女狐と天久家
あの後、あーたんは一言も喋らないで私をガン見している。どうしたんだろう。
私が話しかけようとすると会長の背中に隠れてしまう。むーっ、まるで私が化け物みたいじゃないか。これから、協力しなきゃいけないんだぞ。
そうそう、太刀川さんに耳にすっぽり入る受信用の通信機を渡された。マナー的な補助がある場合の為らしい。それに一瞬怪訝な表情をした双子が気になったが、すぐに偽造した生徒手帳を渡されので、手帳は会長に確認して貰う。
「……『雲雀小鳥』って……」
「最近、遵がボーッとしながら呟いてたからな。話としてはあうだろ」
あーたんが舌打ちした。まったく、行儀が悪い。
しかし、『神光』一年って、身元バレが激しい気がと、会長に視線を向けたら、得心を得たように頷いている。
「あそこは、『悪魔』だの『天使』だの生徒が少なくなっても増えても、そういう心得ている人間は、特に気にしない場所だからな」
おい、神光よ。気にしてくれ。
私が、ある日居なくなっても天使か悪魔だったんだねーっで、済ます気か!?
………リンがなんとなく、自分がファンシーな存在だってバレたくないって言った理由がわかった。
そういえば、万葉さん、後から来るって言ってたけど何だろ。
やっぱり、天久家の大きな屋敷前に黒塗りベンツと高そうな車が停車してた。
「……どうぞ」
私たちも車を入り口前に横付けし太刀川さんにドアを開けてもらい、最初に会長が出ていって、誰かに挨拶に行ってくるからと、足早に行ってしまった。
あーたんが、車から降りると私に手を差し伸べてきた。何か落ち込んでいたのにこういう切り替えとエスコートは完璧だね!
「……あんま、喋んなよ。このまま一回『お狐様』の所に行くからな」
こくり、と頷いていたら、私たちに気づいたらしい誰かどっしりした威厳のある初老の着物姿の男性がこちらに歩いてくる。
「君が雲雀小鳥さんかね?」
「…………はい」
返事まで時間が掛かってしまった。一瞬、だれだっけって。それにしてもこの威圧感たっぷりな人って……こ、怖い。
せ、生前+αでも年齢が負けてる!
「私は、天久政人だ。天久の分家の」
「政人さん、小鳥は『お狐様』に呼ばれています。長々足止めは止めてください」
あーたんが私を背中に隠すように前に出る。……ふ、って、鼻で笑われたよー。
「ああ、そういえば婚約おめでとう」
「……」
あれ、あーたん。一応ブラフとは言え、お礼を言わなきゃ。
「『お狐様』が正式にそちらのお嬢さんを『鶴』の許嫁だと発表なさったら、我々にも提案したい事がある。……一応、こと伝えておいてくれ」
「……りょーかい」
ふ、と…また、鼻で笑った気配がする。すぐにあーたんの頭に大きな手が置かれた。
「人でないものに情を向けるな。私の方が志鶴やお前達より、よほど上手くお互いに利益を保ちつつ付き合っていく自信があるぞ」
………………ムカッ。
言葉しか聞こえんが、いまの言葉はムカッとしたぞー。んだとー、上手に利益有りじゃなきゃ一緒に居ちゃダメなのか!?
セラ様の爪の垢を煎じて飲めー、セラ様、私に利益なんかなくても一緒に居てくれてるぞ。
「情がなければ、成り立たない関係もあるのでは?」
むかっ腹がたったから言ってやった。あーたんに振り向き様に睨まれ、政人さんには、目を見開いてガン見されている。しかし、反省はしない。
私とセラ様の関係を否定されたようなものだから。アディーは……やだ、打算だらけで『契約』してる。すまん。アディー。しかも、仮だ。
しかし、素で喋るのだけは止めよう……『秋月ルカ』みたいにー傲慢だけど、品のある感じでー。リンとお姉ちゃんが関わってない時の彼女を真似よう。
……すーはー。よし、私は女優。女は化けてなんぼ。うしっ、気合だー!
「狐様は初代……お鶴さんでなければ、『契約』しなかったでしょう。三代目もとても魅力的な方だったと聞いております。その後の『鶴』として狐様の側に居た方々との時間をいとおしむ狐様を知りもせず、まるで無機物のように扱おうとなさる言い様をなさるなんてー…、とても、残念なお方なのですね」
振り袖で口許を隠し、にこーっと、万葉さんみたいに笑えたかな?
頬がピクピク痙攣してますね。ふふん。勝ったね!
あーたん、どうして、唖然としてるの?
「……夢見がちな少女のようだね」
む、これは、現実も見えない小娘がーって事か。バカめ。私、悪魔とさんざん語りあった仲だぜ。しょっぱい現実をリンに叩きつけられたし。ええっと……万葉さん的に言えば、
「夢見がちなのは政人様の方でしょう?人の身に余る力をまるで対等のごとく扱おうなどと………ふふ。人間とは理屈が異なるのですよ」
うふふ、とあやしく微笑めただろうか。女狐らしくなったかな?と、あーたんに視線を向けたら、……あれ、また顔が赤いよ。暑いの?
