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あーたんと会長を見たら、予想の範囲内だったらしく私に肯定しろと頷いた。なので私は自信を持って頷く。
「もちろんですわ」
「では、どうしてこのような、皆様がこれからの天久を憂いての話し合いの場でそのような悪ふざけを容認したのでしょう」
こてり、と可愛らしく首を傾げる彩さんに私は、一瞬黙った。そうだね。何かあるの?会長。あーたん。
私、何にも知らないからどうしようもないよ。ーーっていうと思うなよ。政人さんはともかく、彩さんに関しては天久も狐様も関係ない。ーーなんか負けたくない。
む、私の中の怒りのウリ坊が珍しくやる気になって立ち上がった。なんかスイッチがあったのだろうか。
「悪ふざけ?この2人こそ、天久の分家の方々が狐様にされて不愉快だと主張している形をそのまま本家に返している姿ではありませんか。次の『鶴』である遵さんは大事。『鶴』でない俊平さんはどうでもよろしいんでしょ?」
「そんなことはない」
否定と非難が口にされたが、私は嘲りの笑みを浮かべそれを一蹴する。
「いいえ、では、いままで彼らが入れ替わっていたことにどの程度の方が気づいて居りましたか?彩さん以外の方で。どのくらい?」
ちらほらと、なんとなくと……覇気のない返事が返ってくる。政人さんはこれに沈黙を選んでいる。……勘だが、この人気づいていたんじゃないか。でも、そうするとなんで指摘しなかったという謎が。
政人さんが一番頑なで柔軟だ。しかし、どこかで、壁がある。その壁を壊せるのは多分狐様なのだろうが。
先代『鶴』は何をしたんだ。
あーたんと会長は知らないようだが、志鶴さんが過剰に反応している。まるで暴かれたくない罪だとでも言うように。ふり袖で口元を隠し、調べて…とだけ口にすると太刀川さんが「わかりました」と返してきた。何をと聞かないんですね。
「見分けがつかなかったようですね」
「なんの関係が……」
恨めしそうな声が聞こえるが、ふむ。わかんないかなと想像力の欠如を疑う。もう、政人さんに頼り切って狐様に頼り切って……頼ることに慣れちゃったんだろうね。
「ーー貴方方が無意識に貶めてきたものの中に俊平さんのような例がないと言えるのですか。本家が分家を貶めたと騒ぎますが、『鶴』になる長子に対し、必ず鶴という文字を強要し、長子を無駄に甘やかし、『鶴』の周りの天久以外の人間を排除する。……『鶴』の長子以外は付属品かなにかだと思っておいででしょうか。これを区別か差別と言わずになんというのでしょう。狐様がある意味で鏡となっているのがわかってないのですか」
「ーー君はなんなのだ。我々の一族でもないものがずけずけと」
挑発に乗ってくる人にターゲットを移そうとしたら、彩さんがころころとお綺麗に笑う。
「皆様、落ち着いてください」
彩さんの言葉に口々に私に不満を口にしていた人たちは黙った。くそ、政人さんと彩さんじゃない人から喧嘩買って叩き潰そうとしてるのに出来ない。突進しても良かったのか。
「小鳥さんはとても頭が回る方なのですね。ふふ」
「いいえ、馬鹿なので怖いもの知らずです」
嘘だよー、魔王とマングース様が怖いよー。八割ハッタりで生きている。任せろ。
「遵君と俊平さんの区別が付くって、凄いわ。そうね。ベッドに違う方が潜り込んで違う方の子を授かったりしたら大変ですものね」
ん?
一瞬、彩さんが何を言ってるのかさっぱりと頭に入ってこなかった。え、そんな明け透けに言っていい内容?
……あーたんと会長に助けを求めようと視線を向けたら、会長とあーたんが不快げだ。あーたんが眼鏡を外しながら彩さんに食って掛かる。
「どういう意味だ。彩」
「遵君ならやりかねないって話よ」
「ああ、お前の中で俺は最低認識な。超嬉しいんですけど。でも、お前だけはないわ」
その間、私はパクパクと何とか落ち着こうと深呼吸する。こんな話題に弱いってばれたらやばいんじゃ。
「あー……」
やばい。否定の言葉が出てこない。
「次代『鶴』である遵の子を授かるなら、お前に取ってこれほど条件の良い話はないだろう」
会長があーたんに渡された眼鏡をかけ直して、侮辱めいた言葉を投げつける。
「ーー次代『鶴』……、あくまでそう、言い続けるのね。わたくしにとっては好機ですけど」
ふふ、と笑う彩さんに会長がニヤッと笑い返す。
「好機とはなんだ。俺もお前を娶る気はない。お前を娶るなら小鳥が言う通り、これのモノになってもいい」
「無理よ。彼女は普通だもの」
彩さんの否定の言葉に私がギョッとする。ふ、普通だとー…。
「今までの様子で小鳥さんは、一度も遵君にも俊平さんにも艶を込めた視線を送らなかったわ。『花』として未熟。言っていることは時々奇を照らしたものだけど、すぐに一般常識を寄っていく。ーー狂気に満ちた一族の籠に捕らえるにはあまりに脆弱な存在だと思わないの?俊平さん」
