『秋月ルカ』と私
ーー急激な記憶の波に溺れそうになった。
『神取の所の『花』だろ。来い』
『申し訳、ありません…ッ』
『ルカ、……もう良いんだよ』
『……勝手にどこにでも行くといいよ』
『ーー内緒だよ』
キモチワルイ。
オトコガキモチワルイ。
キライ。
『ルカ、仲良くなりたいの』
『アキアキは、すごいねー!なんでも知ってて!!人生楽しそう!!』
『ルカちゃん、お母さんと一緒に……』
『秋月ルカ』ヲトリマクニンゲンスベテガキライ。
バタンッと『扉』を閉める。
もう開けたくない。開けないでー…ッと、願うのに『扉』が勝手に開いては、私を『秋月ルカ』に仕立てあげる。
何度も何度も繰り返される。そしてー…、
『最初からやり直すんだって。どうする?やめる?もう、ボクが嫌い?』
不安げな声に『秋月ルカ』が苦笑する。
君のことは嫌いじゃないよ。と『秋月ルカ』が答えようとしたが、生きたくないのも確かだった。
でも、遺していくのもかわいそうな存在だ。と感じた。いっそう一緒に消えない?と聞きたかったけど、『秋月ルカ』は止めたようだ。
人間とは理屈が違う。『 』の為に言葉を尽くす気はなれない。
『君は『欠落者』だから、記憶が残っちゃうね』
いらない。
たくさん、人を不幸にして、たくさん不幸だった記憶はいらない。
一からやり直すなら記憶を消してー…ッ。
『それは困るんだけど』
突然、女の声にキッと『秋月ルカ』が涙で滲んだ目で睨み付けると、なんだかぼやけて見える。
『うーん…頼まれごとしたんだよねー。で、『秋月ルカ』の記憶が頼りなんだよ……うん。いらないなら、ちょうだい』
軽い調子で手を差し出してくる彼女に首を傾ける。嫌な、記憶だよ?
『うん、だから『私』の嫌な記憶もあげるね!自分の記憶じゃなきゃ他人事だと思えるし』
多分!と自信満々な様子になんてノー天気な女だと苦々しく『秋月ルカ』は、感じて、嘲笑って、じゃあ交換だと頷いた。
女の方も結構壮絶な人生だったが、確かに他人事だと思えると悪女だった『秋月ルカ』は思えた。自分の記憶を相手に渡すことに心配しなくても良いよねと感じ始めて………、
そこで、ふと気づく。……『秋月ルカ』としての記憶がどんどん消えていく? 渡した覚えのないものまでー…っ、だんだんと意識がはっきりしなくなっていく中で女が差し出した手を確かに握った。
『さて、ミザントロープ同士仲良くーー秋月家を幸せにしようか』
ぼやけてはいたけれど、悪辣な笑みを浮かべる女は、ーー…
『まだ、お姉ちゃんを幸せにしていないでしょ?』
女性の声がここまでだよ。と、私に意識の浮上を促した。
ゆっくりと目を見開くと無表情な雅さんが私を額に手を置いて目が覚めたのに気づいて「大丈夫か?」と……、あ、カレーの匂いがする。
お姉ちゃんがキッチンでアディーと一緒に…ーーアディーが一緒だと!?
