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1 辺境から州都へ

※[PG12] 直接的な描写はありませんが、性に関わる記述が含まれています。小学生は読む前に保護者に相談してください。


創作小説電子同人誌企画「でんしょでしょ!」 http://densyo.sblo.jp/ 参加作です。


台詞と地の文の間などに適宜空行を追加しております。

元の原稿の体裁で読みたい方は、作者個人サイトにおいでください。

 

 

 

 おおー、着いたぞーっ!

 そう心の中で叫んでから、リーナは大きく伸びをした。豪快な動きに合わせて、太い三つ編みがぶんぶんと揺れる。

 喧騒渦巻く、州都の停車場。つい今しがた停まったばかりの乗合馬車から、リーナに少し遅れて、残る乗客がのろのろと地面に降り立ちはじめた。皆一様に疲れの目立つ表情で、大儀そうに腰を叩いたり伸ばしたりしている。


「リーナちゃんは元気ねえ」

「へへへへ、そりゃー、若いですからね!」


 リーナは思いっきり得意げに胸を張って、長旅の道連れ達に笑い返した。


「リーナちゃんのお蔭で、楽しかったよ」

「そうそう。また帰りも一緒だったらいいね」


 馬車から降り立った八人は、それぞれ荷物を抱えて、各々の目的地へと散っていく。さてと、と大きな鞄を肩にかけようとして、リーナは外套のポケットのふくらみを思い出した。右のポケットから干し芋を、左のポケットから炒り豆が入った袋を取り出し、鞄の中に移し替える。どちらも、馬車に乗り合わせたおじさんおばさんから貰った大切な品物だ。


 ――私って、年上受けするのかなあ。


 これで、一食分の食費が浮いたかも。リーナはにんまりと笑みを浮かべた。


 


 


 峰東(ほうとう)州の都ルドスと、東の最果ての街サランとの間を、十日に一度の割合で長距離の乗合馬車が行き来している。元々郵便を運搬するために開設されたこの馬車便は、いつの頃からか、同行者がおらず、経済的に余裕がなくて護衛やお供を雇えない旅人を、比較的安価な運賃で運ぶという重要な役割をも担うようになっていた。


 リーナがその乗合馬車に乗り込んだのは、もう半月も前のことだ。

 サランの西隣、イという名の小さな田舎町でリーナは暮らしている。町に一つしかない教会の、治療院が彼女の勤め先だ。この旅のために、リーナはここ数ヶ月間、休日を全て返上する勢いで働いた。

 だが、そうしてやっとのことで手に入れたひと月余という長期休暇も、州都までの長い道のりの前にはあまりにも心もとなかった。多くの路銀と時間とをつぎ込んだにもかかわらず、彼女がルドスに滞在することができるのは、わずか一週間にも満たない。


 ――仕方がないよねえ。あっちだって、状況は同じようなものなんだし。


 大きく溜め息をついて、リーナはこれから会う予定の人物の顔を思い描いた。栗色の前髪の下から覗く人懐っこい瞳。男前には違いないが、どこか掴みどころのない笑顔が特徴の恋人――サンが出仕している帝都は、ここから更に西、険しい山々の向こうにある。

 二年前、サンが上京して半年、初めての里帰りに彼はわずか一日しか故郷に滞在することができなかった。それも、悪天候を一切考慮しない、やけっぱちもいいところな強行軍だったらしい。

 たまたまあの時は運に恵まれた、だが、流石にもうそんな無茶はできないだろう、次はいつ帰れるか分からない。そう語るサンからの手紙に、じゃあ、どこか途中で落ち合わない? と返したのは、リーナのほうだったのだ。


 ――って、でも、こうするしか他に手はなかったよねえ?


