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上座に狐様とともに座り、少し離れた斜め側に志鶴さんとあーたん。そして、少し下がって会長。
分家側は、政人さんと彩さんを筆頭に後はずらっと部屋一杯に着物を着た人やスーツを着た人達が座っている。後ろの隅っこに桜田先輩が置物のように動かずに正座している。太刀川さんは部屋から出ていったようだが、通信器具から部屋全体が見える場所にいるから、安心してくださいと聞こえた。
カメラでもあるのだろうか。キョロキョロして探してみたい気もしたがそんな暇はなかった…。
狐様が、私を簡単に紹介した。
「次代『鶴』の伴侶、雲雀小鳥だ」
太刀川さんが通信機から、指示してくれるようにしずしずと勿体つけながら、頭を下げる。自分でも気を付けないといけないか。
「雲雀小鳥です」
ほう…って、複数の息が漏れたのが聞こえたので視線を上げれば、あーたんと会長がホッとしたようにため息を吐いている。そ、そんなに不安だったのか。分家側は値踏みってところかな。
天久の代表として、当然のように政人さんが挨拶を始めると少しばかり狐様が不愉快そうな表情をした。
政人さんが挨拶をしている中、分家の方々は皆様、下を向いてますが正面向いた方が良いですよ。あなた方の守護神が若干完璧に気分を害してます。
視線を志鶴さんに向けたら一緒に頭を下げてる。
あーたんと会長は、政人さんと彩さんを睨み付けていて……もう一度分家側に視線を向ければ頭を下げてない桜田先輩が、私に何か口パクしている。
無表情だが、なんとなく嬉々としているのがわかる……え、茶々入れろって事ですか?
私が首を傾げたら、先輩はこくり、と頷いている。やだ、不敬じゃないの?
狐様に視線を向けたら、興味がなかったが通じ合ったのか、ふ……っと笑われた。
「どうした。小鳥」
おおう、狐様。まだ、政人さんの挨拶終わってないよ?
ほら、皆が顔を上げて一気に私に視線を向けてきたじゃないですか。そして、偽名が慣れない。
……私、秋月ルカです!でも、今は悪女モード!!さあ、怒りのウリ坊……あ、今日もやる気ないんだ。わかったよー。一人で頑張るよ。
うーん、そうだな。振り袖で口元を隠して、ちょっと考える。あ、振袖のしたに通信器具を隠せば、太刀川さんにこちらからも相談できたのかな。……太刀川さんが、そんな単純な事に気づかない訳がないか。いきなり、誰かに相談されたとしたら、リンかな。用意している時間もなかったのか。もっと、はやく相談すれば良かった。
狐様が私の言葉を待っているようなので自然と部屋の中も静まり返っている。そこで、こてん。と首を傾げて、素朴な疑問と言った呈で私は口を開く。
「……天久家の代表は、『鶴』ではないのですか。狐様?」
ーー室内温度が下がった気がする。
天久の人達が頭をあげて眼を見開いて、私を凝視したり、ざわざわと隣同士で耳打ちしたり、俯いて顔を見せない人もいる。
政人さんを見れば、眉間に皺がっ。彩さんは、コロコロ笑って……志鶴さん、顔色が悪い。あーたんと会長は視線を逸らしてるけど、ぷるぷる震えてるから、笑うのを堪えてのかな。
しかし、この様子で、じゃあ、『鶴』に挨拶させようって話になった場合志鶴さんに挨拶させて、恥を欠かせたりトチったら大変だ。
私も彩さんを真似てコロコロ笑って見る。
「いやですわ。冗談ですのよ。ねえ、狐様と『鶴』で在られる志鶴さんは、このような場でわざわざ挨拶などせずとも良いのでしょうね。ええ、理解しておりますとも」
『鶴』は狐様の特別なんだぞアピールをすれば、分家の一部が、ハッとした様子で志鶴さんに視線を向けた。……なんだろ。一族全体で麻痺が起き始めてるのかな。
狐様の『契約者』は『鶴』だよ。『鶴』が居なければ、狐様も天久に居ないんだよ?
顔を上げてると、狐様の機嫌を損なうことをしたと顔色を悪くしている人たちも居るけど、狐様を恐れてるっていうより、理解に苦しむといった様子の人達や狐様を誇らしげに見る人達……大まかに別けるとそんな分類になる。
狐様を理解していないグループと依存しきっているグループは助けを求めるように政人さんに視線を向けている。………あ、私をナンパしてきた奴も居た。
私が最高に空気を悪くした中、彩さんが、にっこりと狐様に微笑んだ。
「『お狐様』、小鳥さんは早くこのような退屈なだけの時間を終わらせて、『お狐様』の寵愛が欲しいわと、ねだっておられるのですわ。ねえ、小鳥さん、そうでしょ?」
今度は私に微笑んだけど、ゾーッと背筋が凍った。な、何かよくわかんないけど、怖い。
そして、その言葉に一気に分家の人達の敵意が私に向く。
な、なに?
