天久ルートの崩壊ともうひとりの
「先程は、足を引っ張って申し訳なかった」
「いえ、助けても貰いましたし」
謝罪の言葉の後について来て欲しいと桜田先輩は人様のお家だというのに迷いなく私の前を歩くので、私もその後をひょこひょこと歩く。……着物、歩きづらい。
月明かりと部屋の明かりがあるとはいえ、この渡り廊下薄暗い。
そして、この方向は狐様の部屋とは真逆だ。
とことこ、歩く先輩のペースはさりげに私の歩くペースに合わせているらしい。……全体的に真っ黒い人だから、この夜の闇の中に溶けて消えてしまいそうだ。
なんて、考えていると一番端っこの部屋についた。明かりがついていない。
「弓鶴の部屋だ」
なんの迷いもなく、戸を開ける先輩。
暗くて何も見えないが先輩は迷うことなく、明かりのスイッチを押す。パッといきなり明るくなったせいで一瞬、目を閉じてしまったが、恐る恐る目を開くと……無惨にもズタズタにされたたくさんの絵がわざわざ額縁に飾られている。
「形見だから大事にしたいと云うのはわかるがこれはこれで病んでいるような光景だ」
「……」
ナイフでも刺されたのだろうか。絵がほとんどボロボロで……こうしないと形が保てなかったのかもしれないと思い直す。
絵を確認していくと花の絵や動物なども描かれていて…もしかしたら、着物の柄になる物をスケッチしていたのだろうか。こうして絵を眺めているととても、真面目な人なのでは?と疑問に感じていたら、一つ部屋の隅に壁に飾られずにそれでも額縁に飾られひっそりと置かれているので、それを手に取ってみる。
「…………あ」
思わず目を見開く。ーー『扉』だ。水色の髪の子供が大きな『扉』を開けようと必死になっているようなそんな微笑ましい絵が、傷一つなく無事に置いてあった。
「……モデルは狐様でしょうか?」
「そうでなければ無事の筈はない」
では、他の絵をズタズタにしたのは政人さんか。もの凄い確執を感じる。……志鶴さんにですら、冷たかったものな。よく、あーたんと会長は解放しても良いって口に出来たものだ。
時間が恨みを忘れさせてくれるというけど、ドロドロしたものが凝り固まってより強固になってしまう事もある。政人さんと『私』は似てる……憂鬱になってきた。
「ーー『今日』まではの話だが。秋月に頼みがある」
「はい」
「この絵を貰ってくれ」
「はい?」
「貰うのが無理でも安全を保障して貰って欲しい。狐様に押し付けるくらいでも良いが」
「……意味が」
「この絵のタイトルは『楽園の扉』だ」
無表情に先輩が放った言葉に私は戦いた。なんだと!?
「お姉ちゃんの真似ですか!?許さん!!」
「時間軸をまったく考えない君の姉盲信論は、素晴らしい悪癖だが、出来れば冗談でなくこの絵を私にくれるか安全を保障して貰って欲しい」
普通に流された。……な、泣かんぞ。
「私に得がないじゃないですか」
「天久ルートの完全なる崩壊に繋がる」
ーー一瞬、息をするのを忘れた。
私の止まった息など無視し、桜田先輩は続ける。
「この絵を我が校の会長が焼き払う事になると、『お狐様』はさらに穢れる。『鶴』も次代『鶴』も……『お狐様』は、このままでは天久家に災いを自分が呼び寄せると、一時的に『契約書』の範疇外の行動をし、天久家から姿を消す。そうなるとーー『天久遵』と云う存在が一時的に消える」
心臓を鷲掴みにされたような問いだ。怖い。……怖い。
「意地の悪い言葉ではない。君の事も確信出来たよーーそうでなければ片倉達也が『欠落者』になるなど馬鹿な話はない」
「せ、んぱい…」
息を吸うのも難しい。……この人は、信用していいのだろうか。でも、リンが怖がってるだけで近づくなって言わないし……。
ーーなんも問題がないような気がして来た。
「あ、大丈夫か」
「………君のリンのみに発動する楽観と信頼度にそのうちリンが刺されないか心配だ」
「なんでですか!?」
「………藤咲のことだが」
やだ。マイペース。見事に話を飛ばしやがった。そして、若干心読んでる。
「君がどんなに誤魔化そうがあの空気の読めない父親が『鶴』の解放を藤咲にバラすだろう。考えるべきはフォローだからな。……予想では……」
何か言葉を選びつつ、
「物凄くウザそうで面倒だ」
「先輩、お友だちですよね?」
悩んだ上でひどい暴言だった。
「友人だが、会長と仲が悪いのは困る。……そして、今回の件で今度は違う理由で拗れそうだな」
心底嫌そうにため息を吐く。
「話がわかっている誰かが大人になれれば良いが、……君も子供のようだからな……」
なんでかちょいちょい呼ばれて近づいたら頭を撫でられた。わーい。ハッ、えーと、生前プラスαだぞー。……でも、確かに間に翻訳機がないと双子と藤咲さんの関係がダメになりそうだ。
「天久ルートに関して、君の考えは?」
「え?はあ、自分が次代『鶴』だと気づいた会長が『天久遵』に戻り、反対に『欠落者』になったあーたんが弟の真似に特化してそのまま『天久俊平』になるー…」
「どうやら、君は天久ルートは未playらしいな」
バレた!?ーーいや、こんなに自然に話して良い内容なんだろうか。
そして、がさごそと部屋を漁っている先輩は、やっぱり同じ転生者だろうか。でも、『桜田雅』なんてキャラいたっけ?
