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何故か、私に視線が集中している。
なに?一発芸は勘弁してね。
「自己紹介は?」
「え?お義兄様。私の紹介は無し的な。あ、突然の痴呆ですか。大変です。お義兄様のお宅の冷蔵庫に入っていたチョコを勝手に食べたことも忘れてくださいね。私の名前は、秋月ルカです」
なんか初めて名乗った気がする。
「ルカ、叩いていいでしょうか?」
「離婚裁判で戦う日まで我慢してください。姉の為に暴力を受けていたと偽らなくて済むように」
あ、まだタイミング的に早すぎる。チョップ痛い。頭をぐりぐりしないでください。否、離婚裁判時はもとから暴力的だと主張するべきか。
悩むね。
「絶対、録な事考えてないでしょ…」
「お姉様をどう楽に人生を謳歌させるかを悩んでいます。なので早くくっついてください」
「楽と楽しくは違いますからね」
「なるほど。真理です」
たまにリンが、うむ。と唸りたくなる名言を発する。素晴らしい。一部に生徒会長にと望まれただけはあるね。
でも、リンが生徒会長になるならと入学してすぐに不必要な部活軽減を手伝ったのにーー私が中学生になるとリンは三年生な事を失念していて、無駄な事をしたと思い出した。名前だけの部活が多かったらしいし、部活が多すぎて大人の目が届かない事態になっていたから、良かったのかな?誰も褒めてくれなかったけど。むしろ、怒られた。
部活が多くなってしまった理由は、攻略キャラの一人のせいだと知っているけど……む、もしかして、ゲームの舞台に通えた場合、脅せるかもしれない案件かもとちょっと悩む。
「リン、そろそろ部活に行かないと桜田に叱られるぞ」
私たちの話に終わりが見えないことにようやく気づいたらしく、片倉さんが割って入ってきた。
「あ、…ああ、副部長は怖いですからね」
「ごめんね。秋月さん、リンを預かるね」
藤咲さんが申し訳なさげに手を合わせて謝るが、別にいつまでもだらだらと話す内容でもない。
「立派に磨いてうちのお姉様の元に返してくだされば文句はありません。あ、惚れちゃダメですからね。薔薇は他で咲かしてください」
怪訝な顔をされた。そして、リンよ。病気で済ますな。お前の為に言ってるんだぞ。
あるんだからな。ビーエルエンド!
まったく、去っていく三人の後ろ姿に憤慨しながら、廊下を歩く。あ、リンのファンが睨んでくる。ふ、……………こわいよー。おねえちゃん。どこぉ!!
「あ、るかちゃんだぁ」
んー、甘ったるい声で私を呼ぶのは誰?
やだ。視界に入らない。無視しよう。
「こらーっ、どうして無視するの!」
私は、無言で廊下を走る。
たぶん、先生か生徒会か責任感の高い奴に見られたら怒られるが、気にして入られない。だって関わりたくない奴がいるから。こらーっとかまてーっとか、舌っ足らずな声が響く。
「バカめ。待てと言われて待つ奴がいるか!ほーっほっほっほ!」
廊下は放課後だというのに閑散としていて走りやすく、体力がない愛川センパイとは、どんどん距離ができる。
私も運動……げふん。カメさんと仲よく出来そうな派だが、コンパスの差のおかげで愛川センパイよりは速い。
ある程度、距離ができたおかげで余裕が出てきた私は、高笑い。
あ、なんかわんわん泣き出した。……優しい誰かに慰めてもらってくれ。愛川センパイ。
声もほとんど聞こえなくなったが、私は、安全だと判断できるまで走る決意をしている。
私的に関わりたくないトップクラスのお方、愛川真奈美。140センチしかない可愛い容姿のリンの同級生が『悪魔ルート』で主人公と一緒になって、リンを拉致監禁し、五年後にはリンの子まで妊娠するという想像を絶するエンドをかましてくれた見た目幼女とか親しくなりたくない。このヤミゲーはなんなんだよ。リンとお姉様に恨みがあるとしか思えない。『天使ルート』は萎えるし。
「ほっといて。お二人をほっといて。幸せにしてやってくれー」
思わず、ぐちぐちと愚痴りながら全力で走っていれば、突然目の前に人影が。
「「あ」」
パンとかくわえてないよ。なんで、男子生徒とぶつかんねん!