「彩、不敬だ」
「あら、ごめんなさいね。わたくし、あまりに『お狐様』と小鳥さんの仲睦まじい姿に嫉妬してしまって……遵君、大変ね」
政人さんの制止で彩さんは、鈴 のように心地の良い声で笑いながら、毒を吐いているのにようやく気づいた。
あーたんと会長は黙って睨み付けているだけだし、チラッと桜田先輩に視線を向けたら……いない?
どこ行ったんだ。あの人。
通信機から太刀川さんの「落ちついてください」の言葉が聞こえたので黙っている。
ニコニコ笑いながら、大人たちの敵意の籠った視線に耐えている。ーー狐様の寵愛ねぇ…。
「皆様、小鳥さんが怯えていますわ」
辺りを確認し、うふふ…と笑い、自分は庇いましたよアピールか。まったく庇れた気はしないが、彩さんに私は笑む。さてー…軽く喧嘩を買っておこう。
「いいえ、彩さん。お気になさらずに。それにしても狐様の寵愛なんて、ーー嬉しいですね」
否定を口にすると思ったのか、私の肯定に彩さんが眼を見開いた。いやいや、狐様の性質知らないの?
「狐様の大好きな働き者で努力家だと認めて頂いたと云うことですわ。ふふ…」
誰かが息を飲んだのがやけに大きく聞こえた。
さて、この嫌みに気づいて貰えたかと彩さんを見れば、………目が笑ってないのにコロコロ笑ってる!
「あら、でわ。わたくしの努力が足りないと?」
「ええ、努力の方向性をお間違えでは?」
私と彩さんの間にバチバチと火花が散った。ーーこの人嫌い。
太刀川さんから、ずーっと「落ち着いてください。神取さんとは何もありません」と聞こえるが、神取なんか関係ないぞ。本当だぞー。ただ、私の嫌いなタイプなだけ、の筈。
うん。
「……彩」
はーっと、を抑えながら、政人さんが彩さんを窘めている。あちらも、私に思うことがあるらしくまだ私を睨み付けている。
ふん。万葉さんレベルにはなるには、まだまだだね。
「小鳥も落ち着け。……今日は、お前の遊び相手を見繕う場ではない」
狐様も私を止めに入った。しかし、遊び相手って……私をどんな認識してるんだろうか。小一時間くらい問い詰めたい。
「申し訳ありません」
深々と狐様に頭を下げる彩さん。真似しようとしたら、狐様に止められた。悪女役だからだろうか。
「お前と彩の立場は違う。ーー志鶴の嫁の話を耳にしたろう」
狐様の声が妙に広い部屋の中で響く。これは、誰もが狐様の言葉を一言も漏れないようにしようという心理だろう。
しかし、狐様め。私をなんだと思ってるんだ。
「我は、『鶴』の伴侶も大事にしたい。名に無理に『鶴』を入れる事もあるまい」
なんだか、また室内が重苦しくなった気がする。……全体的に志鶴さんを睨み付けている。粘着質で気持ちの悪い感じがする。……嫉妬かな。狐様に大事にされている『鶴』への嫉妬?
「………『鶴』の伴侶を大事にするとお約束致します」
重々しく最初に頭を下げたのは、政人さんで、それに連なるように次々と頭を下げていく。ーーあーたんに視線を向けたら、肩を竦めるだけだ。
この畏敬の対象に『鶴』が含まれているなら、まだわかるのに誰もかれも完璧に志鶴さんを敵視しているか無視している。……異様だ。
それにしても、狐様、私、どこで『契約書』寄越せって騒げばいいんですか。合図ください。腹の探りあいだよ。隙がない。
「……もう少し、この用な機会を頂けるのでしたら、『お狐様』に退屈などと申させませんのですが」
政人さん、嫌みですか。会長、政人さんを睨み付けないでください。
「身に障る。今回は特別であり小鳥が設けた場だ」
おおっ!と感嘆の声が!!と視線が集中した。
株が上がった。私の株が一気に浮上したよ!!
でも、恩を売った神様がわかりません。しかも、勝手に使われてたし……。太刀川さん……こういう場合、笑えばいいんですか。わかりました。ニコッ!と笑んでいたら、誰かがボソッと呟いた。
「本当に人間か」
あ、ナンパ男だ。
自分の呟きが思った以上に大きかった事に慌てて口を塞ぐが、周りの注目が一気に集まった。
「口が過ぎる」
政人さんが咎めたのにナンパ男の口は塞がらなかったようだ。
「で、でも、おかしいですよ!?ほら、藤咲家の例の悪魔みたいに俺達を騙してるんじゃないんですか!あの女だって、『お狐様』の周りをうろちょろー…」
「………誰か、あちらに連れていけ」
渋面を作る政人さんの言葉で数人が、ナンパ男を退室させようとしている。なんだろ。別に悪魔呼ばわりくらい……か、構うぞ。
しかし、意外に不信感を植え付けたのかひそひそと隣同士で話し合っている。万葉さんって有名人なのかな?