何ということでしょう。私の溢れんばかりの一般人さがバレるとか………私を良く知る人たちが聞いたら物凄い反論しそうだ。
現にあーたんが噴出さないように口元を抑えているがヒーヒーと笑い転げそうになっている。
万葉さんと狐様まで大笑いし始めるとさすがに彩さんが驚いた顔をしていた。桜田先輩がいたので視線を向けたら俯いて肩を震わせている。無線機から必死に咳払いで何かをごまかす太刀川さん。
ーーどういう意味だ。
「彩、お前の目は節穴だな」
心底同情したとばかりの冷たい視線を送る会長。
「どういう…」
「先ほど言ったな。俺達の区別が付かなければどちらの子を孕むかわかったものじゃないと」
会長、もう少しオブラートに包んでください。彩さんは授かるって言いましたよ。
「なら、小鳥と勝負してみろ。本当に俺達の区別が付くなら問題はないな」
「勝負をして我々に何の得がある」
政人さんが、さすがに口を開く。会長はにやっと笑う。
「小鳥が負けたのなら、諦めて俺は彩を娶ります。何を言っても貴方方は変わらないのだと嘆きながら。小鳥が勝てば『契約書』を狐様に返して頂きます。その後、狐様が『契約』を切りたいと申されるならば、本家は止めません。縁を切ると云うならどうぞ。言葉を重ねるほど失望していく人間関係などもはや無用です」
「俊平……お前にそのような発言権は」
眉間に皺を寄せてたしなめる分家の誰か。
「あるんじゃね?」
「遵」
「理由は言わねえけど。……それに俺も疲れた。小鳥が考えろーって促してんのに考えてんの政人さんと彩と一部だけじゃん。馬鹿みたいに『お狐様』頼りで、政人さん頼りで人を責める事しか出来ないなら帰って結果だけ聞いて、文句言えば?」
あーたんと会長が辛らつだ。誰も反論できないでいる中で彩さんが確認するように問いかけてくる。
「……本当に小鳥さんとの勝負で勝てばその条件を呑むのですね」
「ああ、自信がある他の一族の人間も入ってくると云い」
そう言われて、誰も名乗りを上げないって…どこまでも人任せだな。
「政人さんは良いのですか?」
「?君は一人で戦うのだろう。それなら彩に任せる」
思わず誘いをかけたら怪訝な顔をされた。自信があるのだろうか。
正直、何を考えているのか分からない。
「では、準備があるので」
退出していくあーたんと会長の背中を眺めながら、志鶴さんが項垂れているのを確認する。太刀川さんはまだ調べ終わっていないのだろうか。……人のうちのプライベートが早々ばれたら問題だけど。
私の目的は『契約書』を狐様に返すだけだから、この勝負に勝てば良いだけなのに。
「狐様」
あ、足がしびれていて感覚ないや。歩けないのでバタバタしていたら狐様から近寄ってくれた。その様子に分家が憎々しげに睨みつけている。
こんな機会がめったにないなら話しかけたらいいのに。
「なんだ」
「弓鶴さんはお好きでしたか?」
「弓鶴は哀れだった」
志鶴さんと分家側がぎょっとした顔をしたが知らない。
「では、好きではなかったのですね」
「……」
「政人さんはお好きでしょうか」
「ああ、とても」
弓鶴さんとか云う人の時は沈黙で政人さんにはあっさりと肯定かい。
ちらっと視線を政人さんに向けると、俯いていて何かに耐えているようだ。狐様の力に皆当てられてしまうから狐様が、こんなに人がいる場所に出てくるの久しぶりなんじゃ。
そういえば、狐様がしばらく時間が曖昧だった時期があると言っていた。あーたんのおかげで認識できるようになったというなら、近い時期だ。志鶴さんと先代『鶴』の時期が曖昧だったのではないだろうか。
その時に何かあったのだろう。
「狐様、お暇ならお喋りすれば良いんじゃないですか?指名すれば、喜んで喋ってくださりますよ」
「なるほど。では、隼人と香織と……」
どこかで悲鳴が上がったが気にしてはいけない。ずっと、睨まれてるのも疲れるのだ。
次々と指定された人物が狐様に挨拶するが、恐縮しているのか何も喋らないが、狐様は、じっと眺めては満足そうに笑んでいる。先ほどまでの凍り付いた空気など知った事ではないのだろうか。
これも人とは違うということか?
そこで、太刀川さんから調べが付いたと云う声が届く。このタイミングはありがたい。後から、無線機の事がバレて不正と言われたくないので外すつもりだ。
ある時期から商売よりも絵を描くことに夢中になったらしいことと政人さんと大喧嘩になったこと………キッカケは調べきれなかったらしいが、狂った歯車はそのままに分家と弓鶴さんは互いに歩み寄らずに罵り合う関係のまま、狐様が倒れ天久が一時混乱したときに弓鶴さんが亡くなったらしい。
一時の混乱は政人さんが早急に収束させたおかげで一部しか知らないことらしいが……倒れた狐様の様子などはさすがに調べきれなかったらしいが、ここまで分かればいいか。
狐様に呼ばれた方たちの個人情報もしっかり聞いた上で、ーーうん、『契約書』を取り戻したらいい加減、志鶴さんに覚悟してもらうしかない。
狐様を天久から解放するかどうかの決断をしてもらわねばならない。




