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ーーあーたんと会長が同じ着物を着て、部屋に戻ってきた瞬間に分家の人たちは狐様の前から元の席へ戻った。
……その時の狐様の表情を見る限り、ーー確信に変わってしまうものがある。
人の情とは違うものもあるんだろう。……でも、なんとなくだが狐様って、あーたんを大事にしてる気がする。会長とあーたんが戻ってきた瞬間に安堵している気がする。
そこが私の安心材料でもある。
二人が現れた瞬間、痛いくらいの静けさの中で、彩さんがコロコロと笑った。
「それで、どなたに遵君と俊平さんの判断をさせるつもりなのかしら?ーー志鶴様?……それとも、おじい様?まさか悪魔とされるかの方ですの」
ふふふ、と、笑む彩さんに会長もあーたんともに二人とも口を開かない。そういえば、そうだよ。ちゃんとルールを明確に……。
「『ひばり』と書かれたハンカチを持っている方が『遵』という深託の生徒会長だ。我が校の…天匙の生徒会長は、特殊な趣味で気になる友人に暴力と暴言を振るう趣味があるが、自分の物ではないハンカチを持ち歩く趣味はない」
無表情に言い捨てた桜田先輩に一瞬、右手がアイアンクローの形になった右側と握り拳になった左側。
私が、ちらーっと桜田先輩を見たら、うむ。と頷かれた。
ものすごい試し方だよ。
政人さんが怪訝な表情をしている。
「君は…?」
「天匙の会計であり、お宅の双子に迷惑をかけられた被害者です。桜田雅と言います」
……何故だろう。無表情だというのにどや顔に見える。
「『ひばり』と書かれているハンカチを持っているのは確かだな。」
政人さんの肯定に周りが慌てて、否定の言葉を口にする。
「あんな安物、簡単に用意出来るじゃないですか」
確かに…ひばりんに安物だから、と言われたが他人に否定されるとイラッとするので睨み付けようとする前に重苦しい歳に似合わない威厳のある声が響く。
「疑心暗鬼もそこまで行くと滑稽だ」
桜田先輩のどこまでも冷たい声が私になんにも言うなと警報を鳴らす。
「なんだと!!」
怒鳴りちらす相手に先輩はにこりともせずにただ、義務的に返答する。
「彼らは、私の友人だ。先程から、子供相手に表に出て戦う気構えもない図体ばかりでかくなった分際で、私の友人を盾にして逃げるな。天久の神程度いつでも消せるのだぞ」
抑揚のない。だけれど、明らかに怒気の籠ったそれに誰もが静まり返る。
……ええっと……?
桜田先輩が、神様?
私が期待を込めてジーッと見つめたら、桜田先輩が無表情に頷いた。
「と、小鳥さんが恩を売った神が言ったらどうするつもりでしょうか。この場では『お狐様』以外にも神がいるのですから……発言には努々気をつけなさった方が宜しいですよ」
あれー、違うのかな。
桜田先輩は否定を口にしたら、すぐに銅像のように動かなくなった。……この人には、ともかく本能的に深く関わりたくないといつもでも思っている。性格的に私と相性が良さそうなのになぜだろうか。
なんとなく?……うーん……。
「そうだな。我程度ならいつでも消せる相手だと感じている」
狐様も頷いた。万葉さんに視線を向ければ、にこにこ肯定している。
……私、どんだけ大物に恩を売ったの?っていうか誰?
「では、三本勝負と…」
「その前に」
彩さん、なんでしょうか。にこにこと私を見ないでください。
「勝負事に見分けた理由をお互いに明確にしあって、次はそれを遵君と俊平さんに気おつけて貰うと云うのは、どうかしら」
ーードS!
えー、と…もしかして、被ってるものもあるんじゃないか。
いや、今回は桜田先輩のフォローのおかげでどちらかわかったけど、ペンダコを先に言われたら終わりじゃ…。
左側のあーたんが何かごそごそしているのを彩さんがにっこりと制する。
「飴をこのような場で舐めるなどと、そのような無作法しないわよね」
忌々しそうな顔を双子でしないで。……知ってたんだね。
「小鳥さん、どう?」
「構わないだろう」
何故、桜田先輩がお返事するんですか!?構うよ。もの凄く!
