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私に腕時計と財布と携帯を預けて、上着を投げ捨てプールにダイブした片倉さんに私はとても不機嫌だ。
むう、楽しそうだ。
敵地に連れてこられて遊ぶ気にならない私の心情など無視したかのように遊んで。
ひばりんにも嘘ついたことになるし。浮き輪ないし。ビート版ならあるけど、水着じゃないし。ぶつぶつ。
私は靴とニーハイを脱いで足をプールに入れて足温泉(水だけど)状態だが……泳げない訳じゃない。服で泳ぐのは意外とコツが……決して泳げない訳じゃない。
沈むのは得意だ。任せろ。
しかし、なんて贅沢なんだ。室内プール。……なんか今、思い出したらいけないイベントを思い出しそうになった。ち、違うぞ。今の私は健全だぞ!ーー思い出した内容をそのまま話せるだと!?バカな。私は中学生だ。捕まる覚悟があるのか!ーーふ、今日の所は痛み分けで良いな。
……プールの中の片倉さんが下から、ジーッと私を見上げていてとても居たたまれないのですが。
「どうしたの。赤くなったり、青くなったり?」
見られてた!
「せ…ふ、不法侵入だからその…」
危うく生前の記憶が桃色だったとは言う所だった。言えない。片倉さんがきょとんと私を見上げている。……意外と、見上げられるって恥ずかしい気がしてきた。身長の高い人はよくこの苦行を耐えているものだ。
「ああ、神光は長期休みの間はプールや施設を開いているんだよ。他校生や市民が好きに扱って良いって」
「……知らなかったです」
「最近の話だから。経営者が代わったらしくて。どんどん新しい試みをしていくつもりだって。これもその一環」
うーん。特に気にする内容でもないか。不法侵入じゃないことを喜ぶべきか。
「でも、今日は本当は入っちゃ駄目な日だけどね」
「へ?」
「水を取り替える日だから、水を抜くときに巻き込まれたりしないようにって。だから、まあ、服で入っても大丈夫かなーって」
………この人、意外と無謀な人だった。
「あがりましょう。片倉さん!」
「大丈夫。一応、五時からって聞いてる」
へらーっと、もうひと泳ぎしとくると聞かない片倉さんの腕をガシッと掴む。
「だめです!!」
「……意外と固いね」
「当たり前です。自分の無謀は許せますが、片倉さんはダメです」
ふぅーん…と素直にあがってくれた片倉さんにホッとひと安心ーーしたのが間違いだった。
「ふにょっ!?」
何故かなー。どうして、私を抱き上げた。
「荷物、全部バッグの中だよね」
にこーっと微笑む間近になった片倉さんの顔に私は、ひっくと喉が変に鳴った。
「一回、やってみたかったんだけど。ちみっこなら許してくれるよね」
「ナニヲデショウ」
待って。私、およげ………げふん。沈むなら本当に任せてくれ!
「姫抱っこでダイブ」
ーー死刑宣告キターっ!!
「か、かのじょがででできてから!」
「今日の記念に」
なんの記念でしょうか。私を巻き込むな。っていうか、無理。
「どざえもーん!」
「え?泳げないの。……ま、いっか」
いえ、今のは高度なぎゃ……ひいっ!!
ザッパーン。
と、水しぶきがあがる音が響く。
聞こえたのはそこまでで、泳げな…ーーじゃなく、沈むのに特化した私は、パニックを起こすこともなく、ただ、片倉さんの首にしがみついて動かないことに集中した。
そうしているうちに沈んだ体が浮上していくのを感じる。立ち泳ぎって器用な。
「ふはーっ」
シャバの空気がこんなに旨いなんて!
