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立花 京子  作者: ぐんた
3/13

立花 京子3 中学1年生の頃

なんで、あんな奴が京子の彼氏なんだ。


情けなさすぎて、みっともなさすぎて、本当に認めたくないが、


俺はずっと京子のことが好きだった。


ずっと、ずっと、いつから好きなのかも分からない。



物心ついた時から、俺は京子といた。


気が付いた時には京子のことが好きだった。


好きっていう言葉は、この、いつからだか俺の中でずっと燻っている京子への感情の名前なのだろうと、小学校2年か3年のころに考えた気がする。


むろん、問答無用に初恋だ。


京子は昔から背が高く、小学校3年の時点で170センチを超えていた。


かなり飛び抜けた風貌を誇る京子に、なかなか男の声はかからなかった。


顔は、間違いなくとびきりの美人だ。


恋は盲目的な俺の主観なんかじゃなく、誰から見ても京子の顔は一級品だ。


京子の顔を悪くいう奴は聞いたことがない。


異性の批評に手厳しい思春期男子の間でも、賞賛一色だ。


小さな顔に、黒目がちの綺麗な二重。形良く高い鼻に、やや小さめの口。


誰もが京子の顔を褒めたあと、体格の良さをオチにして一笑いする。


それが俺の周りでの京子の評価だ。


幼馴染ということで、中学に上がった当時は夫婦で登校とか、巨人の婿養子とか周りからからかわれたりもしたが、俺はまんざらでもなかった。


京子もなんとなく、その当時のそういった風潮を心から嫌っていた様子もなく、むしろ京子の方も悪く思っていない様子に思えて、そのうち、俺は京子と付き合えるんじゃないかと期待していた。


学年一の人気者のササコウを始め、学年のイケてる奴らは中学1年の夏休み明けには恋人を作り始めていた。


駿太も、今は別れたがその頃人生初の恋人と結ばれていた。


俺も、勇んでいた。長く心に抱いていた、京子への気持ちを、そろそろ打ち明けるのだと。


幼馴染から、恋人になるのだと。


中学生になり、俺も自慰を覚えた。


初めての自慰は当然のように京子であったし、なんと、俺は京子以外で未だに抜いたことがない。


中学1年の恋愛成就ラッシュの際に、京子はあぶれていた。


先の通り、目立ちすぎる体格と、立花京子にはちゃんと田辺啓太っていう許婚がいる、という冗談混じりの風潮のせいもあったと思う。


そして、本当に嬉しいことに、今でもこの事実を考えると実に胸が苦しく締め付けられるのだが、"立花京子が、田辺啓太のことが本当に好き"という情報がついに俺の耳に入ってきたのだ。


情報源は、噂好きのクラスメイト、田中翔太からのものであった。


ご機嫌な様子で俺に、そのような噂が女子の間で流れているぞと報告してくれた。


嬉しくて飛び上がりそうだったが、俺はごく平静を装いながら、裏を取るぞと田中翔太を引き連れて、恋バナ大好き学年の恋愛番長、内田愛香のところへ出向いた。


懸命に平静を装いながらももはや興奮を隠し切れていない俺と、お祭り気分のような田中翔太の様子を見て、内田愛香もずいぶん楽しそうに、京子と同じ吹奏楽部であり当時のクラスメイトでもあった宮下絵里をすぐに呼び出してくれた。


そして、鼻息荒い俺と田中翔太と内田愛香の三人囲まれながら宮下絵里は、彼女もまた何がそんなに楽しいのかと尋ねたくなるほど嬉しそうに、絶対にあたしから聞いたって言わないでねと無意味な前置きをしながら、"立花京子が田辺啓太に恋心を抱いている"という噂が真実であることを、立花京子のクラスメイトとして、立花京子の部活メイトとして、立花京子の親友として完全に肯定してくれた。


俺は、ひょっとすると、あの時ほど嬉しかったことは人生でなかったかもしれない。


あの、放課後の教室の隅での密談が俺の人生のピークかと思うと、情け無いというよりも不思議な感じがしてくる。


後から知ったことなのだが、ちょうどこの時期に、俺と同じく剣道部で、俺にとって剣道のライバルであると同時に親友でもあった砂田圭一のもとに、恋愛番長・内田愛香と、立花京子の部活メイトであり親友の伊藤ひろ美が、"田辺啓太がガチで立花京子のことを好いてる"という噂の真偽を確かめに来ていたらしい。俺はごく親しい信頼できる友人達にしか、俺の幼馴染に対する熱い気持ちは打ち明けていなかったはずなのだが、どういったわけか女子達の間では当時ホットな話題になっていたらしい。不思議なものである。