「ただし、延長になった場合、ルールをもう一つ提示したい。君の出したルールに乗るんだ。それくらいは良いだろう」
「……貴方、なんなのかしら?」
不愉快げに桜田先輩を睨む彩さん。しかし、先輩は無表情だ。
「君達の被害者だ。……天匙生徒会は、これでもかなり怒り心頭だ。いい加減、我が校の誇り高い会長を解放してくれ。馬鹿らしさも程度を過ぎれば笑い話にもならない」
ーーリンが、桜田先輩にだけは怯えていた理由がわかった。
怖い。無表情に淡々と抑揚もつけずに断罪していく姿がとても怖い。狐様も、びっくりな表情をしてる。
「出来れば天匙の会計として君達一族の滑稽さを指摘したい。度がしがたい。厚顔無恥。恥知らずーー小鳥さんは易しく諭しているが、私なら『滅べ、救済の価値も見出だせない』と罵りたい。しかし、会長を尊敬しているので口には出来ないな」
口にしてるよ!?
私ですらそこまで言ってないのに。まともな人だっているんだよ!?
さすがにここまで言われると、怒ってるんじゃと会長を見たら顔を覆って笑いを堪えてる。あーたんは、唖然としているけど。
「一族もろとも潰れろとは、ずいぶんと非情な方ね」
彩さんの口元が引きつっている。
「潰れるべきではないという点を探す方が面倒だからな。自力がある奴が這い上がってくればいい」
表情一つ変えずにやだ。そんなスパルタされたら泣く。
「ああ、すまない。大事な勝負に横やりを入れてしまったな。どうぞ、無価値な一族のお嬢様。頑張って勝負に勝ってその高く積み上げられたガラクタで出来たプライドを保ってくれ」
「……」
睨んでる。黙って桜田先輩を睨んでる彩さんも怖い。
先輩は、あくまで無表情だけど……会長、笑いすぎです。なんかあーたんみたいな笑い方になってるよ。「素晴らしい連携ですね」と、太刀川さんの感嘆の声にハッと気づいて、皆の視線が彩さんと先輩に向いているうちに太刀川さんに一言言ってから、狐様のお面の下にある耳から無線機を取り外す。
桜田先輩がチラッと私を見た気がしたが、すぐに彩さんに視線を向ける。
「君の相手は小鳥さんの筈だ」
「ええ、そうね」
ふん、と視線を外す彩さんにまだ笑い続けている会長が不快に見えたのか睨み、怒鳴りつけた。
「遵君!いつまで笑っているの!?」
彩さんの言葉に私は反射的に答えた。
「え?違いますよ」
「え、ー…あ!」
自分の失態に気づき、口許を覆う彩さんに政人さんが、頷く。重々しいため息と共に、
「一本目は小鳥さんだな」
ざわざわと騒がしくなる室内で、先輩がピースしている。唖然としていたあーたんが証拠の品のハンカチも出した。
「待ってください!まだ、勝負を始めた訳では」
確かに。彩さんの言葉に周りがそうだと騒ぎ出す。
しかし、桜田先輩がここでも茶々を入れる。
「ベッドにどちらが入り込んで来るかわからないと困るなら、こういう突発的な対処も出来るべきだ。ーーそちらが言い始めた事だ」
ぐぅの音も出せない。やだ、先輩が頼もしい。そして、黙るしかない分家側と悔しそうな彩さん。
会長が満足そうに桜田先輩に頷き、桜田先輩もやはり無表情に頷くとまた置物のように動かなくなった。さ、作戦だったの?
いつから?
「では、小鳥さん。何故、遵と俊平を見分けたのかの説明をしてくれないだろうか」
政人さんの言葉にうーん…と小首を傾ける。そのまま言っても呆れない?
「嘘は、私がバラしちゃうわよー」
ころころ笑う万葉さん。え、貴女、どちらの味方?
