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また、夢を見た。今度は幸せな……『お兄ちゃん』が手を引いてくれる夢だ。
大好きだったのにーー『 』したから罰が下ったんだ。
目覚めが最悪な朝早くにココさんをあーたんが迎えに来た。
携帯で呼び出されて不機嫌な表情のココさんを私たちで宥めつつ、玄関を出ると
軽自動車の前であーたんが立っている。あ、運転手、隼人さんだ。
私の顔を見て目を見開いたが、すぐに苦笑した。あ、あーたん、隼人さんには小鳥ちゃんが架空の人物だとバラしたのかな。彩さんですら疑惑程度だったんだからわかんないよね。
それにしても、セラ様と光原さんが迎えにくるのかと思っていたのにと私の表情で察したのかあーたんは気まずげだ。
「おばさんが体調不良でセラとテルが病院に連れてくんだと。ーー体調悪いくせに暴れんだよな。あの人」
やれやれと頭を振るあーたんにココさんの顔色がはっきり悪くなる。
「あ、あたしも病院に…」
「やめとけ。万葉さんが居るから。大人しく学校に行くぞ」
あーたんが着替えてこいと言うので、ココさんは大人しく家に戻って着替えてくるのだろう。お姉ちゃんとマナルンが付き添ったので、私は、あーたんに聞きたい事があったのでその場に残る。
気まずいが隼人さんにも挨拶したら、「遵から聞いたよ。例の件はありがとう。でも、あまり親が心配する事はしないようにね」と釘を刺された。わお。やっぱり、バラされてる。
ならば開き直って話題を振ることにする。隼人さんにはリンの家の駐車場を薦め、あーたんに話しかける。
「狐様、落ち着いたの?」
「ああ、昨日祝詞も捧げ終わったからな。今は信仰が深い人や子供はお狐……ゴン様に対面しても神気にあてられないようになった……なあ、ゴンって神が気に居るほど、いい名前か?」
「本人が良いなら良いことにしてあげようよ」
「これから先、何かあるたびに俺が『真名』を捧げ続けないといけないんだぞ」
「……ガンバッ」
やはり、あーたんも思う事はあるらしいけど、こればかりは狐様次第なので、私はなんにもできないよー。あーたんが頑張んなきゃダメな事だよ。
「あと、チビ。携帯出せ」
「うん?忘れたの?」
はいっと、走りに行ったリン達からいつ連絡が有ってもいいように持ち歩いていたので出して見せたら、あっさり取り上げられた。
なにするの!?
しかし、ロックしてるぞ。
ふふん。
「リンの誕生日か姉か…0610…」
やだ!バレてる!!
リンの誕生日から試してるだと!!何故知ってる!?
必死にあーたんから、携帯を取り戻そうとしたが、身長差がっ。ひどい。お姉ちゃんの誕生日は一日前だよ!それだよ!!
「……赤外線通信終了」
ほら、と返された。やだ、汚された。私の携帯が汚された。
「あーたんみたいなハレンチな存在のメアドなんかいらないよ!」
「俊平から聞いた特徴の男を会長権限を駆使して写メを撮って片っ端に送ってやる」
なんだと!?あーたんが頼りになるぞ。
「ありがとう、あーたん!」
「チビは、本当に喧嘩の売り方が上手だな」
あーたんが頭をぐりぐりしてくる。痛い!
「特定出来たら弱味とか家族構成もー…、いや、ブレザーを貸してくれたら私自ら……」
くふくふくふと、怪しく笑うとあーたんが若干引いてる。
あ、リンがジョギングから帰ってきたーーあれ?リンだけ?ーー早々にリンが無言であーたんと私の間に入った。
「ヒマなんですか?」
「嫌みかよ。……おい、チビ。この保護者どうにかしろ」
あーたんの言葉に疑問を感じる。なんでリンをどうにかしなきゃいけないの?