内田愛香と伊藤ひろ美に問い詰められた我が友、砂田圭一は、僕から聞いたとは言わないでくれと無意味な前置きをした後に、田辺啓太の部活メイトとして、田辺啓太の親友として、田中啓太の剣のライバルとして、"田辺啓太が幼馴染である立花京子へ抱く恋心"の有無を、全面的に肯定していたらしい。


その内田愛香と伊藤ひろ美が砂田圭一を問い詰めている様子を、離れたところから隠れながら不安そうに見守る立花京子の姿を、俺の当時のクラスメイトであった中村幸太郎が目撃したという話も聞いた。



もはや、自明に相思相愛の仲であり、学年の誰もが幼馴染カップルの誕生を予期していた。



あとは、本人同士が直接に想いを伝え合うだけの状況であった。




京子の気持ちにも確信を持ち、恋焦がれていた俺は、想いを伝える機を狙っていた。



ただ一つ、俺と京子の間には当時、ある問題があった。



それは、中学生特有の感受性由来のものなのだろうか、


とにかく俺は京子に対して主導を持ちたく思っていたのだ。


俺から告白して承諾をもらう、だと、こちらから頭を下げてしまうことになるから、主導権が京子に握られてしまうなどと、初々しい考えを持っていた。


しかし、その一方で、京子も俺に対し、当時異様に高圧的であった。


俺と京子の、保育園に入る前からの関係性の歴史の中で、当時互いに対する”異性”としての見方が最も強調されていた時期であったためか、2人とも明らかにどこかおかしくなっていた。


