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※気分を害される表現があります。
彼のお手洗いを待つ間、私は落ち込んだ。いや、ほんとに手を洗うだけだが。
「リンとお姉ちゃんの邪魔…邪魔…じゃまか…」
これでは、ゲームの時とは違う邪魔の仕方をしている。
私、いや、この『秋月ルカ』あるいは『忌もうと』は、姉ともどもに美少女だ。
しかし、姉こと『秋月丸代』は、ハニーブラウンのストレートな髪とチョコレートのような甘さを携える瞳、しっとりした唇、少し薄い体だが、165㎝のモデル体型だ。リンと並ぶとうへうへと、よだれが出そうになる控えめな美人だ。
しかし、逆に私こと『秋月ルカ』は黒髪の癖っ毛を腰まで伸ばし、キリリっとした猫目で唇はぷっくら。魔性の女を地で行くやつで、男も取っ替え引っ替え。売りの元締めみたいな……今は私なので、その辺は無い。
何より初恋の相手がリンで、異父姉妹の姉が大っ嫌いで邪魔ばかりするとか無いよー。
『悪魔ルート』でリンを攻略する場合でコイツと組むとエンディングで主人公を殺して、リンを薬付けにし、『死ぬまで一緒に……うぅん。しんでもよ』とかドン引き台詞が忘れられない。
そして、お姉様の『悪魔ルート』は、主人公と一緒に凌辱しまくった姉を主人公ともども、自分の美しさで築いたコネでそういう類の場所に売り、『ねえねえ、ねーさま。リンがね。泣くの。ねーさまが居ないって。ここにつれてきてもいい?』…………あ、だめだ。気持ち悪くなってきた。
強制的にブラックアウトしたい。
最悪だ。こいつに生まれ変わったせいで最初は自殺まで考えたくらいに最悪だった。なんだ。この女、不幸になればいいのに。あ、今、私だ。ものすごく不幸な気分だ。
『リンは、私のものなのに!』とか鬼の形相のスチル怖い。
私もあんな表情できるかな。ああ、美人なのに。美人に生まれて後悔とかいっぺんしたいとか思った過去の私よ。半端じゃないぞ。この女かよっ!と自分を詰るぞ。
「おい、そこのトイレの前で唸ってるバカ」
「バカっていうやつがカバ」
「恥ずかしいから立てよ」
「待って。足が痺れた」
「めんどくさいな。オイッ」
手を洗うだけなのにようやく出てきたのか。貴様。あ、やっぱり臀部が痛かったのだろうか。しょうがない。私の責任だからね。ちょっと我慢してやるか。
そして、足がプルプルだよ。私。
「保健室行く?」
「そこまでじゃねえから、トイレに来たんだろ」
ほらっと、手を出してきた。
ん?なんだね。お手か?
「なんで、手を置く…」
「わん」
「じゃねえだろ!ばんそーこー」
あ、なんだ。そっちか。
半眼な彼にまったく、軽いジョークじゃないかとごそごそとポケットから物を出す。
「ネズミ様の奴もないが良いのか?」
「……もう、好きにしてくれ」
がっくりと肩を落とす彼にもう少しバリエーションを増やそうかなと考える。しかし、国民的アイドルも嫌われたものだ。
「じゃあ貼るよー」
「はいはい」
「痛かったら言ってくださいねー」
「お前の存在がな」
超失礼だぞ。
傷口は皮が擦りむいていて、少し血が滲んでいる。うん。悪いことをした。絆創膏を貼ると彼は、ため息を漏らした。
「なんか、疲れた」
「うん、災難だったね」
「元凶がケロッとしてんな」
そういいながら、にぱっと笑う彼はなんなのか。あ、そういえば名前訊いてなかった。…………別にいいかな。攻略キャラにはいない顔だし。
私の失礼な思考を読み取ったわけではなかろうが、彼は、口を開いた。
「そう言えば名前訊いてなかったな」
え?訊くの?