「どうして?」
「恋人が出来たら邪魔だろ」
「なんで?」
あれー、あーたんが黙った。
「ルカの恋人になりたい人は、ある意味での悟りの境地を開かなければなりませんよ。ルカはマルが基本優先ですし。僕は気にくわなければ潰します」
「何さりげに不穏な発言してんだ」
「何年も一緒にいると愛着がわくんですよ」
頭を撫でられた。……あ、リン、ちょっと汗かいてる。ハンカチはー…、
「リンくん、汗かいたままじゃ風邪ひいちゃうよ」
お姉ちゃんが戻らない私の様子を見に出てきたらしいが、リンの汗に反射的にハンカチを差し出そうとして、止まる。
あ、かきつばたのハンカチだ。お姉ちゃん、いつも身につけてるのか。
それを見た瞬間、あーたんが「重っ」と思わず呟いた。む、何がだ。
「あーたん、何が重いの?」
「誕生日花、知ってるか?」
「うん。全部は覚えられないけど私は松だよ」
「………チビは、色々微妙だな」
かわいそうなものを見る目で見られた。
何故だ。お母さんが一時期ハマって教えてくれたのに。
「遵、何か言いたそうですね」
「いや……あれは、リンのプレゼントか?」
「ええ、大事にしてくれてるみたいなのでー…嬉しいですよ」
リンがお姉ちゃんの頭を撫でた。
それにお姉ちゃんが真っ赤な顔で俯いている。ーー何かイベントが!な、なんだ。私がわからない所で何かおいしい事が起きているのか!?
今も十分おいしいがっ、説明求む!
「しかし、遵がそんな事を知ってるとか微妙ですね」
あれ、頭撫でるのやめるの?はやくない?
「うちは呉服屋だから、プレゼントや自分の誕生花を柄にしたいって客も居るんだよ」
「私は松だよ」
「……気に入りなんですね」
「話の腰を折るなよ」
だって、着物に松だけは、ちょっと華やかさが足りないというか。……落ち着いてて良いのかな?それともやりよう?
「あ、あの天久さん」
「ん?なんだ」
あ、お姉ちゃんが慌てて話しかけた。あーたん、猫を被らないの?
惚れたりするなよ。
「ルカのお着物の写真、いつ出来上がりますか?」
その瞬間、私とリンが固まった。お姉ちゃん、その件は嘘八百なんだよ!?
あーたん、会長から聞いてるよね?聞いてなきゃ乗り切れなー…、
「ああ、あれは……ちょっと、モデルの雰囲気を出しきれてなかったからもう一度撮り直したいなと思っていたんです。次は、お姉さんもご一緒しませんか?」
満点の営業スマイルで返したあーたん。思わず右手を見る。
うむ、タコはないのであーたんだな。
「あ、あの……でも、その失敗した写真も欲しくて……」
「すみません。柄がうちのオリジナルなので、公開前に真似されると困るんですよ。ですから、あまり出回らせたくないのです。が、俺の友人が勝手に撮った物は出回っているみたいですーーねえ……、困ったものですよね」
にこっと締めた………あーたん、実は口から生まれてきた?
よく言い訳がポンポン出てくるな。きっと唾液が油で二枚舌なんだね。
リンにそっと耳打ちしたら、「それで助かってるのも確かです」とーー確かに。
結局、お姉ちゃんが負けた。……あそこまで感情通さず義務的に断り続けられたらそりゃ負けるよね。
あーたんへの尊敬度はちょっと上がったけど、お姉ちゃんに冷たいと好感度がさらに下がった。
後、あーたんが何かリンに礼を言ってるけどなんだろ?
ココさんが制服姿で現れるとすぐに車に乗るようにあーたんが促したが、マナルンがにっこり否を唱えた。
「朝ごはんはー、遵くん、たべないの?」
「俺、朝は食べない主義」
「だからって、ココちゃんが食べない事にならないよね。皆で作ったんだよ?」
「真奈美、お前は母親か」
「んー?」
にこにこして、あーたんを見上げるマナルン。
「わかった。朝食食ってこいよ」
「あ、なら、あーたんとは……運転してきた人はうちでお茶飲んでて」
「ああ、悪いな。ち……………ルカ」
ん?
何故、いきなり名前呼び?と、あーたんを見たら私じゃなくマナルンに視線がいっている。
何か恐怖してる?