そういえば『天久遵』が一時的に居なくなるってどういう意味だろう?
「……ちっ、一枚だけか」
舌打ちしたー。泥棒の真似事をしておいて、その態度はどうなんですか。
「弓鶴は、『この土地』の秘密を知りたがっていたからもう二、三枚ある物だと思っていたが、一人一枚が限度なのか?」
「あ、なら私も描きましょうか?」
「……」
はーいって、手を挙げたら、少し考えるそぶりをし、
「いや、間に合ってる」
ふるふると頭を振る先輩。断られただと!?
「その絵を見る限り、弓鶴は、どうも狐様に『この土地』の秘密を解いてほしかったようだが……、狐様の力の種類はそういうものではない。さらに言えば狐様の力は神としては弱い部類だ。力のある天使には負けるだろう」
ふう…と、ため息を吐く先輩。
「セラ様にもですか?」
「……今のセラなら条件次第で勝てるだろうな。『この土地』の天使はそれで狐様を『祝福』の枠に入れてしまうのだから」
………何か一瞬考えたみたいだけど、肯定してくれた。ん?セラ様の正体を知ってた??あと、何か重要情報が。
「君が恩を売った神についてだが」
「はい」
「狐様はなんと言った?」
「あーたんと会長も知ってると、だから先輩かなーって」
「……?」
何故、首を傾げるんですか。
「ああ、セラとリンについて説明するのが面倒で狐様に適当に言ったせいか」
「先輩!?」
さらっと神様に嘘吐いてたの!?
「正確には、双子は君が恩を売った神に遣える使徒と知り合いだと言おうと思ったのだが、端折り過ぎたのかーーどうも、私だと勘違いされたようだな。……真っ当に生きているのだがな」
真っ当に生きてる人は泥棒の真似事はしないぞー。
……ハッ、人でない可能性がまだあるんだ!
「あの先輩は、あ」
「それで、セラの遣えている神だが」
「くま、です」
「リンの祖父の神と同じだ。リンの祖父は、お気に入りだからな。孫の寿命が延びた事に『感謝』していた。迷惑なくらいに」
悪魔なんですかーという問いを華麗に流されてる。
天使にしては不真面目すぎるし。……リンって、そんなに危険な状態だったんだ。今は、魔王そのものなのに。誰だ。リンを苦しめた奴は許さん!でも、そうしてくれなかったら『この土地』に来てくれなかったのか……ゆ、許さんが感謝もしてやろう!
