チクビーム鉄砲玉vs正義のチクビーム男たち
東京都霞が関、某施設B地区内の会議室にて――。
ろくな説明もなく経堂宗子に呼び出された宗久と宗像は、落ち着きなく椅子に座っていた。吊るしのスーツでやってきたはいいものの、国家権力という威圧を感じるこの部屋では、むしろ普段着でいた方が堂々とできる気がする。
呼び出した本人の宗子は、約束の時間ちょうど五分前に入室してきた。仕立てのしっかりしたスーツをぴしりと着こなしている。
「よく来てくれたわね、【ニプレス】リーダー、【ボコチクビ】リーダー」
宗像が先に立ち上がる。宗久も次いで立ち上がり、軽く会釈をした。
宗子はうなずきを返して、部屋のホワイトボードを引き寄せる。
「座ってちょうだい。チクビーム人間開発機構の代表として、あなたたちに依頼があります」
その言葉を合図にして、書類を持った京平が入ってくる。宗久と宗像に手渡された書類には、「反社会的勢力へのチクビーム人間開発技術流出について」の表題があった。
「なんだって」
絶句する宗像をよそに、宗久はちらりと宗子を見上げた。宗子は向けられた疑いの眼差しに、「私じゃないわよ」と肩をすくめてみせる。
「【ニプルズ】による無差別チクビーム男開発事件。その被害者の一人に、乳輪組の構成員がいたのよ」
書類の一枚目には、何人かの男の顔写真が載っていた。中には上半身裸で映っているものもあり、おそらく彼はチクビーム男なのだろう。
「あなたたち、リバースエンジニアリングという言葉はご存じ?」
宗子の問いかけに、宗久はすらすらと答えた。就活生だった頃に、その手の知識を勉強したことがある。
「もともとある製品などを分解・分析し、それを開発するための技術を再構成する技法。この解釈で合っているか?」
「その通りよ」
宗像が戸惑ったように、宗久と宗子を交互に見つめる。
「そのリバースエンジニアリングと、チクビームがどうつながるんだ?」
その問いの答えはきっと、この書類にあるのだろう。宗久は書類へと視線を戻した。
「二ページ目を見てちょうだい」
真っ先にブロック体の文字列が目に入る。
チクビーム人間開発技法のリバースエンジニアリングについて――。
「なんて?」
宗像の口から間抜けな声が漏れる。宗久は、黙って眉間のしわを揉んだ。
宗子は沈痛な面持ちで「由々しき事態なのよ」と二人へ話しかけた。京平はさらに、二人の前へ黒いゴムのバンドを置く。それには大振りな乳輪ほどの大きさの穴が二つ開いており、レンズがはまっていた。レンズの周縁部にはダイヤルらしき部品が見える。そしてレンズの間隔はベルトで調整できる。
宗久は嫌な予感に顔をしかめた。
そして最悪なことに、こういうときの勘は、よく当たる。
「これはチクビーム人間無力化装置よ」
「チクビーム人間無力化装置!?」
驚いた声をあげる宗像をよそに、宗久は窓を眺めた。空が青くてきれいだ。
「これはチクビームを変質させるの。従来のチクビームは無機物を破壊するのみだったけれど……今は違うのよ」
ギュッと表情を引き締めて、宗子は言い放つ。
「この装置を見てちょうだい。ダイヤルを回すことにより、チクビーム増強モードとチクビーム人間無力化モードに変更できるのよ!」
誇らしげに宗子が言う。大方、彼女が開発したのだろう。
京平は「宗子くんはすごいよねぇ」とのほほんと笑うばかりだ。その一言に宗子は「よしてちょうだい」と照れたように唇をとがらせた。
宗久は指先でチクビーム人間無力化装置をつまんでみた。自分にはおぞましい装置にしか見えないのだが、宗像は目を輝かせて「これが……」と呟いている。
帰りたい気持ちをぐっと我慢して、宗久は唇を噛んだ。これから先、自分たちがどんなことをさせられるか、大方の見当がついたからだ。
「それで? このふざけたマシンを俺たちにつけさせて、何をさせようって言うんだ?」
決まり切った答えしか返ってこないのに、問わずにはいられない自分の弱さにうんざりする。宗子は当然、宗久の予想通りの言葉を告げた。
「簡単よ。これをつけて乳輪組のアジトへ乗り込み、チクビーム男たちを無力化してちょうだい」
そうなると思った。宗久はがっくりと肩を落として、「はい」とうめいた。
隣の宗像はといえば、凛々しく「分かった」と頷いている。
