ヒロインの存在・あるいは、一人目の主人公 1
『天使と悪魔の楽園』において男女ともメイン攻略ルートは、『天使』だろうと『悪魔』だろうとも救いようがないバッドエンドしかないのか製作会社!?と、ユーザーを混乱に陥れる内容だった。
ネットを流離い、攻略本を買い、会社にまで電話をするほど、真のエンドがある筈だと天使ファンは荒れ狂った。天使ファンでもなかった私ですら、あれで『Happy』のエンドマークがついた瞬間、私の感想は『……天使と名前もわかんない子かわいそう』だ。
呆然と、しばらくパソコンから視線を外せず、なんでこれが『Happy』?
もしかしてバグだろうかと真剣に悩んだが、攻略本が出た瞬間、兄に頼んで買ってもらった。うん、それで勝手にゲームしてたのバレて無茶苦茶怒られたが、私の鬼気迫る熱意に圧され、渋々買ってきた兄の手から略奪し、読んだ内容に変な笑いが出たのだ。
『主人公はすべてから解放され、愛する人と幸せになった』
要約するとメインのルートはこういう意味だと書かれていた。
ーーおい、こら。待て。と。制作会社にツッコんだものだ。
メインストーリで、何故か主人公の恋のライバルだというのに名前すら出なかったヒロインの想いびと。攻略本読み返した。本当に名前がない。
ストーリーの端々に存在を匂わし、ヒロインの心を掴んで離さない相手。しかし、名前の表示はない。ただ、ヒロインが『特別なひと』と語り、主人公も相手を知っているような様子で頷く。ゲームではそんな曖昧な存在だと、多分プレイしていたプレイヤーは思っていただろう。
しかし、最後の山場ストーリーに置いて、ヒロインに自分の気持ちを伝える主人公。ヒロインは主人公に心が傾きはじめたが想い人を諦めきれないからか、『貴方を好きになるからあたしに振り向かない相手を殺して、じゃないと一緒になれない!』と泣き叫んだのだ。
突然の展開に多分、ほとんどのプレイヤーは、展開に付いていけず呆然としたことだろう。そして、本当にヒロインの想い人を殺してヒロインのもとに戻る主人公。何故かそれに唖然とするヒロイン。
ここで、使がヒロインの想い人の記憶を消し、天使も消えて、想い人の存在も天使の存在も忘れた主人公たちはその後幸せな笑みを浮かべ、日常へ。HappyのマークがついたEnd。
そんなプレイヤーに疑問と不満を与えてくださったメインヒロインが今、私の目の前にいる。
「ねえ、ちょっと退いてくれる。店の前で立たれると邪魔なんだけど」
なぜ、いきなりけんか腰?
確かに呆然としていたのは悪かったが、そんなに怒られるほどだろうか。少々、むっとなるが悪いと感じている分下手に出て、ごめんなさい。とだけ言う。
関わりたくないから、さっさとコンビニから出て行け。
出入り口も避けたし、謝ったので彼女の横を悪魔と手を繋いだまま通り過ぎようとしたら、なんだか文句を言っている。なんか、気に障ったのかな?ともう一度、立ち止まり彼女に視線を向ける。
そうすると、今度は相手が出入り口の前に仁王立ちし、キッと私をねめつけてくる。
「そうよ。謝るなら目をあわせなさいよ!」
うん。失敗した。コンビニ出れば良かったんだ。
ピンクの髪を肩まで伸ばして、ライトグリーンのまん丸な目。可愛らしい容姿なのに少し言い方がキツい。
間違いなく、葛西心美だ。『誰得ヒロイン』『女狐』『顔だけ』『この女の声優した子、黒歴史』と、一部のファン以外の嫌悪と罵倒を浴び続けるメインヒロイン様だ。
ひかえろー。っていうか、引く。
今度は貴方が他のお客の邪魔になっているし、奇異の目を向けられているのにそれにも気づかず、もう一度謝りなさいと繰り返した。
正直、私はどうすればいいんだろう。
「心美、そんなキツく言うことないだろ。ーーって、秋月?」
「あ…、ひばりん?」
どうヒロインから逃げようかと算段を企んでいたら今日の私の被害者その一にこんなところで出くわすとはびっくりだ。
「誰がだよ。つーか、雲雀くんって呼べよ。恥ずかしいだろ」
不機嫌そうに文句を付けてくるひばりん。ーーうん、なんかしっくり。ひばりんに私は首を傾ける。
「もう暗いよ。子供は帰りたまえ」
「お前が言うなよ。なんだよ。その派手な連れ。弟?」
私と手を繋いでいる悪魔を指して、うわっ、民族衣装?って。
ああ、そういえば、悪魔の容姿は、全体的に黒い。褐色の肌と血のように紅い瞳。服もたしかに民族衣装っぽい。ボサボサだが癖っ毛でたぶん、可愛いのだろう。……うん、私、こんないたいけな子供に見えるやつをよく殴れたな。
ひばりんが悪魔に興味を持ったらしく、にこっと何歳とか訊いているが悪魔は答えない。
仕方ない。私が答えよう。
「弟じゃない。悪魔」
「ゴホンッ!」
あ、天使様がいつの間にか後ろで咳払い。ごめんごめん。ついうっかり。
「あ、くま?」
「のようによく暴れる」
不審げに繰り返した雲雀の言葉を繋げてやれば、ああ、と笑うひばりんは悪魔の頭をクシャクシャに撫でている。
「この歳は体力だけは無尽蔵だからな」
「二千歳なのに?」
「ウォッホン!」
セラ様、その人を射殺す目はやめてください。殺気で後ろを振り返れない。こわい。
「ん?あの、怖いくらい美人と知り合いなのか?」
「天使だけど紹介する?」
もの凄い勢いで後ろから頭を掴まれた。あ、痛い。助けて。
「お前はっ!」
「いきなり、何をするんですか!」
セラ様の雷が落ちる前にひばりんがセラ様の手から私を救いだす。勢い余って、ひばりんの胸に抱き込まれた。………え?なに、この状況。運が下がるってこれか。これなのか!
