輝きプリンスと遭遇!?
「遅刻! 遅刻〜!」
――などと、漫画のヒロインのような台詞を叫びながら走る朝。
だがこれは決してテンプレではない。
※昨日の女の発言を少し気にしているヒロインであった。
現実の、そして致命的な遅刻である。
完全に寝坊した。
アラーム?知らない子ですね。
(やばい、花クラス初の大遅刻とか洒落にならん……)
男子しかいない花クラス。
恋愛至上主義の空間。
恋愛拒否人間の私にとっては、毎日が戦場だというのに。
角を曲がった、その瞬間。
キキィ――ッ!
目の前に迫る車。
(……あ、詰んだ)
反射的に目を閉じた。
……衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると、車はギリギリのところで止まっていた。
(セーフ……! 生きてる……!)
見るからに高そうな車。
黒くて、無駄がなくて、品がある。
「……こんな車に誰が乗ってるんだろ」
そう思った瞬間、後部座席のドアが静かに開いた。
(え、え、怒られる!?)
私は慌てて頭を下げた。
「急いでいたものでその!
飛び出してしまい本当に申し訳ございませんでした!!
以後、学問だけでなく交通面においても十分注意し、二度とこのような――」
「花子くん?」
……名前を呼ばれた。
顔を上げると、そこにいたのは。
「……プリンス」
思わず、心の中で呼んでいるあだ名が口から漏れた。
月城奏汰。
月城財閥の長男。
成績優秀、運動万能、顔面国宝。
金髪に光を纏ったようなその姿は、もはや人間というより物語の登場人物だ。
私だけが密かに呼んでいるニックネーム――プリンス。
彼はその呼び名に少し微笑み、膝をついて手を差し出して言った。
「お怪我はありませんか? お姫様」
(神よ。これが国の財産ですか?)
プリンスを拝むヒロインの図。
「……完璧っす!」
思わず本音が漏れた。
奏汰は、にこりと微笑みながら言った。
「よろしければ、僕と一緒に登校しませんか?」
「いえいえいえ!!
迷惑をかけたというのに、そんなことできません!!」
全力拒否。
恋愛拒否人間としての条件反射である。
だが、彼は穏やかに続けた。
「けれど……そうすると、遅刻は確定だけれども?」
(……あ)
完全に忘れていた。
遅刻という現実。
「……」
「無理にとは言わないよ」
そう言って、奏汰は振り返る。
「爺や、車を」
その瞬間、私は彼の手を掴んだ。
「乗せてくだせえ!!」
なぜか江戸っ子口調が飛び出した。
「では、どうぞ」
笑顔で言われ、私は車に乗り込む。
「わ、でけぇ車じゃのう……じーさんや」
「何してるの? ちゃんと座って」
「へい!」
(江戸っ子として乗ったけど……
こいつ、めちゃくちゃ坊ちゃんやんけ……)
こうして私は、
完璧王子・月城奏汰と、
人生で一番落ち着かない登校をすることになった。
恋愛拒否人間にとって、
この遭遇は――
間違いなく、災厄の始まりだった。
――最悪だ。
そう思ったのは、校門をくぐった瞬間だった。
黒塗りの高級車。
そこから降りる私と、月城奏汰。
視線が、痛い。
(終わった……完全に目立った……)
花クラスの男子たちは、恋愛という名の花畑に咲き誇る猛者ども。
ゴシップと噂話は主食である。
案の定。
「え、今の月城じゃね?」
「隣の子、花クラスの女の子?」
「一緒に登校!?!?」
「おいおいイベント発生してんじゃん!」
ひそひそ、ざわざわ。
女子の会話。
黄色い歓声。
音が可視化されそうな勢いだ。
(やめろォ!!)
私は顔を伏せ、足早にその場を離れようとした。
「花子くん」
……逃がしてくれない。
「今日は大変だったね。間に合ってよかった」
「はい!ほんと助かりました!
では私はこれで!!」
早口でそう言い、逃走を図る。
しかし。
「放課後、少し話せる?」
にこやかな声。
しかし逃げ道は塞がれている。
(フラグを立てるな!!)
「い、いえ……特に話すことなど……」
「今朝のこと、ちゃんと謝りたい」
「謝るのは私の方なので……!」
必死な私を見て、奏汰は少しだけ首を傾げた。
「……もしかして、僕と話すの、嫌?」
(あ)
その一言で、周囲の空気が凍った。
「え?」
「月城、振られかけてね?」
「そんなことある?」
視線が一斉に私へ突き刺さる。
(こんなところでそんなこと聞くとか反則やん!!
もう!!どーしたらいいんやー!!)
「ち、違います!!
嫌とかじゃなくて、その、私は、その……」
言葉に詰まる。
――恋愛拒否人間。
その言葉を、この場で言えるはずもない。
「私は!
平和に!
静かに!
目立たず!
学生生活を送りたいだけで!!」
叫ぶように言った。
一瞬の沈黙。
……そして。
「ふふ」
奏汰が、楽しそうに笑った。
「やっぱり、君は面白いね」
(最悪だ)
「安心して。無理に距離を縮めるつもりはないよ」
そう言いながら、彼は一歩近づく。
「ただ――」
低い声。
「君が困っているなら、助けたいだけだ」
心臓が、嫌な音を立てた。
(この人、無自覚系プリンスだ……)
恋愛主義の世界で、
優しさは最凶の武器だということを、
この男は理解していない。
「……では、放課後、少しだけ」
完全敗北である。
「…はい」
「ありがとう。じゃあ、中庭で会おう」
「はい」
「じゃあ、また後で」
颯爽と去っていく背中。
残された私は。
「こ!これは恋愛フラグではありませんか!!」
「そうですよね!月城様とフラグなど最高では!?」
「これは写真に収めなくては!!」
「私、もう動画ずっと回していますわ!」
「あなた、とっても気が聞くじゃない!!」
女子たちの会話が盛り上がっているのが聞こえる。
同時に、パシャパシャと写真を撮られる音も響いていた。
(……これ、公開週刊文春とかじゃないですよね?)
