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番外編 リン



 ーーこの子、あれなのかな?

 馬と鹿の漢字で出来る言葉にあてはまるのかもしれない少女が、自分の姉の腕を掴んで『王子様だよ!ーーお姉ちゃんの』と、僕の元に走ってきたこの町に引っ越してきたあの日から三週間が過ぎた。

 ……大好きだったヴァイオリンを辞めて三週間か。と指折りに数えてしまう。大半が、音楽と共にあった今までと違い、やることがない。そもそも、やりたいことがない。だけど、ヴァイオリンに手が向きかけると浮かんでくる。嘲笑と罵倒。


『万年2位』

『正確さだけのロボット』


『ーーどうして、真剣に勝とうとしないんだ!?』


 ……僕はいつだって真剣なのに。どうして、皆否定するんだろう。機械じゃない。きちんと苦しかったり悲しかったりするのに。

 あの日、練習中に熱を出した僕は、それでもヴァイオリンを手放さなかった。なのに父さんは、僕に向かって音楽の学校もヴァイオリン教室もない場所へ引っ越すことを勝手に決めてしまった。

 ーーもう、見捨てられたんだ。

 才能がないから。でも、頑張った。もしかしたら、もっと頑張れば、父さんは考えを変えてくれるかもと。引っ越すまでの間、何度か気持ちが悪くなったり、意識がなくなって病院に運ばれたりしたけれど、ずっとヴァイオリンだけは大事にしていた。ーー無くしたくない。お願いだから、とりあげないで。と何度もお願いしたのに。

 何度も倒れたり、熱を出す僕に一度だけ、彼が不機嫌そうに見舞いに来たことがあった。泣きそうになりながら、僕はヴァイオリンを辞めたくないと、彼にまで漏らしてしまった。



『どこへ行ったってやれるだろ。どうして、そこに行ったら辞めなければならないんだ』



 彼の言葉の意味がわからずに僕はただ、悔しさで泣いた。どうして、わかってくれないんだろう。今から、僕がいく場所はー…、いく場所は、『墓場』だ。

 本能的な嫌悪に身を震わせながら、あそこに行ったら二度と『外』へ出れないんだと感じ取った。父さんは、大丈夫だから。と繰り返し、母さんも何度も会いに行くからと、まるで囚人に対する言葉だった。

 気持ちが悪い。悪意のある言葉とまとわりつく好意という名の嫉妬が。

 憂鬱だった。何度も帰りたいと願った。でも、帰れない。父さんは僕の手をひき、怖がる僕の頭を撫でて泣きそうな声で

『いきなさい』

 ーー何にもなくなったのに?どうして、生きろなんて言えるの?この土地は嫌だ。僕を墓場に置いていくくせに!!


 あたらしい家に入ろうとした。憂鬱だった。

 どうやって、これから時間を潰そう。死んだら終わりだけれど、……ヴァイオリニストの夢は断たれた。

 この土地は出れない。入ったら僕は出れない。ーーじい様がずっと、罪人の墓場だと教えてくれていたのに。

「ようやく来たーっ!!」

 突然の奇声に僕はびっくりした。なんだ?