思春期真っ盛りの中学生の心の中は、"異性への強い憧れ"と、"大前提として基本的に異性は敵"の二律背反が猛烈にせめぎ合う。



俺と京子は、互いに好きという感情を把握しながらも、会っているときにはそれを表には出さず、むしろ刺々しい態度を取り合っていた。


朝の登校の際には、2人で待ち合わせこそすれど、ほとんど会話もなく無言で学校に向かう状態でさえあった。


互いに、意識し過ぎていたのは明白だった。


そのくせ、学校で会えば、やたら京子は俺を小馬鹿にするような言動を繰り返してきた。


例えば、中学1年生の頃は、中学3年生とは違い、体力測定は夏休み明けに行われていたのだが、そこでも京子は俺に対し挑発的であった。


当時の俺は成長期前であり、まだ身長も150センチすらない、146〜9センチごろだったように思う。体重も、30キロ台だったかも知れない。


対して京子は、中学1年の時点で既に180センチを超えていたのだから、まともな勝負にもならなかった。


体格差がありすぎて、もはや子どもと大人の闘いになってしまっていた。


忘れもしない、俺は、全種目で京子に惨敗し、ひどくショックを受けた。


意中の女性に運動でカッコいいところをみせたいくらいの場面であったのに、それどころか、その意中の相手に喧嘩を売られて完敗してしまったのだ。


しかも、その上で京子は、


「なんの為に剣道してきたの笑 全然ヘロヘロじゃん笑 あたし、何も鍛えてないのに、全部負けてるじゃん笑笑」


と煽り倒してきた。


その言いぶりのイヤらしさと俺のミジメっぷりに、周りからも笑い声が上がった。


この頃京子と俺は、登校の時のように2人きりの時は互いに口を聞かなかったが、学校で煽り合いをしている時は、決まって周りに互いの友達が何人かいる状況にあった。


もはや俺と京子は、集団の中で憎まれ口を介してでしかまともな会話ができないほど、互いへの感情が拗れていた。


互いの友人の前で馬鹿にされ、不貞腐れる俺に京子はさらに、


「剣道でも、あたしが勝っちゃうんじゃないーーー


京子が言い終わる前に、俺は泣きながら京子に掴みかかった。


我ながら、どうも、小学校低学年からやってきたからか、剣道愛がかなり強くなっていたらしい。


俺にはあまり、これといった取り柄もないから、今でも剣道がアイデンティティになっている部分があるのかもしれない。


体力測定の結果でショックを受けている時に、剣道のことまで茶化されてついカッとなってしまった。


「キャッ!!!」


さすがに京子も面食らっていた。


周りの取り巻き達も大騒ぎだ。


学友同士の取っ組み合いの喧嘩は、学生にとって最も面白いものの一つだ。


「やめて!!やめて!!!」京子は後さずりながら、俺を突き飛ばして距離を取ろうとする。


「調子のんな!!調子に○×、△××〜!!」泣きながら、俺は言葉にならない言葉を喚いていた。


俺は暴れ狂いながら、京子の背中と肩を2〜3発叩き、長い京子の足を1回か2回蹴った。


抵抗する京子の突き飛ばしはなかなか強力で、俺と京子の身長差30センチ以上からくるリーチ差と体重差、そして、体力測定の全ての項目で圧勝するフィジカル差を持って容易に距離を取られてしまった。


と、同時に、周りを取り巻いていた俺の友人達もそこで一斉に俺を取り押さえて、


「落ち着けって、啓太!な!落ち着けって!」


と、みんなで俺をなだめた。


京子の方も、京子の友人達が守るように京子を囲い込んでる。


「大丈夫?京子?ちょっと、離れよ」と、女子の集団は京子を囲い込んだまま俺から京子を遠ざけた。


離れ際の京子はメソメソ泣いていた。叩かれ蹴られた痛みでというより、ビックリしたのだろう。


180センチ越えの中学1年生とは言え、女子なのだから。







その日はもう、京子とは会うことなく下校の時間を迎え、また、金曜日でもあったため、京子との次の対面は土日を跨いだ月曜日の朝になることとなった。



それは憂鬱な週末であった。月曜の朝に、京子はいつも通り駄菓子屋のポストのところに来てくれるだろうか?


なんと言って会おうか。普通に、何事もなかったかのように、「おはよー」か?


それとも、しっかり俺の方から謝るべきだろうか?


