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眠れない事を利用しリビング探索をしたけれど、何も見つからなかった。
隠し部屋でもあるのかと壁と床を叩いていたら、何事かと起きてきたお父さんに「どうしたの?」と首を傾げられた。
後お母さん、不振なことをしてごめん。怯えながらバットを持ってこないで。
ともかく眠い。
半分うたた寝をしながら、暇と脳内会議の『『『お弁当はー』』』という声に従ってお弁当作っていたら卵焼きが焦げたので家の分に回す。
お昼は任せてあげてという万葉さんの言い分とお弁当を作ろうというお姉ちゃんの言い分、どちらが正しいのかわからないがとりあえず作ってみた。状況次第でコインロッカー行きなので保冷剤はきちんと入れておく。
片倉さんと藤咲さんは、焼き肉を食べた次の日に家に帰った。
やはり、帰ってこいと言い分だったらしい片倉さんのお家の事情も合わせて簡易合宿はとりあえず終了した。が、文化祭前日にもう一度泊まり込ませようかとリンが考えているようだ。
その時は、うちに迷惑を掛けないようにするつもりだとリンが言ったら、お父さんがにっこりと微笑み、
「ルカが野次馬根性を出して覗きに行くかもしれないから、うちで食べなさい」
うん、覗きに行かない自信はない。
家に戻る日、朝の藤咲さんを見たら、顔色が悪く帰りたくないような素振りを一瞬見せたが、すぐにいつも通りの表情をする。……虚勢か……あの市長は、プレッシャーの塊だ。
私の視線に気づいたらしいお父さんが、藤咲さんの頭に手を置いて、……ポンポン叩いた。
「リンくんの友人として、また来なさい」
藤咲さんがお父さんを機械的な、なにも映していない目で見上げ……でも、頭を叩かれた後に困惑し、それでも泣きそうに歪めた表情を一瞬だけしたのを私はリンの後ろから確認した。
……やはり、会長との仲を早々に仲人しなければ……。
私の心の決意の後から藤咲さんはジーッと冷たい眼差しで突き刺してきた。……心、読んだ!?
それから、リンがぼそりと「マルとルカの友人としては来るなって脅しでしょうか?」と……良い話で終わらせようよー。
そして、日曜の午前の生徒会のお手伝いは前の日に私の様子に心配した生徒会の皆様が休みなさいとご命令を!
まあ、目付きが大分ヤバイからね!
それに他の雑務係を生徒会の方々が揃えたらしい。…皆、部活やってなくて疎外感があったらしく嫌そうなそぶりをしながらも顔は嬉しそうにお手伝いする事を了承したので、会長が「来年は部活が減る分クラスの催しもすべきだと要望書を出して置くべきか…」と呟いていた。
まあ、声を掛けても参加しない人もいるから、何が正解かは人それぞれだけど。
雑務係は、皆、雅さんの手作りネームプレートを付けて歩いている頃だが、私は時間になるまでウトウトしながら、自宅のソファに座っている。
朝は、学校へ登校するお姉ちゃんとリンにお弁当を渡したら、お姉ちゃんがものすごく嬉しそうだった。やだ、リンと一緒に食べてね。
服は着替えた。
だぼっとした紺のパーカーを着て、フリルの白いスカートを履く。
動きやすい格好の方が良いと思って。
レギンス着用で後はショートブーツで完成。
エコバッグに二人分のお弁当を入れておいた。藤咲さんのはお父さんのを借りたけど……あれ?なんだろ。心臓がバクバクしている。
お弁当、やっぱりいらなかったかな?置いていこうかな?
公園でお散歩って楽しいかな?
藤咲さんの気分をさらに憂鬱にさせたらどうしよう。
「ルカちゃん、顔色が悪いわよ?」
「お、お弁当置いてきたい!」
「よし、置いていきなさい」
「昴さん」
あ、珍しくお母さんがお父さんを叱った。
今日のお出掛けをお母さんは肯定的で、藤咲さんを夕飯に招いてもみてね。と頼まれた。
これにはお父さんも同意したけど、お出掛けはやめなさいと……お父さん、それだと夕飯に誘う理由がなくなるよ?
二人とも藤咲さんが家に帰りたくないそぶりを見せたのを心配しているらしい。
そういえば、佐伯さんが朝早くから出掛けたみたいだけどどこに行ったんだろう?
……ふらふらと外出しているみたいだ。何か目的があるのかな?