 辺りを見回すと、真っ黒な物体がキラキラした猫目を大きく見開き、ついでにどたばたと走り隣の家に入っていった。

 思わず硬直して、そのままジーッと眺めていたら、黒い少女はチョコレートみたいな色をした少女の手を引き、にっこりと僕に微笑んだかと思えば、チョコレートみたいな少女に

「王子様だよ!!」

 チョコレートみたいな女の子はそこで目を見開き、傷ついたような目をしながら、そうとー…その姿が儚げに見えて、僕が手を伸ばそうとした瞬間、猫目を満足げに細めて

「ーーお姉ちゃんの!!」

 ひゃっほーい!!と叫ぶ女の子に呆気に取られて、思わず連絡を取る気もなかった幼なじみにメールを認めてしまった。


【from

 隣人が変なんだけどどうしよう?】







 それから毎日、愛の告白を受ける事になる。

 ……ヴァイオリンの天才と呼ばれていた頃とは違う意味で視線を浴びることになったのは初めてだ。

「結婚してください。お姉ちゃんと!」

「婚姻届けって小学生でも書けますよ!!」

「ほら、ちゃちゃっと書いてしまうだけでいいんで。」

「あ、来週の休みのご予定はないよね?え……あるんだ。まさか、お姉ちゃん以外とデートなら許さんぞ!!」

「お義兄さんって予行演習で呼んで起きますね!」

 ………バカ確定でいいだろうか。コイツ。

「ルカ、ほら迷惑だから」

 困ったように妹を引き離す彼女と話してみたい気はあるが、いつも妹にべったりだ。秋月丸代というらしい。古風だ。一目惚れを信じるなら、彼女が可愛くて仕方ない。のに、この黒い物体が少し彼女と話そうとするだけで大騒ぎする。ーー邪魔したくて仕方ないらしいなお前。

「お姉ちゃんーっ、リンが私に冷たいよー」

「センパイに向かって呼び捨てか。君は」

「だって、リンだもん」

 ぶーっと頬を膨らませる少女にイライラする。思わず頭を押さえつけたが、ふぎょーっとしか言わない。なんだ。コイツ。痛くないのか?

「ねえねえ、いつお姉ちゃんとくっつくの?」

 ーーキラキラした目のままムカつく事を訊いてくるこれをどう黙らせよう。お前のせいで、未だに彼女と話せてないんだぞ。と罵るべきだろうか。

「藤堂さんは、もう学校に慣れましたか?」

 柔らかな笑みで問いかけてくる彼女にドキッとした。

「い、え……少し、珍獣を構いすぎて」

「えー、そんな珍獣と遊ぶよりお姉ちゃんと愛を育むべきだよ」

 珍獣はお前だ!!

「……今から、その珍獣を埋めてきたいです」

「え?そんなに嫌いなの??」

「ストレスで胃に穴が開いたら、埋めようと思います」

「だ、ダメだよ。珍獣だって生きてるよ!私が代わりに飼ってあげようか?」

 珍獣が珍獣を飼えるものだろうか。いや、その珍獣はお前だ。

「ルカが動物飼いたいなら、お姉ちゃんもお父さんにおねだりしてあげる」

 ……その珍獣に向ける笑顔の九割ほど、僕に向けてくれないだろうか。あー、くそ、可愛いな。今からこんなに可愛くてどうするんだろ。

「お姉ちゃん、大好き!リンと結婚してくれたら、天井知らず!!」

「ふふ、嬉しい。ルカ大好き」

 ーー僕の恋の最大のライバルってどう考えても珍獣なんだけど。

 目の前でぎゅーっと抱き合う姉妹に僕は、ひくりっと喉が変な音で鳴った。

 くそ、あの忌もうとめ。絶対、僕を邪魔してるとしか思えない。……ん?邪魔?何を生きている人間みたいな感情をむき出しにしているのだろうか。僕は、『この土地』で飼い殺しにされて、ずっと…

「イベがみたい。小学生スチルなかったから、是非、初々しい感じのヤツがほしい!!」

 ぶつぶつ、気持ちの悪い事を呟いている自覚がないのか、わりと大声で溢している珍獣に友人はいないようだ。ーー嫌われてはいないらしいが、ともかく、距離を取られている。変人だからと嫌うには恩を売り続けているようだ。どうも、自覚はないらしいが、人間の行動パターンを覚えるのが好きらしい。

 そのせいで失せ物を見つけ出すのが得意で、よく物を紛失する人間の行動を気持ち悪いくらい言い当てている。勘も変に鋭い。感情面をまったく拭いさり、人間味のない結論に達するのも早い。むしろ、どんな人間が珍獣の好意の範囲に入るのかさっぱりわからない。僕のように最初から意味のわからない好意に振り回される側にはとても不気味な存在だ。

「リン、お姉ちゃんと結婚してー」

 まったく、自分の言葉を僕が否定しないとわかり切っている。そんな存在に僕が恐怖を感じつつあったが、それでも、珍獣の姉である彼女に惹かれない日はなかった。

 珍獣の姉にとって、僕こそ気味の悪い存在だということをまったく自覚してなかった。



【Re:そんな事より、ヴァイオリンを弾け!!阿呆( ゜Д゜)】









このまま、お礼小説も区分けせずに載せていこうと思います。


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