愛しているからこそ、貴方を守る事を止めるわ。 愛しているからこそ、貴方が地獄に落ちるように呪ってあげる。 貧しさも苦しさも、全て全て全て貴方に集まるように。 だって、貴方はわたくしを裏切ったのだから
愛していたからこそ、貴方を守った。貴方が殺されないように。
愛していたからこそ、貴方が最高に輝くようにと、心を砕いた。
富も強さも、煌めきも全て全て全て貴方に集まるように。
だって、貴方はわたくしの王子様なのだから。
「なんて素晴らしい。さすがわたくしのフェレス様。今回も、魔獣を無事、駆除できたのですね」
「ああ、出迎えてくれてありがとう」
黒髪碧眼の整った顔の第二王子フェレスは、にこやかにアメーリアの出迎えに答えた。
アメーリア・ルクベルク。名門ルクベルク公爵家の令嬢。
それこそ、富も美しさも何もかも兼ね備えた誰もがうらやむ女性。
それがわたくしアメーリア。
金の髪だって、透けるような白い肌だって、整った美しい顔立ちだって、貴族男性なら誰しもが憧れるそれがわたくしアメーリア。
だから、わたくしの夫になる人は最高の男性でなければ嫌。わたくしの力でわたくしだけの最高の王子様を手に入れるわ。
アメーリアと、第二王子フェレスとの出会いは12歳の時。
黒髪碧眼のフェレス第二王子は、唯一、王妃の子ではなく、妾妃の子で王宮では外れ王子として、見下されて生きてきた。
なまじ正妃の息子である、セレディウス王太子が優秀だったせいもある。
20歳のセレディウス王太子は、隣国の王女を娶り、有能で武芸にも優れており、王国民の憧れの的だった。
それに比べて、出来の悪いフェレス第二王子。
そんなフェレス第二王子に近づいたのが、アメーリアだったのである。
「初めまして。わたくしはアメーリアよ」
「初めまして。僕は第二王子フェレスだ」
「まぁ、第二王子殿下が何故、こんな中庭でおひとりで?」
「僕は疎まれているんだ。兄上はとても優秀で。それに比べて僕なんて、武芸も大したことはなくて。勉学も出来ないし。一人でいる方が落ちつけるんだ」
「それならば、わたくしの婚約者になりませんこと?」
「君の婚約者に?」
「そう、我がルクベルク公爵家は全面的に貴方様を支援致しますわ」
アメーリアはフェレス第二王子の手を取って、
「どうか、わたくしを貴方様の婚約者にして下さいませ」
「僕みたいな男の婚約者になんて」
「勿論、父上から国王陛下にお話は通させてもらいますわ」
何事にも自信なさげなフェレス第二王子。
でも、アメーリアは思った。
公爵家の力でこの男を大きくして見せる。
このカルダ王国でフェレス第二王子の存在を大きくして見せる。
国王陛下から認めて貰い、それから公爵家のバックアップで、フェレス第二王子に教育を施すことになった。
王族としての教育。
いままで、妾妃の子として、大した教育を施されてこなかったフェレス第二王子。
王妃が嫌っていたのだ。
妾妃は男爵令嬢。
下賤な女が国王を誑かして産んだ息子。
下賤な女は息子を産んだ後、産後の肥立ちが悪かったという事にされて亡くなった。
もしかしたら王妃が殺したのかもしれない。
密かにそう囁かれたが、その証拠は見つからなかった。
優秀なセレディウス王太子の他にも、第三王子アルト。長女のイリア。
王妃には三人の子がいる。
唯一の妾妃の息子であるフェレス第二王子が邪魔だった。
だからろくな教育も施さない。
公の場で恥をかくように。
それをルクベルク公爵家経由で優秀な家庭教師をつけて、フェレス第二王子に教育を施すことにした。
勿論、国王陛下の許可は取ってある。
そう、アメーリアはフェレス第二王子を幼いながら、自分の思う通りの王子様にしたかった。
武芸も頭脳も優れた男へと。
そしてルクベルク公爵も、第二王子に近づいて、王太子派の貴族に睨みをきかせたかった。
利害は一致しているのだ。
優秀な教育さえ施せば、メキメキとフェレス第二王子は力をつけていった。
フェレス第二王子15歳。アメーリア15歳。そんな時に事件が起きた。
フェレス第二王子の毒見役のメイドが命を落としたのである。
お茶の時間に出されたクッキーに毒が混入していた。
クッキーを出した使用人の方は自害をしていて犯人は解らずじまいの事件。
王妃か、王太子の仕業か?