「あいてて…」
私を衝撃と共に受け止めて尻餅をついたらしい少年に慌てて体を引き離す。私?彼のおかげであんまり痛くなかった。私は、反射的に叫んだ。
「大丈夫だな!」
「なんで、確定系!?痛いって言ってるよな!?」
もっともだ。が、思わず言い返してしまう。
「気のせいだ。病は気から。しかし、謝ろう。ごめん!」
「病じゃないし、謝る人がなんで偉そうなんだよ!」
そう言われるとそうだな。……うん。冷静になった。
「ぶつかってごめんなさい」
「……急にしおらしくすんなよ」
反省は大事だ。だから、態度を改めたのにお気に召さなかったらしい。難しい人のようだ。
あ、手を擦ってる。と、いうことは、
「お尻も痛かったでしょ?擦っていいよ?」
「女が真顔で尻の心配するなっ!」
真っ赤になって怒鳴られた。な、何故だ。私は親身に心配してるだけだぞ。
は!しかし、女子中学生が尻とか…、もしかして。生前年齢プラスαのせいで羞恥心がなくなってるから、思春期にナチュラルなセクハラをしてしまっているのか。
かわいそうに彼は、被害者だ。
なんとなく、また失言しないように黙っていたら、赤みの強い髪の彼は、気まずそうに口を開いた。
「けが…」
「毛?すまない。かつらではないのだよ」
「ーー怪我なかったか!」
毛がなかった?
………ああ、うん。そこまでアホじゃないよ。大丈夫。ボケたかっただけ。うん、怪我ね。怪我は………うん。ない。
私の素敵なボケに怒鳴った若人は、ヤダ真面目。
「大丈夫です。あ、ジャンプすると小銭がなるのしなくて良いですか?」
「俺はカツアゲか、何かか」
あ、ぷるぷる怒りで震えていらっしゃいますか。……手から、血が出ていますね。ハンカチは……あ、リンに貸してた。
やだ。私、気の効かない女子になってる。
仕方ない。ティッシュだな。
「はい、ティッシュ」
「は?」
あ、瞳の色がエメラルドだ。猫目っぽい。
「……普通ハンカチだろ」
ティッシュを受け取りながら、少しムスっとした表情をなさる。いやいや、貸したくないとかじゃなくて。ない。リンに貸したまま回収しなかった。
しかし、そんなの目の前の彼には関係ないか。このままではハンカチを持ち歩かない女だと認識されてしまう。
女子力低下気味の私は、なんとかそれを復活祭させるために言い訳を考えてみる。うーん…あ、
「だって、もう放課後だよ。ハンカチなんて使用済みだよ。使用済みの汚いハンカチより綺麗なティッシュを使って怪我を早く治して欲しいと私は思いました」
どうだ。理由としては有りなはずだ。しかし、彼は、頭を振った。
「なんで説明系」
うさんくさそうな顔をするな。
駄目だ。これ以上は墓穴を掘りそうだ。私は、話題をそそくさと変える。
「いいから、早く手を洗いたまえよ。ほらほら、手を洗ってくれたお礼は可愛いキャラクターキズバンだよ」
「うわっ、いらね」
某人気的アイドル耳にリボンのついたお猫様になんて暴言を。
「君はあれか。青い猫様が好きなのか」
「ちげえよ!普通のやつ寄越せ」
「ふ、バカなあれば最初から出している」
「あ、やっぱりハンカチないんだろ。この女として劣等生め」
「どんな君でも愛してる。とリピートアフタミーをしてくれる恋人が」
「………いるのか?」
ぐいぐいと背中を押してご不浄…つまりトがつくお手洗いへ連れてこうとして叩いた軽口だったのにヘコんだ。あ、やばい。涙で前が見えない。
「よ、予定として、姉夫婦と暮らすからいいんだもん」
そして、あの万年新婚夫婦をニマニマ………あ、あれ?いまのところ、リンとお姉様に新婚要素がないな。
「それ、姉夫婦に邪魔じゃね」
あ、トドメ刺された。