2
片倉さんの半端じゃないコミュ能力に私は、ギリリッとハンカチを噛む思いだ。
おのれ、『欠落者』以外欠点がない。どこかに何か弱点を……やっぱり、能力制限失敗してませんか。片倉さん!
一戸建ての大きなお家で第二秘書とかいう理知的なお兄さんに門前払いされたので片倉さんは、一度引き返し、裏庭に回り、庭のお世話をしていたおじいちゃんに「また、梯子貸してください」と梯子を借りて、私のフォローをしつつ二階のバルコニーに軽々と登った。
「……手慣れてますね」
「たまにああやって長谷部さんに遊びにきても門前払いされるから。赤人さんと契約してからは、なかったんだけどね」
そのたびに裏庭に来て、庭のお手入れに雇われているおじいちゃんに梯子を借りたり、居なかったら近くの木によじ登って、二階に飛んでみたり……無謀だ!リンまで一緒にしていたらしい。
「一回骨折っちゃったけどねー」
あははっと笑う爽やかイケメンに恐怖する。
「も、もう外で会う約束にしてください!」
「あー…、うん。でも、アオのうちってレコード多いから、リンがね」
リンのせいか!!
「で、このバルコニーのある部屋がアオの部屋なんだけど…」
「……カーテンで中が見えませんね」
「秋月さん、『契約』してたよね?この距離なら、呼べるんじゃ」
…………念じてみた。返事はない。
動きもない。
「……通じたかもわからないのですが」
「あー、そういえば、オレもわかんないだよね」
なんだと!?
片倉さんは、こんこんとガラスを叩いて、アオー?と呼んでみている。返事はない。
「意外と鍵がかかってなかったり…」
「ああ」
私が何気なく言った言葉で片倉さんがガラッとー…、開いた!
「アオ居るかーっ?」
靴を脱いでお邪魔しますと入っていく片倉さんはかなりの常習犯らしい。ついでに同じくらいリンもやっていると推察出来るが。
私は、部屋に入れずそのままポツンとその場で座り込む。
『どうしたの。本体』
『藤咲の弱ったところはー?』
脳内会議がやんややんやと何か言ってるけれどーー男の人の寝室に入りたくない。
なんでだろ。ちょっと精神的に葛藤してる。リンの部屋には平気で入れるのに。
『本体?』
『どうしたのー?』
『藤咲なら大丈夫だよー』
会議に慰められてる。だいたいなんで、藤咲さんが大丈夫って、大丈夫じゃないからお見舞いに来たんじゃないか。
『あーたんの時に助けに来てくれたじゃん』
『精神的には追い詰めるけど……他の意味なら大丈夫だよー』
『怖くないよー。我々には恐怖でしかないけど!』
『『『部屋の灯りつけてー、ドアを開けてーそこに椅子置いてー』』』
脳内会議が何か念じ始めた!
と、思ったら部屋が騒がしい。藤咲さんと片倉さんが何か話してるみたいで。……明かりが付いた。
まだ、何かしてるみたいだ。ぽつんっと体育座りで待ってたら、カーテンを開けた片倉さんが手招きしてきた。
ドアが開いてるのでそこに思わずダッシュし、用意された椅子に座る。
片倉さんが苦笑し藤咲さんの目が冷たい。
「……何かいう事はないの?」
「お邪魔しております!」
あ、藤咲さん、きちんと服着てる………パジャマが乱雑に脱ぎ捨てられてる。着替えたんだ。
椅子の下に缶珈琲がある。わーい。
『ふふ、我々の意のままに動く藤咲。滑稽よのう』
『接待だ!やったね!!』
『よし、逃げ場確保だ!我々はいつでも逃げる準備万端だ!!』
藤咲さんがテーブルを無言で叩いた。
『『『申し訳ありません。閣下!』』』
短い天下だったね。脳内会議。脳内土下座が手慣れきっている。
藤咲さんが眉間を押さえてため息を吐いた。
「君の頭の中うるさい」
「読まなければいいんじゃない?」
「セラと契約してるから、最近は上手く読めないし疲れるから止めてるーーけど、のーないかいぎって奴等が俺に対して一方的に話しかけてくるんだけど」
よし、私も土下座を!
「土下座をするなよ」
読まれたうえに睨まれた。
藤咲さんと片倉さんが床に直に座っているのに私だけ椅子で良いのだろうか。
「……クッションあるけど?」
「え、いらない」
藤咲さんが私の思考を読んでいる。しかし、きょろきょろ部屋を確認してしまう。本棚にはアルバムがたくさん並んでる。哲学書とかはないなー。悪魔の手引き書とかもないやー。
壁にはコルクボートがある。……体育祭の写真も貼ってる。机には写真だてが………畳んでるね。モノトーンで統一されてるなー。
「何、見てるの」
「リンよりは、生活感があるなって」
「リンって、基本君の家に居るんでしょ?自宅に帰るのって寝るか練習だけだよね。それと比べられても」
皮肉げに笑う藤咲さん、意外と元気かも?と思ったけれど、目元が腫れぼったいから泣いてたのか?
