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事の経緯を問うためにリンにメールを入れると、『夏休みいっぱい、』と返信が。文書いてる途中送信ですね。急いでたのかな?
詳しく問い質したいのに下校時間になっても、あっちは部活なので捕まらない。お姉ちゃんは、夏休みが終わったら、すぐに準備が始まる体育祭と文化祭の実行委員会になってしまったらしいので会議に出るとのメール。まっすぐ帰りなさいって、信用がない!
……だれかーっ。私の愚痴を訊いてください。は、こういう時のための契約(仮)か。久しぶりに天使様にも相談したい事があるから、喚ぶか。
こうやって、寄り道の算段を建ててるから、信用を無くすんですね。わかります。
「秋月」
一人でそそくさっと、帰ろうとしたら、雲雀に話しかけられた。……なんだろ。そわそわしてる?
「お手洗いは反対方向だよ?」
「知ってるよ!つーか、チゲえよ!!」
怒鳴られた。あ、もしかしたら、あれか!
私はスクールバッグをいそいそと漁る。
「ハンカチ返してなかったね。はい、どうぞ」
使用したのはひばりんだが、借りたのは私だったハンカチを洗って返そうとしたら、お互いに色々忙しく、……私は、お姉ちゃんががっちり見張ってたせいだし、雲雀は幼なじみたちとの距離とか期末テスト準備だろうか。で、顔は見ることがあったが、がっつり話は出来なかった。経過報告くらいは欲しいな。私の精神的な負担軽減のために。
「あ、…えーと」
差し出したハンカチに視線を落とし、あーとかうーとか唸る雲雀に私は、首をかしげる。そろそろ、手を引っ込めたいのだが。
「か、貸しておいてやるよ」
私の耳はおかしくなったのだろうか。ひばりんがおかしな事を言う。
「どうせ、今日もハンカチ持ってないだろ。だから、その…っ、うん、お守りとして!」
挙動不審なひばりんに私は、警戒心がわく。
「……ハンカチにご利益を求めた事はないよ。それに今日もお姉ちゃんの愛が詰まったハンカチで乗りきったし。えーと…だから、あの日は本当にたまたまだよ?」
それとも、何か企んでいるのかと睨むと、真っ赤な顔をされた。
「きょ、う。ーーそう、今日これから、二枚目が必要になるかもだろ!」
「なんだ。それ、呪いか。むしろ、呪いなら間に合っている。私には悪魔が憑いてるからな」
まあ、関わりたくないけどある程度の不幸を献上しなきゃと覚悟がある分、余裕だ。リンの留学も、私が姉との夏休みのイベントを望んでいたせいだと考えられる。うん、問題ない。主人公様とヒロイン様が関わっている雲雀の問題の解消をどうするべきか考えるより精神的に気が楽で面倒がない。
「え、…と、うち、仏教だけど。秋月が言うなら改宗するから!」
皆様、知っていますか。このような会話を俗にトンチンカンと称します。私と雲雀はいったいなんの話をしあっているのだろうか。冷静になると不思議だ。
「……まあ、そこまで言うなら、今日は借りとくけど。明日から二枚持ってくるよ。ハンカチ」
疑われすぎてガッカリだ。女子力とやらを本気で鍛えるべきか。まずは腹筋から。そこで、ふっと腹の肉をつかんでしまう。
「……」
お腹の肉はまだ大丈夫の筈だよね。ぷにぷに。……大丈夫だと思いたい。
「あ、秋月は痩せすぎだと思うから、大丈夫だと思うぞ」
ひばりんに心配されてる!
やばい。親しくもない男の言うことは八割お世辞だと思えと生前、兄が口をすっぱくしながら言ってた!