「料理は得意らしいから気にするな。ーー淫夢ではなかったようだが、どこかおかしなところがあるか?」
「あ、……」
夢で見た記憶を思い出す。だって、あの夢が『秋月ルカ』の記憶なら、リンはー…、
「きおつけるって……」
涙が溢れた。盲目に信じていた事が違うのだといきなり、突きつけられた。
もっと、時間や覚悟がほしかったと泣けば、雅さんは頭を振った。
「……手土産を買いに行った先で深託の生徒に出くわした……私は、ゲームの中では、物語を盛り上げるための可哀想な事件の当事者係だからな。顔を知らないのは無理もないが……ルー、リンが居る以上、ゲームの『リン』はいらないのだな?」
雅さんの言葉に私の心が急激に冷えていく。
泣きたい気持ちも、甘えたい気持ちも、ーーなにもかもを『アレ』のために感情を吐露するのが勿体無い。
こんなに冷たい感情を抱ける相手が居たのかというくらいに私は、流した涙も勿体無いと微笑んだ。
「関わって来なければ、どうでもいいです」
うちの学校で、お姉ちゃんを待ち伏せていたのだ。関わって来ない訳がないけど。
「なるほど、では、関わってきた場合は?」
「ーー場合によりますが……雅さんに私の知る限りの情報を渡しますので、全部任せても良いでしょうか?」
「……やさしくないな」
「はい、興味ないので」
さらりと、笑みを浮かべ切って捨てると雅さんが無表情を止めて、本気で嫌そうな顔をする。
「まるで、『秋月ルカ』だな」
「はい。雅さんの言うループの意味がわかりました。……『秋月ルカ』の記憶があります」
「……だろうな」
「予測の範囲ですか?」
「『秋月ルカ』は、途中からゲームに参加しなくなったからな。最初のうちは嬉々として、家族やら神取やらー…敵と判断した相手を潰していた。多分、『欠落者』になったのだろうと考えていた。ループ時に記憶を持ち越せるのも特権の一つだからな」
悪夢の間違いでは?
と、口にしようと思ったが、そこで思い出した事を問うことにする。
「一からのやり直しで、『秋月ルカ』にやめる?って問いかけてきた存在が…」
「ああ、『この土地』だろう。『欠落者』の中で、強制ループを嘆く奴を見た事がある。今回探したがいなかった。解放したのだろう」
「雅さんは?」
「聞かれたがーー『天久遵』を連れていて、逃げる筈がないだろ」
さらり、と言ってのけた。なんたる男前!
「師匠!」
「止めなさい」
すぐに止められた。ぐすん。
「で、どこまで思い出した」
「リンが運命では無かったことを」
悲しいが『秋月ルカ』の記憶がある以上否定できない。リンはー…違かった。
藤堂鈴は、ゲームでは登場しない。登場するのはー…、
「そうか、で?」
憎々しい感情を察しているだろうけど、それでも意思確認をするつもりだろう。
私は、もちろんーーと、
「運命などちゃんちゃらおかしい。ねじ曲げて折って良いように繋げます」
「手伝おう」
うんうんと頷く雅さん。
リン以外にお姉ちゃんをくれてやるつもりはない。
「あーたんが写メを送ってくれる予定なのですが、必要ですか?」
「貰おう。一度、姉にも見せておきなさい。どんな反応するかも確認したい。しかし、ーー」
「はい?」
「君はゲームの誰のファンだったんだ?」
雅さんの言葉に私は首を傾げる。え?リン……じゃなかった。お姉ちゃんとその恋人ー…あれ?
「えっと……お姉ちゃんと……あれ?」
「一応、ルートはplayした事があるが、天使ルートで恋人の記憶がいきなり消えるあれは、セラの英断だと思う。姉には『秋月ルカ』という厄介な問題が有り、あの男は優柔不断な頭がお花畑だっただろう?」
………あれ?
私の憧れの……、うん、でも『アレ』がお姉ちゃんから離れてくれるなら英断だ。なら私はセラ様の行動のどこに憤慨してたの?
「せ、生前の記憶で憧れの恋人同士だとー…」
「しっかり、playしたのか?」
「……多分」
目が泳いでしまう。せ、生前の記憶にバグがっ!
『思い込みって怖いねー』
『違うよー、誘導してたの!』
『うけけって楽しそうだったよー』
誰が!?
『『『自分!』』』
脳内会議が役に立たない。
雅さんが、ため息を吐いた。し、幸せが逃げますよ!
「『秋月ルカ』が復讐を果たした『欠落者』ならなんらかの能力が君にあるのではないかと探ったのだが、……」
勝手に何かされてた件について。
そして、目が痛ましい者を見る目だ。
「人格が分裂しているが誰かに何かされたのか?」
心当たりが多すぎてわからない件についてー。
「しかも、何か強化されている。放課後、必死に藤咲から守っていた脳内会議だったか?あれは、ルーの副人格にまで至っている。乗っ取りを考えられてー…」
『『『藤咲怖いから無理ーっ!!』』』
雅さんの心配を遮るように安定の藤咲さん恐怖症をアピールする脳内会議。
「藤咲さんに痛い目に有ってるので無理だそうです」
「……そうか。それは、ある意味安心できないな」
どういう意味だろう?
