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19 記憶と懺悔と告白

[ ナミの場合]


 噴水前のベンチ。尚君と座っている。ヨッシーは噴水の脇に座り、溜まり水を指でピチャピチャさせて、たわむれている。気を効かせくれているらしい。

 今日は尚君は男の子だ。白いシャツに黒の薄手のカーゴパンツがカッコイイ。私は自分でも珍しいと思う。スカートを履いて来た。

 ヨッシーからも朝イチから驚かれた。


「ナミ、どうしたの?初めてだよね。

  アンタのスカート姿見るの!」


「ヘヘッ!私だって、たまには女の子しますよ!

  どうカワイイでしょ」


 そう言って、フレアスカートをヒラヒラ揺らして照れ臭さをごまかした。

 今日は気持ちを引き締めて、尚君に対して粗相のないように、そんな気持ちも、あってスカートを履く気になったのだ。心してかからねば。

 

 休憩に入ってから無言でベンチに向かった。事前に話しがあるとは伝えておいた。

 三人はゾロゾロとベンチに向かった。裸混浴風呂事件の後だ。おおよそ話しの内容は察しがつく。

 少しばかり、気まずさがあった。それを払拭したかったのだ。

 今日は日差しが強くて噴水のため池は反射が眩しい。ヨッシーは眼を細めて鼻歌を口ずさんでいる。

 ベンチの木陰は風で木の葉が揺れてキラキラと星屑の様に光がまばたいている。

 私は話しのきっかけが、つかめずにいた。

尚君は急かす素振りはない。優しい微笑みでヨッシーの方を見ている。私は履き慣れないスカートの裾を摘んでモジモジしていた。

 突然、私は、あの日の事を思い出した。尚君はあの時、スカートの裾を引っ張って泣いていた。

 居た堪れず、あんな行動を取ってしまったのだろう。今は痛い程わかる、その心境が。私も無意識に同じ様な事をしている。

 頑張ろう。皆んなの大切な時間を無駄にしては、いけない。そう思い話し始めた。


「尚君。ごめんなさい。この間の事。酔っ払って醜態を晒してしまって.…。本当に恥ずかしくて堪らない。申し訳ありませんでした。」


私は深々と頭を下げた。尚君は無言でうなずいてくれた。


「もちろん尚君は何も悪くないから。私がしでかした事だから。あんな事くらいで大騒ぎして、どうかしてた。

 裸くらい、何だって言うの!ねぇ! 私の裸なんて大したもんじゃないのに、あんなに泣きじゃくって!バカみたい。」


 そう言いながら何故が涙が流れてきた。勝手に流れてきた。こんなはずじゃなかった。見苦しいから止まって欲しいのに、ドンドン溢れてくる。

 ヨッシーが、私の様子に気がついて立ち上がった。

すると思わぬ事が起きた。

 尚君が私を抱き寄せてくれたのだ。背中をさすってくれている。頭をポンポンしてくれている。

 優しさの大安売りだ〜!私は、我を忘れて尚君の背中に腕を回し抱きついた。一生離したくないと思った。


「よし、よし。わかったよ。」


短いけど力強い言葉だ。私の全てを許す天の言葉の様に聞こえた。


「私、私、尚君の事が好きなの!初めて会った時から     ずっと大好きなの。」


思わず出た言葉。自分でも予期していなかった。


しかし、ここの、この一瞬この時間しか、

 この言葉を発する場面はなかっただろう。


必然と必須が一致した瞬間だった。


後悔はなかった。


尚君が、どんな受け止め方をしても構わない。


私は自身の気持ちを伝えたかった。


彼の耳に届きさえすれば良かった。


それが、例え完全なる一方通行でも...。



[ 尚の場合]


