2.胴長犬の背中
「マクラちゃ~ん……違う。あ、マクラちゃ~ん……違う。」
クソッ、なんてダックスフンドの多い街なんだ。足下をちょこまかと何が歩いているかと思えばダックスフンド。踏まずに進む方が難しい。今のところメープルマークのは踏まずに済んでいるが、時々オシャレに服を着こなした背中の隠れたダックスフンドも歩いているから、こっちはその度に冷や冷やさせられている。
お、あのパイナップル柄アロハシャツ着た子なんてどうだろう。
「マクラちゃ~ん。」「マクラちゃ~ん。」
ソイツとは情けない猫撫で声も、犬用アロハシャツに掛けた手も被ってしまった。オレと同じマクラちゃん目当てらしく、その男は色の禿げたジーパンに、ヨレヨレの凶悪そうなミッキーマウスの白いTシャツを着ていた。お互いに目を見合ったまま、薄い生地のミニアロハシャツから手を離せない。当のダックスフンドはオレたちの足下で必死に逃げようと藻掻いている。相手よりも早期に、これは勝負になると踏んだオレが提案をしてみせた。
「なあ、もしこのシャツをめくってもし背中がメープルマークだったら……オレのもんだからな。」
「いや、それはダメ。完全に同時だったからね。ここは何かもっと公平な方法で決めたい。」
「公平な方法ってなんだよ。」
「……じゃんけん、とか?」
「くだらな過ぎるからダメだ。もっといい考えがあるぞ。オレたちはこの犬がマクラちゃんだと思って捕まえた。だから賭けるんだ。この犬の背中に、メープルマークがあるかどうか。当たってた方がこの犬を貰う。」
「分かった。僕はマクラちゃんに賭けるよ。」
「オレだってマクラちゃんに賭ける。」
結局はじゃんけんでマクラちゃんの権利を決めることにした。二回のあいこを挟み、最終はオレがグーでコイツがチョキ。男は大人しくシャツから手を引いて、腕を組んで言った。
「横で見てるだけならいいだろ?」
「もちろん。」
ただの模様の確認が変に伸びたせいで緊張の瞬間、しっぽが縦に揺れているお尻の方からアロハシャツの裾をめくり上げる。
「やったー! メープルマークだ! 億万長者だ!」
「……いや違う。よく見なよ。」
「違うって、どう見てもメープルだろうが!」
負け男に水を差されたオレは、シャツの捲れ上がったマクラちゃんの背中に再び目をやる。そこには確かに焦げ茶色の、カナダお馴染み幾何学的メープルマークが乗っかっていた。
「……あのさ、それ大麻のマークだよ。」
「いやいや……メープルマーク……」
「ちゃんと見なよ。葉っぱの先が7本に分かれてる。そのマークは大麻、マリファナ、ウィード。その犬はマクラちゃんじゃないんだ。」
「……で、でもさ、もしかしたらこの子連れてったら飼い主も勘違いして喜んでくれるんじゃないかな。試す価値はあるよな?」
「そう思うなら持ってったら。僕はもう他のマクラちゃん探しに行くよ。ここじゃ容疑者は溢れかえっているからね。」
男に言われるまで気づきもしなかったが、目の前の道路はすでに白と焦げ茶の全く同じ色合いを持った大量のダックスフンドによって埋め尽くされていた。もはや一つの塊となったダックスフンドが、各々短い4本足を駆使してテクテク前進。ビーチへと流れ、その中へ颯爽と飛び込んで行ったミッキーマウスTシャツの男は、マクラちゃんの海を泳ぎながら唯一の本物を探し回るのだった。