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03 魔王

とりあえずプロローグその3

 大学合格祝いにと連れ出された家族旅行、その帰り道のことだった。

 対向車線を走って来たトラックがスリップし、突っ込んできたのだという。

 結果、両親と妹は死に、自分だけが生き残った。

 救出されるまで丸一日以上かかったらしいが、その辺りの記憶は無い。

 医者曰く、自己防衛がどうたらと。

 保険金に慰謝料で相続税を払ってもなお大量の金銭が入ったらしく、俺を引き取ろうと多くの親戚が葬式の最中から争い、未だ決着はついていない。


(そのうちどこかに決まるだろう)


 その騒ぎを尻目に祭壇へ目をやる。

 頭の奥が麻痺したのか、普通なら悲しいはずなのに、少しも感じない。


(まだ時間がかかりそうだ)


 思い立ち、斎場から外に出て、街を歩き出した。

 大雨が降っていて濡れ鼠になったが、それほど寒さを感じない。


 ふと足に何かがあたった感じがした。

 見下ろすと段ボール箱、そこに『捨ってください』の文字。

 開けてみるといくつもの毛玉、一つだけほんの少し動いた。

 両手で掬って持ち上げてみると子猫だった。

 生後間もないのか目も開いていない。

 手の中でもぞもぞと動く。

 温かさを感じた。

 途端、寒気を感じ一つくしゃみをする。

 子猫がビクッとなった。


(とりあえず動物病院かな。斎場に戻れば誰か知ってるか、電話くらいあるだろう)


 子猫を箱に戻すと箱を抱え、斎場へと駆け戻った。



―――



――ジリリリリッ!!


 目覚しベルが鳴ったので手を伸ばし止める。

 目は覚めたが、この後お楽しみがあるので起きず、目を瞑ったままにしておく。

 とたとたと駆け寄る音がし、枕元に何かが乗った感じがした。

 ふにっ、ふにっ、ふにっ……

 その何かが頬を押してきた。

 感触を楽しんでいると段々と強くなり、いつの間にかバシバシと叩かれている感じになった。

 目を開けると、憮然とした感じの顔が見下ろしていた。


「おはよう、まいすうぃ~とマオたん!」


 引き寄せ、んちゅ~とキスしようとしたが、ひらりとかわされる。


「つれない…」


 体を起こしう~んと背を伸ばすとニャーと声をかけられた。

 早くご飯を、というところだろう。

 布団を畳み、台所へ向かう。

 猫缶を開けて皿に入れ水も一緒に出すと、はむはむと食べ始めた。


(あーもう、マオたん激プリティ~!)


 俺の名前は清水(しみず) (あらた)、今年で21歳になる。

 3年前、両親と妹を事故で亡くし失意のどん底にいたが、偶然マイエンジェルに出会った。

 動物病院へ連れて行ったが、結局箱の中の子猫はマオ以外全滅だった。

 動物病院の後、雨にうたれたのが祟って高熱を発して寝込んでしまった。

 気がつくと、親戚中で変人と名高い大叔父に引き取れる事となっていた。

 後見人争いに参加してなかったはずだが、なんか気に入られたらしい。

 大叔父は自称冒険家で年中世界を飛び回り、たまに帰ってきては体験記とか言って荒唐無稽な本を書いている。

 この間送られてきた手紙には『南米で巨人兵見つけた』の言葉とともに、倒れた石像に乗ってピースする大叔父の写真が同梱されていた。

 …あまり深く考えないほうが良いのだろう、たぶん。


 マオの食べる姿を熱心に見つめていたが、時間がなくなってきたので渋々切り上げ、朝食と弁当の用意をする。

 朝食を食べ終え、後片付けをし、服を着替える。

 タイマー式餌箱をセットし、位牌に手を合わせる。


「行ってきます」


 玄関に向かうとマオがついて来た。

 抱き上げ、喉をさするとゴロゴロと鳴らし、気持ち良さそうに目を細める。


(今だっ!)