「いやいや、名乗るほどではござらんよ」
時代劇口調で丁寧に断ったのにげんなりした表情で詰問してきやがった。
「いや、名乗れよ。反省の意味も込めて」
ちっ、犯人の名前を覚えとこうってやつか。
「あー、はいはい。じゅから始まる長い名前だから」
「違うだろ」
「ちっ」
「女が舌打ちすんな!」
「女性蔑視が甚だしいぞ」
「いいから、名乗れよ。ああ、俺は雲雀月夜だ」
あ、名乗られちゃった。
逃げられないか。仕方ない。
「私は秋月ルカ」
「は?秋月」
あ、猫目が丸くなった。何事だ。
私の名前に不備などなかろうと文句を告げようかと口を開く前にのんびりした声が私を呼んだ。
「あ、ルカ。どこ行ってたの。探しちゃったよ」
なんか台詞だけ聞くと恋人同士みたいだよ。お姉様。
私は勢いよく声の主のいる後ろを振り向く。あ、眩しい。女神だ。女神がいるよ。
「お姉ちゃん。ルカも探してたよーっ」
ダッシュで駆け寄り、抱きつくと姉がわわっとよろけた。構うもんか。ちょっと心がヤサグレてるんだい。癒してお姉様。
ふわっとお姉ちゃんから香ばしい匂いがする。こ、これは、
「くんかくんか。甘い匂いがする」
「調理実習があったからね。クッキー食べる?」
「リンの分は?」
「あるよ~」
さすがお姉様だ。余念がない。
私 は、私の分を受けとるといそいそと胃袋に献上してやる。そして、半分は雲雀にずずいっと渡した。そうしないと、お姉ちゃんがリンの分を彼に渡してしまう恐れがあったからだ。
戸惑ったように礼は言うが、雲雀が私とお姉ちゃんをガン見している。なんだ。お姉ちゃんに惚れたのか。しばくぞ。
「あ、雲雀くんだ。ルカと友達だったの?」
「え!?ち、違います!!」
なんだと。
お姉ちゃんと知り合いだっただとーーまさか、もう惚れてるのか!?
私は、お姉ちゃんに抱きついてガルーッと雲雀を威嚇する。
「お姉ちゃんは、もう貰い手があるんだからな!惚れても無駄だ」
「あら、ルカがもらってくれるのありがとう」
お姉ちゃんの最近の冗談がひどい。
リンと結婚してー。幸せになってー。と念仏のように唱えて洗脳してるのに最近、はいはい。とか鉄板のネタだと思ってる節がある。いや、私は本気だよ。本気でリンを義兄と呼ぶ気だから。
「あー、ソレが秋月先輩の困った妹か」
得心がいったとばかりの雲雀。
ソレ呼ばわりだと!?いや、待て。お姉ちゃんを先輩?お姉ちゃんは私と年子だから一歳しか違わない。……と、云うことは。
「ひばりんは、タメか」
「誰がひばりんだ!」
成長期が早いんだな。てっきり、身長が高いからリンと同級生だと思ってた。
「じゃあ、百歩譲ってツッキー」
「バカなのか。アホなのか。雲雀くんだろ!」
憤慨する雲雀。ーー可愛いと思うのに。
「あら、可愛いわ。ツッキー」
お姉ちゃんがのほほんと賛同してくれた。素晴らしい。愛してるよ。お姉ちゃん。
「先輩!止めてください。俺がリンさんにシメられます」
なんだと!
お姉ちゃんにあだ名で呼ばれるとリンがお怒りになるのか。素晴らしい。私が見たかった嫉妬イベントが目の前に転んでいる。ぜひ、転ばなければ。
「いいじゃん。ツッキー。みんなで呼べば怖くないよ」
「なんの話だ。ツッキーなんて認めないからな」
プンプンと怒りを表現するが、いやいや、可愛いよー。君は贄だよ。お姉ちゃんとリンをくっつける為の哀れな子羊確定だね!