アメーリアはフェレス第二王子に、
「この度は無事でよかったですわ。相手は強か。十分気を付けて下さいませ」
「有難う。メイドには申し訳なかったが、おかげで助かった。公爵家から毒見役をつけてくれたお陰だ」
「だって、貴方様を愛しているのですもの。何人死のうとかまいません。貴方様が無事であれば、貴方様はいずれ英雄となられる方。わたくしの夫にふさわしい方になるのですわ」
王宮での生活費も、王妃があえて、第二王子に十分な額を回さないようにしていたが、ルクベルク公爵家のお陰でフェレス第二王子は十分な護衛と教育と、使用人と。
色々と満たされた生活を送ることが出来るようになったのだ。
アメーリアは幸せだった。
「わたくしの為に有能な男性になって下さいませ」
「ああ、約束する。立派な男になってみせるよ」
フェレス第二王子と口づけを交わすアメーリア。
17歳になるころには、教育のお陰でメキメキと武芸の腕を上げ、何度も騎士団へ出かけて腕を磨いたフェレス第二王子。
武勇に優れたフェレス第二王子は王国を悩ませていた魔獣を騎士団と共に先頭に立って何度か成敗したことから、英雄と呼ばれて王国民からの人気が高くなっていった。
それに伴い、命を狙われることが増えるようになる。
食事に毒が入っていることがあるので、公爵家から信用の出来るシェフを派遣して、フェレス第二王子の口に入れる物には気を遣うようになった。
出かける途中で、謎の集団に襲われた。
フェレス第二王子と公爵家から派遣されている護衛達がことごとく成敗した。生き残りがいても、自害してしまうので、黒幕がつかめない。
アメーリアはフェレス第二王子を守る為にあらゆる手を回した。
後、半年すれば長い婚約期間を終えて結婚出来る。
そう、信じていたのに。
フェレス第二王子はとある日、一人の女性を伴ってルクベルク公爵家を訪ねて来た。
「私はこのミレーヌと結婚したい。すまないが君との婚約を解消したいのだ」
アメーリアはショックを受けた。
今まで一生懸命支えてきた。
自分の理想の王子様になって貰う為に。
今のフェレス第二王子は王国の英雄だ。
命を守って、彼を英雄にしたのは、アメーリアの、ルクベルク公爵家の貢献が大きい。
そのことを解っているのだろうか。
アメーリアは震える声で、
「わたくしは他の女にくれてやるために、貴方様を助けて来た訳ではありませんわ」
ルクベルク公爵も、フェレス第二王子を睨みつけて、
「まったくだ。どういうつもりでしょうか?フェレス第二王子殿下」
フェレス第二王子は、
「私は平民になる。このミレーヌと一緒に花屋をやって暮らしていく。王族なんて疲れるだけだ。私は何度殺されそうになったか。君と結婚してこのルクベルク公爵家に入ったって、兄上や母上は私を目の敵にするだろう。もう、疲れたのだ。だから、平民になりたい」
アメーリアは心の底から怒りが湧いた。
「貴方様に平民として生きて行く力があるとは思えませんわ」
「だから、ミレーヌの花屋で花を売るんだ」
ミレーヌという平民の女が頷いて、
「お花を売る仕事を手伝って貰います。ですから、フェレス様を自由にしてあげて下さいませ」
「自由にですって?」
「そうです。危ない魔獣退治や、あの恐ろしい王宮から彼を自由にして下さいっ。かわいそうです」
「フェレス様。本当に?わたくしと別れてこの女と?」
「君の理想の王子様になるのに、疲れたよ。私は普通に暮らしたい。平凡な人生を送りたい。君みたいな女と一緒にいると疲れるんだ」
フェレス第二王子が、毒を盛られて死んだメイドを見て、落ち込んでいるときに慰めたのはアメーリア。
優秀なメイドだった。我が公爵家の命令に命をかけて答えてくれた。
公爵家が用意した家庭教師だって高額で雇った。国王陛下を教育していた教師で引退していたのを無理やり頼んだ。騎士団に頼み込んで、フェレス第二王子為に優秀な武芸の指導者を高額で派遣して貰い、直に教育して貰った。
そして、ありとあらゆる事をフェレス第二王子に教えさせた。
頻繁にアメーリアはフェレス第二王子に会いに行き、彼を慰め励ましてきたのだ。
全ては理想の王子様を手に入れる為。
それなのに彼は、全てを捨てたいという。
わたくしと一緒にいることに疲れたという。
わたくしがやってきたことは何だったというの?
