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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君は誰の願い

作者: 祈緒

「た、頼む! 奪わないでくれっ……、それは俺の大切な」

 葛城史彦かつらぎふみひこは地面に這い蹲る男を一瞥すると、ナイフを握り締めた手を振り上げた。銀色の刃が冷たい光を弾き煌めく。

「止めてくれ! 止めてくれ!」

 悲痛な男の叫び声が響く。しかし無情にもナイフは振り下ろされた。

 暗い路地裏にぐしゃりという嫌な音が響く。葛城のナイフは這い蹲る男ではなく半透明な人の形をした物体「願い」に突き刺さった。願いからは赤い液体が吹き上がる。

 それは雨のように葛城に降り注いだ。葛城の黒髪を眼鏡を、赤い液体が汚す。だが葛城は眉一つ動かさない。 這い蹲る男は声も出せずただ口を、魚のように開閉させるだけだった。葛城はそんな男を見下ろし、闇夜に浮かぶ鋭い三日月のように唇の端を吊り上げて笑う。

「あなたは、奥さんに逃げられたそうですね」

「でも……、その願いがあればアイツは返ってくる」

「何を都合の良い……、全てはあなたの自業自得でしょうに」

 冷たく笑うと葛城は眼鏡を指先で押し上げた。液体のせいで視界が悪い。

「あなたはギャンブルにハマっていたそうではありませんか」

「それは……」

 男は返す言葉もなく下唇を噛んだ。血が少し滲んでいる。

「一ヶ月で数十万使っていたんですってね、それで奥さんに愛想をつかされた」

「だけど願いが叶えば……この前、大手企業の面接に行ったんだ、なかなか良かったからきっと受かるはずだ、そしたら真面目に働いて」

「ええ、願いが叶えば就職も出来て奥さんも帰ってくるでしょうね、でも」

 最早人の形を留めていない半透明の願いにもう一度ナイフを振り上げた。

 そして願いは粉々に消えて無くなる。正確には願った人物である男の心が折れたため願いが消滅したのだ。

「案外呆気ないものですね、あなたの願いなんてその程度のものだったんですよ」

「……あ……あ……」

 男は放心状態で、何も話せずただ意味の無い音を吐いていた。

「その男の処理をお願いします。安心して下さい、ちゃんと専門の人間に心のケアを頼んでありますから」

 葛城と同じような深い青をした軍服のような形の裾が長い衣服を着た男達が放心状態の男を引きずり連れて行く。

 葛城は靴音を立て現場を後にしようと歩き出した。だが、すぐに葛城とは違う足音が葛城を追う。

 まだ歳は二十代前半、あどけなさの残る顔と遊び心いっぱいの外ハネしている茶色の髪の青年が葛城の隣りを歩く。彼もまた葛城と同じ服を着ていた。

「葛城さん! 今日も格好良かったっス」

「敬語もろくに使えない奴に言われても何も感じないな」

「手厳しいな~」

 無表情な葛城に対し無邪気に笑う青年新崎にいざきは腕を頭の後ろで組みながら興味津々といった表情で葛城を覗き込む。

「それで、あの台詞は何のアニメの影響っスかあ?」

 鈍い音が響く。新崎は頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。あまりの痛みに声も出ない様子だ。だが葛城は気にすることなく事務所へ帰って行った。




 強い願いはやがて、人の形となり願った人物の前に現れるだろう。そしてその願いは必ず強い願いを叶えてくれる。それはごく一部の人間しか知らない古い言い伝えだ。

 葛城が三階立ての何の変哲もない事務所に辿り着いた時、既に辺りは暗くなっていた。事務所には葛城しか居ない。

 葛城は慣れた手付きでパソコンのスイッチをつけた。

 人の願いを壊し消し去るのが葛城に与えられた任務である。そして任務を遂行したらそれを報告するのも彼の仕事だ。静かなオフィスにキーボードを弾く音だけが存在する。

 国の権力者は秘めたる力を持つ願いを恐れていた。

 人々が願いを手に入れたら自分の権力、地位が危ぶまれるからである。

 葛城は溜め息をつき、画面から視線を逸らす。目頭を押さえ、一息つき立ち上がると窓に近寄った。

 空には深い闇が広がっている。だがその闇のなか、星屑が悲しい輝きを放っていた。

「皮肉なものだ、……そうだろう蒼那そうな









 蒼那謙斗けんとと葛城の出会いは高校一年生の時の事である。

 蒼那と葛城は見た目も性格も正反対だった。黒髪で制服である学ランを着崩す事無く着ていた葛城に対し、蒼那は茶髪で学ランは着崩し、靴の踵を踏み潰して穿いていた。蒼那には特徴的な部分としてホクロが左目の下にあった。

