閑話 天久俊平
厭きた女の後始末を俺の姿でしに行った兄が、帰宅後すぐに俺の部屋に来るとは、珍しいことだ。
俺は、俺の姿をして女を振る兄を不愉快だと感じている。この方が、面倒がないとは兄の論だが。…なので、無視か下手をすると殴りあいの喧嘩と極端な対応しかしない。いい加減、こいつと似た顔に傷でも作ってやろうか。
俺の殺意にすらなり得る感情に気づいていない訳ではなかろうに。楽しげに話しかけてくる馬鹿を今日は、どうすべきだろうか。
「なあ、俊平。お前の学校に『ひばり』って、結構な美人いないか?」
「消えろ」
会話はこれで終了だと、俺は椅子に座り直し、机に向かう。まったく、女のことしか頭にないのか。
「線が細くて、ちっちゃくてネコメ美人!」
後ろから頭を肩に乗せ、なーなーと。うるさい。
「胸はまだ成長中かな?黒髪黒目の大和撫子って言うには派手すぎるけど、中身は残念なタイプ」
「知らない」
「お前のファンらしい。それとお前に『馬鹿』って言われて教育し直せって俺に怒鳴ったんだぜ。なあ、美人なんだって。覚えがないのか?」
そこまで話に大した興味もなく、聞き流しながら、問題集に向かっていた自分の集中力が途切れる。……俺のファン?覚えはない。俺に『馬鹿』と言われた。……候補が居すぎる。俺の、教育をし直せと、兄に怒鳴った?
とんでもない可能性に肩に乗った兄の頭を引き離し、身体を兄に向き直す。
「いつ、怒鳴られた。昨日か?」
「いや、今日だ。いつものところで女と別れた後、すぐだな。つまり、俊平。お前の格好をしている俺をはっきりと、別人認識して怒鳴ってた。俺とお前が双子だってのはファンだからかな?知ってたけどな」
脳裏で候補を何人かピックアップしてみるが、……駄目だな。思い付かない。それより。
「いつもの、とは。あの如何わしい場所か」
「如何わしくないだろーー表向きは」
普通の客もいるとの言に俺は青筋を作りそうになる。
「教育の場だって。学校と同じだろ」
「馬鹿な事を言うな!神聖視される学舎とあんな売春の場を同格扱いなどするなっ!!」
「頭、かて」
飄々と悪びれもせずになんて男なんだ。
水もらうぜ。と部屋に設備して置いた小型の冷蔵庫から、勝手にペットボトルを取り出す。
「あ~、あと。神取蓮と居たな。『花』確定の上にありゃ、あのおっさんのお気に入りかな?随分、入れ込んでたようだし。部屋まで取ってんだぜ。犯罪だよな」
「……あれはもう、真っ黒だろうが」
あの嫌みなくらいに端正な顔立ちをした腹黒の男を思い出すと藤咲の顔までちらつくので、腹立たしい。
「買いたかったなー。『ひばり』ちゃん。ああ、『小鳥』ちゃんのほうが可愛いかな?」
「……他人の犯罪を差別しておいて、自らは片足どころかどっぷり嵌まる気か?」
俺の指摘に肩を竦める。まったく、痛くも痒くもないということか。
「『ひばり』という偽名か?」
「うんにゃ。多分、本名」
「は?お前に無防備にも自分の名前を紹介してきたのか」
なんて愚かな。
神取蓮がそばに居ながら、そんな無邪気な振る舞いを許したというのか。
「いや、たぶん。『ルカ』って呼ばれてたから偽名はきちんとあるんだろうけど。ほら、これ」
そういって差し出してきた『花』である女の物にしては、安物でありシンプルすぎるハンカチに頭を傾ける。
「これは?」
「借りた」
「何故、」
「水掛けられたからじゃねえ?なんか、はいって。渡された」
怒鳴って、ハンカチ貸して、……馬鹿なのか。予想のしようのない出来事を耳にしながら我知らずため息を吐いた。
「ほら、ここに『ひばり』って書いてるだろ?それにお前を『我が校の帝王』って呼んでた」
確かに校則では、私物には名前を書けと…見ず知らずの素直な人間が落とし穴に嵌まる姿が頭にちらつき、俺は天を仰いだ。
「歳はいくつくらいだ」
「え~、さすがに中一じゃないだろうからな。二か、三?」
アバウトすぎる。
「真っ赤なワンピースで、初々しい感じが良かったな。まあ、あれは馴れてきても良さそうなタイプだけど」
「ゲスが」
「そのゲスと同じ顔なんだぜ、俊平くん?」
へらへら笑いながら、俺が居なくなってもお前が居れば、ずーっと俺は『居る』んだぞ。と…。
昔からこうだ。
同じじゃなくなりたい俺にへらへらと、同じ『モノ』だと主張する兄。
兄は、きっと俺達を判別した少女を許せないのだろう。ヘラヘラと、ずっと目が笑っていない顔で笑い続ける。
それにしても、『ひばり』という少女には心当たりがないが、偽名であるほうの『ルカ』という少女なら心当たりがある。
確かに猫目だが、美人だっただろうか?まだあどけない可愛いと称したほうがいい『あの』藤堂鈴の妹もどき。黒髪黒目の無邪気にテスト順位が『真ん中』だという事を誇り、藤咲に褒められ満面の笑顔を浮かべた少女があまりにも、妬ましかった。
藤咲と一緒にいたことが苛立ちに拍車をかけた。馬鹿だのたわけだの罵ったが、何故かうつ向きもせずに俺の顔をじーっと眺めて、何か口にしてやろうという気迫を感じた。
いったい、何を口にする気だったのだろう。
俺と藤咲の罵りあいに仲裁に入った少女の知り合いらしい片倉に後から問えば苦笑し、『わかんないな。たぶん、天久が訊いたら怒ることだと思うよ』と。
掴めないという話だけは、兄の話した『ひばり』と同レベルか。
「俊平。さがせよ」
思考の波に浸っていた俺は兄の当然のような命令口調にイラッとした。
「探して、お前に遊ばれる不幸な人間を増やせと、」
「付き合ってる期間は、俺も楽しいし、『小鳥』ちゃんにも楽しんでもらうよ」
頭痛がする。
「ああ、でも。今回は飽きたら俊平にあげるから、『逃がすなよ』」
そういい残し、去った嵐に俺は空気を変えたくて部屋の窓を開ける。
空調の効いた部屋に突然入る熱気に不快を感じたが、先程まで一緒に居た兄ほどではない。
「やっかいな檻に繋がれそうだな『小鳥』」
この広いだけの空っぽな静寂の世界に、繋がれる少女が、あの無邪気に笑った年下の子供じゃなければ良いのだが…。
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