進化と覚醒
月日が経ちまた、新しい海域に来た。
もうすぐで、産まれて一年になる。
此処が俺達群れのゴールだそうだ。
この海域で俺たちは大人になる。そして、俺達雄はこの群れから離れて雄だけの群れを形成する。
この場には光る卵が幾つもある。その周りに他の群れの大人の個体達が卵を守るように居た。
俺らももうすぐこの卵になる。
大人達が言うにはこの行為を進化というそうだ。
大半は同じ種の大人として産まれてくるが、中にはより大きくなったり、小さくなったりと明らかに別種になって産まれてくるらしい。
そう言う個体は孵化する前より強くなって産まれてくると言う話らしい。
母は俺達雄は必ず三頭とも別種になると言っていた。
なんでも、数十年に一度どの種族にも様々な種に分化する年があるそうだ。
そんな年は明らかに幼体達が特徴的な個体になる。
それが俺たちである。
俺は身体が大きく、力が強い。
メルは種特徴である音を操るのが得意で賢い。
ビレイは他より体格がスマートで素早い。
それぞれが他の個体より突出した力を持っている個体として産まれた。
それに呼応するように雌の個体も後天的に力をつけるようになっていた。
俺達はそれを聞き終わると眠るように殻に包まれた。
その中は母の胎内にいた時のような海の水とは違う液体に満たされていた。
でも、不安はなかった。
時間が経つごとに自分の身体がより大きく、より強靭になっていることが漠然と理解できた。
それは時が進む程に確かなものになっていた。
それと一緒に何かを喰らう食感と味覚があった。
その味は何処かで味わった事がある美味しい味だった。
今までで食べた中で一番の味。そして、最後の味だと直感した。
俺の身体は今までとは違う別ものになってきていた。それは尾鰭から始まり、今では頭を除いた全身が変わっていた。
俺の味覚は最後に変わる。
それまでこの味を楽しもうと考えた。
もう味わうことの無い。この味覚で感じる事ができる最高の味。最高の俺の味。
分かっていた。この味は俺が産まれる前に食べた兄弟達の味に似ていた。
いや、あまりにも似ていた。
多分、母と父を一緒にを食べてもここまで近い味はしないと思う。
俺の身体が作り変わる時に生まれた余分な部分。
脱皮した抜け殻のようなものである。俺はそれを夢中で食べていた。
俺は以前の俺を喰うことで新しい俺に進化する。
だから、俺はこの俺である最後の食事を最高に楽しむ。
その幸福にも終わりがやってきた。
最後に残った部分、舌を食べ終えたら俺は完全に生まれ変わる。
ここまで食べるのに、何日、何ヶ月かかったのか分からない。それだけ夢中で食べ続けていた。
そう言えば、メルがこんな事を言っていた。
「いいか、リビィ、食べ終わったらこう言うんだ。」
その行為がその時の俺には理解できなかった。
だから、俺はメルにその意味を聞いた。
「感謝だよ。」
その時は終ぞ分からなかったが、今では分かる。
あれを構成してきた全ての肉に感謝を言う言葉。
俺は産まれた後もこの言葉を言い続けるだろう。
「いただきます。ご馳走様。」
俺は舌を食べ終え、自分を食べ終えた。
その瞬間、卵は割れて懐かしい海水を浴びた。
そこには見慣れないメルとビレイ達がいた。
姿は変わっても二人である事ははっきり分かった。
母達大人の個体や俺たちと同じだった幼体達も見慣れない姿に進化していた。
どうやら俺が一番最後だったようだ。
メルが傷を負っている。
ビレイもメルほどでは無いが、傷がある。
幸福な時間は終わった。
ここから始まるのは弱肉強食の食事の時間だ。
俺は産まれたての身体を使いこなしてメル達が戦っている敵を喰らい尽くした。
身体は大きくなったのにメル達にぶつかることもなく敵の眼前に近づく事ができた。
あぁ、美味い。
どんな生物かを確認することもなく全部食べてしまったから。何を食ったか分からないが久しぶりに感じる肉の味だ。
なんだろう、全てが分かるような全能感に包まれている。