 性格も蒼那は常にお調子者で適当でちゃらんぽらん。葛城は真面目でしっかり者とまさに正反対。しかも蒼那は期日までに課題を終わらせたことがなく、学年一位である葛城のもとへやってきては課題を見せてくれと頼み込むのだ。

「いい加減自分でやらないと後で困るぞ」

「大丈夫、大丈夫! いつもありがとな」

 「大丈夫」は蒼那の口癖で、葛城は何度もその言葉を聞いてきた。

 不思議と蒼那がそう言うと本当にそんな気がしていたのだ。葛城にとって常に明るく笑顔が絶えない蒼那は羨ましくもあり憧れの存在でもあった。

 だが、葛城にとって蒼那への感情はただの憧れでは無かったのだが、それに気付くには全てが遅すぎたのだ。

 ある日、葛城が教室に入ると妙にクラス中が騒がしかった。

「聞いたか、蒼那のやつ車にはねられたらしいぜ」

「相手のトラック飲酒運転だったらしいよ」

「今病院だけどかなりヤバいんだってさ」

 行き交う言葉は葛城には届かない。ただ、突然の事に立ち尽くすことしか出来なかった。一部の生徒が病院に行ったらしいが面会は出来なかったそうだ。

 そして、蒼那謙斗の一生は僅か十六年で幕を閉じる。

 葛城は呆気ないものだと思った。

 式には出れなかった。一部の仲の良かった生徒は「友人」として出たようだが、葛城には「友人」として出る事は無理だったのだ。

 自分の心を偽り友人として参加することなど出来なかった。それに葛城はまだどこか蒼那の死を受け入れられていなかったのだ。

 雨のなか、蒼那の葬式は執り行われ、雨は夜になっても降り続いていた。葛城は傘もささず、外に出ていた。葛城自身は泣けなかった。泣いたら蒼那がもう居ないことを認めたことになり、やがてそれが過去の出来事となるようで怖かったからだ。

 だからこの雨は自分の代わりに泣いているのだと葛城は思った。

 眼鏡のレンズに雨粒がかかり、視界が悪くなる。それでも葛城は、暗闇に光るものを見た気がした。

「……叶うならもう一度」

 星屑はあっという間に流れていく。

「もう一度蒼那に会いたい! それで伝えたいんだ」

 葛城の声は夜空に消える。星屑はとうに消えていて何故だか酷く落胆した。

 びしょ濡れになり家に帰っても、誰も葛城を迎えてはくれない。両親は葛城が物心つく前に他界していた。葛城は親戚の家をたらい回しにされた後両親が残したお金と、親戚の仕送りで高校に入学すると同時に一人暮らしを始めたのだ。

 濡れた服を脱ぎ衣服を取り替えた後、ベッドに横になる。急速に襲い掛かる眠気に勝てず、葛城はそのまま瞼を閉じた。

 翌朝ゆっくりと目を覚ますと、そこには蒼那が立っている。葛城は驚きベッドから飛び起きた。

「蒼那!」

 だがすぐに期待は萎んでいく。何故なら目の前に立つ蒼那の左目にはホクロが無いのだ。それにどこか纏う雰囲気も違っていた。

「お前は誰だ、どっから入った」

「ぼくは願い、きみの願いだよ」

「願い?」

「きみの願いはソウナにもう一度会うことそれから、伝えたいなにかを伝えること」

 強い願いは人の形となり願った人物の前に現れ、その願いを叶えるだろう。葛城はずっと御伽噺だと思っていた。だが今目の前にその願いが居る。その言葉を信じるしかなかった。