報復はきっちり行うがな。
「セラもあの方のお気に入りではある。だから、嫉妬されて追い落とされた。真面目で融通が利かないせいだな。あとは恨みも買っている」
「ーー先輩、天使ですかっ!?」
「止めなさい」
セラ様の話題に飛び付いたら無表情に手で制された。は、確かにこんな話、大声でされたくないのか。しょんぼりと反省した。それに先輩が頷き、
「『私、天使なの』と言ったらただの痛い奴だと思わないか」
「先輩、とりあえず全力でセラ様に謝ってください」
やだー、この人なんかずれてる。
「……さて、どこまで話そうか」
「洗いざらいです!」
私の主張に先輩は外を眺め、指折り、止める。
「天久ルートの崩壊だけで良いな」
「何故ですか!?」
「夜も遅い」
あ、確かに。
「……狐様が穢れを祓いに一時的に身を隠さずに済むからだ」
「?」
「ーーあのまま、分家に『契約書』があるよりも『鶴』も次代も精神的に気が楽だろうし、勝負がうやむやになったおかげで分家とこれからも縁を切らずに済んだ。」
「ハッキリさせなくて良かったと?」
「……それも違うかもしれないが、『天使と悪魔の楽園』でのこれからを考えるなら、ルートを潰せたかもしれないこの現状は個人的に喜ばしい。弓鶴の件を知らずに当日になった時は焦ったが」
「……さりげに天久家に行くように誘導してました?」
梅のお守りの時、天久家に行け行け言われたような。
「それだけ必死だったと云うことだ。もう、こんなチャンスはないだろう」
なんだろ。こんなに表情変えない人初めてみた気がする。あ、藤咲父もか。どうにも読めない。
「あの、先輩も転生者ですよね?」
「ああ、天久ルートが気に入りだった」
あっさり認めただと!?
「何度も……」
「はい」
「顔を見るたびに歌う牧師を殴り付けようかと思った」
………表情がないと思われた先輩が目を細め、握り拳を握って震えている。ーーき、嫌いなんだ。
「さらっとバラしても大丈夫なんですか?」
「さらっとバラしたつもりはない。こちらはしばらく君を観察していた。何せ、君は『秋月ルカ』だ。どんな事を企んでいて、巻き込まれるかわかったものじゃない。リンと姉をくっつけて、本命を我が物にしようとしているんじゃないかと邪推したくらいだ」
「ん?」
「なんだ」
「リンとお姉ちゃんがくっつくのは運命ですよ?」
「……ゲームとは違うが?」
こてん、と首を傾げたら先輩も一緒に頭を傾げた。何かを考え、私を凝視した後に先輩は納得したように頷く。
「……まあ、些細な話はここまでにして」
「ちっとも些細じゃないです!お姉ちゃんとリンは皆の憧れのベストカップルなんですよ!?」
「付き合ってないが?」
ぎゃふん!
お、おのれ。一番痛いとこを!!部屋の窓から外を見上げている。どうしたんだろうと、私も窓を見た。月が真っ赤だ。
「天久の神がここでこのまま守護してくれることがー……」
あれー、先輩の姿がどんどん変わって行く。夕闇に溶けて、あれ?新しい形に……っ。
「『俺』が生き残る唯一の手段だから」
「!?」
姿を変えた先輩に私が声が出ないでパクパクと口を閉口する。髪が長い。にやりといやみったらしい笑みを浮かべる、彼はー……、
「よう、『秋月ルカ』」
「あ、………かい……??」
知っている人間の姿に私は混乱している。なんで、天使って性別を変える以外の変化能力も、あ、天使って言質貰ってない。
「これは、雅が『俺』に身体を貸してくれているから出来ていることだ。さて、ネタばらしだ」
白い着物を着た。まるで死に装束だと云う言葉を何とか飲み込むが、わかったように相手は笑う。
「『天久遵』は、お前たちが言うゲーム開始前に死ぬんだよ」
衝撃的な言葉に息がうまく吸えない。だって、双子って、……狐様が居る。いや、でも、狐様が学校に通ったらみんな倒れちゃ、……さっき天使が狐様を『祝福』の範囲に入れたって、ーーなんでもっと説明してからこの状況にしなかった!桜田!!
「あ……」
「あーたんと『俺』は違う。……あーたんはこれからも『お狐様』が護ってくれるだろ。『俺』は、違う。『お狐様』を護ってあげれずに穢してしまった、天久から一時的に離れるとから気おつけろと言われたのに。あの長い横断歩道で………つい」
いつかの光景が頭に浮かぶ。慣れた様子で赤信号の中お婆ちゃんを助けに行ったあーたん。あれは、狐様が護ってくれていたから無事だったんだ。狐様が護ってくれていない状況であんな危険な事をしていたら、と、ぞっとする。
「なんで」
頭が働かない。
「無理に会話しなくていい。雅は転生者であり、ループも何度か体験しているらしい。一からのリセットは今回が初めてで、慌てて『俺』を保護してくれたんだ。そしたら、あーたんと『俺』が同時に存在してしまって、雅は、ずーっと匿っていてくれた。『俺』が消えないようにずっと」
「一からのリセット、ループ……?」
「何度も行われていた。『この土地』にとって、テルともう一人は特別だったから逃がしたくなかったのだろう。それでも外の世界との辻褄があっていた。なら、外にも協力者が居ると云うことになるんだろうけど……」
もう一人?光原さんが特別なら、女主人公様か?
