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怒りか羞恥かわからない感情で顔を真っ赤にしていく分家の中で政人さんも彩さんも冷静なものだ。
しかし、私はもの凄く恥ずかしかったが……。
「……小鳥さんのいう情とはそのようなものかな」
嘲りでもなく、ただの確認のような政人さんの言葉に私は、少し考える。
情……と答えるにはあんまりな台詞だったな。しかし、ここで否も肯定も出来ない。どのタイミングで揚げ足を取られるか。
「別に彩が気にくわないってだけでも理由になんじゃね?」
あーたん、黙って!
茶々入れて足まで崩し始めたあーたんにコラッ!と叱りつける大人が居た。分家の一番後ろのほうに座っている……誰?と、私が首をかしげたら太刀川さんが、
「一族でも末端の方です。……教職ですね。」と通信機から何かを調べる音をさせながら教えてくれた。
商売関係じゃなく、公務員?……狐様の力の範疇なのかな?
「遵、お前はこういう場でふざけるなとー…っ」
彼の注意にあーたんが、しまった。と云う顔をした。あーたんに届く注意が出来る人なんだ。
「次期『鶴』になんていう口の聞き方を!?」
あ、狐様側に近い方に座ってる人が怒った。
「は?次期『鶴』!?ーー知りませんね。あの子が悪い大人によくない遊びを教えられているのを歯痒く思っていたところです。この機会に遵のあのだらけ切った根性を叩き直したいくらいです」
おおっ!場外乱闘が起きそうだ。と思った瞬間、政人さんのわざとらしい咳払いで喧嘩を始めた二人がぴたりと止まる。
「やめなさい。見苦しい」
「ーーしかし、遵が……っ」
尚もいい募ろうとする彼から視線を外し、あーたんに視線を向けたら、しっかりと座り直していた。会長、ため息は幸せ逃げるよ。狐様がクックッと笑い、あーたんを怒った人に視線を向けた。
「隼人、遵は我が後から叱る。許してやってくれ」
「は?………え、あ、はい」
狐様に話しかけられたせいか真っ赤になって、必死に首を縦に動かすとストンと座ってしまった。……何故か、皆様がざわざわとして隼人さんっていう人にチラチラと視線を向ける。
困惑してる?
「……『お狐様』が隼人をご存じとは思いませんでした」
「?何故だ」
「……本家とは遠縁ですので顔をお見せした事がないと……」
政人さんが困惑したような声音を出した。彩さんも隼人さんに視線を向けている。……本家側は、普通の顔をしてる。……もしかして、本家に取っては普通なの?ーー攻めてみようかな。
「……狐様、隼人さんと仰る方はどのような方でしょうか」
「働き者で努力家だ」
蕩けるような微笑みを浮かべ、いつも気にかけていたと、……その言葉に隼人さんが変な声をあげた。と思えば、ざわざわとざわめきが酷くなる。
隼人さんとやらが小さくなっていく。……あれ、誇らしげに胸を張ればいいんじゃないのかな。
仕方ない。少し修正しておこう。
「俊平さん、狐様に名を覚えて貰える事は誇らしい事ではありませんの?」
会長にボールを投げたら、ニヤリ、とほくそ笑んでる。あの笑みに覚えがある。『私』が仕事を満足する結果でバトンを渡した時の笑みだ……生前の記憶が、刺激される。
会長が立ち上がり、狐様に前に来るとそのまま座り一礼する。あまりに自然だったので、誰も突っ込まないね。
「どうしたのだ。……俊平」
「発言の許可を」
「好きにするといい」
そうだねー。みんな結構、勝手に喋ってるから、今さらだよね。ちゃんと狐様に敬意を表してるって……そういえば、政人さんが一番、しっかりしている。
んー、この辺が引っ掛かるな。政人さん自体は、仕事面で問題がなかった。分家も……纏めてる。狐様の好きな部類に入るのに。一番敵意が強い感じがする。……志鶴さんに。
『お狐様』に対して道具扱いしてる発言をするわりにしっかり気遣っている。あーたんや会長にも少し優しさを見せているのに『鶴』に対して敵意が向かっている気がする。
「では、政人さん、これを皆さんに配ってください」
会長が持ってきた書類を政人さんに渡すと近くにいた人たちが慌てて、政人さんから書類を預かり後ろに配っていく。その間にあーたんが私の近くに寄ってきて、書類を持ってきてくれた。
声を低くしながら、ひそひそと、耳を貸せだと。
「……チビ、アドリブでよくあそこまで……」
呆れてるの?