 その願いは淡々と喋る。それは機械のようで葛城は少し苛立った。蒼那はそんな風に喋らない。

「俺は蒼那に会いたいんだ、偽物なんて要らない」

「死者を蘇らせることは出来ない、でも見た目だけなら真似れる」

「やめろ! 蒼那はそんな風に喋らない消えろよ!」

 願いは小首を傾げ、まじまじと葛城を見た。

「なら願いを消せばいい」

「え?」

「願わなければいい、会いたいって伝えたいって」

「それは……」

 葛城は言葉に詰まり、目を逸らす。

「でも会いたいのは本物の蒼那なんだ」

「……ごめん」

「謝るなよ願いのくせに」

 なんだか虐めてるような気持ちになってしまい、葛城はそっぽを向いた。

「伝えたいって何を? それなら届けられるかもしれない」

「え、……いや」

 伝えた所で答えは返ってこない。そう思うと胸にぽっかり穴があいたように苦しくなる。

 綺麗な目をした、蒼那そっくりな姿で実体もちゃんと存在しているその願いは癖なのか小首をまた傾げた。と同時に願いの腹が鳴る。

「願いもお腹減るんだな」

「うん……、ねえカツラギ、カツラギにとってソウナは大切だったの?」

 どこか拙い願いの言葉。葛城は食事の支度をしながら口を開く。

「ああ、大切だった。俺にはないものを持ってるからなアイツは」

「持ってないもの持ってると大切?」

「違うよ、一緒に居ると心が暖かくなるんだ」

 食事と言っても葛城自身食には無頓着なため、菓子パンと牛乳しか用意できなかった。

「ココロ、願いにはココロない」

「願いだもんな、あるわけないさ」

 願いは菓子パンを手に取るとしげしげと眺めた後口に入れた。味覚はあるのかと観察しているとちょっと笑って、

「甘い」

 と言ってまた頬張った。気に入ったようだ、正直蒼那の事で体も心も疲れていたが、無心に菓子パンを頬張る姿を見ていたら少し気が晴れたような気になる。

「願いも笑うんだな」

 それから願いは葛城の家に住み着いた。願いが叶うまでは居座るつもりらしい。葛城は溜め息をついた。

 願いは部屋をくるくる歩いては珍しいのか家具を一つ一つ指差しては「これは何」と繰り返す。最初は適当にあしらっていた葛城だがそのうち教えるのも楽しくなり願いが居る生活に慣れ始めていた。

「カツラギ、ソウナについて教えて。ソウナになれるようになる」

「いいよならなくて」

「なんで? ソウナに会いたいんでしょ」

「いくら真似ても所詮真似事だよ。それにお前はお前でいいよ蒼那じゃないんだから」

 よく解らなかったのか願いは小首を傾げる。だが、初めは苛々していたそんな願いの言葉にも、願いは願いなりに葛城の願いを叶えようとしているという事に気付き始めたのか、葛城は心に暖かいものを感じていた。

 願いは無垢である葛城は思った。世の中の汚いことも知らないようなまだ何も知らない無垢な子供。損得すら考えず、無垢な願いは葛城に寄り添っていた。だがそれは葛城が願った願いとはどこか違う。

 時間は流れ二週間が経つ。家の電話には留守電が入っていたが、葛城は取らなかった。学校からだとわかっていたからだ。

「カツラギ、カツラギ! あれ着ないの」 願いが指差したのはちょうど学生服。葛城は苦笑いを浮かべた。

「着ないよ、学校に行かないからね」

「なんで?」

「なんでって、学校には蒼那と過ごした思い出がいっぱいあるんだ、思い出すのは辛いよ」

 願いは小首を傾げ、部屋を歩き回ったあとベッドに座る葛城に近寄る。

「思い出すのは辛い? どうして? カツラギにとってソウナは辛いもの?」

「違う! 違うけど」

 願いは顔を覗き込んで笑った。

「知ってるよカツラギがなんで辛いか」

「え?」

「ココロにはたくさんの感情仕舞えないんだよ、少し出しちゃいなよ」「出すって、そしたら蒼那が過去の存在になってしまう。悲しくなくなったら蒼那が」

「大丈夫、大丈夫! 出したら残るのはソウナとの楽しい記憶だけ」

 その言葉に葛城は目を見開き溢れ出す感情に戸惑う。

「願いのくせに、心なんてないくせに!」

 葛城はついに抑えきれなくなり、感情が溢れるままなりふり構わず声を上げて泣き続けた。願いはそんな葛城を優しく抱き締める。

 涙が尽きて、疲れ果てて葛城は眠ってしまった。

 次に葛城が目を覚ますとその時にはどこかすっきりとした穏やかな気持ちになっていた。だが願いは何故か半透明になっている。

「お前、体が」

「うん……、願いが叶い始めた証拠だよ。喜んで、ぼくが消えたらカツラギはきっと強くなれる」

「……居なくなるな! ずっとここに居ろよ」

「それは叶えられないよ。さあ、あの服を着てカツラギの時間を生きて」

 そう言って願いの姿が葛城には見えなくなった。

 葛城は久しぶりに学ランを着て学校に向かう。

 少し躊躇ったが、教室に入ると蒼那の事があるためかまだどこかよそよそしさがあるが、以前のような騒がしさも戻りつつあるようだ。誰かの笑い声がする度に蒼那の声が混じっているようにも聞こえた。だが不思議と葛城は心の苦しさを感じない。感情が麻痺したわけではないようだが、どうやら心にあった感情を吐き出したおかげで感情に余裕があるのだろう。

