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※病み注意
浮かれたのは私だったと今さら思う。よくよく考えたら、お姉ちゃんの好みは腹黒系だ。若干ファザコンなお姉ちゃんがこんなはっきり自分の意思がないことしているタイプの主人公様はない。
うん。ないない。……お姉ちゃん、ルカはお姉ちゃんを信じる。天使と悪魔さえいなければ大丈夫!と脳内逃避。
「ルーが居るなら、ヘアピン持ってくれば良かった」
穏やかな灰色の瞳にこれが、モテる者とモテない者の差かと悲しくなる。
いつになったら、私は悪女オーラを習得できるのか。習得したところで扱う予定はないが。
「かっこよくなりましたね」
とりあえず、ほめておく。いや、本当のことだし、褒めて育つ子かもしれないから褒めておく。このまま、色んな恋人候補ができればいいのに。そして、離れるんだ。ヒロイン様から。
光原さんは少し照れたようにはにかむ。ーー私も照れて良いですか!?
誰だよ。やりすぎだよ。クラスの地味な子を改造するとか有りましたが、ここまで劇的ビフォーアフターはないと思っておりました。今日も制服ですが、あれ?香水の匂いが…?
「?どうしたの」
「香水してます?」
「ううん……あ、あ~」
否定しておいて、どうしたいきなり。
バツの悪い顔をする光原さんを見上げる。私が疑問の答えを待っているのを感じ取り、少々へらーっとだらしなく笑い、
「さっき、知らないお姉さんにべったりされてたからかな」
よし、殴ろう。
「ルー、どうして拳を握るのかな」
「この怒りの拳はリア充を滅ぼすために振り下ろされます!」
「落ち着こうね。美術館だから」
初めて知りました。普通に注意されたほうが冷静になるということに。
ロビーでしばらく休んだ後に館内を一緒に周ろうと誘われ、お姉ちゃんが来る前に帰すため一緒に周ることを承諾した。私、打算だらけだ。任せろ。
「モテていきなり誠意のない事し始める奴は嫌いです」
チッと舌打ちすると何故か、クスクス控えめな笑みを漏らす光原さん。
「そうだね。気を付けるよ」
誠意のないことしている身として、その対応は少し罪悪感が。
しかし、頑張って釘を刺しておかなければならない。
「心美さん以外に恋ができそうな方は寄ってきましたか」
「え、と……」
何故困った顔をするんだ。そのためのイメチェンだろ。
しかし、館内に客らしい客はあんまりいないな。飾られた絵を描いた子の保護者とか友人か本人くらいじゃないかと邪推したくなる。
「こういうの。やっぱり興味ないと難しいからね。俺の先生は『自分ならいくらで買うか』って目で観るといいって教えてくれたよ」
私の濁った感想を読み取ったらしい光原さんが、一つの絵をさして講釈してくれる。うん、なら、お姉ちゃんの絵は国宝になるね。
光原さんが自分の絵を素通りして隣の絵を詳しく説明し始めた。『三原輝』がどうしたんだろ。ファンなのかな?
夏らしく『ひまわり』を題材にした絵だけど、私には上手だなと思うくらいで別に心に訴えるものはない。むしろ、光原さんの描いた『げっかびじん』の方が観たい。花が多いからテーマなのかな。
「光原さん。私、光原さんの絵が観たいです」
「うん。これだよ」
「え?」
にこっと、微笑んだ光原さんに思わず私は彼の描いた『げっかびじん』の方に視線を向けてしまう。ーーしまったと思ったのはその後だ。
光原さんは、なにも言わなかった。ただ、困ったように眦を下げただけで私を見つめている。私は、目が泳いでいる。ええっと。
しかし、何も口にできない。興味がない男の漢字まで知っているとかない。光原さんは他校生だし。知る機会そうそうない。
沈黙が痛い。
グルグルと私は彼にどう思われているのかが非常に気になった。まさか、これが原因で、ヒロイン様への態度で決していい感情はないだろうが。もし、悪感情がお姉ちゃんに向かったらとか、私だけでどうにか怒りを鎮めてもらう方法とかないだろうか。
「ごめんね」
悪いことばかり考えていたら、突然謝られた。
何故だろうか。と見上げれば光原さんが苦渋に満ちた表情をしているえ、なんでだ。悪いことしたの私なのに。
「最初のイメージが悪いのに無神経に自分の都合ばかり押し付けてごめんね。達也や月夜の態度でわかったんだ。怖がらせてたんだって。だから、身を守りたくて俺のこと調べたんでしょ」
頭を壊れ物を扱う慎重さで撫でてくる。このひとは、なにをいっているんだろ?