ただ、今回明らかに非があるのは京子の方だと俺は思っていた。


あんなからかわれ方したら、誰だって怒るだろう。


向こうから仕掛けて来たわけだし‥‥


でも、中学生にもなって叩いたのは良くなかったかな‥‥もう、小学生じゃないんだし‥‥京子は女で俺は男なんだから‥‥


俺は、ずっとクヨクヨ考えていた。


ちなみに、俺と京子が取っ組み合いの喧嘩をしたのはこの時が初めてというわけではない。


記憶にあるだけでも、この時の喧嘩は3回目くらいだったと思う。


小さな頃に、おぼろげながら、理由は覚えていないが掴み合いの喧嘩をした気がする。


それと、小学校2年生くらいの時にも、地域の肝試し大会で俺が京子の怖がる様をからかい過ぎて、取っ組み合いの大喧嘩になった。この時のことはよく覚えている。


何せ、俺は歯が何本も折れてさらに鼻血を吹き出し大惨事だった。


小2の時も京子は例によって大きく、俺はコテンパンにされてしまった。小学生の頃は女子の方が成長も早いというし、当然の結果だったろう。


乳歯であったから大事にはならなかったが、京子の両親がウチの親に平謝りだった。


京子もその時に一緒に泣きながら謝りに来たので、俺もいいよいいよと、また一緒に遊ぼうねと、仲直りした。


幼馴染らしく、喧嘩くらい何度もしている仲だ。


今回も仲直りできるはすだ。


今回のことも、ハッキリ言って悪いのは京子の方だし、京子の方から謝ってくるだろう。


月曜の朝どうするかは、京子の出方を見てからだ。


謝って来たら、許してやろう。



そんなことを思って金曜は就寝についた。


土曜日。その日、午前は剣道部の練習に、午後はそのまま剣道部の友人と夕方まで遊びに出かけた。


そして、日も沈んだ頃に家に帰ると


「やっと帰ってきた。啓太。京子ちゃんが来てるよ。部屋、上がってもらってるから。」


と、母親が言う。


心臓が強く高鳴った。


こう来たかと。


中学に入ってから京子が家に来るのは、4月に一度来て以来だ。


小学生の頃はよく家を行き来していたが、なかなか思春期に入ると難しい。


俺の部屋は2階だったので、ドキドキしながら階段を上がり、部屋へ入ると、京子が吹奏楽部で渡されたであろう譜面を読みながら、俺の勉強机に座っていた。


京子が座るには、俺の勉強机はあまりにも窮屈そうだ。


「よぉ。」


「おかえり」照れくさそうにはにかむ京子がどうしようもなく愛おしく思えた。


京子は、可愛らしい黒のシャツに、薄緑のハーフパンツ姿だった。それと、譜面が入るくらいの大きさの、黒いトートバッグが横に置かれている。


「どこいってたの?」


「TATUYAで、DVD、"ペレッソ"借りて聡太の家で見てた。分かる?"ペレッソ"見た?」


「んー。名前だけ聞いたことある。2人で見てたの?」


「あと、圭一とよっちゃんも」


「楽しそーじゃん。」


「めっちゃウケた。吹部は、今日も夕方まで?」


「うん。朝から晩まで。」京子の吹奏楽部は結構ハードで、基本土日も朝から夕方まで練習となっている。


「ヤベーハードだよな。‥‥結構待った?」


「んー、30分くらい。」


「来てるとは思わなかったよ。」


「‥‥。」


「‥‥。」


「来月のヒノモモ祭りさ、一緒にいかね?」ずっと、この誘いをしようと、夏休み明けてからタイミングを測っていた。


「うん。いこ。」京子は即答だった。


きっと、京子も待っていたのだろう。


やっぱり、男から行かなくちゃダメだよな。


俺は腹をくくった。このヒノモモ祭りで、俺から告白しよう。


ヒノモモ祭りは、2週間後の、10月の最初の土日にある。


そして、その翌週は京子の誕生日なのだ。


恋人として、誕生日を迎えてみせるぞ。


「部活のあと、飯食ってからウチ来たの?」


「ううん。着替えただけ。」


「俺も圭一らとは食ってないから、飯は家。京子も、食べてけよ。」


「え‥‥じゃ‥そうしようかな‥‥?」


小さな頃はよく互いの家で飯も食ったが、中学生にもなると少し気恥ずかしい。


さりげなく誘ったつもりだが、内心俺は少し緊張していた。


京子も、相手の家で食事をすることを、以前ほど当たり前とは思っていなさそうだ。


思春期とは、そういうものなのだろうか。


「お母さーん、飯、京子もいい?」下に降りて台所へ向かいながら尋ねた。


「もちろんよ」母は、当然のように快諾した。






テーブルに、俺と京子が並んで座る。


俺と京子それぞれの目の前に、ポークステーキと味噌汁、ご飯、お茶の入ったコップが置かれ、テーブルの中央に大ボウルいっぱいのサラダと、その横に取り皿が置かれている。


テーブルの向かいには母が座る。


「おかわりもあるから、遠慮なく言ってね」

母はニコニコしながら言う。


「いただきます!」京子がお行儀よく挨拶する。


「いただきま〜す」俺もつられていつもより丁寧に挨拶する。


「召し上がれ」そう言いながら、母も食べ始めた。


「京子、もう楽器弾けるの?クラリネット?っていうんだっけ?弾くって言うか、吹く?」パクパク


「まぁ、結構。毎日めっちゃしてるからね。あと、今度別の楽器もするかも?」モグモグ


「そうなの?何の楽器?」モグモグ


「チューバって、金管楽器。キンカン‥‥わかんないよね‥‥うーん、巨大なラッパみたいに見えるかも。」パクパク


「巨大なラッパ‥‥あんま分かんないけど、なんでそっちもすんの?」モグモグ


「夏休みが終わったから、三年生が受験のために抜けて、穴埋めしないといけないから。あんま途中転向とかなかなかないらしいけどね。」


「ふーん、巨大なラッパだから、巨大な京子なの?」


「わりと、それはあるっぽい」京子は苦笑いを浮かべる。


この時点で、俺はご飯を平らげておかわりを母に求めた。


母は俺の茶碗を受け取って、ご飯を盛りながら振り返り、


「京子ちゃんは?」と尋ねる


「えっと‥‥」京子はなんだかモジモジしている。


見ると、京子の茶碗はすでに空だった。まだ、おかずのポークステーキと味噌汁と、取り分けたサラダは残っているのに。


「遠慮しなくても、いいのよ」そういいながら、母は俺へご飯を盛った茶碗を返し、京子の方へ手を伸ばす。


京子もおずおずと茶碗を差し出す。


「ダイエットなんか、10代でしちゃダメよ?」母は京子からの茶碗を受け取りながら、京子に諭す。


「ダイエットというわけではないんですけど‥‥」やはりモジモジしている。


やり取りしながらも、母は京子の茶碗にご飯を盛っていく。盛り盛り盛っていく。


実は、俺と京子に用意されている食事の分量は全く違う。京子の茶碗は大人用の大きい茶碗で、ポークステーキも俺は一枚だが、京子は2枚だ。


京子は180センチ台の女丈夫だ。並の中学一年生の俺とは、食べる量も段違いのはずだ。


俺と、身長160ほどの俺の母は、何の気なしに京子をもてなしているつもりだが、思春期真っ盛りの女の子としては、人前での食事量が気になる年頃なのだろうか?


