表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
立花 京子  作者: ぐんた
7/13

立花 京子7 中学3年生のヒノモモ祭り

夏休みも終わり、3年生の2学期が始まった。


いよいよ中学時代も終わりに近づいてきた。


今年ももうすぐヒノモモ祭りの時期だ。


二年前は苦い記憶だ。


去年は、男の友人らと参加して楽しんだ。その時に、立花京子とあの日どんな風にして話がもつれたか詳しく聞かせろと言われたが、俺は曖昧なことを言って誤魔化した。



俺にとってはまだ、京子との縁は終わったことじゃないし、済んだことにするつもりはなかったのだ。


去年のヒノモモ祭りでは、京子の姿は見なかった。


幼馴染としても、さすがに件のヒノモモ祭りは誘いにくく、俺はあえて京子とはヒノモモ祭りの話をしなかった。


ひょっとしたら、山下大介と参加していたのかも知れない。








俺は、3年のヒノモモ祭りに、思い切って京子を誘ってみた。


「来週のヒノモモ祭り、一緒に行かね?日曜。」


1日目は今年も俺は友人と行く予定だったので、まさしく、2年前と同じ2日目のヒノモモ祭りを誘うことになった。


「ごめん、その日、第一菅山のオープンスクールだから、一応・・・見とこうかと思って・・・・。」京子はあっさりとそう答えた。


俺からのヒノモモ祭りの誘いは、きっと京子としても思うところはあるだろう。


表面的には平素を装っているが、心の中では少なからず戸惑いがあるはずだ。


現に、俺と京子の間でヒノモモ祭りの話題が出たのは、2年前のあの日以来だ。今日までは一切話題にしていない。毎日の登校や、時には放課後や休日でも遊んだ中で、ただの一度もだ。


互いに意識していなかったはずがない。


ただ、京子の断り事由は、気まずさや俺と過ごすヒノモモ祭りへのトラウマなどではなく、本当にオープンスクールに行くためであろう。


オープンスクールも、大切だと思う。京子の両親も、きっと京子に行くように勧めるだろうし。



「あ、マジで。分かった。」俺も、平素を装った。誘いは断られたが、2人の間でヒノモモ祭りの話題を出せただけで、長く放置していた課題を消化できた気がした。






それにしても、俺は、今後どうなることを期待しているのだろうか?



京子が山下大介と別れて、すかさず俺が京子にアプローチをかけて、京子が快諾?


しかも、京子と山下大介は、せいぜい今日までに手を繋いだことがあるくらいでまだまだ、京子は何もかも初めてで、俺も初めてで、初めて・・・


いや・・・・


京子はとっくに山下大介と事を済ませていて、当然のように山下大介もその時が初めてで、初めてを捧げあった2人は永遠の愛を誓っているのでは?



もしそうだとしたら、



じゃ、俺はどうしようか?


結局のところ、俺にとって非常に苦しい事実の一つは、京子以外に好きになれる女子が、この2年間で現れなかったことかも知れない。






中学最後のヒノモモ祭り1日目は、友人達と和やかに過ごした。



中学3の10月と言う事で、推薦が固い生徒は例年よりお行儀よく、まさに推薦があるかどうかの瀬戸際の俺のような生徒も、いっそうお行儀よく、みんなで品性方向に祭りを過ごした。



今年なら、絶対に公民館の倉庫へ侵入などもしない。




そしてヒノモモ祭り2日目。俺は一日目とはまた違うメンバーでヒノモモ祭りに繰り出した。


義務教育最後のヒノモモ祭りかと思うと、もの寂しい気持ちにさせられる。




友人達と楽しく展望台へ登り、屋台を周り、健やかに過ごした。


日も暮れて、いよいよ締めの花火大会の始まりだ。


俺たちは友人達と、中腹の一角に場所を取り、ここから見ようぜと花火を待った。


その時、友人達は焼きそばやたこ焼きなどを食べているのに対し、俺は買った綿飴を先ほど買った直後に一瞬で食べてしまったので手持ち無沙汰になってしまっていた。


「俺、下でなんか買ってきていい?」中腹にも屋台は出ていたのだが、2日目の花火の時間が近づくと、中腹の屋台は店じまいをし始める。その時すでに、金魚すくいと射的以外の中腹の屋台はすでに店じまいをしていた。