「……なんで、俺の方に来たの。父さんに用がある筈でしょ」
「悪魔側の胡散臭さを信じるより、藤咲さんの体調を心配してです」
「秋月さん、正直すぎるよ」
む、片倉さんが呆れてる。
「……俊平は?」
「自分が来ても嬉しくないだろうからって、駄目元でも市長の方に」
「は、無駄なのに。父さんは、条件を守らなきゃ話さないよ」
「会長は条件守ってますよ」
片倉さんと藤咲さんが驚いた表情で私を凝視している。
「だって、会長は藤咲さんのお見舞いに来てないじゃないですか」
「……片倉、条件は?」
「えーと…『葵のお見舞いに行くな』ってだけだね」
「ね!」
ニコッと屁理屈を捏ねたら何故か二人ともが私の方を見て、一斉に顔色を真っ青にした。
「そうか。万葉が下手な事言えば、曲解するぞと言っていたが確かだったな」
ドアの方から聞き覚えのある声。
冷や汗が止まらない。何故いる。
「達也、わかってたのか」
スーツ姿の市長が片倉さんに厳しい目を向ける。片倉さんは少し困ったように笑む。
「秋月さんの思考は読めません」
「……長谷部から連絡が来た時は愚かだと思ったが、なるほど。確かに天久には、話を聞かせなければならない」
なんですと!コミュ雑な所が初めて役にたったよ。市長。
「だが、その前にお前だ」
私を冷涼な瞳で睨み付ける市長にビクーッと体が震える。
「万葉の策を葬ったらしいな」
「偶然であります!」
「ただの偶然で破れるものではない」
あ、そういえば『天使の祝福』が聴こえたからかな?あの女の人の声もそれかな?
「セラ様のおかげで」
「お前が契約しているという天使の『運命の警鐘』の事か。ターニングポイントを報せるだけのあれが役立つとは思えないな」
ん?『運命の警鐘』?
「人間がその音だけで自分の行いを鑑みるなどそうそうない。無駄だ」
切って捨てやがったーっ!な、なんて傲慢な。キッと睨み付けてやる。
「ラブハプニングはないんですか!」
「……」
なんで心底馬鹿を見る目をするんですか。そうじゃなければ光原さんと女主人公のあの人を寄せ付ける何かの説明が…っ。
「そんなものはない。その人間が人を寄せ付ける運命か体質なんだろう」
光原さんが天然人間ホイホイだと!?………た、確かに今も片鱗がある。
「答えろ。何故、天久の分家を叩き潰さなかった」
「狐様の望みではないので」
「…天久政人に発言権を残した理由は」
「あーたんと会長は見逃してくれると言ったので、あと、狐様大好きみたいでしたからです」
「ーー天久の『神』は、自分の望みすらはっきりさせなかったらしいな。自分の行動が不敬だと感じなかったのか。勝手に『神』の真意を汲み取り、まるでそれが本当の望みだと枠にはめるなどと」
「…………………」
思わず首を傾げる。やっぱり小難しい。
「市長」
「なんだ」
「難しいです」
「………………」
顔を覆ってため息を吐く。
「ーー万葉が何を企んでいたのか知っての行動か」
「……」
さて、どうしよう。桜田先輩の話で知ってるだけだ。ただの偶然なのでごり推すしかないな。
「天久の……崩壊ですか?大きな会社とか潰すと美味しいって」
「……」
何か品定めするように私を凝視している。むー、苦手だ。表情の変化が少ない相手は苦手だ。はっ!桜田先輩がちょっと苦手なのはそのせいか。
「ただの偶然だと言い張るのか」
「はい。もちろんです」
胸を張って肯定したら、見下された。藤咲さんと同じ碧眼の瞳だけど、ちっとも好意的じゃない。
「葵、これに『命じろ』」
「……何をですか」
「天久家の『神』を『堕としてこい』と」
「ーーっ!?」
皆が驚きで目を見開き、市長を見、
「秋月は、人間ですよ!」
悲鳴のような声を上げる藤咲さん。
片倉さんが私の椅子から立ち上がらせて、背中に隠してくれた。
「お前は条件を知っている筈だ。万葉がしようとした事を代わりにしてこい」
「嫌です」
冗談じゃない。あーたんが居なくなるなんてーーやだ!
