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「それを媒体にし自分を忘れないようしたのではないか?留学前に買ったのだろ?」
手作りゴミ箱をこれ以上、いたずらされないよう提出してから放課後も生徒会室に行き、リンのロマンチックなところを報告したらばっさり一刀両断された。
い、いや、リンの愛が重たいという解釈でも良いのか。
「どこで買ったんだ?」
あの後、日比谷さんからメアドを押し付けられ、会長の写メを撮って来いと厳命された。……体育祭の事をそれで許してやるって、その前に私をイジメてたこと忘れたんだろうか?
恋する乙女の行動に疑問を感じつつも仕方なく会長を撮ろうと携帯を出したら、ちょうど、会長と雅さん以外はバタバタと出ていったので、おいしいことがーっと浮かれ気分で話したのに雅さんの否定にすっかり、私はやさぐれた。
あ、あーたんから送られてきた写メ、また違う人だ。三年はこれで終了?ふぅーん。
会長の疑問に頬を膨らませながら答える。
「例の雑貨屋です」
「……恋人と勘違いされてもおかしくないのでは?」
「何故です!?」
「姉の存在を知らないで、藤堂が自分の誕生花を刺繍したハンカチをお前と一緒にいる時に買ったのだろう?」
「そもそも、お姉ちゃんを知らない事がー…」
「そんなに気になるというなら、リンと姉を連れて雑貨屋に行けば良い。リンの君と姉への態度の違いを見せつけて来なさい」
冷静な雅さんに怒りの炎が沈下する。
「まあ、結論を言えば雑貨屋は悪くなかったな」
おのれ。会長め。
「落ち着いたのなら、飴でも舐めてろ」
ほら、と差し出されたイチゴミルクとはなかなか可愛らしい品だ。うむ、うまい。
それを口の中で転がしていると、雅さんが話を振ってきた。
「昨日から片倉と藤咲がリン宅にお邪魔しているが、どんな様子だ?」
そういえば、お昼休みに他の役員がいたから詳しくその話題が出来なかったな。
「藤咲さんが気疲れしてました。あと、ココさんが万葉さんに弄られたみたいで家出して来たのですが、今日もうちに泊まるんですかね?メールしても返ってこないんです」
………あれ、雅さんが固まってる。
「一番に報告すべきはそれだと思うのだが?」
あ、うっかり。
「そうなるとー…」
「まだあるのか?」
「はい。光原さんのお母さんが体調を崩したみたいで、セラ様と一緒に病院へ行ったみたいです。万葉さんも付き添って」
あれ、お二人とも頭痛でしょうか。
「ルーは、あの悪魔をどう思っているんだ」
「そうですね。憎みきれない所が困りますね」
「……すっかり術中に嵌まってるな」
二人でため息はやめてください。幸せが逃げますよ。
「ルーとは、もう少し話し合いたいが時間がないな。私もリンの家に泊まりに行くべきか」
「どこで話し合うんですか?」
「お隣さんなら、君の部屋に行くタイミングがあるだろ?」
なんですと!?
「私、異性を部屋に入れる事は好ましくないと思います」
「そうか。まるで私が嬉々として君の部屋に入るように言うが、私も女性の寝室にお邪魔するという苦痛を我慢すると告げているんだ。ここはお互い様ということになる筈だ」
雅さんは女性の寝室に入るのが苦痛な方だったのか。
「なるほどー…」
「何を言いくるめられてる。完璧にただの屁理屈だ」
「会長、今洗脳をしている最中だ。邪魔しないでくれないか」
雅さん、いま洗脳って言いましたね。
「秋月、お前、少し信用してもいいと思うとすぐにコロッと騙される癖をどうにかしろ。痛い目にあうぞ」
「歌う牧師であいました」
「むしろ、あれを信用する気になった君が凄いな」
あれ?二人から責められてる?
「だいたい、桜田と何の話があるんだ。『お狐様』の件は解決しただろ……むしろ、いつの間にそんなに仲良くなった」
あ、会長が疑いの目を私たちに向け始めた。
ど、どうしよう。確かに周りから見たらいきなり仲良くなったように見えるかも。
でも、雅さんは同じ転生者だし。ゲーム内容も知ってるから……なんだか親近感がわくんだよ。あ、『天使と悪魔の楽園』を喜々としてplayしてる人間って病んでそうだ。
「すまない。会長」
「なんだ」
雅さんが腕を組んで、ふぅーっと長い息を吐いた。何か誤魔化せる内容を思い付いたのかと期待に満ちた瞳を向けたが、私の期待とは別に……雅さんは、会長をまっすぐ見つめ口を開いた。
「私とルーとの共通の秘匿情報だ。二人ともにその情報を開示しても良いと思う人間以外には聞かせられないーーこれを知りたいと思うのならば、どんな荒唐無稽な話でも私達を信じてくれるのか」
ーー雅さんの真っ直ぐで、それで逃げ道を塞ぐような問いと眼差しに会長は、一瞬、目を逸らしそうになったけれど、すぐに睨み返した。
「お前たちに俺がどれだけ返しきれない恩を受けたと思っているんだ」
会長の言葉に雅さんは頭を振る。
「だ、そうだが、ルーはどうする?」
雅さんの視線を受けて考える。会長に話して……なら、リンにも話したい。だって、私はリンを一番頼って……、でも、女の人の声が秘密って……。
なんで、リンはダメなんだろう?