こればかりはもう乳首の陥没しているしていないに関わらない、宗像が持つ生来の正義感だろう。宗久は宗像が眩しく見えて、そっと目をそらした。
二人は特に抵抗もせず、与えられた任務を受け入れた。
チクビーム人間無力化装置をそれぞれに合わせて調整し、訓練を受ける。
いよいよやってきた任務当日。二人は黒くぴったりとした戦闘スーツに身を包み、輸送車のコンテナの中に揺られていた。
胸にはチクビーム人間無力化装置を装着している。強制的に宗久の陥没乳首がさらされており、宗久はずっとうつむいていた。
向かい側に座った宗像もさすがに緊張しているようで、口を開かない。
やがて輸送車が止まる。宗久たちは降りろという合図を受けて立ち上がる。
その時だ。
閃光が走る。次いで爆発音。
宗久と宗像はコンテナから飛び降りた。辺りに怒声が響く。
「敵襲じゃァ! 迎え撃て!」
慌ただしい足音とともに、チクビームが発射される。宗像は胸元の装置のダイヤルを「出力増強」に合わせ、迎え撃った。
宗久はダイヤルを「無効化」へ合わせ、宗像の背後から援護射撃に回る。
眩いばかりのチクビームが、宗像の乳首から放たれる。その光に圧倒された組員たちは、宗久の放ったチクビームの爆発に巻き込まれていく。
しかし物量は圧倒的に乳輪組が勝っていた。次々に組員たちがやってきてチクビームを放つ。
さらに組員たちのチクビームは、多岐に渡っていた。
乳首から無数の光の散弾が発射される者。チャージまで時間がかかるものの、強力なビームを短時間放つ者。
宗像がいくら強力なビームを放てども、しょせんこちら側は旧式のチクビーム人間。新式のチクビーム人間には敵わないのだろうか。
いつも前向きな宗像だが、頭の片隅にちらりと絶望がよぎる。
「おい宗像。前向け!」
その背中を強く叩いて、宗久は果敢にチクビームを放った。もとの力で出せる最大限の出力で、精一杯にチクビーム人間無効化の光をぶちまける。
宗像はぐっと歯を食いしばり、前へと一歩進んだ。乳輪組の鉄砲玉たちも悲壮な表情で応戦する。
わかるよ、と宗像は内心呟いた。
乳首からビームが出るだなんて、荒唐無稽で屈辱的な状況。
自分ひとりだけ、わけのわからない生き物になってしまったかのような疎外感。
だけど宗像は――かけがえのない仲間を得た。
「そうだ、押せ。お前は強い!」
いつもの気だるげな余裕をかなぐりすてて、宗久が叫ぶ。
こんなに心強い味方がいる。宗像のチクビームは、それだけで威力を増すようだった。
宗像のチクビームにつづけて、宗久のチクビームが炸裂する。野太い悲鳴を上げて倒れる男たちの一人が、宗久の脚を掴んだ。宗久は蹴り飛ばそうとするが間に合わず、倒れこんでしまう。
「宗久!」
咄嗟に助けようと宗像が手を伸ばすも、わらわらと群がるチクビーム男たちが邪魔をして近づけない。
宗久はバンドを毟られた。苦し紛れにチクビームを放つも、チクビームを失った男たちに腕を掴まれ、胸を突き上げる形で拘束される。
下卑た笑い声が、乳輪組のアジト一帯に響いた。
「おいコイツ見ろよ。陥没だぜ!」
宗久の頬がカッと熱くなった。
陥没乳首。物心ついて以来、宗久は自分の胸部を恥じるようになった。
それは小学校、中学校、高校と進学するたびにコンプレックスとして深まっていった。
宗久は優れた容姿を持っている。頭もいい。運動神経もある。
だけど乳首が陥没していると知られたが最後、「でも陥没乳首なんだよな」とあざ笑われてしまう――。
「わらうな……!」
宗久は懸命にチクビームを放つが、すぐに他のチクビーム男からチクビームを浴びせられる。
その無様な姿に、またチクビーム男たちが笑い声をあげた。
その時だ。
「今、そいつを笑ったか?」
一際強烈な光が、サングラス越しに全員の目を焼く。
宗像は怒りを全身にみなぎらせて、囚われの宗久に向かって歩き出した。
「俺の友達を笑ったな?」
普段の朗らかで正義感の強い、気のいい青年の姿はない。
ほとばしる強い感情のままチクビームを放つ。チクビーム男たちは懸命に応戦するも、宗像の迸るチクビームは防げない。
次々とチクビーム男たちは倒れていった。その暴走する姿に、宗久は「やめろ」と叫んだ。
「やめろ宗像。お前のチクビームは、人を傷つけるためにあるんじゃない……!」
平時の宗久であれば「俺はなんて馬鹿なことを言っているんだ」と頭を抱えただろう。
