初めてのキスはスプライトの味がして
高校の文化祭で売り上げの計算が合わなかったから、
会計担当だったマサトは体育館から後夜祭の歓声が聞こえてくる中、静かな教室で必死に計算し直していた。
「ダメだー。何回やっても計算が合わないよ…。」
時計を見ると午後5時を過ぎようとしていた。
(あと1時間で後夜祭が終わっちゃう。)
目に涙を浮かべながらもう一回計算し直そうとしたその時、
「大丈夫か?」
振り返るとトシがドアの前に立っていた。
「トシ!?これからミスターコンじゃなかったのか?」
「うん。けど、どれだけ探してもお前の姿が見当たらなくて さ。もしかしたら教室で残って作業してるんじゃないかって…。それ、会計の仕事だろ?一緒にやるよ。」
「いやいやミスターコン間に合わないよ!?!?これはいいから後夜祭戻れって」
「大丈夫だよ。手伝うからとりあえずそれ見せて。」
「え、ちょ…」
半ば強引にノートを取られ、
売上のページを真剣な眼差しで見返すトシ。
「何回やっても計算が合わなかったんだ。何が違うんだーー」
「多分…ここじゃね?」
トシが指差した箇所を見る。
「90000円だろ?それがどうしたんだ?」
「いや多分これ70000円だぞ。これでええと…ほら、
売上がピッタリになった!」
「ま、マジかよ!!!それは気づかないってーー」
天井を見上げて叫ぶ僕の前でトシは
「ハハ笑。けどよかった。これで後夜祭一緒に楽しめるな。」
「トシ〜。マジでありがとう。僕は先生に提出してくるから
トシは早く体育館に戻りなよ。じゃな。」
職員室で先生にノートを提出し終えるとどっと疲れが押し寄せてきた。後夜祭に参加しようと思っていたが、僕は教室で
ゆっくり休憩することにした。自動販売機でスプライトを
買って教室に戻るとそこにはトシ居た。
「トシ!?何でまだいるんだよ!!」
「お前を残して行けるわけないだろ。1番頑張ってくれたんだから。」
「僕は疲れたからここでゆっくりすることにしたんだ。ほら、トシは早く行きなって。」
言いながら僕は教室の窓を開け、暖かい風とカラスの鳴き声と共に、夕日にそまるオレンジ色の空に視線をやった。
「…ない。お前が参加しないなら俺も行かない。残って一緒に休憩する。」
「ええ…。もう好きにしてくれー」
そう言うとトシも窓際に寄ってきた。
トシの視線の先にはオレンジ色に染まるマサトの顔があった。
「文化祭楽しかったなー。お化け屋敷でビビりすぎてたトシ
メチャクチャ面白かった笑。クラスの人にも見せたかったな、あのトシ」
「いや、あれでビビらない方がおかしいんだって。お前、感情なくしたロボットか?」
「ロボットって何だよ、人間だわ笑。」
たくさん喋っていたら喉が渇いてきたので僕はさっき買ったスプライトを飲んだ。すると、
「俺もスプライト飲みたい。」
「ごめん、1本しか買ってなかったわ。今から買いに行く?」
「…そのスプライトが飲みたいんだよ。」
そう言うと僕の手からスプライトを奪い、ニヤニヤしなが飲みはじめた。
「そんなに喉乾いてたのかよ笑。全然いいけどさ。」
僕はまた窓の外に目をやった。体育館からはバンド演奏が聞こえてくる。この曲は去年も後夜祭の最後に演奏されてたな。教室の時計は午後6時を指していた。
「もう後夜祭終わったみたいだよ、トs…」
不意に何かが僕の口を塞いだ。スプライトのほのかな香りと味が口と鼻を包み込んだ。
何が起きているのか理解が追いつかず固まっている僕。時間にしてみれば10秒もなかっただろうが、僕は永遠のように長く感じた。
ようやく解放されたようだ。
「え?何、え?なんで?」
まっすぐな目で見つめてくるトシ。
顔が赤いのは夕日のせいだろうか、いやそうではないことぐらい流石の僕でもわかる。
「トシ、そういうこと…だろ?」
静かに頷くトシ。
「そうなんだ。いや、えっと…うん、その…」
僕が中々言葉を返せないでいると、クラスメイトがぞろぞろと教室に戻ってきた。
「あ!!マサト君にトシ君いた!」
「トシがいなかったから3年の先輩がグランプリだったぞ!」
「出店大賞うちのクラスが取ったんだよ!!」
次々とクラスメイトが声をかけてくる。そして
「二人はここで何してたの?」
この質問が来ることは容易に想像できた。が、僕はさっきのこともあり頭が回らなかった。するとトシが
「僕の会計の仕事を手伝ってたんだ。さっき終わったばっかだったから後夜祭には戻らずに教室で休憩してた。ミスターコン出れなくてごめんね。」
トシの顔は元に戻っていた。
「そういうことね!マサト君、会計の仕事ありがとう!
トシ君もミスターコンのこと気にしないで大丈夫だよ!」
クラスメイトとの会話も程々に、先生が教室にやって来て
「下校時刻まで後5分だぞー。急いで門を出ろー。」と叫んでいた。
「早く出よ。」
トシに言われ僕はようやく我に帰った。
「先行ってて。」
ぶっきらぼうに返すと、トシは少し間を開けた後、自分のバックを持って教室を後にした。
「さすがにキスはまずかったかな…」
クラスの皆とは逆方向に向かうトシ。
打ち上げに参加できる気分ではなく、駅とは反対方向の自分の家に歩いて帰っていた。
いつもなら何も感じない高校からの帰り道が、今日は常に坂道を登っているかのように感じられる。中々スムーズに進めないでいると、ほっぺに冷たいものがふれた。
「んん!?」
びっくりして振り返るとそこには僕の姿があった。
「お化け屋敷よりビビってるじゃん笑。何だよ、んん!?って笑。」
今にも泣いてしまいそうなトシ。
「なんでマサトがここに…」
先行っててと言われ、完全にやらかしたと思っていたトシは、どうしてマサトがここにいるのかわからなかった。
俯くトシにマサトは
「クラスの人に聞いたらトシが打ち上げに参加しないで帰ったて聞いてさ。それでさっきのことをすごい気にしてるんじゃないかなって思って」
トシは顔を上げない。すると、トシの視界にスプライトのペットボトルが入ってきた。
思わず顔を上げると、僕が顔を赤くして
「せっかくもう一本買ったのに。僕もスプライト飲みたいんだ。トシの…飲みかけをさ…」
またキスをした。未開封のスプライトを片手に持って。