「グラサンもお前の性格掴めてないんだろうな。かわいそーに」
「太刀川さんだよ」
グラサン、言うなーと訂正を求めたら、無視された。あーたん、態度悪いよ!
「さっき、桜田が無線機持って来たからこれと交換しろ」
ん?桜田先輩が?
「なんかグラサンに届けてくれって頼まれたから、うちに来たらしくて」
誰に?
あーたんが私に無線機を差し出してきたので、無線機を持った手を凝視してしまった。
これも耳にすっぽり入るタイプだ……本当にこんな小さな物で、やりとり出来るの?的な目線を送ったつもりだっただけだけど。その手に引っ掛かりができた……あれ、あーたんの右手にペンダコ?
「なんだよ」
にやにやしているあーたん。……あれ、ここで指摘していいことなの?
私が困惑していると、あーたんのふりをした……会長だと思う……が、ニヤニヤした。笑みはあーたんだ。……え、会長がそんな三下の笑みを浮かべるの?なんかやだよー。
私が混乱したままなのにあーたん?が、さっさ装着しろと、言うので、あーたん……と指摘する機会がくるまでそういう事にしておこう……の影に隠れて慌ててお面の下に隠れるように通信機と交換で装着したら、太刀川さんが「最新の物を神取さんが用意してくれたようですね」って聞こえた。
神取が用意してくれたの?
ひそひそと、あーたんが私に語りかけてくる。
「さて、俺達にも企みがあるけど……、チビも思い付いたら茶々入れろよ」
「うん」
「……ちゃんと、気づいてるよな?」
探るような視線のあーたん……に丁寧に返事を返す。
「はい」
満足したように頷いて貰えた。あ、やっぱ、そうなんだ。
「ーーもしかしたら、『お狐様』にも協力いただくかもしれないが、その時は、お前がどんな『馬鹿』かを思い出せよ」
ん?
どんな馬鹿か思い出せ?
「遵、もういいか」
「ああ、……『お狐様』、これから少々不愉快な出来事があるかもしれませませんが」
「わかっている」
書類が行き渡り皆が騒然としている。あ、隣同士で確認しあったり、そそっと距離を取られたり、ねつ造だって騒いだりしてる。……まともな神経がある人がいて良かった。
私にも何枚かくれたけど、あれ……変な辻褄合わせのような商売が舞い込む件の全部じゃないんだ。
困惑して口に出してしまったのか、太刀川さんが「全ての方が商売上手とは言えませんので。天久の神が好んでいる者を弾いての作成をなさったのでしょう……こちらにも作成したものを届けてくださったので確認いたしました」と。そっかー、頑張っても、結果が付いてこない人は努力してないとか働き者じゃないって話じゃないもんな。
でも、そうだとすると、隼人さんみたいに商売から離れてる人は、狐様の加護が少ないから、商売に手を出さないとか?失敗した時のリスクを恐れて?……あんなにまっすぐにあーたんを叱った人が?
なにか、違う気がする。
「太刀川さん」
「はい」
「あの、さっきの隼人さんって人の家族と代々の仕事とお金の流れを」
「はい。天久のお二人が弾いた方々の情報は、ある程度調べが終わりました」
さっそく、袖で口元を隠し小声でこそこそお願いしたら、なんて仕事の早い!!さすが、太刀川さんだと感動してしまう。
商売に興味がなかったことと弟が高校を卒業して早々実家を継いだらしいとの事。……正直、継いだ弟は商売は上手だが直ぐに散財してしまう人だけど、隼人さんが真面目なおかげか赤字がないらしい。
狐様、家族単位で力送ってたら疲れちゃうよ。
そして、無線機をもっと前に用意して貰えれるように早く行動して相談していれば楽だったのか。がっかり。そんな私の気持ちが伝わったのか苦笑が聞こえた。
まあ、気持ちを切り替えて、あーたんと会長の行動を見ていたら私と狐様、政人さんと彩さん分家を挟んでちょうど真ん中に座る。
志鶴さん、オロオロしてないで。
「……これがなんだというのだ」
書類を一通り眺めた政人さんが真意を測るようにあーたんと会長をねめつける。
「詳しく知りたかったら、もっと印刷してこようか?」
からかうような、とりあえずあーたんに政人さんの片眉が動いた気がする。
「『お狐様』の力を人が御せるものではないということです」
「今更な話だな」
とりあえず会長の言葉を政人さんがバッサリ切ったが、他の分家で違う反応を示す人たちは結構多いようだ。後ろ側から不満が聞こえる。
その声の中には不平等を嘆く声があるので狐様が困ったように眦を下げた。
「『契約書』の通りにすると、『鶴』から縁が薄くなるほど、我の力は届きにくくなることは確かだ。しかし―…」
狐様の徳を高めるような人間は別だと伝えようとしたのだろうか。しかしその言葉は遮られてしまう。