「『お狐様』、彼女は悪魔ではないのですね」
「さてな」
確認するような言葉に狐様がとぼけた。
どうしたのー。私、悪魔と天使と『契約』してるだけの人間だよー。ハッ!生前+αもくっつくよ。
内心の慌ただしさを隠しながら、袖で口許を隠し笑んでみせる。皆に視線を逸らされた。意外と傷つくが、これ、使えるかも。分家では彩さんと政人さんは私から視線を逸らさないな。
志鶴さん、視線を逸らすんじゃない。さて、発言していいのかな。
「……狐様」
「なんだ」
「面白い話をお訊きしたのですが、狐様と『契約』したのは、『鶴』です……よね?」
「ああ」
「『契約』とは、どのようなものでしょうか。私も見てみたいですわ」
通信機から「わたくし」と言ってください。と聞こえたが、も、もう言ってしまったよ。
いまさら、取り繕えない。
彩さんが毒々しい笑みを浮かべてる。『花』として、教育を受けてないってバレてるかな。
「政人、『契約書』を持ってきているな」
「はい」
誰かに指示を出す政人さん。……出させる事には成功したけど、いや、元からあちらも『契約書』の書き加えが目的なんだから。
「どうぞ」
差し出された台の上に乗った書簡に私は首を傾げる。
「……これでしょうか?」
「ああ、我の血で『契約事項』を書き加えていく」
……血なのか。また、血なのか。怖い。
「確か新しい場での商売をしたいと言っていたな」
「いいえ、それはもう良いのです」
政人さんの言葉に狐様が目を見開いた。それも気づいているのかあえて無視しているのか、淡々と続ける政人さん。
「遵に頼んでいたのですが、そのご様子では、ことづかさってない様ですが」
「なんだ」
狐様が仕方ない子を見る目であーたんを見た。あーたんが視線を逸らした。私も忘れてたけど。
私とあーたんを見た後に政人さんが視線を会長に向ける。んん、どうしたの?
「この場で次代『鶴』である遵の許嫁をお決めになるならば、それをサポートする立場にある俊平にも伴侶を決めるべきだと。ーーちょうど、分家でも群を抜いて優秀であり年も近く、幼い頃に想いあった者同士でございます。我が孫娘、彩をと思います。彩が嫁げば分家と本家の溝も多少埋まりましょう」
会長とあーたんと志鶴さんがぎょっとしたように政人さんに顔を向ける。一族の声がざわざわとしたが概ね肯定的のようだ。狐様がほう……って目を細める。
「分家と『契約書』だけでは飽き足らず、『鶴』まで手中に収める気か?」
「御冗談を。『次期鶴』の遵ならばともかく、我々はあくまでもサポートをと」
「……悪くはない話だな」
「「『お狐様』!!」」
あーたんと会長が非難するように声を上げたが、狐様はそれを無視して私に視線を向けた。何でしょう。まさか、今更、作戦変更ですか?
「小鳥、お前はどう思う?」
あ、私に丸投げですか。そうですか。ふむー。
「無理ですね」
ニコッと、ばっさりと政人さんの案を切ってしまうと分家の方々が酷い罵声を上げた。あー、耳に痛い。彩さんもにっこりと、微笑んでいるが不快げだ。
「おちつ「『破滅』させますよ」
狐様の制止の言葉を遮って、ぼそって、呟いたら一気に静かになってくれた。『悪魔』かもしれないって云うのは有効なのね。ふう……あ、万葉さんが今頃になって来たおかげでさらに静かになった。
私を見た瞬間にあらー、怖いわね。じゃないよ。何してたの?
「何故、無理なのかな。小鳥さん」
あれ、政人さんは存外怒ってないや。私は、ちらっと会長とあーたんに視線を向ける。その書類持ってきてるんなら出番じゃないかな。……藤咲さんとのことを考えるとどこまで察してしまったのか不安だけど。私の視線の意味に気づいてくれたのか、会長が書類の準備をしてくれる。
うん、政人さんとの闘いの場を整えよう。ーー狐様は強欲な人間をお求めだ。そう……『秋月ルカ』なら悠然と微笑み、傲岸不遜にこう言い放つだろう。
「私、強欲ですの。狐様の寵愛も、『契約書』も遵さんも……ーーそして、俊平さんも私のものでなければ満足できませんわ。何一つ、彩さんにくれてやるつもりなどありませんの」
呆気にとられた皆様の顔が時間が経つに連れ、どんどんと怒りで真っ赤になっていくが、私の方が顔赤いと思う。振袖で顔を隠し、ちらりと覗くと狐様が満足そうに頷いてくれた。