 学校を終え、帰宅すると鞄を起き、見えない相手に話し掛ける。

「俺はもう、大丈夫だよ」

 瞬間、眩い光が部屋を包んだかと思うと蒼那が立っていた。

「大丈夫、大丈夫! 葛城なら大丈夫だって俺信じてたよ」

「蒼那、いや……願い。聞いてくれ伝えたかったんだ」

 蒼那は優しく微笑む。

「ありがとう」

 光が弾けて、部屋は静まり返る。

 そして二度と願いに会うことはなかった。

 葛城は後に気付いた事ががある。それはあの願いは蒼那の願いでもあったのではないかと。

「さすがに都合良すぎるか」

 願いが消えた日から数日が経ち葛城が学校に行く支度を始めたその時、ドアを叩く音がして手を止める。

「朝からなんだ、はーい」

 ドアの鍵を開けると、複数の男達が入ってきた。質の良さそうなスーツ、どこか見下すその目はとても歓迎しがたいものである。

「君は具現化した願いに接触したね」

「え」

「具現化した願いに接触するのは禁じられているんだよ」

「あの……」

「暫く君は国の管理下のもと、監察させてもらう。具現化した願いと接触したからね、何が起きるか分からない」

 何故この男達が願いと接触した事を知っているのだろうか、いくら考えを巡らせても葛城には分からない。

 男達の声音は穏やかだが、目は有無を言わせない。葛城は従うしかなかった。 そうして連れられたのは、壁が白で塗られた施設の一室。どの部屋も白く、窓もない部屋は威圧感がありとても居心地が良いとは言えなかった。その部屋の隅には葛城と同い年くらいの少年少女が怯えたように震えながら座っている。

 数日その部屋に閉じ込められた後、再び男達が現れ、部屋にいる全ての人間が連れ出された。勿論葛城もだ。

 連れられた真っ白な部屋の真ん中には床に這い蹲り泣きじゃくり涙と鼻水で顔を汚している女が居る。

「止めて! 願いは私の願いは息子を取り返すことなのっ、お願いもう一度会いたいのお願い」

「お母さん、生憎ですがアナタの息子さんは行方不明になっているんです。今警察が探していますから諦めて願いを破棄して下さい」

「いやよ! 警察は何もしていないじゃないっ、返して息子に会わせて」

 悲痛な母親の叫びに、誰もが目を背け、泣き出す者もいた。そんななか、男は下品な笑みを浮かべながらナイフを震える少女に渡した。

「さあ、あの女の願いを切り刻みなさい。そしたら家に返してあげるからね」

「いや……、怖いよ、出来ない」

「出来ないなら、君が代わりに切り刻まれるかい?」

 少女は自分の首に突きつけられたナイフに小さく悲鳴をあげ、震えながら女に近寄る。女の傍には小さな男の姿をした願いが立っていた。まるで女を庇うように立っている。

 少女は悲鳴を上げながら、ナイフを願いに突き刺した。

 瞬間、赤い液体が飛び散り白い床を赤く染める。少女は絶叫した。

 狂ったように叫んで、どうしたらいいか分からないのか、奇っ怪な動きを繰り返す。まるで壊れたマリオネットだ。

 このままでは少女の精神が壊れる。そして男達はそれを喜んで見ていた。

 女の悲鳴、少女の泣き声、男の笑い声。全てが部屋にこだまする。

 葛城は何かが壊れる音を聴いた。

 ゆっくり少女に近寄るとその手から、ナイフを取り上げる。少女は糸が切れたように失神した。

 男達の笑い声も止んだ。葛城は奪ったナイフを振り上げ力一杯女の願いを突き刺す。その度願いは痛みに悶えた。

 赤い液体が吹き上がり、辺りが白から赤へ変わり。男達も呆然としてるなか、願いが今まさに砕けようとしていた。

 葛城は思う、この願いが失われればきっと己の心も失われるだろうと、だが葛城には願うことしか出来ない。振り上げたナイフを握る葛城にはもうなんの感情も無かった。そして願いは硝子のように砕ける。女は失望してしまったようだ。女がどうなったか葛城は知らない。だが、その後少年少女達は一部が帰され、残ったものである組織が創られた。