「ねえねえ、遵くん。今、チビって言おうとした?」
「……マサカ」
マナルンから視線を反らしている。ああ、そういえば『ちび』って単語、マナルンには禁句だもんね。
「そう?」
必死にコクコク頷くあーたん。……地雷踏んでそうだもんね。
あ、片倉さんが寝ぼけている藤咲さんの腕を引きながら帰ってきた。……朝に藤咲さんを外に出すの危険なんじゃ……。
「それで朝から皆の機嫌が悪いのか」
桜田先輩に昼休みに捕まって、藤咲さんの様子の報告もかねて生徒会室にお邪魔した。……会長もいたが目配せくらいで、後は他の役員の方々と話し合っている。
私は、先輩の書類仕分けのお手伝い。ほうほう、野球部は女装メイド喫茶ですか。室内楽部は……リンの独奏と三年の四重奏……を体育館で、か……。
「時間が短いですね」
「大会にも出ない趣味部活だからな。ーー出れないのだがな」
『欠落者』と外に出れなかった天使の孫がいますもんね。
「ところで機嫌が悪いってなんですか?」
「あーたんが君をルカと呼んだらしいじゃないか。気にくわないのだろうな」
チビより良いと思うけど。
「呼びますか?」
「では、ルー」
「はい」
「私の事も好きに呼びなさい」
「桜ちゃんでいいでしょうか?」
「雅ちゃんでもいいぞ」
「お前達、黙れ」
途中で会長に注意された。何故だ。
しかし、雅ちゃ……さんが、会長をじ……っと見つめたかと思うと頷く。
「そろそろ、会長も引退の時期だ。新しい呼び方を考えようか。ルー」
「そうですね。天久さんですか?」
「しっくり来ないな」
「そうですねー…」
「黙れと言ってるのが聞こえないのか」
ガシッとアイアンクローを雅さんと私に同時に。りょ、両手だと!?
「……痛いな」
「か、確実にあくりょくが…っ」
雅さんまでギリギリ絞められてる。
「桜田は俺の手伝いをしろ。秋月、各部活に注意事項を書いたこの書類を配ってこい」
「はーい」
私の返事に苦笑した書記の先輩がそういえばと聞いてきた。
「女王、ゴミ箱は順調?」
「はい、順調に呪物化しております」
昨日までシンプルに色を塗っただけだった筈なのに、いつの間にかお花が描かれたり、形が切り取られたり、お星さまが貼られたり、ゴミ箱ですってタイトルがつけられたり……女王様への供え物はこちらへ!とかいう看板が拵えられたり……、私をどうしたいんだ。クラスメイト達よ。
ん?
おかしい。と感じた。
私、普通に生徒会の書類を配り歩いていると、普通に「これ返してきて」「借りてきて」と雑用を頼まれ、生徒会室に帰れない。いや、帰るっておかしい。
「なにしてんの。アンタ」
「やあ、日比谷さん。部活やってないって大変な事だったんだね」
「部活やってない人たち、暇そうだけど?」
やはり、私だけか。
「何、会長に媚売ってんの?」
「媚は売るさ。ナイス権力」
「……異性としては?」
探るような目をされた。あー…会長の事好きなんだもんね。
「うーん……」
「何」
恋かー…。
私は首を傾げる。なんだろ。恋はしたいけれど、でもーーでも、それは裏切りじゃないのかな?
『私』は好きだった。
ーー『お隣のお兄ちゃん』が……。
夢で見たのは、泣いている家から飛び出た私を自分の家に保護してくれる『お兄ちゃん』の記憶だった。
あの女の人の声が聞こえるたびに少し生前の記憶が思い出される。
あれは、生前の『私』の声だろうか。
わからない。
自分がわからない。
「な、なに泣いてんだよ」
あ、日比谷さんがぎょっとしてる。えへー、とポロポロ泣きながら笑ったら保健室に付き添われた。やだ、良い子。
殿が居なかったけど、私が泣き止むまで一緒に居てくれようとする日比谷さんに「六月十日の誕生花ってなに?」って聞いたら、調べてくれた。
かきつばただった。
ついでに花言葉まで調べてくれる辺り乙女だ。
ーー幸福はあなたのもの……か。
やだ、リンも乙女!!




