第10話「戦場の抱擁と、暴かれる本能」
意識が戻った時、リアンは天幕の中にいた。
簡易的なベッドに寝かされている。
外の喧騒はまだ続いているが、ここだけは静寂に守られていた。
隣にはアルヴィンが座っていた。
彼は鎧を脱ぎ、傷だらけの体でリアンの手を握りしめている。
「……気がついたか」
声が枯れている。
リアンは起き上がろうとしたが、体に力が入らない。
「アルヴィン様……怪我は……」
「俺のことより自分の心配をしろ」
アルヴィンは痛ましげに顔を歪めた。
「お前、自分が何をしたかわかっているのか?」
「……光を出しました。たぶん」
「ただの光じゃない。あれは精霊王の加護だ。お前があの一瞬で呼び寄せた精霊たちが、魔獣を退けたんだ」
アルヴィンは信じられないものを見るような目でリアンを見た。
「お前はテイマーどころじゃない。精霊に愛された『巫女』のような存在だ」
リアンは首を振った。
そんな大それたものじゃない。ただ、必死だっただけだ。
「それに……」
アルヴィンが言葉を詰まらせる。
「お前の体、限界だぞ」
言われて気づく。
体が燃えるように熱い。
下腹部に重い疼きがあり、そこからとめどなく熱が広がっている。
天幕の中に充満する甘い香り。
それはもう隠しようがないほど濃厚で、アルヴィンでさえ呼吸を乱している。
「ヒートだ」
アルヴィンが断言した。
「薬はもう効かない。このまま放置すれば、お前はショック死するかもしれない」
リアンは震えた。
死ぬ。そんなの嫌だ。
でも、どうすればいいのか。
アルヴィンは苦渋の決断を迫られていた。
ここでリアンを抱くか。
それは騎士としての誇り、そしてリアンの意思を尊重するという誓いを破ることになる。
だが、このままでは彼が死ぬ。
それに、外にはまだ魔獣がいる。リアンの匂いが漏れれば、戦況はさらに悪化するだろう。
アルヴィンはリアンの頬に手を添えた。
「リアン。俺はお前を助けたい。だが、そのためには……」
言葉にしなくてもわかった。
番になること。
それは一生の契約だ。
アルヴィンはそれを強制したくなかった。
リアンは潤んだ瞳でアルヴィンを見つめた。
この人がいい。
最初から、ずっと。
借金の契約なんて関係ない。
ただ、この人に愛されたい。
リアンは自分の意思で、アルヴィンの手に頬をすり寄せた。
「……アルヴィン様」
掠れた声で呼ぶ。
「助けてください。……あなたがいいんです」
その言葉は、アルヴィンの理性を崩壊させる最後の引き金となった。
アルヴィンは唸るような声を上げ、リアンに覆いかぶさった。
ただの欲望の捌け口としてではなく、外で死が咆哮を上げる絶望的な状況下で、互いの鼓動と体温だけを頼りに生を確かめ合うような、切実で祈りにも似た抱擁だった。
「……後悔しても知らないぞ」
「しません。あなたと……一生を共に生きたい」
唇が重なる。
熱く、激しい口づけ。
それまでの優しいキスとは違う、貪るような獣のキス。
リアンの口から甘い吐息が漏れる。
アルヴィンの手がリアンの服の中に滑り込む。
熱い肌と肌が触れ合い、火花が散るような感覚。
天幕の外では戦いが続いている。
しかし、二人にとってはここが世界のすべてだった。
迫り来る死の恐怖を打ち消すように、二人は命の際で必死に互いの熱を求め合った。それは単なる肉欲を満たす作業などでは決してない。理性を焼き尽くす高熱と甘い匂いの中で、死の淵に立たされた二つの魂が、絶対的な運命を受け入れる厳粛な儀式だった。
痛みと快楽。
肌が重なり合うたびに絶望が遠のき、愛おしさと生への渇望が爆発する。流れる血と土煙の匂いよりも濃く、深く熱を帯びたフェロモンが天幕を満たし、二人の心を一つに結びつけていく。
アルヴィンがリアンの首筋に牙を立てる。
マーキング。
鋭い痛みが走ると同時に、体の中に温かいものが流れ込んでくる。
番の契約が成立した瞬間だった。
二人の魔力が共鳴し、天幕から金色の光が漏れ出す。
その光は外の戦場へと広がり、傷ついた騎士たちを癒やし、魔獣たちを浄化していった。
伝説に残る「愛の奇跡」が、ここで生まれたのだった。
***
事後、アルヴィンはリアンを抱きしめたまま離さなかった。
汗に濡れた髪を撫で、何度もキスを落とす。
「……愛してる」
初めて口にした言葉。
リアンは涙を流して頷いた。
「俺も……大好きです」
二人は結ばれた。
心も体も、そして運命も。
しかし、戦いはまだ終わっていない。
夜明けと共に、二人は新たな試練に立ち向かうことになる。
だが、もう怖くはなかった。
二人なら、どんな敵にも勝てる気がした。
ポチが天幕の隅で、二人の邪魔をしないように丸まって寝ているのを見て、リアンは幸せそうに微笑んだ。




