幼き白虎と幽霊部屋の謎 後編
夜の10時前、加賀崎美琴の部屋。小さな子供部屋のベッドの上に美琴は横たわっていた。恐怖感は今は落ち着いたが、今度は四階の9号室の住人が消失したことが気になって眠れないのだ。幽霊部屋の謎といい四階の9号室の住人消失といい奇妙な出来事が立て続けに起きている。この団地にいったい何が起きているのだろうか?
「トラちゃん……何が起きているのかわかる?」
美琴はベッドの横に安眠を見守るように配置されたホワイトタイガーの子供のぬいぐるみ(数年前に家族旅行で動物園に行った時に買ってもらったものだ)に語り掛ける。トラちゃんは当然ながらぬいぐるみなので喋らない。しかしトラちゃんに不安なことを話すと不思議と心が落ち着いていくのだ。やがて美琴は静かに眠りについた。
――美琴ちゃん!美琴ちゃん! 起きて!
遠くから美琴を呼ぶ声がした。その声はどこか懐かしいような声だった。美琴はゆっくりとベッドが起き上がる。すると美琴の目の前には空中浮遊するホワイトタイガーのぬいぐるみの姿があった。美琴は目を丸くした。
「トラちゃん!?」
「そうだよ。トラちゃんだよ。美琴ちゃん、カーテンを開けてみて」
美琴はトラちゃんの言うことに従いカーテンを開けてみた。カーテンの外は、いつもの団地とは違い、地面は水に覆われていた。まるで海の上に団地が立っているようだった。
「トラちゃん、何が起きてるの!?」
美琴の頭は混乱してきた。
「ここは現実世界でありながら現実世界ではないんだ。あらゆる生命体の思念から生み出された奇妙な世界……その名前は星幽界っていうんだ」
「星幽界?」
「そう、星幽界。でもこの世界はとても不安定で……生命体の思念の影響を受けやすいんだ。現に星幽界の団地には12号室しかないはずなのに13号室が存在する」
トラちゃんの説明を聞いた美琴は驚いた。
「つまり幽霊部屋のウワサのせいで美琴の団地に13号室が存在するってこと?」
「そういうことになるね」
じゃあ、どうして団地の外が海になっているのだろうか? 美琴は疑問に思った。
その時、部屋の外で何か扉が殴りつけるような音がした!
「何の音!?」
美琴は静かに玄関先まで移動して様子を伺った。すると半魚人がドアを殴りつけているではないか!
「半魚人だ……このままじゃドアを壊されて中に入ってきちゃうよ!」
美琴は思わず叫んでいた! しかし半魚人がドアを叩く音は強くなっていく!
「トラちゃん、なんとかできないの!」
「美琴ちゃん! こうなったら合体だ!」
「合体!?美琴、トラちゃんと合体するの!?」
美琴はトラちゃんを見返した。もはや迷う猶予は存在しなかった!
「美琴ちゃん……心配しないでボクに身を任せて!」
そう言うとトラちゃんは光輝き始め美琴とトラちゃんが重なり合う!
「美琴の身体の中に……トラちゃんの力を感じる……ウォーッ!」
美琴の中に強い力が入り込み勇気がみなぎってくる!美琴は思わず雄叫びをあげた!
そして光が収まると白いチアガール風の衣装とホワイトタイガーを模したヘルメットを装着した少女が立っていた。
「どうしてチアガールの恰好なの?」
美琴は疑問に思った。
『星幽界のことはボクにもわからないよ……』
トラちゃんの声が寂しく響いた。
「とにかく、これで半魚人に対抗できるよ」
そして、ついに半魚人が扉を破砕、加賀崎家になだれ込んできた!
美琴はファイティングポーズを取る!
「ウリーッ!」
半魚人は本能のままに美琴に襲い掛かった!
だが美琴は素早くかわし、半魚人の鉄拳は宙を切る。はじめてにしては素晴らしい回避だ!
「今度は美琴の番!」
美琴はハイキックを半魚人に食らわせたっ!
「グワーッ!」
半魚人は玄関の外に吹き飛んでいった!
「あれっ、意外と半魚人は弱い?」
『美琴ちゃん、とにかく急いで事態の元凶のところに向かおう!』
「元凶のところ……えーっと、幽霊部屋だ!」
そう言って美琴はは玄関を出てマンションの廊下を疾走した!
「ウリーッ!」
「ウリーッ!」
「ウリーッ!」
半魚人軍団が廊下を疾走する美琴に気づき迎え撃とうとする! 一体一体は弱敵だが集まれば脅威だ!
「半魚人がいっぱい!」
『美琴ちゃん、武器を使うんだ!』
トラちゃんのアドバイスをもとに美琴は武器を使おうとする。しかし、美琴は丸腰だ! どうすればいい!
