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ディアンヌ様……ディアンヌはわざわざ公爵家まで私を送ってくださった。
「公爵にご挨拶しておかねばなりませんし」
そう言ってにっこりと笑うディアンヌに、出来れば我が家の醜態を見せたくはないのだけれど、既に手遅れか。
私は両親にまだわずかばかりにでもまともな思考回路が残っていることを祈った。
「お姉様! なんで違うドレスを着ているの!? あの白いドレスはどうしたのです!」
家に帰るや、案の定リリアンが突進してきた。
「あなたは人の話を聞いていなかったの? ドレスはディアンヌ様のものだからお返しすると言ったでしょう」
本当に疲れる。人から借りたものは返す。それだけの当たり前のことがどうして理解できないんだろう。
「そんなの知らないわ! 私に見せびらかしておいて勝手に返すだなんてひどい!」
「……あなたは本当に何を言っているの?」
本気で治療が必要なんじゃないかと不安になる。
でも、たぶん、どんな医者にかかるよりも先に、両親から引き離した方がいいのだろう。妹をこうしたのは両親だ。
「アデル! どういうつもりだ、親に恥をかかせて――」
のしのしと歩いてきたお父様が、私の後ろに立つディアンヌをみつけて口を噤んだ。
「あ、と……これはカレンス嬢。アデルが迷惑をかけて申し訳ない」
「あら。私、アデルには迷惑なんて一つもかけられておりませんわ」
公爵を前にしてもディアンヌは堂々と胸を張っていて、やはり貴族じゃないだなんて信じられない。
「アデルには明日から早速働いてもらいます。毎朝迎えを寄越しますので」
「はあ……しかし、アデルでは何の役に立てないと思うが」
「難しいことはございません。私の話し相手になってくださればいいの。陛下もアデルをお認めになられたのだから、何も問題はございません」
ディアンヌと両親の向こうにエリィの顔が見えた。その顔はハラハラしながらも興奮気味に輝いている。
「そうだわお姉様! 私がお姉様の代わりになってあげる!」
「はあ?」
リリアンがさも名案のように言い放つ。
「お姉様はいつもつまらない本ばかり読んでいるから、おもしろい話なんて出来ないでしょう! 私の方がふさわしいわ!」
「そうね! アデルは愛想もないし、リリアンの方が話し相手にふさわしいわ。アデル、リリアンが貴女の代わりになってくれるのよ、感謝しなさい」
「おお。確かに、その通りだ。では、リリアンを代わりに」
開いた口が塞がらない。
「陛下はアデル嬢に命じたのですわ! 陛下のご意志に逆らうおつもりなの!」
勝手に舞い上がりだした両親を、ディアンヌが一喝した。
「あなた達は何もしなくて結構。アデルのことはすべてこちらで責任を持ちます。だから、このお役目が終わるまでアデルにはいっさい関わらないでちょうだい」
「なっ……」
「もしアデルに何かあって、お役目がうまくいかなかったら、陛下はお怒りになられますよ? よく肝に銘じておくことね」
両親にきっちりと釘をさして、ディアンヌは「ではアデル、また明日」と微笑んで帰って行った。
両親と妹はその後もずっとぎゃーぎゃー言っていたけれど、私はとっとと自室に逃げた。