15 尚・ナミ・ヨッシー!揃い踏み!
僕は気が向いたら女の娘の姿で大学に通う様になった。最近の多様性とやらのおかげで大学側の許可は驚く程、簡単に降りた。
以前なら許可を取る事自体、躊躇しただろう。しかし、大学側も多様性に対する取り組みについての実例が欲しかったらしい。需要と供給のバランスが取れたのだ。
僕は、あくる日は男の子の格好で出掛けた。ヨッシーは...(そう呼ぶ様に言われたので)女の娘の姿の方がイイと言ってくれたが、どうも彼女からは、おもしろっがっている風な気配がしたので、その事は鵜呑みにしなかった。
それに、どちらかに固定する気はなかった。その日の気分で良いと思った。男の子寄り、女の子寄り、それで充分だと今は思っている。
それよりもヨッシーとの関係性の方が重大だ。
勝手に失恋して、それでもなお彼女の事が好きなのだ。
告白もしていないから振られてもいない。流れ弾に当たっ様なものだ。予期せぬ事態で傷を負ってしまった。生々しい心の傷を。
彼女は、その事を知らない。無邪気に僕を勇気付けてくれる。今は、そっちじゃない。
君の事で心が掻き乱されているんだよ。ズタズタに心臓が切り刻まれてるんだ。
「尚樹!ご飯、行こうよ!」
いつもと変わらない彼女の呼び掛け。いつものテーブル。ヨッシーは学食。僕はコンビニ弁当。根元さんは手作り弁当。
ヨッシーが定食を注文している間、根元さんと二人でテーブルに向かい合わせ。
根元さんとは相変わらずだ。彼女との距離は中々縮まらない。
ヨッシーの引力で二人は繋がっていた。
ヨッシーの軌道を周る二つの衛星。
強い力で着かず離れず周る二つの月。
それが僕と根元さんだ。
ヨッシーが定食を抱えて戻ってきた。今日はカツカレー定食の大盛り。スープ、サラダ付きだ。
またパクパク、ワンパクな食べ方をするのだろう。席に着くとヨッシーが、二人の顔を見比べた。
「あなた達さあ、これから、ナミと尚樹って呼び合おうか!何か、よそよそしいんだよね。私の友達二人みたいで。」
確かにそうだが、ヨッシーの様に知らない間に呼び名を移行させるのは中々至難の技だ。
こうして強制的でないと意識して無理だろう。
「じゃあ、せーのぉ。でいくよ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「え一っ!マジー!」
「ハイ!セーノー!」
「ワーっ!ナっ、ナミ...。」
「な、なななっ尚樹....」
「はーい!良く出来ました。ではっ!いっただっきまーす!」
何でこんなに楽しそうなんだろう?
ヨッシーの、この満面の笑みは何なんだろう?
ナミちゃんは、真っ赤な顔をして頭から湯気が出そうだ。両手でパタパタ顔を仰いでいる。よっぽど恥ずかしかったんだな。
こんな仕草、本当に可愛い。ヨッシーとは、タイプは違うけれどナミちゃんの可愛いさも群を抜いている。
普段は眼鏡を掛けたりジーンズとTシャツであまり目立たないファッションをしている。セクハラ予防らしい。
でも、見る人が見ればわかる。彼女の美しさは特別だ。ヨッシーが現れ無かったらナミちゃんの事を好きになっていたかも知れない。それ程、彼女は、その魅力を内に秘めている。
ナミちゃんと目が合った。
「うん?何だろう?」
何か、瞳の奥で訴え掛けてくる。気のせいか?
ジーと見詰めてくる。透き通る様な瞳だ。吸い込まれそうだ。我慢し切れず、目をそらしてしまった。
もう一度と前を見ると、もうヨッシーと話をしていた。あれは、何だったのか?後に、なって気になって仕方なくなった。
「そうだ、尚樹、今度、ウチで飲み会やろう!
今度は、来ていいから!腹割って、話そうよ。
誘わんと、すぐすねるからな、尚樹は!
このぉ、スネ夫かっ!」
ツッコンでるつもりらしい。ナミちゃんは慌てている。
「ええー!?聞いてないよー!」
「だから今、言ってるじゃん!私も、今思い付いたから。あっ!それから尚樹は条件付きだ。女の子の格好をしてくる様に、わかった?
ウチは男子禁制だから。ナミの親も裏切れんから。」
いつもどおり勝手に、どんどん決めて行く。
「中身は男ですよ。」
制すつもりで言った。
「そうなのっ?」
言いながらキョトンとしている。
「女の子の格好してる時は心も女子じゃないの?
だって、声なんか女の子そのものだったよ。空気感からして女の子のそれだった。
今とは全く違う何かをまとってた。だから解らなかったんだよ。尚樹本人だって認めさせるまで確信が持てなかったんだ。
もしかして尚掛自身、その事に気が付いてないんじゃないの?」
そんな事、考えた事もなかった。女の子の心?意識した事もなかった。
でも確かにお化粧してスカートを履いて、女の子特有の動作や仕草をする内に内面まで女性らしくなっていく事はあるかもしれない。
僕も、そうなのか?このまま、女装を繰り返せば、どんどん内面の女性化は進んで行くのか?そうすればヨッシーの恋愛対象になれるのか?
邪な考えが頭をもたげる。それなら女性のフリをすれば事足りる。しかし、それは違う気がする。
嘘で愛は勝ち得ない。
ましてやヨッシーの目を眩ます事など出来る訳がない。 彼女の目は節穴じゃない。
そんな、考えに、ふけっているとヨッシーが声を掛けていた。
「尚樹。ナ、オ、キイ!何、ボーっとしてんだよ!何回も呼んでるのに。
これからナオにするから!尚樹のことナオって呼ぶから。わかった?
女の子の格好してる時、直樹じゃなぁ。何か変な感じじゃん。ねえ。」
何でも良かった。ヨッシーの事だ。またいつ変えるかも知れない。もう全て受け入れる事にした。
「ナオ、ナミ、だな!ダブルN!うん?マナ、カナっていたか?まっ、いいか。じゃあ週末。よろしく!」
勝手な事ばかり言って、締めてしまった。ナミちゃんは、何とも表現出来ない様な複雑な顔をしている。
意志の否定も肯定も出来ない僅かな時間に事が決定してしまうのだ。それも、たった一人の意志で。
食事が終わり講義室に向かった。ヨッシーは飲み会を決めて気分上々の様だ。ツカツカと歩いて行く。少し遅れてナミちゃんと並んで歩いた。
「ナミちゃん。大丈夫?僕が行っても…。
嫌だったら、僕からヨッシーに言うけど....」
「えっ!?違うの!違うのよ!嫌じゃないの!
むしろ逆!嬉しいの!
でも、いつもポンポンポーンって話が決まるから、追いついて行けなくて....後から感情が押し寄せて来て戸惑ったりするけど。
でも、ワクワクするんだ。
ヨッシーと一緒だったら、きっとまた、おもしろい事が始まるんだって、いつもそう思ってる。
だから、来て!ナオ君もワクワクする事一緒にしよう。...あっ!」
そこまで言って急に口元を手でおおった。何か失言したらしい。
「ちっ違うのよ。変な意味じゃなくて..。え一っと、楽しい事しよう。でも、無くて..。
うーん。とにかくおもしろくなると思うから
行こう。ねっ!ハハッ!」
照れ笑いが可愛い。
それに、なんだか急に距離が縮まった気がした。
続く