった低身長でキッチンに台を使い立つと、危なっかしい手つきで包丁を握り、野菜を切っていくさまは、そうーー恐怖だった。ときおり、「あっ」とか「いたっ」とか聞こえ、血の気がひいた。火を扱う瞬間に私は泣き叫んだ。「勘弁してください!」とー…。
しかし、姉は止めなかった。
油をとぷとぷとフライパンにひき……いや、投入し、火力全開で野菜炒めを作り始めた。違ったあれは油炒めだ。私は祈った。せめて火事にだけはならないでおくれ。とーー目を瞑りながら祈った。ときどき「きゃっ」とか「わっ」とか聞こえる可愛らしい声に絶望しながらも。
そして、姉が満足げにテーブルに置いた真っ白な皿の上のケチャップで仕上げた油炒めを見つめ、ついでに姉の指に巻かれた絆創膏に恐怖を覚えた。
ウィンナーが指に見えたからだ。まさか、姉の指が…っ。そして、この禍々しい赤は姉の血では…っ。
さあどうぞ。と微笑む姉が恐ろしかった。しかし、好意を断るわけにもいかずに食べた。ーー美味しいことに二度目の絶望をした。
たっぷり時間をかけ全部平らげた私と一緒に姉は片付けをしていたが、途中で帰ってきた両親にこってり叱られた。当たり前だが「まだ危ぶないわ」だ。
しかし、姉は頭を横にふり、
「ルカの食事は私が任されたのだから、私が作ります」
と、玩として譲らなかった。……うん、その後、泣いて謝ってお母さんの食事を食べるようになってお姉ちゃんが「大きくなったら、また作るねー」とのほほん笑顔で、言ってくれたのはその時は恐怖でしかなかったが。
まあ、料理上手な姉で嬉しいねー。
私も一応作れるよ。
お姉ちゃんとの時間確保のため、お手伝いをしていればそりゃ出来るようになるよ。
あー、しかし。平和だな。もうさー、あの『最低天使』と『泣き虫悪魔』もいないんじゃないかと思うくらい平和。
女主人公も男主人公も関わらずにすむならいいよねー。あ、志望校を変えればいいのか。
リンとお姉ちゃんの志望校もゲームの時は、私の頭と素行が悪すぎて私立の金さえ積めば通える高校にしか行けないと担任に宣言され、寮生活希望だった姉は公立で自宅通いできるあの『神光』に通うことになったんだもんね。今も思うのだが、んだろう。そのネーミングセンス。
リンは、姉と同じ高校に通いたいからと言ってね。ああ、バカップル。……いつ、くっつくんだろ。
あれ?
でも、おかしな。同じ高校に通いたいから志望校同じにしたって、リンの方がお姉ちゃんより一つ上だからーー私、中一で志望校制限されるくらい頭が可愛そうなキャラなんだ!気づきたくなかったよ!!がっくり。
スーパーまでの道のりで、私にメールが入る。……リンだ。何故、私にメール。あ、そうそう、この世界にはスマホもある。ガラケー世代のゲームだったのに。
でも、私はガラケー。だってメール打つの楽だし。
「リン様から、今日はナポリタンが食べたいとお姉様への伝言が」
「あ、私携帯忘れてた」
「学校に?」
なら、リンに頼もうかとメールを打とうとしたら、お姉ちゃんが爆弾を落としてきた。
「ううん。家に」
にっこり、笑む姉に頬が引きつる。
「ダメだよ!自己防衛の為に持ってって頼んだでしょ!」
思わず、お姉ちゃんの肩掴んでしまう。なんて危機意識の薄さ!
「大丈夫よ。私なんか誰も襲わないから」
いやいや、待って。そうじゃないからあんな陰惨な目にあうんじゃないか。
「お姉ちゃんは、自己評価が低すぎる!私だって、毎日一緒にいる訳じゃないんだよ。帰りに一人でいるところ、襲われたら…」
そこまでいい、言葉を飲み込んだ。ゾッとする。ーー見てしまったからだ。アイツを。
…見つけてしまった。
「あら、小さな子が泣いてる」
空き地で一人蹲り泣いている子供に走り寄ろうとするお姉ちゃんの肩をさらに力をこめて掴む。
「?どうしたの」
痛かったのか身じろぐお姉ちゃん。しかし、あれにだけは関わらせたくない。
隠れるようにしくしくと泣いているアレ。アレにだけは関わってはならない。……いや、今のうちに沈めておけばいいのか。どっちだ。
「お姉様、あんな奇妙な物体に関わってはなりません」
冷たい汗が大量に流れる。やばい。夏のせいでしょうか。いいえ、あの『泣き虫悪魔』のせいです。
え?望んでないよ。不幸の連鎖とか病みモードとか。
「でも…泣いてる子を放っておくなんて」
気づかわしげな視線をあれに送るお姉ちゃん。ああ、お優しいですねお姉様。しかし、あの『悪魔』に関わってはならない。だって、『人が不幸にならないと幸せになれないのー』 って主人公にいい放った屑ですよ。お姉ちゃんとリンを不幸にした元凶ですよ。………うん。
「お姉様、先にスーパーにいってくださりやがりませんか?私があの屑、もといくそ…お子ちゃまをノシ、保護して海に…保護しますので」
言葉使いがめちゃくちゃだが、お姉ちゃんには何か鬼気迫るものを感じ取ってもらえたらしく。
「えーと、ルカ。お顔が怖いわよ?あと、なんだか…怖いわ」
ああ、お姉様もあの『悪魔』の恐ろしさを感じとりましたか。ええ、問題ございません。今から速やかな処理を行うので。
「では、私の携帯を持って。買い物が終わったら、リンに迎えに来てもらってくださいね。絶対、一人で帰らずまっすぐのご帰宅を約束してください」
未来の義兄よ。お姉ちゃんを頼んだぞ。