「ならば『契約書』を書き換えてください」
「それは―…」
「ーー痴れ者がっ!!」
政人さんの恫喝に周りも私もびっくりした。
そのまま、ぽろっと本音を漏らした分家の側の誰かの方を向き政人さんはなおも言い募る。
「『お狐様』のご負担になるとわからぬのか!!考えなしの前回の『鶴』のせいで、『お狐様』が穢れたこと知らぬ世代ではあるまい。」
はっとして、狐様に視線を向けたら狐様が複雑そうな笑みを浮かべている。そういえば、前回の『鶴』は、一族に強い恨みを持ったまま亡くなったんだ。
どういう恨みだったのか訊いてない。
しかし、怒鳴られたほうも一応は謝りを口にしたが、不満を隠しきれないようだ。
政人さんの立場も悪い。
一番上に自分の子供が狐様を頼り切っている商売を行っていることを書かれている。
会長がその本音を漏らした相手を軽蔑しきったように睨み、ついで、他の狐様の方を同情している視線を向けているある程度、まともな側に語りかける。
「……もう、時代にあわなくなってきたのではないでしょうか。これ以上、依存しきる前に『お狐様』に『契約書』を返し、『お狐様』のご負担にならないように『契約』から見直す必要がある筈です。『鶴』との『契約』を見直す機会ではないかと」
「それをして、『鶴』は、これからこの天久の中でどのような立場になるのか理解しているのか俊平。いや、そもそも、何故、もう一度自分たちと『契約』をしてもらえると信じているのだ」
「別にアンタたちの同意がなくても、『鶴』が『お狐様』に『反物』を献上しなければ、『契約』は切れるんだぜ?話合っているいまのうちに」
「そうやって、『弓鶴』のように我々を脅す気か」
弓鶴という名前が出た瞬間にピリッとした空気が流れた。特に志鶴さんより年配の方々が明らかに敵意に満ちた目になった。
あーたんも会長もわけがわからないように困惑している。志鶴さんが下を向いて、狐様が痛ましげな表情をした。
「弓鶴は、自由になりたかっただけだ」
「『お狐様』、はっきり申し上げましょう。『お狐様』のお力をもたらさぬ『鶴』は、天久に居場所はありませぬ。それもこれも弓鶴のせいだと……遵と俊平には罪がありませぬが、志鶴は違います。もし、私が『鶴』を解放するとなれば、次期『鶴』になってからです」
これは、遠回りな『鶴』を辞めるなら絶縁するぞということだろうか。狐様の加護から外れるとしたらそっちが痛手だろうに。一部から並々ならぬ決意を感じる。
そこまでの覚悟がなかったのかあーたんと会長が顔色を悪くして黙ってしまった。…志鶴さんは、逃がす気ないのか。ふーん。
「恨みですか?」
誰もが一瞬の沈黙を選んだ瞬間に言葉を突き付けてみた。--政人さん、空気にはまだなってませんよ。私。あ、太刀川さん、素で喋ってましたか。すみません。
「ああ、小鳥さんのように年若い子に私はどのように見えるかな。――偉そうにとそう感じるのだろう」
にこっと微笑み、私は、ーー『私』は、同意する。
「いいえ、私も政人さんの立場なら、本家を憎みます。『あっちは大事でこっちは見もしないのか』と」
「こと」
会長が口を開こうとしたが、あーたんが止めに入った。さて、楽しんで貰える仕様の邪魔にならなきゃいいけど。
「しかし、狐様と『鶴』の関係はただの『契約関係』ではありません。狐様は『真名』をお持ちではないのです。狐様の唯一の力の供給口をそこまで貶めて、さらに繁栄させろ。『契約書』を寄越せ。先代『鶴』が憎い。ーー無知もそこまで行くと滑稽ですわね」
「『真名』?」
あれ、皆知らないの?あ、万葉さんが大笑いしてる。
「駄目よー、小鳥ちゃん。普通は知らないものよ。うふふ。
万葉さんの肯定に驚き、周りが話し合っている。
「志鶴は知っていたのか」
政人さんの責めるような視線を受けてもはっきりと頷く志鶴さん。
「『鶴』がいなければ『お狐様』がお力を蓄えられぬことは知っております。しかし、『お狐様』が気にしておりませんでしたので報告いたしませんでした」
ちっと舌打ちですか。では、さらに畳みかけよう。
「狐様は『鶴』の織る『反物』はもういらないそうです。もともと、歴代の『鶴』が狐様に自らの腕を見ていただきたく献上していたものですから」
これに驚いたのは、後ろ側にいる人たちだ。知っている人と知らない側がはっきりとわかれる。
「では、『鶴』が寿命を削ることはないということか」
「しかし、それでは『鶴』ばかり得を」
「遵は、若いのですよ」
「弓鶴の件を志鶴君に押し付けるのはかわいそうなのでは」
「それは、あいつに実際酷い暴言を言われたことがない我々では……政人が最大の被害者だというのに」
.
