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夢はデスクの上にある

とある国の王都からほど近い街。

その立地から商品の集積地となっており、王都に輸入されるもの、逆に地方に輸出されるものがそこら中で扱われている。

これはその街のひとつの工房でのお話。


その昔、工房の二代目の男は王太子に依頼され、簡便に移動可能な寝台を提案。

寝台は二つの木組みを連結してあり、必要が無い時には分割して立てる事で収納しやすいという利点があった。

作成した見本に王太子はたいそう喜び、これを二十床導入する。

その主な用途は屋敷への急な来客や病人への対応であり、軽くて取り回しやすいこの寝台は瞬く間に上流階級の間に広まっていった。



それから25年ほどたったころ、隣国との国境紛争が激化。

傷病兵は日ごとに増えてゆき、死者を除いてすら、5年で10000人が負傷したとも。

ここで注目されたのが件の寝台だった。

すでに他の工房でも類似品が作られていた寝台に対し、王は規格の統一と量産の勅命を出す。

これに中心として挑んだのが、かつての開発者の息子にあたる三代目である。

従来の寝台では接続部などに細かい部品があったが、三代目は強度をある程度諦め、大型化するとともに一体型の金具を設計することで対応。

統一規格化する前提ならではの大胆な設計変更であり、これは全体的なコストダウンと生産性向上となった。

こうして多くの工房で規格統一された新たな連結寝台は、野戦病院へと運ばれて多くの命を救い、戦後は一般の診療所や宿屋でも採用された。



そして現在。

紛争を戦った者たちが病床に伏す老齢となり、工房に数々の依頼を出してきた王もまた死期を近く迎えていたある日。

工房の娘、父のもとで見習い職人として働くカミーユは、幼馴染の騎士アロルドの相談を受けていた。

「陛下はほら、背が高いだろ?ご本人は「最初に納入されたあの連結寝台で最期を迎えたい」って言われるんだけど、あれは陛下には小さくて窮屈でさ」

「それってわたしに聞かせていいの?父さ――親方に行く案件じゃない」

そばかすが歪むくらいのジト目でアロルドを睨む。

「だけどさあ、親父さんに持っていったら「あれは俺が作ったものじゃない。カミーユにやらせろ」ってこっちも見ずに言うんだよ」

「んもう……で、親方はやらないけどわたしにやれって話なのね?」

「親父さんはそうなんだけど、どうも陛下もどっちかと言うとカミーユをご指名なんだ。どうせカミーユにやってもらう事になるって」

「わかったわよ。できるだけ早く、小型のまま、それでいて陛下が不自由なく使えるように改良しろってことでいいのね?」

「ああ、それじゃ頼んだよ!」

後ろ手を振りながら早足で出ていくアロルド。

それを見送りながら、カミーユは作業机に突っ伏した。

「小型のままでサイズを大きくする方法、かあ」

突拍子もない要求だが、方法が無いわけではないとは思う。

ただ、初めて個人で指名された仕事であり、親方の手を借りるわけにもいかない。

「ただつぎ足すだけってわけにもいかないし、かといってあまりに改造したものをおじいちゃんの寝台と言っていいものか……」

石灰で図案を引き、引いては消し、また引いて。

妙案が浮かばない。

いつしか、カミーユはそのまま眠ってしまった。


若い頃、祖父は当時の王太子、現在の王陛下と懇意にしており、さまざまな依頼を個人的に受けていたのだという。

うち一つがこの連結寝台であり、祖父は前例のないこれを作るのに苦心したとも。

最終的には本の形を見て、分割して折りたたむ方式を考えついたのだとか。


これの量産を成し遂げた父は鎧に着目したらしい。

小さい頃に聞いた話では、鎧の接続部の金具が発想の基となって、定型の金具で固定することにしたと。


そこでまどろみから覚めたカミーユは、ふと部屋を見渡してみた。

かまど、鍛冶用具、書面置き場、石造りの工房の壁。

いまいち発想がわかない。

図面用の石灰を手でもてあそんでいると、もうちびてきていた。

作業机の引き出しを開けると、新しい石灰を取り出す。


その時、ふと思った。

「引き出し……?」

それから二昼夜、図面を何度も引き、試作品を作り始める。

そしてついに、それは形となった。


「王陛下、工房の職人見習いカミーユでございます。ご要望のものを試作いたしましたので、ぜひお目かけいただきたく存じます」

王が療養している離れに通されたカミーユは、その寝台にかけてあった布を取り去る。

「ふむ――見た目はあまり変わっておらんな」

「はい、見た目は祖父のものを踏襲するように設計しました。では新たな機能をご覧ください」

カミーユが寝台を軽く上げて少し引くと、それが伸びた。

「足の側を二重構造としました。足側は体重がかかりにくいので心配はほぼありませんし、強度も試験済みです」

さらに、頭側の寝台の横を指す。

「勝手ではありますが、ここに本などを置ける板を追加できるようにしようと考えております。これは外付けになりますが、上下から締め付ける事で固定する汎用品で、寝台本体自体の強度は損なわない予定です」

「その機構だと、後々商売にする予定か?」

「恐れながら。親方から出された課題が「作るからには商品にしろ」というものでしたので」

王は「よきかな」と顔をほころばせた。

「あいつの孫らしい良い品だ、礼を言うぞ。もちろん、完成の暁には好きに売っても良い」

「ありがとう事と存じます。説明は以上でございます、使用法は申し送りますが、なにかご不明な事がありましたら工房まで使いを願います」

「うむ。ありがとう、カミーユ。工房長にも顔を見せるように頼むぞ」



三月後、王陛下がお隠れになった。

連結寝台は長身の王でも不自由なく使え、届けられた外付けの板に本やお茶、薬を置いていたという。

工房を訪ねたアロルドは、その詳細を余すことなくカミーユに伝えた。

「で、「王太子殿下」はなんでまたここに来られて?」

「その「王太子殿下」はやめてくれないか?」

先王の遺言は簡素なものだったが、早くに亡くなった兄の孫であるアロルドを次の王太子にすることが書かれていた。

先王も、甥にあたる現王もまた男子がおらず、遠縁ながら若いアロルドまで継承権が回ってきてしまったのである。

「あの寝台用の板さ、あれ俺にも10個くらい売ってくれないかな。メイドたちに教養教育として字を教えたらさ、寝台で本を読むのが流行してて」

「いいわよ。でもそのままじゃつまらないわね」

引き出しから石灰を取り出すカミーユ。

作業机に置かれた図面用の板に、夢を走らせていく。

このお話に出てくる折り畳み寝台は、緩和ケア病棟で看護師さんと「伸びる介護ベッドがあればいいのに」という話をした事で着想しました。

現代ならレール式が良いと思いますが、近世レベルの技術だとこの引き出し式が現実的なのではないかと思います。

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