「では、条件を教えろ。代わりにやれる者を宛がうーー達也、お前だな」
「……何故ですか」
片倉さんが緊張で震えている。そうだ、市長と『契約』してるんだ。命じられたら断れないんじゃ…。
「その娘がそこまでハッキリ拒絶している事だ。身内に関する事だろう。お前が手駒で一番、その娘と近い」
淡々となんでもない事のように算段をたてていく市長にゾッとする。
「……もし、それが人が死ぬ内容でもですか……?」
私の言葉に壁に寄りかかり、市長は少し考える素振りをする。が、
「『この土地』は、犯罪者が逃げたり、逃げ込んで来た場合、警察は外との連携など出来ない」
目を見開く私たちに市長は、少し皮肉そうに笑う。
「『この土地』に居る者と外に居る者は互いに記憶を曖昧にし、なんとか辻褄を合わせようとする。ああ、そういえば、天使にはとても便利な能力が有ったな。『記憶消去』というーーそれで、どれだけの冤罪を作り上げたのだろうな。もしくは罪自体が消えたか」
背筋が凍る。……辻褄合わせに誰かが罪を被ってる事がある?
まさか、だって科学操作が……あれ、でも、悪魔までそれに協力し始めたら、『この土地』ならまかり通るのかも?
そうだ。ゲームでは、ココさんの為に光原さんはひばりんを殺した。女主人公は………うさちゃんの弟の鮫島の、幼なじみの子供を堕胎するんだ……。
なんで?ーー生まれてきちゃいけなかったの?『秋月ルカ』もそんな運命だったかもしれないのに。
ひばりんが死んだら嬉しいの?……ココさんと光原さんーー違う。アイツ等とは、違う。飲まれちゃダメだ。私はもう、セラ様を知っている。ココさんも光原さんもどんな人か知ってる。ーーでも、じゃあ、悪魔だけじゃなく、天使と『契約』した人間ってどこかおかしくなるの?
だって、
「何かを考える時間が有るのか」
市長の言葉にはっとする。そうだ、今は市長だ。
「頭が悪いので」
私の言葉に市長は胡散臭そうな表情をしたがその件に関しては追撃はしてこなかった。
「達也がもし『命じられる』ままに人を殺そうが『この土地』の外に逃げれば良い。『欠落者』だが、外に出れない事はない。……葵とは違う」
「……」
藤咲さんが血の気が引いた表情をした。今、その傷口を抉るなんて。しかし、饒舌だね。市長。
何が目的だ。
いや、話の流れからどうも一番ダメージを食らっているのは藤咲さんだ。
藤咲さんを苦しめたいのか?
「どうした。条件を口にする気になったのか」
仕方ない。これ以上藤咲さんの精神面が心配だ。ーーよし、へりくだろう。うん、そうなると精いっぱい媚びを売らねば。
「……片倉さんにも私にも無理です」
「何故」
「狐様が『鶴』と契約破棄なさったからです。もう、狐様が『鶴』関連で穢れることはありませんので、……」
あーたんに害を与えられない?この言い方はまずいな。濁さないと。
「狐様は今……」
なんて言い回しにしたらいいのか。ちょっと考えてみる。ーーあ、
「贔屓したい相手を選びたい放題ですね!!」
ポンって、手を叩く。
「……もっと、言葉を選べないのか」
片倉さんの後ろからにこーって愛想全開に笑ったのに何故呆れたような顔をするのでしょう。
「それに本当に私は万葉さんに私の身の安全の為に潰した方が良い相手を横流しにして頼んでましたし」
「秋月さん!?」
片倉さんが何かびっくりしている。
「なので、たまたま偶然のまさに棚ぼたが行われたのみです。さあ、市長、この強運を褒めてくれても構いませんよ!!」
「………」
どやーっと誇らしげにしていたら、市長が無言で近寄ってきて、頭をつかんだ。
「………潰すか」
「なんでですか!?」
ぎりぎりと少しずつ、力が込められてる!!
「頭として機能してないようだ。いらんだろ」
「居るよ!いります!!」
無表情でなんて恐ろしい。あと、成人男性だから頭がすっぽりと手に収まってるのがさらに恐怖だよ。
「父さん、ストップ!!」
「赤人さん、秋月さんは真剣です!!」
藤咲さんと片倉さんに腕を押さえられたり、腰に抱き着かれたりした市長は不機嫌な顔をし、執務室に来いというので私は三下宜しく笑顔で応えた。
「はい、私の弁護をして貰うために万葉さんを呼んでも良いですか」
………物凄く嫌そうな顔をされた。