水中から帰還を果たした私は、一生懸命呼吸を頑張った。
「秋月さん、そんなに潜ってなかったよ?」
離すもんかーっとばかりに片倉さんにしがみつく私にさすがに呆れたのか、プールサイドにゆっくりと私を抱き抱えたまま泳ぐ。
おおっ、これは楽しい。今度、プールに行く機会があったらリンかお父さんに頼もう。
プールサイドまで行くと私は、しがみつく相手を無機物に変える。
「地上ちゃん、ただいま!恥ずかしながら帰って参ったよ!!」
「……そんなに怖かったんだ」
よっこいせと、無様な格好で地上に足を戻す。おおう、全身が水浸しだ。
「……えーと……」
あ、ここまで考えての行動じゃなかったらしい片倉さんが無残な格好をしている私から視線を逸らした。ふ、そうか。成程……。
後ろ髪を前に流し、髪女に変貌した後、くっくっく、と不気味に笑ってみせる。
「このうらみ、はらさずおくべきか~」
気分は四谷怪談。なぜ、吹くんだ片倉さん。
「ーーっ飲み物奢るから」
やだ、慰謝料が安いわ。
しかし、今日は大変お世話になった身だ。仕方ない。その辺で手を打とう。
ひばりんのおかげで三枚用意しているハンカチのうち一枚を片倉さん貸そうとしたら、自分のがあるからと断られた。
「…どうしよっか」
「?何がです」
「いや、そんな水浸しになってうちに帰ったら怒られない?」
おおう。確かに。
「夏だからすぐに乾きます」
「ごめん。なんか、楽しくなってつい」
手を合わせて謝られた。ふ、ノリだけで生きている私にとって、こんなことは日常茶飯事。きっと笑顔でいつものことと……あ、最近、みんなが心配性だった。
仕方ないので、お母さんにメールしとこう。
ルカ、プールにダイブ!!でいいか。うん、問題ない。
「……秋月さん。その文は、ダメだと思う。電話して、俺が事情説明するから」
口に出していたらしく、片倉さんが電話してくれることになった。…何故だろう。凄くよく出来た感じがしたのに。
結論的にお母さんが片倉さんに謝るとか云う展開になったのは何故だろう。
「秋月さん、夏休み、何してたの?」
詰問を受けている。片倉さんに詰問を受けている。
「えーと、……無断外泊を」
「大事な娘さんに危険行為して、謝っただけで良い子!とか言われたオレのいたたまれなさが、秋月さんにわかる?」
「それは、大変もうしわけ…」
「誠意のない謝罪をしない」
プールから出て、外廊下の自販機でジュースを奢って頂いている。何故か要望も聞かずにミルクティー。片倉さんの中で、女の子は紅茶とかいう持論があるのだろうか。
それにしても、グラフィックで見た感じより立派なような。それに記憶にない校舎もある。
もっと、おどろおどろしい感じがしたのに。まあ、私が居る時点で色々違うのか。
んん?そうなると、神光高校迷物。歌う牧師と豊満保険医、あの俺様教師はまだ大学生だからいないとして。…教会はあるのかな。
「秋月さん、聞いてる?」
「あ、はい」
「…また、ぼーっとして」
片倉さんの中で、私はどんな子だと思われているんだろ。心配そうに
頭を撫でられてる。は、元気アピールしておくか。
「なんで、頭を押さえられてるのに飛んでるの?」
「元気アピールを」
頭を撫でる手が速度を増した気が。待って、撫でられても頭は良くならないよ。
「おやおや、仲の良いご兄妹だね。ずぶ濡れだがタオルが必要なら保健室に行くといい」
老師と呼んでいい感じの牧師様が私たちの様子ににこにこと話しかけてきた。あ、歌う牧師だ。
「いえ、きょう」
「はい、優しいです」
兄妹であることを否定しようとした片倉さんに私は腕に飛びつき遮る。
目を丸くする片倉さんに私は首をふる。
歌う牧師は大変恋愛方面に煩い。
カップルと判断した瞬間呪いのお歌が披露される。
しかし、牧師は意外と重要キャラで狙ったキャラが攻略不可になったかどうかを聞きに行くと、攻略不可になった瞬間に「主が、貴方に試練をー…」とにやにやしながら歌ってくれていた。何度パソ様を投げつけようかと思ったか。
しかもコイツの歌は、フルヴァージョンで五分聞けるとか。………制作は、病んでいる。
あと、もうひとつアドバイスをくれたりする。
「そうですか。かわいらしい妹さんで。おや…君の天使が弱っているようだね。駄目だよ。悪魔とばかりと会話しちゃ」
あ、片倉さんが私を背中に隠した。確かに怪しいおじいちゃんだもんね。
どのルートに入りましたよーって、教えてくれる存在だから、ゲーム時は大変ありがたがったが、リアルに居ると事情を知らない人にとって大丈夫かこの爺さんか。
うっかり会話が成立しないようにしよう。それにしても、天使って誰?セラ様?契約してないのに?
私と目を合わせた牧師は、うんうん頷いた。
「君は是非わが校に来なさい。うん、そうするといい。主の導きを受けれるよ」
「でも、学力が」
「秋月さん!」
口を押さえられた。あ、変なお爺ちゃんと話しちゃだめだからか。うん、そうだね。
牧師様がぴくりと眉を動かした。が、それだけで、まだ笑顔だ。
「大丈夫。これから、頑張れば入れるよ」
おお、意外とまともな返しだった。悪魔に憑りつかれているから大丈夫とか言ったら本格的に距離を取ろうと思っていたのに。
「早く身体を拭くといい。では、主の導きのままに」
聖書っぽい物を持って去っていく牧師を片倉さんがずっと不審者を見る目で見ている。
「秋月さん、変な人と目を合わせたり、喋ったりするから親に心配かけるんだよ」
駄目だよと叱る片倉さんに私がここ最近出会った知り合いを頭の中で、並べていくととあることに気づく。一部を取り除き、片倉さんの知り合いじゃね?
やだ、片倉さん、人のこと言えない。