 ルドスで会おう、って自分が切り出さなければ、サンは一体どうするつもりだったんだろう。まさか、それっきり、はい、サヨウナラ、ってことはないと思いたいけれど、あのままでは、いつまでたっても「会いたいね」「会えたらなあ」を繰り返したまま、二人の関係は自然消滅してしまったかもしれない。


 ――大体、煮えきらなさ過ぎなのよね、あいつ。何を遠慮してるんだか知らないけれど、したいこと、してほしいことがあるなら、ずばーんっと言えばいいのに。


 まったく水臭いんだから、とリーナが鼻息も荒く両手を腰に当てた、その時。石畳を蹴る軽い足音とともに、彼女の背中に何かが勢い良くぶつかってきた。

 うぎゃっと情けない悲鳴を上げて、リーナは前方につんのめった。その拍子に、肩にかけていた鞄が路面に落ちる。すんでのところで体勢を立て直したリーナの前に、帽子を目深にかぶった一人の少年が、息せききった様子で回り込んできて、落ちた鞄を拾い上げてくれた。


「ごめんよ、急いでるんだ!」

「危ないでしょ、まったく。気をつけなさいよ」


 分かった、と大きく頷きながら、少年は路地の向こうへと走り去っていく。


「……全然解ってないし」


 ふう、と大げさに溜め息をついてみせてから、リーナは大通りをゆっくりと歩き始めた。


 


 


 


「もう逃げ場はねえぜ」

「さあ、観念してアレを渡すんだな」


 見るからに悪人面をした二人の男が、ひとけの無い路地に追い詰めているのは、先ほどリーナにぶつかってきたあの少年だ。


「お前がアレをお頭からスリ取ったのは分かってんだ。酷い目に遭いたくなければ、返してもらおうか」


 背が高いほうの男が、少年の胸倉を掴んで力任せに引き上げる。少年は両足をばたつかせながら、必死で大声を上げた。


「知らないよ! 僕、そんなもの知らないよ!」

「嘘をつけ!」

「嘘なんかじゃないよ! 持ってないよ! 嘘だと思うんだったら、探してみろよ!」


 少年の叫びに、背の高い男――仮に、悪党其の一とでもしておこう――がほんの少しだけ怯んだ様子を見せた。その隙に、少年は其の一の腕を振り払って地面に着地する。即座に脱兎のごとく逃げ去ろうとした少年を、今度はもう一人の男――こちらは悪党其の二か――が捕まえた。


「やい、お前、どうしても痛い目に遭いたいらしいな」

「だから、持ってない、って言ってるだろ! 離せよ! あんたら、子供を捕まえるのと、宝石を取り戻すのと、どっちが目的なんだよ!」


 その言葉を聞いて、悪党其の一と其の二はお互いに顔を見合わせ、しばし沈黙した。


「なるほど」

「よし分かった、お前の持ち物を調べさせてもらうぞ」


 言うが早いか、其の二が少年の上着のポケットに手を突っ込む。其の一はズボン。服の上から少年の身体をパタパタと叩き、帽子を逆さに振り、上着の裏地を調べ……。


「兄貴、こいつ、持ってねえ……」


 最後に少年の口の中を覗き込みながら、其の一がそう絞り出した。


「ほら、知らないって言っただろ?」


 得意そうな顔で少年が上着の襟元を正す。じゃ、頑張ってね、と立ち去ろうとした彼の首根っこを、其の二が慌てて鷲掴みにした。


「って、お前、なんでアレの中身が宝石だって知ってるんだ!?」


 重要な点にようやく気がついたらしい男は、しまった、という表情を作る少年に向けて拳を固めた。


「お前、やっぱり、盗ってやがったな!」

「知らない、知らないよ!」

「ふざけるな!」

「でもよ、兄貴、現にこいつ、何も持ってなかったぜ」

「おい、お前、どこに隠した!」

「知らないって!」

「まだトボけるか!?」


 噛みつかんばかりの勢いで少年を恫喝する其の二に、其の一が至極不安そうな視線を絡ませた。


「どうすんだよ、兄貴。お頭にどやされちまう……」

「待て、良く考えるんだ。あの時、お頭にこいつがぶつかってくるまでは、あの袋はあったんだろ?」

「で、そのあとすぐに俺達はこいつを追いかけた」

「どこかに隠したか、仲間に手渡したか……」


 そこで、二人はもう一度顔を見合わせて、今度は叫び声を上げた。


「あー! さっきの女!」


 一瞬生じたわずかな隙を、少年は見逃さなかった。勢い良く其の二のむこうずねを蹴り上げ、緩んだ手を振りほどく。そうして少年は全速力で袋小路から逃げ出した。


「うわーっ! 助けてー! 殺されるーっ!」


 表通りへと続く細長い坂道は、人通りこそ無いものの、彼らが先ほどまでいた場所とは違って見通しは格段に良い。石畳と家々の壁に反響した少年の声に、男達は激しく動揺した。