「京子、いっぱい食えよ。いつもめっちゃ食うじゃん。」


「ここでは気を使わなくてもいいのよ」


俺と、俺の母が促す。


そうなのだ。京子はもの凄い大食いであることは、とっくに承知しているのである。


たしかに、家で食事をするのは少し久々で、いわゆる思春期になってからは初かもしれないが、俺と京子の間で食べる量のことなんか、いまさら恥じる必要もない。


なにせ、小学生4年生の頃には、京子は大人顔負けの食欲を、地域の集まりなどで見せていたからだ。


それ以前にも、ウチで小学生らしく無遠慮に食べていたころの京子は、ハッキリ言ってウチの父親以上の食事量を誇った。


今日、いまさら控えたところで、体調が悪いのかと心配になるだけだ。


「京子の食う量くらい、分かってるから」俺はさらに念押しした。


「なら‥‥はい‥いっぱいいただきます‥」京子はなんと、恥ずかしそうに赤面していた。


意味が分からなかった。これまで散々俺たちの前で食べて来て、思春期の羞恥心とはこれほどまでに人を変えるのか?


そして、母により盛りに盛られた山盛りの、どんぶりのようになったご飯が京子の前に置かれた。


「サラダも、もっと食えよ。」俺は、京子の取り皿にサラダを取り分けてやった。さっきから、サラダもちまちましか食べてなかったから。


「ありがと‥‥」複雑そうな表情でお礼を言う京子。


そして、意を決したように、山盛りのご飯を食べ出した。


「チューバ?だっけ?本当に京子が大きいから、割り当てられたの?」


話を戻してみる。


「うん。華奢な子がチューバすると、肺が破れちゃうんだって。男の人でも、細身の綺麗系な人だと肺に穴が空くとか?だから、イケメン病っても言うらしいよ。」パクパク


「え、マジで!?グロ過ぎない?そんな過酷なの?」モグモグ


俺もおかわりしたご飯を食べる。


吹奏楽部って、肺が破れるのか。エグすぎるだろ。


「京子は、体が大きいから大丈夫なの?」パクパク そんな単純な話なのか?


「あんまよく分かんない。まだしてないし。吹き方が大事って先輩は言ってた。」モグモグ


「そんな大変な楽器するなら、京子ちゃんもしっかり食べて、力つけなきゃね。」そう言いながら、母は京子の方へ手を伸ばした。


どうしたんだ?お母さん?


ふと、京子の方をみると、なんと先程の山盛りご飯がすでに消えているではないか。


「‥‥はぃ」京子が恥ずかしそうに茶碗を渡す。


なんてスピードで平らげるのかと、さすがに俺も呆気に取られた。


京子の食欲は、京子の気持ちとは裏腹にますます強くなっているらしい。


すでに180CM超えているが、京子はまだまだ、ますます大きくなるのだろうと予感した。


再び山盛りで返されたご飯を食べ始める京子。


「お味噌汁も、よそうわね。」とっくに空になっていた味噌汁も母がおかわりを入れる。サラダも、京子の取り皿に大ボウルから残り全部移す。ポークステーキは残り一欠片だけ、京子の皿に残っている。きっと、京子的には、2枚じゃ全然足らなかっただろう。



「ありがとうございます‥‥」まだ少ししおらしいが、ここまで来たのでわりと開き直ったようにモリモリ食べている。


「啓太は?」母が俺に尋ねる。


俺は、もう腹9分目ほどだった。


「俺は、もういいよ。」そう言って、自分の取り皿分のサラダと茶碗に残っていた一口分のご飯を平らげて、ご馳走様にした。


俺の食べた量は、京子の半分くらいかもしれない。


実際この頃の俺は、体重も京子の半分くらいだったと思うから、妥当だったのかもしれない。


「啓太も、京子ちゃんみたいにたくさん食べないと、強くなれないぞー」母が少しおどけたように言う。


「食べる量じゃなくて、大事なのはトレーニングとかだから大丈夫だよ。」そうは言いつつも、自身が満腹になる倍の量を、猛スピードで平らげる京子の馬力を考えると、背筋が少し冷たくなる。