「何か出てきて! 凄い武器!」
美琴が苦し紛れに叫ぶとポワワンっと間抜けた効果音が鳴り響きバトントワリングに使うバトンのような武器が出てきた! 美琴はとりあえずバトンを振り回した!
「グワーッ!」
1HIT!
「グワーッ!」
2HIT!
「グワーッ!」
3HIT!
「グワーッ!」
4HIT!
「グワーッ!」
5HIT!
半魚人は美琴が振り回したバトンに吹き飛ばされ次々と倒れていった!
「凄い威力だね……これなら半魚人と戦える」
美琴はバトンを片手に階段を昇っていた!
◆◆◆◆◆
団地の四階、9号室の住人が突如行方不明となった因縁の地。そこに美琴は再び足を踏み入れようとしていた。
「なんとなく4階に13号室がありそうな気がする!」
しかし半魚人の群れは容赦なく美琴に襲いかかる!
「ウリーッ!」
「ウリーッ!」
「ウリィーッ!」
美琴はバトンを強く握りしめ、半魚人に立ち向かう! しかし、半魚人の量が明らかに多い!
「半魚人がいっぱいできりがないよ!」
弱音を吐いても半魚人は待ってくれない! それでも美琴は半魚人を一体一体各個撃破していく!
「……ちょっと疲れてきたから少し休憩しようかな」
美琴はさすがに疲れてきたので廊下の床に座り込もうとした。しかし、そんなことは許されなかった。
「……ウリーッ!」
黄金に輝く半魚人が現れたのだ。筋骨隆々で手にはトライデントが怪しくきらめいていた。こいつは半魚人のボスか!?
次の瞬間、美琴は反射的に緊急回避した!数秒後、黄金半魚人のトライデントの猛烈な突きが美琴にいた位置に襲ってきた!
「グルルルル……ウリィィー!」
黄金半魚人は野獣のような唸り声をあげた! さすがに小学生には黄金半魚人の相手はキツいか!?
「トラちゃん、この黄金半魚人、今までの半魚人より強さのレベルが違う!」
(美琴ちゃん、まずは逃げ回りながら黄金半魚人の隙をつくんだ)
「そんなこと言われても!」
しかし、狭い廊下では黄金半魚人の攻撃を避けるのが精一杯だ!
黄金半魚人は素早い動きで美琴を追い詰めていく! 嗚呼、ここでおしまいなのか!
「そこまでよ!」
その時、凛とした大人の声が鳴り響き銀鮫を模したヘルメットを装着したチアガール戦士が突如現れた!
「あの黄金半魚人はわたしが引き受けるわ! 美琴ちゃんは早く13号室へ!」
黄金半魚人が鮫のチアガール戦士に注意を向いている間に美琴はその横を通り抜け、まっすぐ13号室に向かって走っていった!
10号室! 11号室! 12号室! そして、13号室! 美琴は躊躇なく13号室の扉を開けた! 扉の中から淡い光が漏れ出した!
◆◆◆◆◆
加賀崎美琴はベッドから転げ落ちた衝撃で夢から目覚めた。
「あれ……13号室はどうなったの?」
寝ぼけ眼でぼんやりとした意識の中で今いる場所が自分の部屋だと確認した。
美琴は釈然としない表情で立ち上がるとトラちゃんの位置を調整した。部屋の外に出て新鮮な空気を取り込むと千晶とすれ違った。
「あっ、千晶ママ! おはようございます!」
美琴は千晶に挨拶をした。
「おはよう、美琴ちゃん。それより4階の9号室の話を聞いた?」
美琴は千晶の言葉を聞いてドキッとした。昨日の出来事と星幽界の出来事がフラッシュバックした。
「9号室の住人が急にいなくなったとかでちょっとした騒ぎになったけど早朝になって戻ってきたらしいの……管理人さんが事情を聞いたら、あの幽霊部屋の13号室に閉じ込められていたとか……本当に奇妙な話よね」
美琴の中で点と線が繋がったような気がした。
(そうか……9号室の人は半魚人に捕まって13号室に閉じ込められていたんだ……)
「……やっぱり幽霊部屋は存在していたんだ」
「管理人さんは半信半疑だけどこの団地にいるママたちは幽霊部屋のウワサで持ちきりなんだから、困っちゃったわ」
千晶はそう言ってため息をついた。
「美琴ちゃん、また幽霊部屋についてわかったら教えてあげるね」
「千晶ママ、ありがとうね」
そう言って千晶は去っていった。美琴は廊下の窓から外を眺めてみた。そこにはどこにでもあるニュータウンの原風景が広がっているだけだった。