それならば……
愛しているからこそ、貴方を守る事を止めるわ。
愛しているからこそ、貴方が地獄に落ちるように呪ってあげる。
貧しさも苦しさも、全て全て全て貴方に集まるように。
だって、貴方はわたくしを裏切ったのだから。
王族を辞めると言ったフェレス第二王子に対して国王陛下は反対した。
だが、王妃はにこやかに、賛成をし、
「いいじゃありませんか。フェレスが王族を辞めたいと言っているのです。好きにさせればよいのでは?」
セレディウス王太子も頷いて、
「ただし、子が出来ぬように処置をせねばな。王族の血筋を掲げて反乱でも起こされたらたまらぬ。お前にその気がなくても、お前の子を担ぎ出す馬鹿が現れるとも限らん」
フェレス第二王子は頷いて、
「解りました。私はミレーヌと暮らせれば幸せです。ですから処置をしてください」
子が出来ぬ処置をされた後、フェレス第二王子は、ただのフェレスとなって王宮を出る事になった。
少ない荷物を持って、出迎えたミレーヌと共に王宮を出るフェレス。
「やっと、自由になれた。これからは二人で幸せに暮らそう」
ミレーヌを抱き締める。
ミレーヌは頷いて、
「それでは私達のお店へ行きましょう」
花屋の店に行ってみれば、店はめちゃくちゃに荒らされていた。
売り物も何もかも、ぐちゃぐちゃにされていて、店の窓ガラスは割れて、ひどい有様で。
フェレスは真っ青になった。
アメーリアがやったのか?
ミレーヌは座り込んで、泣きだして。
「酷いっ。これじゃお店をやっていけない」
「修理すればいいじゃないか」
「お金がないわ。お金がっ」
「借金をすればいい」
しかし、何故かどこも二人にお金を貸してくれない。
結局、店を続けられず、店を売ってそのお金で、しばらくは生活をしていたのだけれども。
フェレスは仕事を探そうと、あちこちを歩いたけれども、何故か仕事が見つからなかった。
フェレスは騎士団で雇ってくれないかと頼み込んだ。顔見知りだったからだ。
しかし、騎士団でも断られた。いかに英雄とはいえ多大な寄付をしてくれるルクベルク公爵家の機嫌を損ねたくないと。
生活するお金がどんどん減っていく。
ミレーヌも働こうとしても働き口が見つからない。
外は雪が降って来た。
このままでは食べるものがなくなってしまう。
この家は借家だ。
大家から家賃が払えないなら出て行ってくれと言われた。
ミレーヌが泣き叫んだ。
「あの女がやったのよ。私達を恨んでいるわ。私は死にたくないっーー死にたくないっ」
そう喚いてとある日、出て行ってしまった。
途方にくれたフェレス。
アメーリアに会って謝ろう。
そう思ってとある雪の朝、ルクブルク公爵家に出向いた。
アメーリアに面会を求めても、門番にすげなく追い返された。
その時、馬車が近づいてきて、馬車の窓から開いて、アメーリアが顔を出した。
フェレスは叫ぶ。
「すまなかった。君を裏切った。だから許して欲しい。どうかどうか、これ以上、妨害しないでくれ」
アメーリアは微笑んで、
「何の事でしょう?それに貴方はどなた?わたくしは貴方なんて知らないわ。ああ、寒いわ。早く馬車を門の中に入れて頂戴」