「……さすが、『お狐様』に取り入っただけはあるようだね」
嘲りの笑みを深められた。別に気に入られた覚えはないぞ。利用されてる気がしてならない。
うむ。もう一押ししてみようかと考える。あーたんがなにも言わないから、もう一言くらい言いかなって、口を開こうとしたら、政人さんの後ろから、クスクスと笑う声が聞こえた。
あれー、正統派日本人形みたいな和服美少女。青い着物だ。誰ー?鶴柄だ。私の着ているのと色違い?
「おじい様、あまりわたくしと同い年くらいの子をいじめないであげてくださいまし。ほら、怯えちゃっていますわ」
「……どう見ても、歯向かってやろうと云う気構えしか見えないが」
「こんばんわ。小鳥さん。わたくしは、天久彩っていうのよ。仲良くしましょうね」
政人さんを無視するんですか。強面ですね。
ぎゅっ。って柔らかな手に握られたけど、痛い。爪がくい込んでるよー。笑顔でそれやるって、とんだ鬼女だ!……あーたんが、彼女の着物をギョッとしたような目で見つめ、継いだ瞬間ー…怒声をあげた。
「彩!なんで、お前がその着物を着てる!?」
あーたんの怒鳴り声にびっくりして、後ろに下がったら車を置いてきたらしい太刀川さんに支えられた。
あら、と小首を傾げて微笑む彩さん。
「二着用意していたのだから。てっきり片方は、わたくしの物だと思ったの」
「ざっけんな!なんで、お前みたいな女に『鶴』が命かけて、織った反物で作った着物をやらなきゃなんねえんだよ」
睨み合ってる。……いや、あーたんが一方的に睨み付けてる。え、好みのタイプじゃないの?
そして、凄い理屈だよ。彩さん。
「ひどいわ。昔は仲が良かったのに。ねえ、小鳥さん。わたくし、遵君と昔は仲が良かったのにある日、突然仲が悪くなってしまってとっても悲しいの」
………どこかで聞いた話だ。あーたんが、滅茶苦茶威嚇してる。
「まるで、人が変わったみたいなのよ」
私がびっくりして後ろに下がったのにさらに手を………優しく握ってないよー。どんどん、手が握りつぶされ……爪が食い込んでる。笑顔でも剣呑な雰囲気を携えている。
「すみません」
サッと、私と彩さんの間に入る太刀川さん。そこでようやく、手を離して貰えたが、シィン…って静まり返ってしまう。
なんで太刀川さんを憎々しげに睨み付けてるの。彩さん。
「何故、ここにいるのかしら。太刀川さん」
なんで、太刀川さんを知ってるんだと、見上げれば、彩さんの方に視線を向けてる。
「……『花』として磨く前に手放す事になったので…確認をしに」
ちらっと、私を申し訳なさそうに見る太刀川さん。
ああ、私を『花』扱いするのが申し訳ないと。そっかー、身元を知りたければ、神取を通せって事にしようって。もしくは、太刀川さんが?…うん、太刀川さんがする事に間違った事なんてと意味で笑って見せる。あれ?誰案?
それに彩さんが、にこっと笑いかけてくる。
「小鳥さんは、いい就職口を見つけたのね」
彩さんったらいきなり余裕綽々ですね。わー、完璧に舐められたー。む、これはどう解釈したら良いんだろ。それより、気になる発言が有ったけど……、私が思わず、あーたんに視線を向けたら、あーたんが鼻で笑っている。
「ああ、彩は、神取さんに迫ったらフラれたんだっけ?それで、『花』辞めて、引きこもってた癖に今さら何しに出てきてんだ」
あーたんを頼った私がバカだった。殺気がーっ、殺意がーっ!!と内心冷や汗だ。そして、神取に告白だと!?
……なんか不愉快な気持ちになったので、彩さんをじーっとガン見したら挨拶から戻ってきた会長も彩さんに視線を向け不快そうに睨み付けたが、彩さんはどこ吹く風だ。
「あ、……小鳥、こちらに来い。『お狐様』がお待ちだ」
「はい。か……俊平さん。」
『秋月ルカ』のようにあーたんに手を伸ばしたら、苦笑しながら手を取ってくれた。
そして、一度政人さんと彩さんに視線を向けて口角をあげて微笑む。
「では、失礼致します」
「ええ、小鳥さん、遵君。ーー俊平さんは残ってお話しません?」
「断る」
どうやら、会長とも仲良くないようだ。
気にするなって、背中を押されたけど、
ーー人が変わったみたいって言ったような。
む、嫌な予感がする。……、そういえば、ゲームでは『神光』に3年生のあーたんも会長も一緒に居たんだ。志鶴さんの企みは失敗したと考えた方が良いんだ。
もし、彩さんが入れ替えの事実に気づいていて……展開次第で、もしかして最悪のタイミングで、入れ替わりが暴露されるとか?