 それが、今の葛城を取り巻く全てである。





「葛城さん! 葛城さん」

「あ、ああ……新崎かまだ居たんだな」 新崎は笑って、手にしてた缶コーヒーを葛城に渡す。

「いやあ、ちょっと忘れ物思い出したんス」

「新崎、お前願いを壊す度に一々泣くな」

 新崎の目は赤く潤んでいた。指摘された新崎は慌てたように首を振る。

「泣いてないっスよ」

「お前、なんでこの仕事やってるんだ? 強制されたわけでもないだろ」

 それ以上の追及を止める代わりに葛城が問うと、新崎は少し困ったように笑った。新崎は強い動機もなく自らこの組織に入りたいと面接を受けた変わり者だ。いつから居たのかは正直葛城には解らない。

 普通は過去の葛城のように国に強制されたか、暴走した願いに大切な人を奪われた人間が主だった。

 葛城は新崎を真っ直ぐ見据え、ふと気が付く。

「お前、左目の下」

「え、ああ! これゴミじゃないっスよホクロっス」

「それで俺がなんでここに居るかでしたよね」

 新崎は真面目な目をして、優しく微笑んだ。

「それは俺が誰かさんの願いだからっス」

 初め葛城は国の権力者の言いなりでしかなかった。だがいつしか力を手に入れ組織は強くなり、その非情な姿から一目置かれる存在となる。国にとっても人の願いを壊すだなんて後味の悪い仕事を引き受ける人間は貴重な存在となり、今となってはそこらの肥えた権力者よりも地位は上だ。だがその代わり失ったものは大きい。

 奪う度、葛城の心は凍りつき砕けて失われていくようで、葛城の中にある感情はとうに死んでしまったのだ。

 葛城は目の前の男を見る。仮に彼が本当に願いならと考え唇の端を吊り上げて笑った。

 だがそれは酷く歪んだ笑みにしかならない。









「葛城さん! 今までにない力の願いがレーダーに反応しました。至急対応を」

「ああ、分かった。モニターに場所を映してくれ」

 部屋にある幾つかのモニターに場所が映し出される。中央にある大きなモニターには学園が映っていた。

希代きしろ高等学校か」

「まだ願いは願った人物に接触していない様子」

「願いの姿は映せるか?」

「今探しています」

 キーボードが忙しなく弾かれ画面が切り替わる。学園にある防犯カメラの映像に切り替わったようだ。その屋上に不可思議な人物が立っていた。 切りそろえられてるかと思えば新崎のように外にはねらせてもある真っ白な髪が風に揺れ、衣服から不気味なくらい真っ白な肌が見え、その場に居た者は思わず皆息を呑んだ。一人を除いて。

 そして全てが白い男の瞳は、白い体に反してねっとりとした血の色をしている。その瞳は宙をさまよい、やがて此方をしっかり見据えると笑った。

「新崎、行くぞ」

「了解っス!」

 モニターの映像を見ても表情に何一つ変化のない葛城に、それを隣りで見ていた新崎が大きく頷きついて行く。

「ところで新崎、この前渡した正しい日本語の使い方の本……ちゃんと読んでいるか?」

「読んでるっスよ、眠れない夜とかに読むといちころっス」

 鈍い音がオフィスに響いた。新崎は頭を抑えてうずくまる。

「いってー!」


 今日も数多の願いが生まれ、数多の願いが奪われる。

 葛城にはどんな悲鳴も嘆きも届かない。

 人の心を持たないとさえ言われた。それでももう何も恐れることはない。

 葛城は隣を歩く新崎を見た。彼が本当に願いかどうかはまだ解らない。

「皮肉なものだ、そうだろう蒼那?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] まず、描写が細かくて綺麗だなと思いました。 登場人物の心理描写も繊細で、葛城さんの気持ちが伝わってきました。 そして、「人の願いが具現化され、それを壊す者たち」というアイデアもとても面白い…
[良い点] 『人では無い存在』と人が関わるシチュエーションの小説は個人的に好きなのですが、その『人では無い存在』に『人の願い』を持って来ると言う発想は無かったです。 とても斬新といいますか、ユニークな…
[良い点] ストーリーは面白かったです。情景描写も分かりやすくて、その場面を想像しやすくて良かったと思います。 [一言] 個人的に言わせてもらいますと、私の好きなジャンルの作品です。ちょっと短編ではも…
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