 朝、講義前、ナミちゃんから声がかかった。休憩中に話しがあると言う。例の件だなと察しはついた。

 あの日も、あくる朝、目が覚めるとナミちゃんは既に帰宅していた。お互いバツが悪かった。それは致し方のない事だった。

 それにしても驚いたのは、今朝ナミちゃんがスカートを履いて来た事だ。初めて見た姿だ。

 やっぱりカワイイ。本来、女の子の魅力が溢れているのに、セクハラ予防で、それを隠しているのは、もったいないと、つくづく思っていた。

 しかもリップもしている。濃いめの紅を選んでいる。

お化粧は女性の鎧の様なものだと思っている。

ナミちゃんの覚悟を見た気がした。

 休憩に入りベンチに向った。ナミちゃんと一人分、間を開けて座った。ヨッシーは噴水の縁に座っている。二等辺三角形ができた。

 ナミちゃんは中々話しが切り出せない。やはり緊張しているようだ。ヨッシーは指で水遊びをしながら、何か鼻歌で口ずさんでいる。

 ナミちゃんはスカートの裾を仕切りに摘む仕草を繰り返している。無意識にやっている様だ。

 あの日の自分の行動を思いだした。僕は、あの時、自分の存在を消してしまいたかった。スカートを伸ばして潜り込んで魔法のマントの様に消えてしまいたかった。

 でもナミちゃんは違う。ある覚悟の元、今ここにいるんだ。まるでバンジージャンプみたいにガクガク震える自分を勇気づけ、追い込んで必死で飛び出そうとしている。

 僕も覚悟してそれに応えてなくては、ならないと思った。

 うつむいていたナミちゃんが急に、こちらを向いた。

  話す決心がついたようだ。

 まず謝罪の言葉。そして深々とお辞儀。その後、真剣な眼差しで訴えかける。


「尚君は悪くない。悪いのは、自分だ。」


 そんな事なかった。誰も悪くない。あの時間なにも邪悪なものは無かった。ただたわむれただけだ。僕達は、まるで姉妹の様にじゃれあった。それだけだ。

 真っ直ぐに、こちらを見ていたナミちゃんの瞳から涙が溢れだした。感極まったのだろう。自分でも制御が出来なくて張り詰めた感情が涙として、溢れ出したみたいだ。

その姿が、いじらしくて堪らなかった。思わず抱き寄せてしまった。ナミちゃんの肩が震えていた。ヨシヨシしてあげた。

 今日はお兄ちゃんの気持ちだった。ナミちゃんは可愛くてたまらない妹だ。

 ヨッシーは立ち上がっていた。心配そうにしている。大丈夫だからと目配せした。

 するとナミちゃんの口から驚くべき言葉が発せられた。


「私、尚君の事が好きなの。

  初めて会った時から大好きなの!」


胸に刺さる言葉だった。抱き寄せた手の力が抜けた。


友達を越えた言葉に違いなかった。


しかし、返す言葉が、みつけらなかった。


僕はヨッシーを愛しているのだから。


慌ててヨッシーの方を見ると、

 彼女は茫然と、立ち尽くしていた。


しかしその顔は、何故か無表情だった。



[ ヨッシーの場合]


 衝撃が走った。私の心を引き裂く程の衝撃だった。仮説が断定に変わった瞬間だった。

 もしかして、そうかもしれない。でも、もしかしたら違うかもしれない。綱渡りの様に右に左に推測が...  気持ちがずっと揺れ動いていた。

それが突然、奈落の底に落とされたたのだ。1パーセントの望みに賭けたカードは、ヒラヒラと私の後を追う様に崖の底に落ちていった。


「ハッ!」


 突然、眼が覚めた。夢を見ていた。ビッショリと寝汗を掻いている。まだ夜中だ。月灯りがカーテンを薄っすらと照らしている。

 冷蔵庫のペットボトルの水を喉に流し込んだ。そのままベッドに座ると大きな溜息が出た。

 ナミが尚の事...。二人で飲んだ夜の事が思い出された。わかっていた事だった。

 寝言で聞いた名前。(かすかだが「本郷君」と言った。でも夢で現れただけかも、そう自分をごまかしていた。

 でもストレートに告白した。気持ちいいくらい真っ直ぐに。尚は、何て応えるのだろう。あの時は言葉に詰まっていた。ナミも尚に対して何も要求しなかった。

 でもナミの清々しい顔は印象的だった。何かを達成した女の顔だった。強い意志がそこに感じられた。

 私みたいにフラフラしていない。足元がしっかりしている。彼女の芯の強さを見せつけられた瞬間だった。

 

私は、どうすればいいのか?


ナミの事は諦めて二人のキューピッドに、なるべきか?


そんな簡単に割り切れるはずない。


それに尚の気持ちは?


そうだよ尚は、ナミの事どう思ってるんだ?


わからん。わからん。


今は分かりたくもない。


 初めて人を好きになったのに、もう失恋か!でもナミは、初めから恋愛対象は男性だと言っていた。それでもいいと私は応えたのだ。

 その内、好きになってくれるかも、そんな甘い願望があったのかもしれない。

 でもナミは尚の事を初めから好きだったと言っていた。私がナミに告った時には、既に尚の事が好きだったんだ。 

 でも、それは言えないよね。ナミの優しさじゃそれは、言えないよ。

 でも思わず出たんだろうね。もしかしたら私の事を気にして一生口にしなかったかもしれないのに。


でも出たんだね。


一生一番の言葉が...


私は、どうすればいい?


わからない。わからない。


わかりたくもない。


堂々めぐりを繰り返し、答えも出せず、

  

また眠りについた。



続く


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