藤咲さんとは、学校近くの雑貨屋で待ち合わせしている。
時間になる前にお父さんに送って貰う。
渋るな。お父さん。
まだ時間があるので雑貨屋に入ると、そこで糸目の店員のお兄さんと佐伯さんが何か話している姿に遭遇した。
「あ、ルカちゃん」
「げっ」
糸目のお兄さん、お客を見るなりその態度は失礼だぞ。
「佐伯さん、どうしたんですか?」
「リン君のおじいちゃんからの伝言を伝えに」
「……心配してるんですね」
「身内を護る為に力を何度も使用するのは禁止されてるらしいから。……神の試練って奴?まあ、あんまり極端なのは含まれないけど」
「リンの例は極端だと思うんですけど」
「……まあ」
思うところはあるらしく、憎々しげだ。
……軽い男じゃないのかな?
私が佐伯さんの評価を改めようとしていたら、お兄さんがにこやかに絶対的な自信を持って私たちの地雷を踏みつぶしてきた。
「リン様は、お力が強いので、この様な試練も易々越えてくださりますよ!」
ーーぶちって切れた。私ともう一人。
「「はあ!?」」
あ、佐伯さんとハモった。
ヒイィッ!と私と佐伯さんの威圧ユニゾンにお兄さんはまたカウンターの後ろに隠れてしまった。
まったく。
「リンの能力さえなければ、加護する正統性が出来るんだけど」
親指の爪を咬み始める佐伯さん。
「無くしたいですか?」
「当たり前だと思わない?」
逆に聞き返された。え?便利だよ?
「……『この土地』にいると麻痺するんだねーははっ」
笑顔だけど目がまったく笑っていない。
話題を変えよう。
「そういえば、なんで私のことをミューズって呼ぶんですか?」
「リン君がヴァイオリンをまたやり始めたのがルカちゃんのおかげだから」
「興味ないのに?」
「うーん、リン君がルカちゃんの事を見てたら『クライスラー弾きたくなる』ってよくメールくれたから、観察すれば?って適当に返信してたらある日いきなり『ヴァイオリン弾き始めた』ってメールが着たから、リンのおじいちゃん、『感謝』のしすぎでうざくて」
げんなりした様子だね。……でも、表情も言葉も柔らかい。
「で、音楽の迷える使徒を道に戻してくれた君は女神って訳」
「……佐伯さん」
「何?」
「もしかして、リンのお爺ちゃんにもその話を」
「したけど?」
……雑貨屋のお兄さんの勘違いの発生源を発見した。
「なんで睨むのかなー?」
「いえ、私のような小悪党を女神などと吹聴するとは……憎い。女王の次に流行ったらどうしてくれるッ!?」
「乗っかれば?」
なんだと!?
「ルカちゃん、可愛いから皆喜ぶと思うよ」
にこって、楽しげな笑みに……、
ーーふぎゃああああっ!!
やばい!この男は、やばいと私と『私』が本能的に雑貨屋から身を翻して逃走する事を選んだ。
『お兄ちゃん』!
親しくない人だけど、似てる人の可愛いはお世辞ですか!?
怖いよー。あの人、怖い!!
私だけじゃなく『私』も動揺しているのが伝わる。
「秋月?」
「藤咲さん!!」
雑貨屋から出ると驚いた表情の藤咲さんに出くわした。ので思わず後ろに隠れてしまった。……く、来るならこい!暴君を盾にするぞ!!
……あれ?
雑貨屋が見えない。それは藤咲さんも一緒らしい。
「秋月、いま、どこから出てきたの?」
「雑貨屋です」
「?この辺りに有ったかな」
疑問符をあげる藤咲さんから、少し距離を取る……あ、雑貨屋が見える。
「天使が経営してるから見えないんですかね?」
「……」
あ、ちょっと地雷を踏んでる気がする。
藤咲さんが不機嫌だ。
「見えない場所を待ち合わせにしないでくれる」
「知りませんでした」
素直に謝ると、藤咲さんも言葉にトゲがあったと謝り返してくれた。
うん、気まずい。
藤咲さんが、まだ学生服なので着替えに駅近くのネットカフェを使うらしい。着替えはコインロッカーに準備していると…その発想はなかった。
「……目付き悪いけど、出掛けたくなかった?」
「いえ、ただの寝不足です」
「寝不足?」
藤咲さんが着替え終わって個室から出てくる。む、黒のタートルネックに白パンツか…。カーキ色のコートを持っているから、寒くなったら着るのだな。
片倉さんの時も思ったが何を着ても似合う男ーー憎い。
私は、きつい目付きのせいで着る服に制限があるんだぞ!
「……いつもより秋月の目付きが悪いのって体調が悪いから?」
「はい、常に悪いのですが。隈があまり出ない分か目付きが鋭くなってしまうんです」
「そう……」
何か考えている。
計画は、公園でお散歩だと主張したら、藤咲さんが「ここで待ってて」と個室の前に私を置いていってしまった。なんだろ?
