第十話
「くふふっ、これは雑魚ドラゴンより楽しめそうですわねえ! 全力で戦えるなんてひさしぶりですわぁ!」
ベリンツォの街の近くにあるダンジョン『魔の森』。
その深層には、竜種が多く生息するまた別の領域があった。
ダンジョン(仮称)、『竜の谷』。
そこにいたただのドラゴンをワンパンで屠ったアレナは、現れた属性竜・グリーンドラゴンに勝負を挑む。
名乗りをあげて全力で『身体強化』を使ったアレナは速い。
地面をえぐって、瞬く間にグリーンドラゴンに接近する。
けれど、風をまとうグリーンドラゴンはなんなく反応した。
さっと飛び立って、低い位置で滞空したまま大きく羽を広げて魔法を使う。
放たれたのは風魔法。
目には見えない、無数の風の刃だ。
不可視の刃は、ここまで来た冒険者であっても切り刻んだことだろう。
事実、アレナの戦いを見守る侍女見習いのダリアや子狼のカロリーナは、青い顔をしている。カロリーナは毛皮でわからないが、たぶん。
それでもアレナは引かない。
侍女のベルタの顔色も変わらない。
「こんな虚仮脅し、私には通用しませんわよっ! 『魔力障壁』!」
アレナはふたつしか使えない魔法のうちのもうひとつ、『魔力障壁』を発動する。
見えない刃に対して見えない壁で対抗する。
スピードを緩めることなく、宙に浮くグリーンドラゴンの下へたどり着いた。
「あっ、でもお嬢様は素手で戦うわけで、あれじゃ届かないんじゃ」
「わふ!」
ダリアの当然の疑問に、ほんとだ、どうするの? とカロリーナも首をかしげる。
「心配いりません。お嬢様は自由自在な足場をお持ちです」
「ほーっほっほっほ! 本気の私は! 飛んでるぐらいじゃ止められなくってよー!」
ベルタの解説の前に、アレナが空を駆けた。
何もない中空を踏んで、飛び上がり、方向転換し、混乱するグリーンドラゴンを翻弄する。
「あの、ベルタ先輩、あれまさか……」
「本気のお嬢様は、『身体強化』と『魔法障壁』で立体的に駆けまわります」
「ええ……? なんかもう……お嬢様、人間ですか……?」
「わうっ! あおーんっ!」
『魔力障壁』で自由自在に作られる足場。
たとえすぐに壊れても、『身体強化』で増した脚力で一瞬踏めれば充分。
「これが初代さまが『異世界転生日記』に書き遺した、つまりマリーノ家初代さま直伝の! 『よじげんさっぽー』ですわぁ!」
たぶん違う。
いや、この場合、アレナは間違っていないかもしれない。
限られた情報を、「こんな感じかしら?」と想像で補って魔法で実現しているだけなのだから。
マリーノ家初代のイメージと合っているか違っているかは別として、とにかく、滞空する相手にはアレナの「よじげんさっぽー」は有効だった。
グリーンドラゴンの懐に潜り込んだアレナが、その胴に拳を打ち込む。
迫る爪をかわし、中空を踏んで背後にまわりこむ。
「取りましたわよ!」
グリーンドラゴンの背中。
その翼の根本に手をかけて、アレナは全開の『身体強化』で、渾身の力を込めた。
胴体と翼のつなぎめに足をかけ、飛膜ではなく骨を両手で掴み、全力で背後にのけぞる。関節と逆方向へ。
「ふんぬぅ! ですわぁ!」
お嬢さまらしからぬ掛け声ののち、バキッと小気味よい音が響いた。
グリーンドラゴンが悲鳴をあげて片翼で羽ばたくも、高度は下がっていく。
低空にいたこともあり、すぐにドラゴンは地に足をついた。
「ほーっほっほっほ! これで私と同じ土俵ですわねえ!」
そのまま背後に張り付いていれば攻撃の機会はいくらでもありそうなものを、アレナはわざわざ降りて正面に立つ。
王者の貫禄である。
仕切り直して地上で始まった人と龍の一対一も、これまでと構図は変わらない。
グリーンドラゴンは得意の風魔法で、すべてを貫く牙で、すべてを切り裂く爪で、しなる尾で、重量を活かした体当たりで攻撃する。
すべて即死級、よくて大ダメージの攻撃だ。
だが、アレナはそのすべてをかわす。あるいは受け流す。