ヒロインが連れて歩いて歩いていた男に助けられるとか、やばい。
「退け、小僧。その馬鹿者に少し灸を据えねばならん」
いやー、お怒りはごもっとも。爆弾落としまくったからね。あ、悪魔よ。なに、ふるふるしてる。笑いをこらえている?
女性の姿なのに怖いくらいの迫力で私とひばりんを睨み付ける。
しかし、その目を真っ正面から受け止めるひばりん。うーん…。なんだこの光景。
「ひばりん、あの人と私、知り合いだよ」
「あのな。知り合いだろうと乱暴にお前を扱ってるんだろ。そういうの好きじゃない」
抱き込まれたままは恥ずかしいので、身体を離しながらセラ様のフォローを入れたが、なるほど。ひばりんの正義感はわかった。
「セラ様、今は同級生の前なので説教は後からで宜しいでしょうか?」
「……これ以上の失言がなければな」
ーー大人だ。セラ様。
ひばりんから、ゆっくり離れると突然、目の前にヒロインが現れた。なんだ?と思っていたら、彼女は大きく振りかぶりました。
パシンッ。
店内によく響く人の頬が平手打ちされる音。
あー、そういえば、こういうキャラか。はいはい。何かされる覚悟が有った分、冷静な自分で助かる。
殴られた経験のあまりない私は、少し遅れてきた痛みに唸る。痛い。
あ、悪魔が嬉しそうな顔してる。お前、そこまで復活したのか。ああ、でも、これは悪魔に悪いことをした。いきなり殴られると結構ショックだね。
あとから謝ろう。
ひりひりする頬を抑え暢気に考えていたのが悪かった。セラ様が素早く動いてしまった。
「きゃっ、……い、いたっ」
セラ様が私を殴ったヒロインの細腕を掴んで捻る。
すごい。天使なのに鬼の形相。
「どういうつもりだ」
美人が美少女の腕を捻りあげてる。凄い光景だ。
「だ、大丈夫か。秋月」
ひばりんが、慌てて、私の殴られた右頬を確認する。あ、ヒロイン様。睨まないでください。面倒だから。
「うん。意外と痛くてショックだよね」
「あ、…のなぁ」
こてんと、首を傾けたらお手洗いで冷やすようすすめられた。しかも、ハンカチ渡された。持ってないってばれてるよね。やっぱり。
うむ、その推理は正解だワトソンくん。
「何故、殴ったと訊いているっ」
セラ様が熱血してる。さすが、体育系。
「うるさいわね!貴女に関係ないわよ!!」
まったくその通りだが。しかし、ヒロイン様、短絡的じゃないですか。話をしていた程度でしょ?
なんとなく、悪魔にちらっと視線を向ければ、ニヤニヤ。……もしかして、コイツか。ああ、こいつ、なんか悪さしたな。
「セラ様、原因がわかりましたから。その人悪くありません」
お手洗いで冷やす前にセラ様を止めよう。ひばりんのハンカチをポケットにしまい、セラ様にまあまあと仲裁に入る。セラ様が私を侮蔑したような目を向けてくる。な、なぜだ?
「お前は、自分へ害を成した者の罪をそのままにする気か」
あ、天使様の逆鱗に触れる何かが有ったのか。でも、見当はずれだから、私は否定を口にする。
「違います。たぶん、あ…アーちゃんのせいですよ。あれ、なんかさっきからキラキラしてません?」
私の指摘にハッとしたように悪魔ことアーちゃんに視線を向けるセラ様。
おいコラ、今さら取り繕って、ぼーっとしても無駄だぞ。前向きな気持ちはたぶん、悪魔でも見えるんでしょ。天使様。
セラ様が無言でヒロインの腕を離す。……うん、わが身を守るためにセラ様から一歩引くのはいいよ。それでなんで私を睨むかな。『秋月ルカ』より二つ上だろ。下級生いじめんなよ。
「月夜に近づかないで!」
………月夜ってだれだっけ?
「心美、恥ずかしいから止めてくれ。どうして、俺の付き合いを制限するんだ!テル兄に言っても訊いてくれないんじゃ、俺は心美との付き合い方を考えなきゃいけなくなるよ」
ひばりんだったね。知ってるよ。しかし、あー、ってなる。
ヒロインの剣幕で繋がるゲーム知識。
アーアーアーだ。
ヒロインのせいで主人公に殺され、天使様に居なかった事にされるメインルート最大の被害者ーーヒロインの想い人かもしれないんだね。ひばりん事、雲雀月夜が。
そんな人物と知り合うとか『悪魔の手引き』か『天使の祝福』…………じゃないって言ってあげられないよー。セラ様。だって、『天使ルート』だからね。これ!