「おい、こら、人聞きの悪いこと言うな!」


 一角(ひとかど)走ったところで、其の二はやっと少年に追いつくことができた。問答無用で少年を羽交い締めにし、なんとか口を塞ごうとする。


「あの女の居場所を言えば何もしねえよ!」

「たーすけてーっ! 人さらいだー!」

「くそ、黙れ! クソガキ! あの、茶色の三つ編みの田舎娘はどこだ!」


 あれだけの邂逅で、リーナのことをこれだけ把握できているというあたり、この悪党其の二、ある意味大した慧眼の持ち主なのかもしれない。


「ころされるぅうー!! だれかー!」

「何だか知らないけど、子供相手に大人げない。離してやれよ」


 突然頭上から涼しげな声が降ってきたことに驚いて、其の二と少年は一様に顔を上げた。

 ひょろりと背の高い、だが意外にがっちりとした肉づきの若い男が、腕組みをしながら二人を見下ろしていた。

 その飄々とした態度と気の良さそうな瞳に勇気を得たのか、其の二は不敵な笑みを浮かべて若い男をねめつける。


「よぉよぉ、兄ちゃん。これは身内の問題なんでね、関係ない奴はすっこんどいてもらおうか」

「嘘だ、嘘だよ! 身内なんかじゃないってば! こんなおっさん知らないよ!」

「……って、言ってるけど?」

「反抗期ってやつさ。さあ、とっとと……」


 威勢良くそこまで啖呵を切って、それから其の二は動きを止めた。硬直した視線は、若い男の腰に注がれている。外套越しでも窺うことのできる、ひと振りの長剣の存在に。


「兄貴、どうしたんですかい。こんな優男、さっさと……」


 少年が自由を取り戻すのを見て、其の一の目が丸く見開かれた。


「兄貴!?」

「……どのみち、あのガキは持ってなかったんだ。女を捜すぞ」

「で、でも兄貴……」

「うるさい、行くぞ!」

「ええー!? あにきぃー」


 


 どたどたと騒々しく走り去っていく二人を、若い男は無言で見送っていた。

 その後ろでは、危機を脱した少年が、これ幸いとばかりに、そろりそろりとこの場から離脱しようとしている。


「ちょっと待った」


 だが、少年が走り出そうとするよりも早く、若い男の手が少年の右手首を掴み取った。


「な、なんだよ」

「……何か言うことがあるだろ?」

「へ?」


 本気でわけが解らない様子の少年に、若い男はがっくりと肩を落とした。


「あのねえ、別に感謝されようと思って助けたわけじゃないけどさ、こういう時は、一言お礼を言うものだろ?」


 なるほど、と合点がいった様子で、少年は深々とお辞儀をする。


「助けてくれてありがとうございました。……じゃ、そういうことで」


 爽やかにそう言い捨てるや否や、すかさず回れ右をして駆け出そうとする少年であったが、今度は男に左手首を掴まれ、大きく前につんのめってしまった。


「な、何すんだよ!」


 子供らしからぬ気迫を瞳に込め、少年は男を睨みつける。その視線を事も無げに受け流しながら、男は顎に手を当てて何事かを考え込み始めた。


「……茶色の……、田舎……、いくらなんでも、考え過ぎだと思うけど……でも、なんかひっかかるんだよなあ……」

「何だよ、手を離せよ!」

「……ま、時間もあるし、思い過ごしだったらそれはそれで問題ないわけだし……」

「おい、何言ってんだよ!」

「……よし」


 何やら納得した表情で大きく頷いてから、男は長身を折り曲げるようにして少年の眼前にしゃがみ込んだ。じたばたと暴れる少年と改めて視線を合わせて、にっこりと笑顔を作る。


「さてと。どういう理由で、あいつらに追われていたんだ? おにーさんに話してごらん?」

「……あんた、何者だよ」

「俺? 俺はサン。通りすがりの旅行者さ」


 朗らかに少年に笑いかけているにもかかわらず、サンの眼差しは少しも緩んではいなかった。


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