3.電撃の街
日が落ちるまで探したがとうとうマクラちゃんは見つからなかった。あの男も成果は同じ。西日と反射光とニセマクラちゃんのビーチでお互いにくたびれた顔をみせて別れた。
家に帰れば酒を飲めることが生きる上での救いだ。もちろんその救いは自前。時間帯が深くなるほどにオレの自殺性向がむくりと顔を表す。プライム・フリクエンシー今夜の一曲目は、ウェインニュートン「ストレンジャーズ・イン・ザ・ナイト」。道端で蘭が栽培できるくらいに蒸し暑い夜。実際どこにでもありふれた大気中でさえ苦労してかき分けて進む探査針の先端と、使い古したマットレスの中からスプリングが飛び出すようにしてあらゆる構造体は建造された。利便性の追求に始まり、近場の天然資源が底を尽きる見通しがあるがゆえの過剰投資、その後に暮らす住民に向けた娯楽の充実に至るまで、街中に張り巡らせたガラス、鏡、大型ビジョンが我々の現在地を攪乱、真夜中の音をきっかけにすべては西洋の古典主義に集約されてしまうかもしれない。シンガポールと同じ歴史を辿ったその足跡に至るまできれいさっぱり消え去ってしまうかもしれないし、東京の無個性を重視したビル群のように抽象建築の極致へと至るかもしれない。街は建築事務所の部分的な仕事により増殖、拡張、改修されるため、各人の郷愁のなかにだけ都市構想はしまわれてしまった。継ぎ目のない屋内空間はシャボン玉のように膨らんでいきその膜の薄さが屋外との区別をより困難にする。オレたちは誰もが自覚のあるなしに関わらずこの世界同然の街から脱出することに必死だった。もし世界の内と外との区別がつかなくなったらオレたちはどうやってここから逃げればいい? 内側と外側の間にある脱出路内はまだ世界に属しているのかすでに脱出しているのか? 空間が膨らみ切ってそれ以上行ける外界がなくなれば内圧は静まるのか? 内圧こそがオレたちの恐怖なのか? 内圧がなくなればオレたちは逃げる必要がなくなるのか? 何からも逃げなくなったとき果たしてオレたちは生きているのだろうか?
こんなアルコール塗れの思考はオレの両眼が取りこぼした視界の隙間部分に夏の太陽を挿して、斧で頭を真っ二つに割られたまま獣道に放置される取り返しのつかないほどの恍惚を安全圏にいながら叶えてくれる。ラジオとカップが静かに佇むテーブルの下、床に直接取り付けられたアルミ製のシングルドアが音を立てて開いた。その向こうは廊下みたいになっていて、部屋の明かりが1m先で途切れてしまうほどの暗闇だ。廊下の奥から高音の犬の鳴き声が反響して返ってくる。
「マ、マクラちゃん……?」
オレはラジオに付属のライトを点灯させ、直下掘りされた真っ暗な廊下へ恐る恐る歩みを進めた。どういうわけか普通に足を地に着けて歩くことができる。こちらの重力よりも遥かに強い力があるか、重力が働かないかしているらしい。物理学の教授やオカルトマニアの目に留まるよう宣伝を打てば二つに一つ、あるいは一石二鳥で見物料くらい取ることができるだろう。だがそれよりも先決なのは、この奥に迷い込んでいるかもしれないマクラちゃんの安否だった。マクラちゃんは誰にも渡さない。手持ちのラジオから、もう何ループ目かも数えていないウェインニュートンのハイトーンボイスが、この場の恐怖を崩しているようにも助長しているようにも感じられた。首筋を大粒の汗が伝って身震いさせられる。何やら荒い息が聞こえるようになってきた。しばらくして初めての曲がり角に突き当たり、曲がるとすぐにコンクリートの壁が闇に浮かび上がる。とうとう目の前に感じられる生き物の呼吸。オレは壁の足下にライトを向けると、トマト缶に前足を突っ込んだダックスフンドが腹這いでお座りしているのを見つけた。背中の模様は……、
「メープルマーク! オレのもんだあ!」
オレはついに発見した正真正銘のマクラちゃんを抱き上げさっさと退散。廊下から明るい部屋に這い上がり、アルミ製の扉を踵でバタン。マクラちゃんはトマト缶さえ渡しておけば大人しくしていられるとても賢い子だった。オレは現在時刻を確認することも忘れ、飼い主が待つこの辺りで一番の敷地面積を構える邸宅へとマクラちゃんを抱えて高級住宅街の丘を駆け上がる。