「利用されただけなんだろうな」
「あの」
どこか遠くを眺めている彼に恐怖を感じている。彼を認められない。認めたら、あーたんが消えそうな恐怖に心臓がうるさい。泣きそうになった。ーーひどい事だけど、でも、だって、私の知っている人はあーたんだもん。
それに気づいたのか、彼は笑った。嬉しそうに、そして、私に優しく。
「藤咲に言われただろ。同じ人間は同時に存在出来ないって、『俺』は諦めているし、それにこの状況は棚ぼただってわかってる。雅が何かしてくれてるんだろうけど、用を済ませたら消えるからさ」
「………」
「ようやく、ー……『お狐様』と俊平を解放出来る」
本当に幸せそうに笑う彼に私は恐る恐る手を伸ばす。
「なんだよ」
「良いの?」
何もかも飲み込むの?と目で問いかける。
彼は、微笑んだ。私から狐様のお面を取って、その時、頬にひやっとした指先がかすめびくりと、身体が震えた。
「ーーもちろん」
幸せそうな綺麗な笑みをお面で隠しながらー……、
消えた。
消えちゃった。
「泣くな。秋月」
「………っ」
「あーたんのもとに戻っただけだ……どうでもいいが、締まらないあだ名をつけたな」
背中を擦ってくれる先輩。困惑したようにあーたんの名前を出すので少しおかしい。なんとか、ひゃっくりを上げるのを抑える。
「だっで……」
「礼を言いたいと言われたので、出したが、会わせないほうが良かったか?」
それには、必死に頭を横に振る。
「天久ルートをやっていればなんとなく『天久遵』が人外だとわかる表現がある」
「……はい」
「万葉は、言っていただろう。神を『堕とすのは凄いことだ』と、だが、一度も『無理だ』『出来ない』とは言ってなかっただろ?『この土地』をうまく利用出来れば存外簡単な事だ。だからこそ、『天使と悪魔の楽園』だ」
「あーたんは、万葉さんに狙われていたんですか?」
「……良い獲物だろ?あーたんが自分の加護から一時的に外れただけでそんな事になれば、『お狐様』の絶望は計り知れないだろう。『鶴』の……会長の絶望もな」
確かに。狐様に愛されていたけど、『鶴』のように特別な加護は受けていなかったようだ。そして、本人は刹那主義の所がある。無防備だった。
「だが、大丈夫だ。今頃、『鶴』との『契約』を切っている筈だ。そうすれば、これ以上狐様は穢れない。……これからも天久の神で有りたいなら『真名』の問題になるが、それは、天久家の連中の問題だ」
「………」
ふぐーって、変な声が出た。後から後から涙が流れてくる。なんで?あーたんはもう大丈夫なのに。
「『ーー『私』も』」
先輩に振り向き、『私』がー…私の中の『秋月ルカ』が叫んだ。
「『救われたい』」
驚いたように目を見開いた先輩。ああ、そうか。羨ましくて泣いていたのか。『秋月ルカ』が羨ましがって……。
「……ああ、そうだな」
桜田先輩の言葉に安堵し、そのあと、ずっと、わんわん泣き叫ぶ私を探しに来た太刀川さんが抱き上げてくれた。
「大丈夫ですか」
泣いてる私と無表情な先輩がいたせいで太刀川さんが先輩を睨んでいるようだ。
「秋月に用があるのでは?」
「まだ、親類が居る場ですよ!」
私の名前を出した先輩を太刀川さんが咎めているが、先輩は無表情に流した。
「天久家の人間は、会長とあーたんしか来れないようにしている。万葉はわからないが」
先輩が淡々と返している。
「安全は保障する。もし不安ならセラを呼ぶといい。帰りなさい……熱が下がってから、話そう」
まるで子供を甘やかす大人のような柔らかい笑みの桜田先輩に驚きつつ、ゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう、秋月。私の友人を救ってくれて」