金魚や鉄砲は食えない。


おう、俺たちはここで花火待つ、と友人達が言ったので、俺は山のふもとへと駆けて行った。


りんご飴でも、買おうかな。









麓へ降りると、人がごった返していた。


ヒノモモ祭りの締めでありメインの花火を見るため、ふもとにはこの時間帯に一番人が集まる。


屋台はどこも行列ができていたので、俺はふもとから少し外れてでも、人の少ない屋台を探した。


屋台の行列に、あまり1人で並んでいたくなかったのだ。


すると、縁日をしているところから少し外れた通りに、見覚えのある人物がいた。



山下大介だった。


山下大介は、1人で外れの路地裏に立っていた。


こいつ、1人でヒノモモ祭りに来ているのか?


そして、知り合いに会わないようにか分からないが、こんな外れから、コソコソ隠れるように花火を見ようとしているのか?


不気味だなと思うと同時に、そんな芋っぽさに苛立ちを感じた。また、山下大介のくせに祭りを楽しもうとしているのも、癇に障った。


山下大介が何をしても、腹が立つ。


「何してんの?」俺は山下大介に近づいて行った。


「田辺くん・・・こんばんは・・・」山下大介は相変わらず不安そうに俺の顔色を伺っている・・・ように見える。


「1人?」俺は山下大介に聞いた?


「え・・・!?」山下大介はドキッとしたような反応を示した。やっぱり、1人で来ているのを見られたくなかったのか?


「1人で来てんの?」


パシッ


ハキハキ答えない山下にイラだって、ソフトビンタをかました。優しいビンタだ。


「な・・・・なんで・・?」山下大介がビクビクしながら聞き返す。


なんで?なんでって、何がだ?


ビンタした理由か?1人で来た理由を俺が尋ねてる理由か?


どちらも山下大介が嫌いだからだが。



山下大介が聞き返してくることはあまりなかったので、少し驚いた。


「なんでって、何が?1人で来てんだろ?」


パシンッ!


質問の意図と意味が分からなくて、テキトーにもう一発ビンタしてみた。


今回のビンタは、自分でも思った以上に力が入ってしまい少しドキリとした。




ま、相手は山下大介だからいいか。



「・・・何人でも良いだろ・・叩くなよぉ・・」山下大介が、モゴモゴと言い返してきた。


2発目のビンタが少し強めだったせいか、山下大介も珍しく不快感を示してきた。


おいおい、仏の山下大介だろ?


まぁ、山下大介は怒っているというより俺を説得するような言い方ではあった。


叩かないでねって。


だけど、なんだ?この、"何人でも良いだろ"って。1人って認めるのがそんなに恥ずかしいのか?


この山下大介が?いまさらそんなプライドあんの?



「は?1人なら、1人って言えよ」腹が立ってもう一発、強めに叩いてやろうかと手をあげると、





ガシッ、と俺の手首が掴まれた。


「もう、やめて。」振り返ると、俺と山下大介よりも25cm以上大きな京子が、険しい表情で立っていた。



突然の京子の襲来で、俺は肝を潰した。


また、30センチ近く大きな京子に突然手首を掴まれ、一瞬かなりの恐怖心を感じた。


今も、心臓がドクドク鳴っている。


これは恋の高鳴りではなく、縁日の路地裏で、圧倒的な体格の人物に絡まれたからだ。


今でこそ京子と分かるが、かなりヒヤリとした。まだ、背中が冷たい。


京子の手は大変大きく、俺の手首を掴んだ手の指が一周してガッツリ重なっている。




山下大介は、京子と来ていたのだ。


「京子・・・・」俺は微かな声で呟いた。


オープンスクールじゃ、なかったのか?


夕方前にはオープンスクールが終わり、花火だけでも2人で見ようと山下大介と共に来たとか?


こんな、祭り場から外れたところで2人で見てるのは、2人きりの時間に浸るためか、



それとも、



間違っても俺に会わないようにするためか?