だけど明らかに冷静さを失った宗像を前にして、宗久はひどく動揺していた。
宗久の拘束がゆるむ。その隙にバンドを拾って装着しなおし、チクビームを放った。
宗像のチクビームに倒れたチクビーム男へその光が降り注ぎ、彼らはそのチクビームを失う。
「おいこの馬鹿、聞いてるか!?」
殴りかかってくる男を蹴り飛ばしつつ怒鳴る。宗像はチクビームだけでなく、手と足も出ていた。宗久を笑った男を中心に拳を叩きこみ、脚を払って地面へと沈めている。
その背中へ、宗久は追い付いた。二人で背中合わせに立って、ふっと息を吐く。
「……ごめん。冷静じゃなかった」
宗像の詫びに、「いいさ」と宗久はいつも通り鼻を鳴らした。
「珍しいお前を見られて、得だったよ」
その憎まれ口に、「そっか」と宗像は笑った。
二人は合図も出さず、同時に走り出す。
宗像は強力なチクビームで敵を圧倒し、宗久のチクビームで無力化していく。宗久はさらにダイヤルをこまめに切り替えて、敵の目を眩ませた。
万策尽きた敵は、雄たけびを挙げながら棒で殴りかかってくる。その棒に、宗久と宗像は、嫌というほど見覚えがあった。
二人ともの脳裏に、乳首ドリルによってチクビーム男へと改造された記憶がよぎる。
先に動いたのは宗像だった。
チクビームを放ち、敵の目を眩ませる。宗久はその隙を突いて棒を奪い、握りしめた。
「こんなもの……!」
腿を高く上げ、膝でその棒を真っぷたつに割る。
ぼきん、という無骨な音が、不思議と辺りへと響いた。
宗像はさらに奥へと走り込む。もはや宗像と宗久の他に、チクビーム男は残っていなかった。
事務所らしき部屋へ入り込み、チクビームを放つ。蜂の巣をつついたような騒ぎの中、宗像は開きっぱなしのパソコンを覗き込んだ。
奇しくもそれは、管理者権限を持つ構成員のパソコンだった。不慣れながらもフォルダを操作し、かたっぱしから消去する。
「どうだ、宗像」
追い付いてきた宗久に聞かれて画面を見せると、「よし」と彼は頷いた。
マウスを受け取ると慣れた手つきであちこちのフォルダを開き、一連の情報の流れを掴む。ふっ、とニヒルな笑みを唇へ浮かべた。
「チクビーム技術の流出を恐れすぎたのか、バックアップも取っていないようだ。宗像、仕上げに行くぞ」
「どこへ?」
迷いのない足取りで歩き出した宗久の後に続く宗像。宗久は、まっすぐに上の階を指さした。
「サーバールーム。ハードウェアを物理的に破損させれば、データの復元は不可能だ」
「なるほど……!」
二人は一段飛ばしに階段を駆け上がり、サーバールームへと向かった。鍵は宗像のチクビームで吹き飛ばし、宗久が行儀悪く扉を蹴とばす。
空調の効いたサーバールームでは、一台の巨大なサーバーがうなりをあげて稼働していた。
胸のダイヤルを強化機能へと合わせる。二人は同時に肘を上にあげて、後頭部で手を組んだ。
「いくぞ!」
宗像の合図で、二人は一斉にチクビームを放った。
サーバーは、一瞬で灰燼と化した。
後日。
二人は再び、東京都霞が関、某施設B地区内の会議室へと呼び出されていた。
宗子は満足げな表情で二人の前に立ち、「よくやってくれました」と尊大な態度で誉めた。
「あれ以降、乳輪組でチクビーム男の構成員は見られなくなりました。データそのものまで消去したんですって? やるじゃない」
「それは宗久のおかげですよ」
さらりと褒められて、そういうところだぞ、と宗久は内心毒づいた。
内心満更でもないのが、余計に悔しい。
宗子は「本当に助かったわ」と微笑む。
「それじゃあ、次の仕事を頼むんだけど」
京平が「呼んだ?」と気の抜けた声をあげながら会議室へと入ってくる。
その手には、ずっしりと重たい書類の束があった。
宗子はふふ、と笑みを深める。
「チクビーム男の構成員を抱えた反社会勢力一覧、およびチクビーム男開発所の資料よ。一週間後までに目を通してきて」
宗久は思わず天を見上げた。宗像は「はぁ」と気の抜けた声を漏らした。
二人の様子に宗子は「安心なさい」と微笑み、指を鳴らす。
「報酬はたっぷり支払うわ。それに――最後は必ずこの私が、あなたたちをただの人間に戻してあげる」
どうやらこの不思議で理不尽な縁は、まだまだ続いていくらしい。宗久と宗像は顔を合わせて、どちらともなく笑った。