でも、今、私がこの場で言っても亀裂が……。悩む。判断が難しい。
「俊平さん、アレは持っていかなくても宜しいんでしょうか」
む、太刀川さんと会長、何か企みかね。私も混ぜて……なんで、私を見てため息なんだ。
「……いえ、ちょっと、見られたくない相手がいるのでギリギリに持っていきます」
「そういえば、太刀川さんもこれ持っておいたほうが良いぜ」
あーたんが、懐からお守りを出して太刀川さんに渡してる。そうだ、あんなに人が集まったのに狐様、表に出るの?
「お客さんたちは、狐様に耐性があるんですか。会長」
「いや……、『お狐様』の話だと別な神に力を借りるらしい。……お前が売った恩を勝手に扱ったらしいが、覚えは?」
狐様以外の神様?
知らないよー。
「……俺も知っていると言われたが」
「俊平もか?」
あーたんも知っていると言われたらしいので三人で首を傾けてしまう。そうしている間にあーたんが、何か思うところがあったのか、はーあって。ため息を吐いた。
「別に『お狐様』が何考えててもいいけどさ。チビに頼る前にーーどうして、俺達に…『鶴』じゃないけど、父さんより、よっぽど、顔合せてる俺に一言ないんだよ」
あーたんがむすっとした顔をして、会長があーたんの言葉に同意するように頷く。そして、ちらっと私に視線を向けるあーたんがそれは、それは悪質な笑みを浮かべた。
「まあ、……チビがうっかりで助かったけどな」
「ああ、まったくだ。」
にやーって、何、邪悪だよ!?同じ顔で同じ笑みで邪悪だよ!!
太刀川さんには途中で待っていてもらい会長とあーたんにそのまま、狐様が待っている離れの一室に案内された。
「失礼いたします」
ああ、の一言が、あれ?子供らしくない声だと思いながら、部屋に入ると、狐のお面をかぶった………着物を着た青年が居た。あ、姿変えてるのか。
「狐様?」
「ああ」
「びしょうじょに」
「威厳を保つ為だ。諦めろ」
すげなく断られた。そして、あーたんが握りこぶしで、会長がアイアンクロー手前の手つきだった。危ない。そういえば…具合も悪くならないな。着物のおかげ?それとも、他の神様のおかげ?
「我が、ルカを伴っていく。先にいっておけ」
「「はい」」
会長とあーたんに置いてかれ、今回の件は『鶴』に関係あることだからと仏壇に手をあわせると、行くぞと。声をかけられる。あ、そういえば、
「狐様、私、今小鳥って呼ばれてます」
「わかっている」
「後、これから、天久家の人たちと話し合いに行くんですよね?お面は、外してください」
「……何故」
ピタッと止まる狐様。狐様的にお守りのようなものかな。でも、
「狐様が守ってきた人の顔をちゃんと見て、最終的にどうするか決めたほうが良いんじゃないですか?」
「……」
あ、思案してくれたようだ。
「わかった。なら、お前がかぶっていろ」
わお。この作品だという髪型を崩せと。……別に光原母に見られてるわけじゃないから通信機側に装着しよう。しかし、酷薄そうな美形だ。セラ様とアディークラスだ。
「行くぞ」
長いわたり廊下を歩くと、騒がしい部屋の前で狐様が立ち止まる。あ、着物姿のお婆ちゃんがにこっと『お狐様』に礼をした。あれ、お婆ちゃんも鶴が飛び立つ柄の着物だ。
「お久しぶりです」
「ああ」
どうぞと、部屋の引き戸を開けるお婆ちゃん。大きな和室で談笑していたらしい人たちの視線が一斉に集まる。やだ。怖い。
その中を平気で歩く狐様。私もーー余裕そうな顔で。あ、太刀川さんがいる。にっこり、笑ったら、ざわってなった。
多分、あの用意された席に座れば良いのか。あーたんと志鶴さんは、近くに座っているし。会長は少し下がって座っている。彩さんと政人さんは、それより一歩下がってる感じだな。………あれ、桜田先輩が制服姿でいるけど。なんで?
「小鳥、我の隣りに座せ」
「はい」
私たちが座るまでやけに静かだ。みんな顔をこわばらせて緊張しているようだ。彩さんと政人さんは平気そうだけど。……会長とあーたんは……、あれ?会長の座ってるところにあるアレって。書類?ん?そういえば、せっかくの好機なのに志鶴さんが渡した書類持ってないや。
そういえば、あーたんが私がうっかりで助かったって。
そういえば、あの天久家の親類の悪事の書類を志鶴さんに渡してって頼んだけど、中身を確認しないでって。い、いったかな?
会長とあーたんが、私の視線に気づいたらしく、にやりって。両方で凶悪な笑みを浮かべないでください!