そうしてできた隙に至近に飛び込んで、拳や蹴りを叩き込む。
「うう……お嬢様が押してますけど、武器を使ってたらもっとダメージ与えられたんじゃ……」
「わふ?」
「いいえ、違います、ダリア、カロリーナ。ドラゴン、それもカラードドラゴンの鱗は生半可な武器では傷をつけられません」
「ドラゴンの鱗……な、なら魔法で!」
「魔法も同様です。ゆえにドラゴンは強者なのです」
「じゃあお嬢様の打撃も効かないんじゃ?」
「いいえ。お嬢様は『どれだけ鱗が硬かろうと、筋肉が太かろうと、中に魔力と衝撃を通せば意味はなくってよ!』と言ってました」
「あっ。オークの肉を叩いてやわらかくする、みたいな」
「わふぅ…………」
ぴこん!と納得の顔を見せたダリアに、カロリーナが、こいつももうダメだ、とばかりにため息を吐く。
ここでオーク肉がでてくるあたり、ダリアも順調にマリーノ流に染まっている。
「はあ、はあ、さすがにタフですわね! これほど私の拳を受けて立っている者ははじめてですわ!」
紙一重の攻防を繰り返すアレナも、さすがに息が上がっている。
それでもアレナは攻撃の手を緩めない。
「大丈夫でしょうか、少し休んだ方がいいんじゃ」
「いけません」
「えっベルタ先輩、鬼ですか? お嬢様、苦しそうなのに」
「ドラゴンを倒すには、その『回復力』を上まわる『でぃーぴーえす』が必要なのです」
「でぃーぴーえす?」
「『回復する時間を与えず、ダメージを重ねる。あるいは、回復の源となる魔力が尽きるまで長時間戦う。それがカラード以上を倒すコツだと「異世界転生日記」に書いてありましたわ!』とのことです」
「は、はあ。よくわからないけど、お嬢様には秘策があるんですね! がんばれお嬢様ー! そうだ、『上級治癒』!」
「アオーンッ!」
アレナはグリーンドラゴンと一人で戦うと決めた。
だが、「補助を受けない」とは言っていない。
アレナを信じて見守るベルタの視線。
激務の結果、体力さえ回復できるようになったダリアの回復魔法。
いつか女友達になると信じてやまないカロリーナ(オス)の咆哮。
実益があるのはダリアの魔法だけだ。
けれど、死線をくぐるアレナにはきっと励ましになったことだろう。
徐々に動きが鈍くなってきたグリーンドラゴン。
たび重なるダメージで、ついには頭が地面に近く。
そのチャンスを逃すアレナではない。
「頭は! すべての生物の弱点! ですのよ!」
大地をえぐってロケットスタートを切る。
右の拳をグリーンドラゴンの左頬に叩き込む。
そのまま駆け抜けてターン。
流れてきたドラゴンの頭を、今度は左の拳を右頬へ。
頭部を左右に大きく振られたグリーンドラゴンは焦点が定まらない。
正面に戻ったアレナが大技を準備してることに気づかない。
アレナが地を蹴る。
跳躍して、自らの『魔力障壁』を、空を蹴る。
三次元の三角跳び。
そうして勢いをつけて。
アレナは下へ、飛び蹴りを放った。
ドゴオンッ!とすさまじい音が大地を割る。
ひびわれた地面の上、頭頂部に食らったドラゴンの頭は破れていない。
けれど。
風の属性龍、伝説に謳われるカラード、グリーンドラゴンが目を開けることは二度となかった。
硬い頭骨を砕くための技ではない。
魔力と衝撃を、頭骨の向こう側に届けたのだ。
アレナいわく『よじげんさっぽー』で。
「ほーっほっほっほ! 私の勝利! ですわーーーー!!!」
仮称『竜の谷』にアレナの勝どきが響き渡る。
「いままでで最強の相手だったことは間違いありませんわね、さすがカラードでしてよ!」
倒れたグリーンドラゴンにそっと触れて。
「さあ! これで! 『カラ(ード)揚げ』の材料が揃いましたわね!」
むんずと掴むと、近寄っていたベルタの魔法の袋にぺいっと放り込んだ。
敗者を讃えた余韻が台無しである。
強い相手と戦えたのもさることながら、アレナの目的はあくまで「カラードの肉」なので。