ふむーっなかなか強硬でたくさんの意思があるのは大変だ。カリスマ性では圧倒的に志鶴さんじゃ政人さんに勝てないし。ーー発言する気がなさそうだ。狐様は『鶴』ばかりかわいがっているという思われてるし。
その誤解を解くには、こちらも天久側で発言力を高めないと。
「ーー『鶴』ばかりが得とはどのような意味でしょうか」
あーたんから……いや、会長から底冷えのする声音がした瞬間、皆様が一斉に黙った。
「ま、て……」
誰かの焦った声が響く。あ、狐様が胸を押さえて苦しがっている。が、あーたんと会長の影になって分家に見えてないようだ。
私が慌てて狐様に寄ろうとするとしたが、先に志鶴さんが分家から狐様を隠しながら支える。
「命を削り、母からも引き離され、『鶴』だからと父の寿命が短く尽きるのを容認しながら……友人からも愛想を尽かされた。――お前らが寄越す偽りの友人どもと騙されながら生きて行けと言うのか!!」
誰も、会長の怒りに反応できない中で会長のふりをしているあーたんがハッとしたように会長を止めに入った。
「しゅ、ーー遵、落ち着け!!『お狐様』が苦しがってる」
「うるさいっ!」
「『遵』はこんな事で怒ったりしないからな!!」
あーたんの言葉にピタッと会長が動きを止めた。
ああ、うん、確かにあーたんなら、怒らないか。諦めてたもんね。狐様も苦しげだったが、志鶴さんに背中を撫でられて落ち着いたようだ。
ちらっと、入れ替わりを察した人がいるかなっと分家を見たら彩さんが、ニッコリ微笑んでいる。確認したかった事が出来た満足感を得たような。
嫌な感じだ。まるで、底なし沼であがいている気になってくる。歴史が、人が、いろんなことがつみ重なって這い上がれない気分だ。むむ。
会長を抑え込んだあーたんが、はーあっとため息を吐き髪をかき上げた。
「『お狐様』は、『契約書』を書き換え、努力する者の加護を強めたいという話をなさっているんです。『契約書』も自分の手元に置いておきたいのです」
「『鶴』の頼みなら、全てを鵜呑みになさる方に持たせておくのは危険だな」
「ですから、遵の許嫁となる小鳥に持たせようと云う話です。彼女は、悪魔の性質に詳しいように神とも通じています」
さらっと、嘘を混ぜたね。あーたん。神の性質なんか知らないよー。神じゃなく天使のほうだよ。
「……悪魔ではないのだな」
まだ、半信半疑だったのか。政人さん。まあ、万葉さんがいるからなー。
「神取さんの『花』として、教育を受ける予定の子だったというなら、人間で間違いありませんわ。おじい様。神取さんと太刀川さんは、その辺の勘が鋭いのですから」
うふふっと、空気になっていなかったのね。彩さん。しかし、なんだと。悪魔かどうか勘でわかるだと!?
慌てて太刀川さんに確認しようとしたら、その前に太刀川さんに「なんとなく、ですから」と返しが…。先を読まれた。……しかし、どうして、今、その誤解を解いたんだろ。
「神取さんと太刀川さんには勝てませんが、わたくしもなかなか勘が鋭いほうなのですよ。小鳥さん」
神取の名前出すな。なんか不愉快だ。私の内心の不満なんか知らないだろうが。すう……と目を細める彩さん。獲物をいたぶるネコみたい。何を言うかは予想できるな。
「遵君と俊平さんが入れ替わって遊んでいるのに小鳥さんは当然気づいているのでしょう?」