 こっちの意図に気付いたのか慌てて繰り出される前足を押さえ、一発ぶちゅーと入れる。

 少しジタバタしていたが、その内抵抗が収まった。

 口を離し、下ろす。


「じゃあ、行ってくるね」


 扉を開けて声をかけると、返事をするようにミャーと鳴いた。



―――



 遠ざかる足音が聞こえなくなる。


「……行ったか」


 とてとてと居間に行きテレビをつける。

 今日のこのあたりの天気は雨。


(新は傘を持って行ったかな?)


 幾つかチャンネルを変えるが興味を引くようなのは無かったのでテレビを消し、パソコンをつけネットサーフィンに興じる。

 ふと思い立ってググってみる。

『人畜共通感染症』


(…大丈夫だよな、オレ殆ど出歩かないし。いや、でも気をつけたほうが良いのか? というか、こういうのって飼い主が考えるべきことのような気もするが…)


 オレの名前は清水 マオ、3年前まで魔王をしていたが一身上の都合により自主退職させてもらった。

 そもそも魔王とは支配者というよりは、魔力発電所の主燃料だったからな、そうやって生み出されたエネルギーを城の警備など回していたりする。

 政務はおまけ見たいなものだが一応長なので量は多く、終わって寝所に入ればまた別の公務があった。

 魔族は魔力に反比例して繁殖能力が低くなる傾向がある。

 先代の魔王は12歳で後を継ぎ152歳で大往生したが子供の数は14人しかいない。

 そんな訳で子作りも立派な公務だが、延々と魔力を吸われ続けられ上、政務で疲れ果てた身には地獄だった。

 24時間年中無休。

 死なないわけが無いが、死亡しても命数が残っていれば《蘇生魔術》が使用可能。

 後を継いでの5年の間の過労死、腹上死の回数は4桁に迫る。

 体を壊さないわけが無く、王になって1年でたたなくなった。

 相手は基本的に一般公募、給金は良く、子供ができれば更に破格の報酬がつくので結構人気が高い。

 また、体調や魔力のほか、王は一応国の顔なので選考には容姿も重要視される。

 態々こんなのに応募してくるのは、一定以上の自信を持つ者が多く、結果として似たような傾向になる。

 それに飽きただのろうと考えたのか、スカウトや玄人勢も担ぎ出された。

 コスプレ、本職、熟女、ロリ、女王様、アマゾネス、清楚系、獣人にガチムチ、ショタ…

 なにかおかしなものも混じっているが、とりあえずたたせればとでも思ったいたのだろう。

 正直男性の方が良かった、話せば理解を示して静かに寝かせてくれる割合が多かったから…すぐにばれて変えられたが。

 プライドの高い女性は鬼門だ。

 そんな頑張りも結局効果は無かったが。

 先代魔王を引き合いに出されてぐちぐち言われたりもしたが、あれは例外だろう。

 過労死や腹上死は0で、最後の子供が生まれたのは崩御後という、完全無欠な生涯現役。


 そんなこんなで辞めようと思ってはいたが魔力量が継承2位に比べはるかに多く、そう簡単には退位させてくれない。

 逃げ出そうにも魔王の居住地は城の奥地、厳重な警備網を掻い潜らなければ出ることはできない。

 元々学者を目指して勉強中の学生だったので、そういう場合に有用な魔術は取得していなかった。

 逃げ出すために政務の合間を縫って歴代魔王の書庫を調べ、一つの魔術を見つけた。

 《隣果転生》、死亡した場合にすぐそばにある死体で蘇るというものだ。

 すぐそばの死体、普通なら自分の死体だが、何らかの方法で弾き飛ばされれば……

 勇者の事を耳にしたのはそんなころだ。

 法力を利用すれば、うまくいくかもしれない。

 普通ならば魂を砕かれるというが、そちらの防御に専念すればあるいは。

 分の悪い賭けだが、今の生き地獄よりはましだろう。