「藤咲のルートを忘れたのか?」
「playしてません」
ビシッと敬礼すると、雅さんがなんとか無表情を保とうとしているように見える。
「ルー、まともにplayしてるルートはどれだ」
「えーと……お姉ちゃんとアレと『秋月ルカ』とヒロイン様ですね」
「ヒロイン様の初恋相手に心当たりは?」
「ひばりんです」
「……君とよく話している雲雀月夜か?」
「はい」
何か雅さんが考え込んでいる。
「実を言うと君が本当に転生者か不安になってきたのだが」
なんですと!?
「しかし、ゲーム情報でしか知り得ない事も知っている。……なんというかびっくり箱を開けた先にさらに悪どい罠を仕掛けていそうな雰囲気がある」
「あ、情報制限されてました」
「誰に」
「……自分?」
「……藤咲をちょっと説教してくる」
え?なんの流れで?
『藤咲、違うよー!』
『もとからだよ!!』
『やめて、我々が八つ当たりされちゃう!』
脳内会議が必死だ。
慌ててもとからだと伝えると、雅さんは止まってくれた。
「その脳内会議を表に引きずり出して話をさせる方法はないのか」
雅さんの目が据わってる!
『『『こわいぃーっ!!』』』
あ、逃げた。
脳内会議よ。雅さんは、リンですら恐怖している相手だ。勝てる訳がない。
「逃げました」
「そうか。……ルーの前世の記憶はどの程度思い出せた」
「えーと……」
あ、全然だ。
「あ、やり直すか聞かれた時に知らない女性が……」
「もしや、憑依か…」
ジーッと私を見つめる雅さん。だけど、違うな…と呟く。
「ルーの中に異物はないな……それにそうだとしたら、いくら隠れていようとセラとアディーが気づかない訳がない」
ぶつぶつ、『秋月ルカ』にしては行動が非効率だとか生前の記憶があるのに非常識だとか………責められてる!
「雅さんも非常識な事をー…っ」
「私はある程度計算している」
ぎゃふん!
「まあ、計算しているから悪魔の上に行けないのかもしれないがな。ところでー…、リンに話すのは転生とゲームと運命じゃなかった。で良いな」
「最後いらな」
「下手に渡す情報を渋らないように」
じょ、情報だったのか。
あれ?アディーが口をパクパクさせて何か喋ってる。
「ああ、防音をしていたな」
そういえば、雅さんの能力ってなんだろ?
何気に万能な気がする。 雅さんがパチッと指を擦る仕草をすると、アディーの声が聞こえる。
「るか、夕飯できた」
「え?もう?お父さんは?」
「まだ」
お姉ちゃんに視線を向けたら、待つのポーズだ。
雅さんが何か聞きずらそうにしている。
「?どうしたんですか」
「いや、記憶を無理に思い出させたので、少し気詰まりではないかと思っていたのだが……」
そういえば、そうだ。
でも、なんだろ。その件にはあえて蓋をしているようなー…?
必死に決壊しないように……。
「ルカ?どうしたの?」
「お姉ちゃん」
お姉ちゃんが近寄ってきた。なんだろ?
「……」
お姉ちゃんがぎゅーっと抱き締めてくれた。あ、不安定なのがばれたのか。
「大丈夫。ここに居ていいんだからね。ーーどこにも行かなくていいの。皆ルカが大好きなの」
「……うん」
ぽろぽろと涙が出てきた。雅さんがアディーを引っ張って、ドアが開く音がしたから玄関からリンの家に行ったのかな?
しばらく、お姉ちゃんに抱きついていたら、リンがいつの間にかうちに来て、私とお姉ちゃんをリビングのソファに座るように促してくれた。
「マル、すみません。タオルを……」
「あ、うん」
リンの言葉にお姉ちゃんが私を抱き締めるのを止めたので、急激に不安になったけど、リンが膝の上に私を乗せて頭を撫でてくれる事に安心する。
男性のー…でも、異性としてではない、ただ守ってくれるだけの手。
ーー『秋月ルカ』が求めていたものを私はようやく理解した。