「えーと…遵さんは、拳骨で」
「「「は?」」」
「か……俊平さんは、アイアンクローなので」
シィン……っ。と静まった。政人さん、頭を押さえてどうしましたか。
「失礼ながら、説明が足りない」
どこがだろう。む、難しい話になるぞ。
「ええっと……いつも、怒られると遵さんには拳骨を落とされて、俊平さんにはアイアンクローをされているので、先ほど、桜田せ…さんに特殊趣味呼ばわりされた時に手がその形を取ったので」
指折り数えながらと、答えているのに何故か、皆様、「いつも怒られてる?」「アイアンクロー?」「そんな馬鹿な見分け方?」。クエスチョンマークが乱舞しているように見えるのは何故だろうか。
「遵、俊平」
「「なんでしょう」」
「嫁入り前の女性に何をしているんですか。お前達は」
志鶴さんが、さすがに父親として怒ってる。もっと言ってー。
「仕方ないじゃないですか。馬鹿なんだから!」
「アイツ、無謀と馬鹿を無双してるんだぞ」
親子喧嘩が始まりそうだが、政人さんが咳払いをして止まった。
「……小鳥さん、いい加減な事を言っている訳ではないのだね」
「はい。」
念を押されたが、否定できない。
「最近、私のおかげで俊平さんは握力が上がってきているようです!」
えっへん。と胸を張ったら……何故だろう。奇異の目で見られている。何故だろう。可哀想なものをみる目も混じっているのは気のせいだろうか。
「……次に進んだ方が良いようだな。遵、俊平、反射的なものには気をつけなさい」
諦められた。……まだ何か言いたそうな人たちもいるけど、政人さんがこう言ってしまえば退くしかないようだ。
二回目からは、彩さんと並んで座らせられてからのスタートだった。
……これは普通にどちらも当てた。
理由を問われたので、
「俊平さんにはペンダコがあります」
としか、答えられない。
しげしげと自分の手を確認する会長とそれを見るあーたん。教えてくれた先輩に内緒にしてくれと言われたがこれ以外なかったのでごめんなさい。
ただ、やはり同じ手のことだったので文句が入ったが、先の理由もこれだったのではないかという。ーー政人さんが黙殺してくれたので通った。
彩さんは、
「遵君は、見つめると視線をさ迷わせる癖がありますの」
小さい頃からそう…と、何かを懐かしむような眼差しに2人とも目を逸らす。
三回目に2人の準備が終わり、振り返れば、……手を隠してるしこちらと視線を合わせない。
困った…。右と左、どっちだろう。
「わかりましたわ」
しばらく観察した上での彩さんの言葉に思わずそちらを見ると余裕の笑みを浮かべている。
「あら、どうなさりましたの?」
「いえ…、」
……うーん、わからない。どうしよう。脳内会議ー、どう思う?
『『『無理です!』』』
素直すぎるぞ。
怒鳴ってもらえば一発なんだけどなー。
よくよく考えたら、こんな無表情な2人をあんまり見たことないよー。いつも怒られてるか馬鹿にされてるかだもの。ん?あれ、右側が胸元を探る仕草をした。あ、ポケットを探ってる仕草?……飴かな?こんな時に飴って、あーたん?
「……右が遵さんです」
うむ。わかんないけど、搾りだしてみる。これ以上は無理だ。……彩さんがふふ…っと笑うのがわかる。
「左が遵君ですわ。おじい様」
チッと舌打ちをして、左側のあーたんがハンカチを出した。……会長。本当に無意識だったんだ。
「理由は?」
「遵君は口が淋しくなると、ほんの少しだけ下唇を噛みますわ」
誇らしげな彩さんに政人さんは頷き、私に視線を向ける。
「小鳥さん、参考までに君はどうして間違えたんだ」
「……胸のポケットを探る仕草をしたので……こんな時にアメを求めるのは遵さんかなと」
「なるほど…」
申し訳ないので、あーたんと会長に視線を向けたら、ーー笑ってる?
「さて三本勝負だったが、決着が着かなかった。では、ーー桜田君、延長となったのだ。君が提示したいと言ったルールを聞きたいのだが」
政人さんの言葉に彩さんが桜田先輩をねめつけるような視線を送っている。しかし、先輩はたくさんの悪意のある視線に無表情に対応している。この人、神経太い!
「あー、それについては俺だわ」
あーたんが手を上げたので、そちらを向いたら、あーたんがとことこと狐様に近づく。
「さ、『お狐様』」
「?我がなんだ」
狐様の手を引き立ち上がらせると、自分たちと並ばせる。
「遵、どういうつもりだ」
不快げな政人さんにあーたんは、困惑気味の狐様に向いてにっこりとなんの邪気もなさそうな笑みを浮かべた。
「久しぶりに遊びましょうーー俺に変化してください」
あーたんに請われるままにあーたんに化ける狐様。周りがざわざわと騒ぐ中、あーたんは平然と言い放った。
「俺達の見分けがつくなら、当然、俺に化けた『お狐様』も見分けられるよな。彩」
………あれ、これって、私のハードルも上がった?