戻ってきた藤咲さんに個室に入るように促される。
………あれ?お散歩は?
「少し調べたい事があるから、待ってて」
「え?はい」
ソファは並んで座れるけど、……ちょっと落ち着かないよー?
おろおろと落ち着きなく、PCを眺めたり、エコバッグを漁ってみたりすると、隣に座っていた藤咲さんがふぅーと息を吐く。
「何も考えず寝なよーー『命じる』」
カチャカチャという音がリズミカルに聞こえるので瞼を開く。
あれ?誰かの膝を枕にしていたようだ。
でも、ぼんやりする視界に入ったのは見覚えのない場所だ……じゃあ、
「……神取?」
「なんで」
反射的に飛び起きる!
「ふ、藤咲しゃん!」
私の反応に口元を押さえて、笑うのをこらえているらしい。
「噛むとこじゃないでしょ」
いえ、噛むことです。
「まあ、俺も膝枕を要求されるとは思わなかったけど」
どうやら、寝ぼけながら枕を求めて藤咲さんの膝に頭を置いたらしい。
いつもソファで寝ると大概誰かが膝枕をしてくれていた弊害が!
む、無意識とは恐ろしい。
そして、止めてよ!脳内会議!!
「あ、騒がしい奴等は黙らせたから」
にこり、と暴君が怖い。
むぅ…、時間を確認したら二時間も寝ていたようだ。
夢も見なかったのは『命じられた』からか。
「……あの、」
「秋月、お腹空かない?」
寝てしまった事を謝ろうとしたら、藤咲さんが近くに美味しいカフェがあると……ランチタイム過ぎてるよ?
そ、それに一応、お弁当が……。エコバッグを持ち上げて……あれ?軽い?
「さ、早く行こう」
なんで、バッグ軽いんだろう?
先に歩く藤咲さんをちらちらと盗み見ると顔色が悪い。
力を使用したせいだろうか。
……今日は、お出掛け止めれば良かったかも。
お店に入るとランチタイムが過ぎているのにちらほらと人がいる。ウェイターに案内されるまま窓際の席に座る。
私はパスタセットで注文したが藤咲さんは、珈琲だけだ。……お腹空いてないの?
注文したセットが並べられていく。パスタをフォークでくるくる巻いて食べていると藤咲さんが意外そうに「スプーンいらないの?」と言うので、リンがうちで食べてるから自然に覚えたと返したら、「……リンは海外経験か」と羨ましげに呟いた。
……地雷踏んでる!
しかし、このパスタ美味しいなー。お弁当作りなんてしないで素直に藤咲さんに任せれば良かったんだ。
「美味しい?」
「はい!すごく」
海老がたっぷりなサラダも美味しい。食後の一杯は紅茶を選んだ。うむ。美味しい。
あれ?藤咲さんが首を傾げている。
「……注文の時も思ったけど、紅茶で良かったの?」
「はい」
「そう」
はふーっとお腹が満たされ、満足していたら藤咲さんが目を細めた。
「幸せそうだね」
「はい。おいしかったです」
ふにゃりと、笑みを浮かべてしまった。帰ったらお弁当を自分で食べなきゃ……、
「今日は甘いたまご焼きじゃなくて嬉しかった」
ん?
藤咲さんの言葉に思わず藤咲さんを凝視してしまう。今、なんと?
私があんまり凝視したせいか藤咲さんは少し決まりが悪そうにそっぽを向く。
「煩いアイツ等が『頑張ったの』とか『食さねば邪魔するぞ!』って煩かったから……勝手にバッグ開けてごめん」
脳内会議!!
「あ、あの、そんなに美味しく……っ、リンにも普通認定されてる味なので」
可もなく不可もないお弁当なのに!と大慌てで脳内土下座を!!
じゃあ、なんで作ったんだと自分に自己ツッコミを!
「嬉しかった」
「はい?」
「……体育祭での要望を流されてなくて」
目の前の相手は誰だろう?
口元を押さえてはいるけど、耳まで真っ赤にして拙い言葉で私に嬉しかったと繰り返す人は……。
釣られた私まで体温が上がって赤くなっている気がする。
「……ごめん、秋月、もうこの話はやめる」
「ひゃい……」
羞恥心で涙目の私の姿にようやく気づいてくれた藤咲さんがカフェから出ようって。会計は食べた分を払おうとしたら藤咲さんの珈琲代だけになった不思議。
「次があるならもう少し量を多めにして」
冗談めかして頼むよと言った藤咲さんが、次をまったく期待していない様子なのをさすがに私も察してしまう。
うん、市長に私だけが釘を刺されたわけないか。……藤咲さんの諦めるのを慣れ切っているからの笑みに私は下を向いた。