京子・・・・。




きっと京子は、俺がこっちの方に近づいてくるのを、俺が山下大介を見つけるより先に気がついたのだろう。


そして、隠れたのだろう。


俺からの誘いを断った手前、山下大介と2人でいるところを見られるとマズイとでも思ったのか?



京子・・・・。




隠れるなら、しっかり最後まで隠れてくれよ。


ここまでされると傷つくよ。




「何してんの」俺は抑揚のない声で京子に尋ねた。


いや、分からない。山下大介に尋ねたのか、もしくは自問したのか。誰かに対して、何してんの。


京子の俺の手首を掴む手は、凄く力強かった。


ビクともしない。これで、本当に握力は36程度なのか?


手首から先への血が止まっているような感覚がする。掴まれている右手の先が痺れているような。




「離せって」俺の手首を掴む京子の大きな手を見ながら、京子に言った。



「もう、大介を二度と叩かないで。」京子は強い口調で言った。



その瞬間、京子が山下大介のことを本当に大切に思っているのが伝わってきて、


京子が俺の右手首を掴む力の強さは俺への怒りと憎しみなのだと気付いて、


俺は山下大介の方を振り返り、空いている左手で山下大介の頬を叩いた。


「啓太!!!」京子が声を荒げる。俺の手首を掴む京子の手にいっそう力が入る。骨が軋む感じがした。


だが、さらに俺は、呆気に取られている山下大介の腹にヤクザキックを思いっきりかました。



グゲ! と山下大介は声を出しながら尻もちをつき、そのままお腹を抱えながら後方へ転がって行った。



山下大介に対し、ここまで直接的な暴力は初めてだった。



京子は俺の手首をようやく離し、転がっている山下大介のもとへ駆け寄った。


「大介!!大丈夫?」アスファルトに膝をついて、京子は大介へ心配そうに声をかける


「うん・・・大丈夫・・・・」そう言いながら、山下大介はフラフラと立ち上がった。


路地裏の街灯では暗くてぼんやりとしか見えないが、蹴られて転倒した拍子に、手のひら側を少し擦りむいたようだ。


一瞬、山下大介の手のひらが赤っぽくヌラリと光ったように見えた。



俺は、爽快感も罪悪感も、どちらも感じず魚のように2人を見ていた。



山下大介が立ち上がったのを見てから、京子は俺の方を振り返り、



「もう、啓太とは仲良くしない。話しかけないで。」と、厳しい表情で京子は俺に言い放った。


京子は、山下大介を守るように、俺へ立ちはだかっている。


俺は今、どんな表情をしているだろう。


すると、山下大介が京子を傍からすり抜けて、今度は山下大介が京子を守るように立ちはだかり、


「京子には、何もしないで・・・」と、震え声で主張してきた。



見事なラブ・ロマンスだった。



もう、俺は完全に無理なのであった。




その瞬間、




ドパーン!!!!




花火が上がった。



路地裏が一気に宝石箱をぶちまけたような光で満ちる。




暗く朧げだった京子の顔も、山下大介の顔も、キラキラと極彩色だ。



決定的な愛の形が俺に証明され、ラブ・ロマンスのクライマックスを祝福するような花火に、俺は何もかもが馬鹿馬鹿しくなった。



世界中が俺をからかっているのだと知った。




ドパン




ドパン




次々に花火が上がる。



ふと横をみると、路地裏の家のガラスに俺の顔が映っている、



 

花火が上がる前は暗くて気がつかなかったが、花火に照らされ、瞬間的に現れる俺の顔は、涙を流しながらの笑顔だった。



今の俺はこんな表情だったのか。



喜劇だったのかもしれない。




いかにも勇気を振り絞っていますという感じで足を震えさせる山下大介と、



山下大介の後ろから俺を睨みつける、とても守られているとは思えないほど勇ましい京子を、


それぞれ一瞥して、


俺は無言で振り返り、花火の上がるオモモ山へ向かって行った。











ドパーン!



ドパーン!




「おっそ」



「結構並んでた」



ドパーン!



「・・・・?何も持ってねーじゃん?」



「上がってくるまでに食っちまった」



「はっや」




ドパーン!



ドパーン!





俺のヒノモモ祭りは、こうして幕を閉じた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