『あなた! 恋愛拒否しておきながら、月城様といい感じではありませんか!?』
『あ……それは……』
『ちゃんとご説明を!! さあ!!』
(違う!!
これは恋愛じゃない!!
事故だ!!)
心の中で叫びながら、私は教室へ向かった。
花クラスの扉を開けた瞬間。
「おはよー、花子ちゃん!」
元気な声とともに近づいてくる影。
私は軽く手を上げて、適当に返した。
「赤パン、はよー」
「だからさ、俺の名前は夕日蓮也だって何回言えば――」
「赤パンは赤パンでいいの」
そう言い捨てて、自分の席に着く。
星影はまだ来ていなかった。
……と思った次の瞬間。
「ねえ」
突然、肩に重みがかかる。
「月城と何話してたの?」
「わっ!?」
思わず声が出た。
「ちょっと! 背後からやめてよ、怖いから!」
振り返ると、そこには顔を近づけた星影。
目が……完全に嫉妬している。
「で? 月城と何話してたの?」
「何って……あー。放課後、少し話そうって」
そう答えた途端。
「俺も行く」
即答。
「はあ!? なんでよ!」
「じゃあ、俺も!」
赤パンが勢いよく手を挙げた。
「赤パンは来るな! 絶対ややこしくなる!」
「いいだろ? 一人くらい増えたって」
「その髪型してるならスポーツしなさい! スポーツ!」
「え? スポーツ?」
「そうそう、スポーツ! 部活とか入れば?」
「あー……それ、ありだな」
(よし、流れた)
私は強引に話を切り上げる。
「ってことで、にゃーも諦めて?」
「……本当にダメ?」
少し上目遣いで聞いてくる。
(……可愛い顔しやがって)
(でも私は恋愛拒否人間。
そんな顔にやられるほど、ちょろくない)
それから放課後。
西日が校舎の廊下をオレンジ色に染め、部活に向かう生徒たちの足音が反響していた。
私は指定された場所――中庭のベンチへ向かって歩いていた。
……のだが。
「……なんで星影くんがいるのかな?」
一歩後ろ。
影のようにぴったりと付いてくる人物。
「あ、あのね!来てるんじゃないよ?
……えっと〜着いてきちゃった感じ?かな!ね?」
問いかけても、星影は何も答えない。
ただ、黙って歩調を合わせてくる。
(ん〜。
もうそこまで来たらホラー漫画になるからやめようね?)
指定された中庭に着くと、すでに月城奏汰――プリンスは待っていた。
制服の着こなし一つ取っても完璧で、夕日に照らされて無駄に絵になる。
「待たせてしまってごめん」
「いえ……」
とても良いムード。
少女漫画だとここで告白するシーンは多々あるのだろう。すると、月城が口を開く。
「僕さ」
「花子さんのことが、気になってて」
「……え?」
本当に告白されるとは思っておらず動揺をする花子。
花子は思考が止まる。
(いや、早くない?
会って、まだそんなに経ってないよね?)
「それは……目の錯覚だと思うけど……」
正直な感想をそのまま口にすると、
月城は少しだけ困ったように、でも優しく笑った。
「違うよ」
「……なんで違うって分かるの?」
すると、花子の後ろにいた星影がぼそっと言う。
「そーだ。錯覚に決まってる」
その瞬間。
「猫は、飼い主の後ろにいてくれないか?」
そう月城からの声。
完璧な笑み。柔らかな声。
なのに、空気が一変した。
月城奏汰が、微笑んだまま星影を見ていた。
(プ、プリンス怖……)
星影は一瞬言葉に詰まり、視線を逸らす。
「……もう少しで終わるから。静かにしてて」
花子は星影に聞こえる声で、こそっと言った。
「分かった」
(よし、いい子じゃ。)
プリンスは何事もなかったかのように話を戻す。
「本題なんだけど。来週、大会があってね」
「大会?」
「うん。応援に来てほしいなって思って」
「え?部活入ってるの?」
少し意外で聞き返す。
「入ってるよ」
さらりと答えてから、
「バレーボール」
「へえ……」
(完璧王子がバレー……爽やかや〜。
すぐシーブリーズのCMが決まるわ〜。
似合いすぎて想像つくのが腹立つわ〜。)
「今日は休みの日なんだけど、
もし暇な日があったら、練習も見に来てほしい」
「……うん」
自然に返事をしていた。
「ありがとう。嬉しいな」
(あ…自然と返事をしてしまった。)
「花子さんは、部活入ったの?」
「あ……いや……まだ……」
そう答えた瞬間。
(……あれ?)
頭の中で、何かが噛み合った。
(これ、いいんじゃない?)
――星影を部活に入れさせる。
――忙しくさせる。
――付きまとい、自然消滅。
完璧な作戦が、今ここで組み上がる。
(星影〈にゃーこ〉を部活に入れて、
私から物理的に距離を取らせる作戦……開始!!)
私は、内心で拳を握りしめた。
もちろんこの時点では、
この作戦がそう簡単にはいかないことを、
まだ知らなかったのだけれど。




