隣人が元カノですっっっっごい気まずい
「死にたい」
大和大一は現在進行形でヘラっていた。理由は失恋。小三の頃から付き合っていた彼女に中学卒業と同時に「好きな人ができた…」と別れ話を持ちかけられた。否、あれを話と呼ぶには会話が少なすぎた。
「ふヵれふ?」訳:え?
それに僕も日本語話してなかった。
彼女、木野椎はごめんねと一言放った後僕の前から姿を消した。
僕じゃダメなのか──そんな言葉が出るほど僕は強くない。
「謝るくらいなら──」
絞り出して出た言葉は誰に届くのでもなくまた、誰よりも自分に突き刺さり心にふかい傷を残した。
卒業式と共に僕の青春が終わった瞬間だった。
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ガラガラゴロゴロガッゴゴゴとアホみたいに大きな音を立てながスーツケースを引いていた。これアスファルトと相性悪い。
「疲れた」
一呼吸置いて見上げるマンション。外観はでかい。あと白い。
高校入学と共に親元を離れた僕は駅に近いマンションで今日から一人暮らしだ。親元を離れた理由は失恋と失恋と失恋の三つだ。正直あそこに居たくなかった。
「げっ、エレベーター壊れてんのかよ」
僕の部屋は507号室で5階にある。本当は一番端の508が良かったが先を越された。
「これ階段だよなぁ……マジかよ」
スーツケース階段とも相性悪い。
よいしょこらしょとカブを引き抜くかけ声と共に僕は階段を登った。
休憩を何度か挟みながらようやく部屋の前まで着いた。
真新しい表札には【大和】の文字。なんか良いな。写真撮っておこう。パシャリ
「………」
隣の508号室を横目で見ながら僕はドアを開けた。
部屋に入ってまず僕は先に届けていたフロアマットを敷いた。低反発のちょっと良いやつ。踏んだときのあの感覚溜まんねぇよな!
次にベッド、テレビ、小型の机を置き休憩。
「さてと」
僕は挨拶用のネットで買ったよく分からんお菓子を入れた袋を持ち506号室へと向かった。
最近だと挨拶は逆に迷惑だとか挨拶はするのが常識だとか、じゃあどうすれば??って状況だけどやっておいて損は無いだろうと思い買っておいた。まあ平日は学校で土日も引き籠もる予定だから関わりは無いだろうけど。
これ居なかったら別日にまたやるのか……めんどいな。なんて脳内で愚痴りながら(失礼)インターホンを押す。
ガタガタとした後ドアが開かれる。
「───」
絶句というものを初めてしたかも知れない。
「どちら様?」
部屋主の当然の疑問に答えることなく僕は彼女の服を見ていた。
私 は 金 目 鯛
そうでかでかと書かれた服を見るなと言う方が難しいのでは無いだろうか。
「え、あ、隣に越してきました大和大一と申します。引っ越しの挨拶にと伺いました」
僕は極力服に意識を向けないよう当たり障りのない挨拶をした。
「ども~506号室に住む大倉桜って言いまーす。今年から大学生でっす。うっす」
服もやばいがノリもやばかった。関わらないでいよう。
「うっす」
僕はその場しのぎの軽い返事でさっさと離れようとした。
「ちょっとまてーい」
「なんで!?」
腕を捕まれた。怖い。生まれたての子鹿になっちゃう。
「少年……夜はこれからだぜ」
「まだ昼ですけど?」
「私にとっては夜だから夜なんだよ。あーゆーおっけー?」
「なにも良くないです。まだ引っ越し作業残ってるんで離して下さい」
これがご近所トラブルってやつか……。雰囲気的には絡み酒みたいな。酒飲んだこと無いけど姉が絡み酒だからなんか似てる。
「少年、1杯やってく?」
「僕まだ未成年です。………ん?さっき今年から大学生って………ん?」
アカンヤツナノデ?
「違う違う、今のはお酒に酔ってダル絡みする大学生の真似だよ。お酒は二十歳になってから!」
大倉さんはビシィ!と指差しながら言ってくる。帰りたい。
それよりダル絡みする大学生の真似って……。
「変人じゃん」
やべ、口に出た。でも事実じゃん。僕は悪くない。
「変人………」
「あ、いえ、すみません。少し本音が」
さすがに失礼すぎた。
「えへへへへ」
この人、変人って呼ばれて喜んでる!?ヤバイヤバイ助けてママーー。
僕は変人さんが喜んでる隙に捕まれていた手を解き自室に駆け込む。その際後ろからゴッ、と音がしたが気にせず駆け込んだ。
「リンジン、コワイ」
初日からこんな体験をするとは思っていなかった。誰が予想できるかこんなこと。
「508の挨拶どうしよう」
あれの後すぐにじゃあもう1つ行くか、とはならない。あれを越える人だったらどうする。もうモンスターマンションだよ。
「…………………………行くかぁ」
どっちみち行くのは決まってる。506には行ったのに508には行かないなんておかしな話だ。
僕は玄関先にやつが居る心配をしつつ508号室ヘと向かった。
結論から言うと留守だった。助かったようなそうで無いような。
「お腹すいた」
まだ昼食を取っていなかった。なんと言うか無駄に疲れたな。
インスタントラーメンをさっと作り、昼食を済ます。自炊できるけど今は忙しいからしょうがない。便利だねインスタント。
食器やら本やらを仕舞って作業をあらかた終わらせた夕方頃。帰ってきてるかもと思いお菓子の入った袋を手に隣室へ。
インターホンが鳴る。反応は無い。
「これは明日かな」
そう思い帰ろうと足を進めた瞬間。カチャリと音を立てて慌てたようにドアが開けられた。
なんとなくそんな気がしていた。
可能性的には0では無いがまずあり得ないと思っていた。
だが、思わずにはいられなかった。
卒業アルバムを見たとき思いだし「同じ高校を受けよう」というあいつとの約束。
親と教師にしか伝えていないはずの受験校の会場に見知った嫌な後ろ姿を見たとき。
そして──
真新しい表札に書かれた【木野】の二文字を見たとき。
諦めきれない弱い心が想像した最悪の可能性。
「椎……?」
そこにはかつての青春。中学卒業と同時に僕をフッた元カノこと木野椎がいた。