「どうした、ルー」
「いえ……狐様の件で助けてくれた声が、この件をリンに相談しようって考えると否定するんです」
「……」
雅さんが目を閉じ何かを考えている。そして、何かを納得したように口を開いた。
「……すまない。会長、やはり、まずリンだ」
雅さんの言葉に私に視線を向け、少し傷ついた顔をしたような会長になんだかとても申し訳なくなったけど。
雅さんが私が口を開く前に会長に話しかけた。
「そんな傷つかないでくれ。教えないとは言っていない」
その言葉にギョッとする。やだ、リンに話すのかと雅さんに視線を向けたら、雅さんは無表情で何考えてるのかわからない。
「り、リンに話すんですか」
「……その前に君に情報を与える。私から言えばーーリンと『君』はお互いに過保護だ」
頬にそっと手を添えられた。な、なに?
あ、雅さん、手が冷たいっていうか。この距離はなんだ。
「ーーリンは狐様の件で理事と取引をし『神光』に通う事になった」
「え?」
私の中で誰かが息を飲んだのを感じた。
「ただし、三年からだ。その間に神光に音楽科が出来る。それまでにリンに『外』でそれなりの実績を積んでーー弱って戻ってこいと云うことだろうな」
何か声にならないわめき声が聞こえる。
どうして?とか。
だって、とか。
ーーそうだ。私、ずっと、リンの進学について聞くのを躊躇っていた。どうして?『神光』に通うことになったら防ごうと、でも………リンが『外』の学校に進学する未来をまったく考えてなかった。
リンは………ヴァイオリニストになりたいのだと何度か聞いたことがあるのに。どうして
、そんな重要な事をスルーしてきたんだろう?
天川市に音楽に関わる学校はない。
私の困惑に雅さんは会長に視線を向け、開示する情報を考えつつも口を開いた。
「リンの祖父への嫉妬はそれだけ根深い」
「リンへの……じゃなくですか?」
「リンも悪い。たかだか人間の分際でーーと嫉妬されている。孫なのに下手な天使よりも力がある。片倉に情報を流した悪魔がいたろう?」
「はい。話だけ聞きました」
「もとが外からの流れ者だが、リンからの報復を恐れて『この土地』から逃げた」
リンって……。
私の内心の呆れよりも、それだけ、好戦的なリンが何故『この土地』に引っ越してこなければならないのかという疑問がわく。だって、リンは弱ったから『この土地』に来たのだ。
「リンがヴァイオリンで有名だと知っているな」
「はい。ココさんが教えてくれました」
「私も調べた。大会での評価は安定の二位。技巧だけーー楽譜の奴隷だと評価されている」
「……悪いことなんですか?」
「本当にその通りなら、リンは演奏者として欠陥があることになる」
む、なんだと。
私の不満を感じ取ったのか雅さんは、頷く。
「演奏を通して自分が訴えたいものがないと云うことだ。ーーだが、問題はそこではない。これは私が集めた情報だが、リンの演奏で表現されたものを評価する側が演奏を聴いた直後に忘れる事があるらしい」
私が首を傾げると、雅さんはふぅ…と息を吐く。
「君にわかりやすく言えば『何かすごい演奏を聴いたような気がするが覚えてない。どこが凄かったのだろう……難しい曲を弾いていた。技巧か?』となる」
「評価する人間は記憶に難があるのか?」
会長が思わず口を開いた。あ、狐様から天使のお話聞いてるのって、あーたんだけなのか。私が何となく察したのを雅さんは感じ取ってくれたらしい。
雅さんがかみ砕いて説明しようとしているらしく、少し考えている。
そして、会長に少し責めるような眼を向けた。
「ルーに合わせての説明だ。話を折らないでくれ会長」
「…すまない」
表現とか細やかな部分がわからない私が悪いらしい。
片倉さんに借りた音源聴いてない弊害が……っ。いや、聴いててもわかったんだろうか。
「……私の耳が正常なら、小学生のリンの演奏は神童と評価されても否はでないものだ……容姿が秀でていて演奏家として将来が楽しみだというなら自然とファンがつく……どうした?」
「えーっと一度も聴いた覚えが………」
「君たち家族は、リンの逃げ場になったのだから、これまではそれで良かった筈だ」
これまではー…という言葉に不安になる。ーーじゃあ、これからは?