ミツハラテルガアキツキルカヲダイジニシテイル
………ウソツキダ。
ーー嘘つきだ。助けてくれなかった。
ん?私が、いつ光原さんに助けを求めたんだろ。
ガンガンと頭で誰かが騒いでいる。脳内会議だろうか。騒がしい。くらくらしてきた。熱中症だろうか。
そうだ。光原さんに謝らなきゃ、騙していたことをー…
「『いいえ、『私』も嘘をついたりしてしまって』」
まったく、誠意を込めなかった。自分でも不思議なくらい感情がこもらない。どうしたんだろうか。面を食らった顔をした光原さん。『私』は、ふふっと蠱惑的に微笑む。あれ?おかしい。
そして、ふらふらとどこかに導かれるように歩き出す。
『私』の足が止まったのは一枚の絵の前だ。
「『『姉様』の絵だ』」
自分の声なのにぞっとする。
まるで、別人のようだ。私がお姉ちゃんを呼ぶ声じゃない。
「『『楽園の扉』か。『また描いたんだ』。無駄なのに。』」
『私』が、ふらふらとお姉ちゃんの絵に近づく。
絵に詳しくない私じゃわからないけど。
お姉ちゃんの絵は、真っ黒な空間の中で扉が開いている。そこから、光がさす……そんな絵だ。
何故か胸が締め付けられた。
『私』だって、感じていない筈がないのに。
「『わー、吐き気がする。根暗なブスの分際で媚びやがって。ナイフがあれば『いつも通りにしてやるのに』。ああ、額縁たたき割ればいいのか』」
何を言ってるんだろう。
どうして、お姉ちゃんの絵に手を伸ばすんだろう。なんで、そんなに悪意をまき散らすんだろう。
今日は、お姉ちゃんと一緒に絵を観て、わからないことを聞いて、……アディー。藤咲さんの時のように『私』を、……?何か聞こえたのに。私には聞こえない?
あまい声が聞こえない。
「ちみっこ、飾ってる絵を触るのはダメだと思うよ」
これ以上入るなと赤いテープで遮られた場所を踏み越えた『私』をーー私の聞き覚えのある声がした瞬間に体ごと抱き上げられた。『私』はじたばたと体を必死に動かすが、そのまま館内の外に一緒に出されてしまった。
そのまま、近くのベンチに降ろされ目線をあわせて膝をつけてくれた片倉さんが眉間に皺を寄せて難しい顔をしていても、私はどこか安心した。ああ、これでお姉ちゃんを傷つけずに済むと信じていたーー『私』が口を開くまでは。
ぎりっと奥歯を噛みしめ、『私』は片倉さんに向けて、ありったけの憎悪を放つ。慌てて止めようとしたのに口が止まらない。
「『アンタもそうよね。『私』が居なきゃいいって思っている奴らの一人よ。一度も『私』に話しかけもせず、いつも『私』を軽蔑した目で見下していたわ。なに、いきなりヒーロー気取り?馬鹿じゃないの。どいつもこいつも『姉様』もだいきらい!!』」
ふふふ、あはははははっ!!と狂ったように笑う声とともに私の意識はフェードアウトした。
意識が途切れる前に見えた気がしたお姉ちゃんの傷ついた顔とか、藤咲さんの楽しそうに笑う顔とか、片倉さんの泣きそうに青ざめた顔なんか………記憶からなくなればいいのに。