 まず兵による警備を下げる、これは向こうからも提案があったのですんなりできた。

 次に《郵送魔術》で警備情報と見取り図を狙われそうな貴族のそばに送っておく。

 数日後、計画通り勇者が来て殺してくれた。


 気がつくと真っ暗な場所にいた。

 強い雨の音がした。

 城の中ならこれほどの音はしないので成功したのだろうと思ったが、まさか異世界とは思いもしなかった。

 だが体がうまく動かず、目も開かなず、上から滴る水に濡れて体がどんどん冷えていった。

 まずいとは思ったが魔力は使い果たしており、どうすることもできなかった。

 最後のあがきに動けるだけ動いていると、濡れているが温かい何かに包まれ上げられた。

 そうして新にすくわれ、今ここにいる。


(やっぱりこっちで気をつけるしかないか。でも、撫でられると気持ちいいし、気を抜いちゃうんだよな…)


 溜息を一つつき、履歴を消し、パソコンを終わる。

 履歴を知らなかった当初、見覚えない履歴に気付いた新が遠隔操作だのウィルスだのと慌てていたので、勉強して気をつけるようにしたのだ。

 新が帰ってくるにはまだまだ時間はあるので本棚に向かい、一つとって読み始める。

 文字は目が開くようになってすぐに勉強した。

 目を開いたとき見知らぬ世界が広がっていたのだ、知るためには言葉が必要だから。

 とりあえず定期的に行く病院で似たものの行動を観察し、おかしくないよう気をつけた。


(あの頃はもっとキリッとしてたんだよな。いつからあんな風に…)


 いつも定時に何処かへ(今では学校だと分かっている)出かけ、定時に帰ってくる。

 その間を見計らって《言語読解魔術》を使用し、本を読んでいた。

 《言語読解魔術》は概念が通じるものならば言葉の意味が分かるという高性能な辞書程度の効果しかなく、使用中は魔力を消費し続ける。

 そんな訳で勉強する必要があるのだ。

 この体になってから魔力量が激減し、当時は5分使用しては5分休むという具合だった。

 今では成長したからか魔力量はそれなりに増えた。


 ふと時々考える、これは本当に魔力なんだろうかと。

 勉強を続けてたある日、一匹の猫が来て話しかけてきた、新たちと同じ言葉で。

 実は話せるんだ!とビックリしたが《言語読解魔術》にヒアリング効果は無く、何を言っているのかわからなかった。

 本を読んでいる様子で文字は分かると判断したのか、その猫は筆談に切り替えてきた。

 曰く、『妖力を感知したが使っていたのはお前か』と。

 その後その猫――猫又のポンさんと交流を深め、ヒアリングの他色々な猫常識も学べたのは運が良かったと思う。

 魔力を使っていて妖力を感知した、疑問に思うのはこの点なのだが、とりあえず使えているのだからあまり気にしなくてもいいんだろう、たぶん。

 魔力といえば、某有名RPGのスピンオフ作品の魔法に詠唱があったので試しに魔力込めてやってみたら、発動した。

 ゲームを作る際に異世界を観察して転用しているという噂を見かけたが事実なのかもしれない、前の世界そっくりのゲームもあったし。

 とりあえずそんなこんなで悠々自適なニート…じゃなく猫生活を送っている。


 新はオタク系なのかそういう類のものが色々とあるので暇つぶしには事欠かない。

 たまに新の隠し本も探っている。

 最近はケモっこが増加中だ……う、うん、気にしないでおこう。

 ざらざらと音がする、昼飯の時間だ。

 餌箱へ向かいカリカリと食べる。

 おなか一杯になったし、一眠りしよう。


 そういえば新はネーミングセンスあまり無いような気がする。

 マオって異国の言葉でそのまま猫じゃないか。



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