馬車の扉にしがみつく。
「このままでは私は死んでしまうっ。どうかどうかっ」
「愛しているからこそ、貴方を守る事を止めるわ。
愛しているからこそ、貴方が地獄に落ちるように呪ってあげる。
貧しさも苦しさも、全て全て全て貴方に集まるように。
だって、貴方はわたくしを裏切ったのだから」
「二度と裏切らない。どうか、お願いだ。私を許して欲しい」
「許してどうしろと言うの?」
「ちゃんと君の思うような英雄になる。君の王子様になるから」
「でも、貴方、もう子種はないのでしょう?わたくしが欲しいのは我が公爵家に来てくれる優秀な夫よ。だって、貴方、ミレーヌとやらと結婚する為に子種を捨てたのだから。この家の前で野垂れ死なれても嫌だわ。教会へ行けば食べる物と寝るところを用意してくれるでしょう。さようなら。見知らぬ人。わたくしにとって貴方はもう他人だわ」
フェレスは崩れ落ちた。
もう、何もかも遅いのだ。
大雪が降る中、かろうじて教会へ身を寄せるフェレス。
後悔の涙は止まらないのであった。
紅茶を公爵家のテラスで飲んでいたアメーリア。
雪がやんで今日は暖かくいい天気。春が近いのであろう。
「結局、フェレス様は殺されてしまったわね」
執念深い王妃に殺されたのか。教会で食事中に急に苦しんで倒れたという。
王妃は相当、あの妾妃を憎んでいたようだから、毒でも混入させたのであろう。
「女って怖いわ。その憎い心はよくわかるから。今頃、あの女はどうなっているのかしら」
自分からフェレスを奪ったミレーヌ。フェレスの元からいなくなったミレーヌをとある組織に頼んで捕まえて、評判の悪い娼館に売り飛ばした。
そう、女の恨みは怖いのよ……
「私と結婚しませんか?アメーリア」
いきなり声をかけられて驚いた。キラキラした目でこちらを見つめていた少年に。
御年11歳。アルト第三王子改め、アルト第二王子である。
歳は6歳、アメーリアより年下だ。
「いつの間に?」
「何やら考え事をしていたようだったので待っていた」
「でも、結婚って。まぁ、アルト様。わたくしはアルト様より6歳も年上ですわ」
「問題ない。ルクベルク公爵家は名門だ。母上や兄上は目の敵にしていた公爵家だが、私はあえてその亀裂を無くしたい。勿論、私が貴方と結婚することで、対立が深まるかもしれない。でも、私が先頭に立って歩み寄りを見せたいのだ。ルクベルク公爵家を我が王族と血縁を結ぶことによって取り込みたい。私は母上の息子だ。フェレス兄上とは違う。だから、いいでしょう?とそう言ったら母上達も納得してくれた。私はフェレス兄上と違って裏切らない。どうか私と結婚して欲しい」
そう言って見上げるアルト第二王子。
「貴方はわたくしの理想の王子様になって下さるのかしら?」
「アメーリアの理想は優秀で武芸にも優れている男だったな。勿論。アメーリアをがっかりさせないように精進する。当然だ」
まだ背も低い小さな王子様だけれども、アメーリアは構わないと思った。
今度こそ、理想の王子様を、夫を、わたくしの手で作り上げるわ。
手の甲に口づけを落としてきた未来の夫に、アメーリアはにこやかに微笑むのであった。