私、やばいんだ。夏休みに海かプールに行こうかと思っていたが、止めよう。
ガックリした感情のまま、雲雀を見たらなんかモゴモゴしている。どうしたんだ。やっぱり、お手洗いか。
「あのさ、用って言うか…夏休みにプールにいかないか。あの、父さんがお礼しろってチケットくれて、」
ひばりんめ。トドメを刺す気か!上げて落とすとは、高等テクだ。女一人を持て余していた分際のくせに天然のモテ男か。ちっ。
「ごめん。今年は悪魔に海にもプールにも行くなと言われてる」
「え、マジで。えーと…プールじゃなきゃ良いとか?」
ん?もしかして、夏休みに予定がない仲間なのだろうか。私、ボッチには、優しいよ?
「……うん。肌を露出するのはお止めなさいって。それ以外、図書館なんかいいんじゃない。うん、ロハだ。私、おとなしく図書館に通う」
市立図書館まで自宅から結構な距離がある。三日坊主にならないよう歩こう。そして、痩せよう。うちでゴロゴロしてたら不経済だ。
「あの、さ…俺も行っていい?」
何故、私にうかがう。しかし、言ってやろう。
「本は君を待っている!」
確か、音楽の視聴とかパソコンも使いたい放題の筈だ。株でも久しぶりに見ようかな?
流れ的に一緒に帰ることになった。
うん、噂にならない程度にしたいね。リンとの関係をからかう輩は後を絶たない。私がぶちぎれる前にとの気の遣い方は、どうなのか。
雲雀と帰るのはいいが、からかわれたりするのが嫌な子なのに大丈夫かな?
校門前が騒がしい。なんだろ。
芸能人でも居たのか?
好奇心のまま、ひばりんと校門に小走りに近寄ると……………グハッ。
心が吐血しかけた。
なぜだ。
何故居るんだ。
真っ黒なロールスロイスで、堂々と校門前を占拠してやがる迷惑な大人を私は知っている。
まさか、運が下がってるせいか。……いや、これはただ単に前からコイツが迷惑な人なだけだった。なんだ、じゃあ天使様のせいじゃないね。
私のーー『秋月ルカ』の因縁か。
ずっといるつもりだろうか。私が出てくるまでなら、お姉ちゃんに迷惑がかかるな。うん、不快なモノは見せたくないや。
覚悟を決めよう。
野次馬な生徒たちを掻き分け、私はツカツカと高級車ロールスに近づく。うわっ、思った通りの最悪なやつがいた。
「ルカ、久しぶりだね」
私に気づいて抱きつこうとしたおっさんを軽く無視して、ガンッとロールスに蹴りを入れる。高いって知ってるけど、うん。知ってるからの嫌がらせだ。
周りが悲鳴をあげたが、まあ、良い。
私の行動に固まった神取蓮をギロッと睨み付ける。
「おっさん、ここ、駐車禁止」
地の底から声が出て、このおっさんを呪えないものか。親類縁者全て不幸に!……あ、私が真っ先に呪われるか。ちっ。
「パ「かなのか。ああ、日本語通じないの。さっさと去ね、むしろ逝け」
ざわつくな野次馬。
確かにこの男、見た目はゴッドファーザーみたいな格好でどう考えてもその筋の若旦那みたいだが、一応とある大手企業の社長だ。
むかつく。
「パ「か」
いい加減にしろ!
「太刀川さん、いるんでしょ。このおっさんと話があるんで可及的すみやかに撤退したいと思うのですが、ご協力お願いします」
我が身を人身御供にしない限り、太刀川さんは動いてくれない。はっ!という短い肯定で、現れたグラサン大男におっさんがまず、リムジンに放り投げられ、ついで、どうぞ。と恭しく私にリムジンに入るよう促す太刀川さんにどうも。と返す。妥協点がもう少し、私に易しいものなら大好きになるのになー。否、関わりになりたくない男の部下だから、やっぱり会いたくない人だ。
雲雀が、私に話しかけようとしたが、頭を振って、拒否を全面的にアピールする。すまない。私は、親にすら関わらないでほしい問題なんだよ。
ひとりで、前にさんざん自慢されたロールロイスのファンタムなんたらに乗る。
ああ、陰鬱な時間の始まりかもね。