やがて、京子も食べ終わり、ご馳走さまと空になった食器と母に向かって告げた。


京子の食事の終了は、食べるものがなくなった為か、それとも京子が満腹になった為か、どちらかは分からない。





そして、食事を終え、家に帰る京子を玄関まで見送る。


「今日は、夕ご飯ありがとうございました。」俺の母に向かってペコリと頭を下げる京子。


「また、いつでも来てね」母はニコニコしている。


「玄関先まで送るよ」そう言いながら、俺と京子は一緒に玄関を出た。


ウチは玄関から玄関前の通りまで8〜9メートルほどある。


わざわざここまで見送らなくてもいいが、母がいる前では京子としにくい会話もある。


「ご飯ありがと」


「うん。」


暗い路地だったため、星空の明かりでボンヤリと浮かび上がる京子の薄黒塗りのシルエットが、夢のまどろみのようだった。


今日は久しぶりに、以前のように京子とまともに会話できた。


京子はきっと、昨日のことを謝りに来たのだろう。


俺も、叩いたことを謝るべきだったのかもしれない。


もしもしっかりと謝るなら、今だが、どうだろうか。


この場でわざわざ言葉にしなくても、わだかまりは解けているし、良いかな?


「明日も、部活?」


「うん。朝から、夕方まで。啓太は、剣道部は日曜休みだっけ?」


「部活は休みだけど、明日はクラブの方で練習試合するんだ。一応、自主練のうちかな?」明日は、小学校の頃に通っていた剣道クラブで練習試合を組んでもらってある。相手は違う中学の子だったり、時には高校生の胸も借りる。大学生や社会人も、通うようなクラブなのだ。


「すごっ。めっちゃストイックじゃん。」京子はとても驚いていた。


確かに、小学生の頃以上に、中学になってからは熱が入っているかもしれない。



「本気で剣道頑張ってる啓太に



あたしが勝てるはずないよ。


ごめんね。昨日‥‥」「俺こそごめん。」


京子がやや声色震わせて、弱気な声で絞り出すように、フレーズごとに一呼吸入れながら謝るのが、いじらしくいたいけで、思わず遮るように、こちらから謝罪の言葉を重ねてしまった。


「叩いちゃって‥‥痛くなかった?」俺は見上げるように大きい京子の、肩をさすりながら、謝罪の言葉を繋げた。


「ううん。大丈夫だよ。」


「結構、強く叩いちゃったし、蹴ったから」


「平気だから、気にしないで。私が悪かったし。」


「何発か叩いちゃったから」


「全然大丈夫だよ。そんなに、痛くなかったから」


「‥‥‥」


「‥‥‥‥?」


「・・・・・・でも、泣いてたじゃん。」


「ちょっと、ビックリして・・・・痛くて泣いてたわけじゃないから、ホントに大丈夫だよ。」


「大丈夫じゃねーよ!それじゃ、俺がめっちゃ弱いみたいじゃん!!」


すると、突然京子は顔を覆い泣き始めた。


俺は何が起きたか分からずに仰天した。


「え・・・・?・・京子・・・・京子・・?」


京子は顔を手で覆い尽くし、体を丸めながらビクン、ビクンと振動させながら、千鳥足になっている。


微かに、金切り声に近いほどの高音で、啜り泣くのような声が聞こえるような?


「京子・・・・?」


突然、狐にでも取り憑かれたかのような京子の様子に、俺はオタオタするしかなかった。


すると京子は不意に顔を覆っていた手を解き、満面の笑みでこちらをいちべつした後、腹を抱えて、笑い続けた。


京子は泣いていたのではなく、大笑いしていたのであった。


「なにが面白い・・・・?」


「だって・・・・だって・・・」京子は息も絶え絶えだった。


俺はどうしようもなく、ただ呆然としていた。


やがて、ようやく京子は落ち着きを取り戻したかと思うと突然


「あいたたた・・・・肩がいたいよぉ」


「おい笑笑」 思わず笑ってしまった。


「だって、あたしの心配してくれてるのかと思ったら、自分のパンチ力の心配してるんだもん笑笑」


「笑笑笑笑」


「笑笑笑笑」


そう言われたらなんだかおかしくて、二人で笑い合ったあと、お互い明日頑張ろうねとだけ交わして、帰る為に路地裏から大通りの方へ向かう京子の姿を見送った。



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