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1.史実上の大金

 人がホモサピエンスだった時代から夜にはラジオが流れた。

「クソ~。シニテ~」

 オレは部屋で一人、酒を飲んでいた。日本酒1瓶、ブラックラム半瓶を飲み干し、中央部分へかけて弛んだソファに全身を埋没。ベランダへと繋がる窓の両端にはカーテンが束ねられ、遠く街の外れには明かりを落として眠る化学コンビナートの姿がぼんやりと浮かんでいる。オレはソファに寝転んだままカップを胸のあたりまで持ってくると、どうにか零さないよう口を尖らせ器用にブラックラムを啜った。結局はちょっと零してソファに斑点をつくってしまうのだが、これまでにも同じ飲み方をして何度も同じ零し方をしてきた。おかげでうちのソファは持ち主であるオレを凌ぐほどの酒豪となり、いつかは大量のアルコールを蓄積したウォーターベッドの親戚として高価な値を付けて売り出す算段だった。寝たばこをする癖があったり、放火魔の知り合いがいたりする購入者にはあらかじめ同意書を書いてもらう必要のある危険に満ちたアンティークを。

 テーブルに置いてある防災ラジオからは懐かしい、オレ自身その年代を生きたことはないが、サムクックの「ワンダフルワールド」が流れた。今どき60年代アメリカのポップソングという少々ニーズの不可解な選曲は、この放送が古代よりも以前から空中を漂うラジオ電波に乗ったものだということの何よりの証明だった。プライム・フリクエンシー。ラジオ機能を持った機械さえあれば誰でもキャッチ可能だというのに、これに関する科学究明は幽霊や地球外生命体よりも遅れている。未だに発信源も特定されないまま、放送がやっていることだけは確かだった。

 歌は明るく切なく終わり、ノイズが10数秒続いてから次の曲が流れだした。ウェスモンゴメリー「ア・デイ・インザ・ライフ」。あの吸い殻のアルバムジャケットのやつだ。ジャズ入門としてはコルトレーンやマイルスよりも有名になるべき一枚。ジャズという音楽は甘えた自殺性向に全然寄り添ってくれない。だからこそポップスとかロックよりもずっと健康に良い。

「クソ~。シニテ~。」

 そう口にだして呟くと、胸の内で何かが軽くなっていくような感覚があった。本気でない、軽薄な態度だからこそ効力のある言葉というのが、孤独の領域では確かに存在する。また寝ながら飲もうとしてソファにラム酒を零し、オレはいつの間にか眠っていた。

 二日酔いの朝は辛すぎて、こんなときばかり早起きをしてしまう。昨晩からカーテンの畳まれたままの窓からみえる化学コンビナートはすでにモクモクと煙を吹かし、今にも蜘蛛みたいな美脚を生やしてどこかへ走りだして行きそうな勢いがある。こんな風にして一日は始まってしまう。朝が来て昼が来て、夜の後にまた朝が来る。そんな世界の大前提を御前にして、未だに狼狽えるしかその解決法を編み出せていないオレは、一体これからどこへ向かえばいいんだろう? もはや仕事や学校といった外部からの強制力はオレには通用しない。それら現実の恰好をしていたものは、直視してみれば端から端までヒッピーと同じグロテスクな幻想に過ぎなかった。唯一手元に残ったのは金の問題。遊ぶための金ならば怪しげな連中からいくらでも調達できるということで、ある時期までは、ギャンブルのついでに貰える海鮮サンドイッチや南国のフルーツなんかで食い繋いできたのだが、もちろんそんな暮らしが続く訳がない。そこでオレは一度目の崩壊を味わい、また何かの拍子に気づけば生還した。清算し切れていない問題で山積みだが、とにかく今は遊ぶためじゃなくて生きるための金が必要だった。

 太陽が眩しくて目も開けていられない中、ちょうどビーチと一般道の境目にある斜めった電柱に、何とも都合のよさそうな張り紙が海風にはためき、オレはその音にまんまと引き寄せられてしまう。電柱の側まで近寄って両手で陰をつくり、薄く目を開けてみると紙面には犬の写真と事の詳細がこう綴られていた。

『うちのワンちゃんを探しています!

 名前:マクラちゃん

 犬種:ダックスフンド

 特徴:背中に焦げ茶色の大きなメープルマーク

    胴体は白色、頭部は焦げ茶、鼻筋に白いライン

    空いた缶詰に前両足をしまってのんびりするのが大好き

 発見してくださった方にはたっっっぷりお礼させていだたきます!

               株式会社インポタンテスト社長・娘』

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