私の不安など無視し、雅さんは続ける。
「そうだな。客席が感動で手を叩いている中で、『どんな演奏か覚えてませんでした』なんて、口が滑ってみろ。評論家としての人生が終わる。わかりやすいもので点を付けるしかない。リンは、技巧も秀でていた。それは記憶に残っていたらしい。そして、演奏が素晴らしいのでファンが増えるが、その分アンチも増える。審査した側の言葉を鵜呑みしての叩きが出てきたり……皮肉な事にリンには、同い年で切磋琢磨できるライバルがいた。リンが出るコンクール全てに出、きちんと評価される彼が一位をかっさらっていく。彼が悪いことではないが、正当に評価されないリンとしては悔しかっただろう」
演奏の記憶が曖昧になるーー天使なら可能だ。
「……天使の『記憶消去』……」
私の呟きに会長が驚いた表情をする。やはり、狐様に情報を貰っていたのは、あーたんだけだったのか。……それって、もし、『天久ルート』であーたんも志鶴さんがいなくなっていたら、会長と狐様はちゃんと意思の疎通ができたのだろうか。
ゾッとする。
誰も狐様の考えを知ろうともせず、解放もせず……そうか。神光に通う頃には天久家は手遅れなんだ。だから、雅さんは必死だったーーけど『秋月ルカ』は信用できなかったからぎりぎりまで協力を渋っていたのか。
私の考えに気づいたのか気づかないのか雅さんは続けて説明してくれた。
「そうだ。しかも、感覚的なものだけを消すというちまちまと小賢しい小細工だーーリンは、そうやって万年二位の座に居座ることになった。そして、リンが出場するコンクール全てでそんな事が起きれば、リンは評価しづらいと評論家たちやコンクール主催者に嫌われるという悪循環だ。……ついには、リンを拒否するコンクールも出始めた。聴衆と評価する人間の温度差がすさまじくなり始めた頃にリンは、『この土地』に行けと家族に背中を押されたらしい」
「『潰す』」
女の人の声と私の声が重なる。
んだと!?どこのどいつだ。襟首掴んでリンの前で謝らせてやる!!
「怒りに肩を震わせるのはいいが、リンに全てを話さず、また外に放り出す気か」
「いいえー…っ」
女の人の声は聞こえない。黙って……気配を消したようだ。
助けてくれていたのに拒んでしまったようだ。
………そういえば、脳内会議が存在をアピールして来ないな。どうしたんだろ?
『『『ふ、ふじさきのせいでダメージが…っぐふ』』』
昨日の破裂音は脳内会議からだったらしい。
『顔、所詮は顔なのか…っ』
『ダメだ。我々にアレはハードルが高すぎる…っ色気がーーっひどい!!』
『デート、……新手の拷問の手口……恐ろしい!!』
脳内会議が安定の藤咲さん恐怖症だ。
あれ、雅さんが興味深そうに私を見ている。
「それと確かめたい事があるので、やはり、今日はリンのお宅にお邪魔しよう。防音も出来るのでリン宅のリビングでも良いか?」
リンの都合を聞かないんですね。わかります。
「はい」
「……藤堂の事、そこまで俺が深く聞いて良いことだったのか?」
「狐様の件で世話になった部分を明らかにしただけだ。問題ない」
結構会長の前で情報を出してしまった気がするけど……これはいいよね。
でも、雅さんは会長に全部吐露してしまいたいのかもしれない。尊敬してるって言ってたし。
なんとなくこれ以上この件の話は続かなかった。気分を変えるように会長が別な話を振ってきた。
「秋月。次の日曜は暇か?」
「何故ですか?」
「……政人さんが太刀川さんに礼をしたいらしい。貰った書類とさらに彩経由で追加で渡してくれた情報が『契約書』の参考になったらしく、引き抜きの話がしたいらしいから、ついでにお前もと……嫌なら断って良いぞ」
私がついでかー。
そして、太刀川さんに目をつけるとはやるな。政人さん。
どうだね。私の自慢のデキルお兄さんだぞ。……口に出して言った事ないけど。しかし、勝手に断って良いことかわかんないな。
神取の秘書だけど……太刀川さんに決めて貰った方がいいのかな?
「太刀川さんに連絡して予定を聞いておきますが、私は次の日曜は予定があります」
「なんだ。午前は呼び出して生徒会の手伝いをさせようと考えていたのだが」
会長、私を便利道具として扱おうとしてたんですね。
「午前は大丈夫ですけど……」
しかし、三下なので強者の顔色を伺ってしまう。
「そうか。なら、私の代わりに午前は手伝ってほしい。藤咲とのデートに間に合うように私服できても良い」
ん?
いま、雅さんが爆弾を投下したような。
「藤咲とデート……?」
ひゃぅっ!?会長、どうして、殺気だったの!?まさか、薔薇か!
『『『わくわく』』』
脳内会議が肯定的だと!?
なるほど、確かにお互いに気になる関係だもんね。……藤咲さんと会長かー…………えーっと………、会長の目が怖いんですが。え、心読んでないよね?
そして、生徒会室の扉がノックなしに開いた。
あ、藤咲さん。
突然現れた藤咲さんに雅さんが「手加減はしなさい」と、一言。
な、なに?
藤咲さんの笑顔が怖い。
「秋月、のーないかいぎって奴等消して良い?」
本体、頑張ったよ。
脳内会議のために頑張って、藤咲さんを説得したら、友達がいなかった私の脳内のお友だちの立場を確立してもらえた。




