第13話「契約の破棄と真実の言葉」
王宮でのパーティーを早々に抜け出した二人は、夜道を駆ける馬車の中にいた。
車窓の外を流れる街灯の光が、アルヴィンの横顔を断続的に照らし出す。
彼は不機嫌そうに腕を組み、窓の外を見つめていた。
リアンはその隣で、小さくなって座っていた。
怒っているのだろうか。
さっきの王子とのやり取りで、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
「……あの、アルヴィン様」
恐る恐る声をかけると、アルヴィンはこちらを見ずに答えた。
「なんだ」
「怒ってますか……? 俺、余計なことを言ってしまって……」
「怒っていない」
短い返事。でも、声には明らかな棘がある。
リアンは俯いた。
やはり、身分不相応だったのだ。
自分のような元貴族の落ちこぼれが、王族の前であんな出しゃばった真似をして。
アルヴィンの婚約者として相応しくないと思われたのかもしれない。
沈黙が痛い。
馬車が屋敷に到着し、二人は無言のまま自室へと戻った。
***
部屋に入ると、アルヴィンは上着を乱暴に脱ぎ捨て、ソファにドカッと座った。
リアンはおずおずと、脱ぎ捨てられた上着を拾い上げた。
「あの……お茶でも淹れましょうか?」
「いらない」
冷たい拒絶。
リアンは唇を噛んだ。
どうしていいかわからない。
戦場でのあんなに優しかった彼はどこへ行ってしまったのだろう。
勇気を出して、アルヴィンの前に立った。
「アルヴィン様、俺……何かしましたか? 言ってくれないとわかりません」
アルヴィンは顔を上げ、じっとリアンを見つめた。
その瞳には、複雑な色が揺れていた。
嫉妬、独占欲、そして自己嫌悪。
「……お前が可愛すぎるのが悪い」
ボソッと言われた言葉に、リアンは耳を疑った。
「は……?」
「あんな場所で、あんな綺麗な格好をして、他の男に愛想を振りまいて……」
アルヴィンは頭を抱えた。
「俺はおかしくなりそうだった。全員の目を潰してやりたかった」
それは、ただの嫉妬だった。
しかも、かなり重度の。
リアンは拍子抜けして、思わず吹き出してしまった。
「な、何がおかしい!」
「だって……そんなことで怒ってたんですか?」
「そんなことだと? 俺にとっては死活問題だ!」
アルヴィンは顔を赤くして抗議する。
なんて可愛い人なんだろう。
リアンは愛おしさが込み上げてきて、アルヴィンの膝の上に座った。
「俺は、アルヴィン様しか見てませんよ」
首に腕を回し、そっとキスをする。
「他の誰が何と言おうと、俺の心はあなたのものです」
その言葉に、アルヴィンの表情がふっと緩んだ。
「……知ってる。でも、心配なんだ」
アルヴィンはリアンの腰を抱き寄せ、深く口づけた。
「お前は無自覚すぎる。自分がどれだけ魅力的か、わかっていない」
「そ、そうですか……?」
「ああ。だから、これからはもっと厳重に管理させてもらう」
そう言って、アルヴィンは懐から1枚の紙を取り出した。
見覚えのある羊皮紙。
あの時、無理やり結ばされた借金の契約書だ。
「これは……」
「破棄する」
アルヴィンは言った。
そして、契約書をビリビリに破り捨てた。
紙吹雪のように舞い散る紙片。
リアンは呆然とした。
「えっ、でも借金は……」
「もういい。借金なんて最初からなかったことにする」
アルヴィンは真剣な眼差しでリアンを見つめた。
「金で縛るような真似はもうしたくない。これからは、対等なパートナーとして、俺のそばにいてほしい」
それは、プロポーズだった。
借金の形ではなく、愛による結びつきを求めている。
リアンの目から涙が溢れた。
「……はい。喜んで」
二人は再び抱き合い、長いキスを交わした。
部屋の隅で、ポチがやれやれといった顔で見守っていた。
***
翌日、アルヴィンはリアンを連れて王都の街へ出かけた。
デートだ。
これまでは屋敷に閉じ込められていたが、もう隠す必要はない。
堂々と手をつなぎ、大通りを歩く。
人々が振り返る。
「あれが魔導騎士団長と、その奥様か」
「なんてお似合いなんだろう」
羨望の眼差し。
リアンは少し照れくさかったが、アルヴィンが誇らしげに胸を張っているので、自分も背筋を伸ばした。
二人はカフェでお茶をし、服屋で新しい服を選び、公園でポチと遊んだ。
普通の恋人同士のようなデート。
リアンにとっては初めての経験で、すべてが新鮮で輝いて見えた。
夕暮れ時、二人は丘の上の展望台へ行った。
王都の街並みが一望できる絶景スポットだ。
夕日が街をオレンジ色に染め、家々に明かりが灯り始める。
「綺麗ですね……」
「ああ」
アルヴィンは景色ではなく、リアンの横顔を見ていた。
「リアン、改めて言わせてくれ」
彼はリアンの前に跪いた。
ポケットから小さな箱を取り出す。
パカッと開くと、中には精霊石の指輪が輝いていた。
虹色に光る、世界に一つだけの指輪。
「俺と結婚してくれ。一生、大切にする」
シンプルな言葉。でも、心からの言葉。
リアンは涙で視界が滲んだ。
「……はい。お願いします」
指輪が左手の薬指に嵌められる。
ぴったりだった。
アルヴィンが立ち上がり、リアンを抱き上げる。
「ありがとう、リアン。愛してる」
「俺もです、アルヴィン様」
二人の影が一つになり、長い口づけを交わした。
その瞬間、空に一番星が輝き、祝福するように煌めいた。




