第九話
ダンジョン『魔の森』の奥地、仮称『竜の谷』にたどり着いたアレナたち。
ドラゴンに半包囲されたうえ、やる気に満ちた一体が前に出てくるも、三人と一匹全員で死闘を繰り広げることなく、アレナはただ一人、ただの一発でドラゴンを倒した。
「ほーっほっほっほっほ! ただのドラゴンなんて! 私にかかれば『わんぱん』ですわぁー!」
高笑いするアレナを前に、半包囲していたドラゴンの群れが後ずさる。
属性なしの低位とされる「ドラゴン」にも知能はある。
ドラゴンにとっての敵は最強の攻撃であるブレスをあっさり防がれて、目で追いきれない速さで懐に飛び込んできて、ワンパンで屠った。
戦っても敵わない。きっと、何体でかかったところで。
そう思ってしまったのだろう。
「さあ、次はどいつが相手ですの? さあ、さあ!」
中央で煽るアレナを前に、ドラゴンは目を伏せて尻尾を股の間に入れた。
これでは、どちらが怪物かわからない。
「わあ! やりましたねお嬢様!」
「あおーん!」
「さっ、早く魔法の袋に入れて持って帰っちゃいましょう! ね、ベルタ先輩?」
「いいえ、ダリア。お嬢様はこう言っています。『目的はカラード! 倒すまで帰りませんわよぉー!』と」
「え、いまお嬢様何も言ってませんでしたよね。ベルタ先輩それほんと通訳なんですか?」
「当然です。主の意を汲み取るのも侍女の務めですから」
「は、はあ……」
とうぜんとばかりに頷く侍女ベルタを、侍女見習いのダリアが戸惑い顔で見つめている。
カロリーナはすごい! すごい! とばかりに二人の間を走りまわり、ときどき遠吠えをあげている。はしゃぎすぎか。
そして。
「雑魚ドラゴンじゃ相手になりませんわね! カラードがいるなら! さっさと出てくることですわぁ! でなければ……」
アレナは、にやっと笑って周囲を見渡した。
親玉が来ないなら、ドラゴンを狩り尽くしてやる、とでも言いたげに。
ドラゴンたちがいっせいに鳴き声をあげる。
それは、相手を威嚇する「咆哮」とは違った響きで。
応えるように、竜の谷の狭間に咆哮が響き渡った。
遠く、谷間に点が見える。
「お、お嬢様、ベルタ先輩、あれ、まさか…………」
「ここからでもわかります。ドラゴンとは桁違いの魔力量。ダリア、全力の『聖結界』を」
「は、はいっ! カロくん、ぜったい出ちゃダメだよ!」
「わふっ!」
飛来する点は、見る見るうちに大きくなる。
ダリアが全力で『聖結界』の魔法を行使して、ベルタは何やらポーションらしき小瓶を取り出して。
カロリーナは聖結界の中、最前列に陣取って行儀よくお座りして。
『聖結界』の外に一人立つアレナは目を輝かせていた。
点は、ドラゴンだった。
だが先ほどまで周囲にいた、上位の飛来を感じ取ってこそこそ隠れたただのドラゴンとは違う。
ベルタいわく魔力は桁違いで、地上にいたドラゴンより体はやや細く優美で、より知能を感じさせる目をしていて。
なにより。
「ゴアァァァアアッ!」
中空で咆哮を轟かせるドラゴンの鱗は、艶やかなエメラルドグリーンだった。
「くふっ、くはーっはっはっは! 来ましたわね!」
空から攻撃すれば人間など相手にならないだろうに、エメラルドグリーンのドラゴンはわずかに翼を羽ばたかせて地上に降りてくる。
お前の土俵で蹂躙してくれる、とばかりに。
巨体にもかかわらず、ドラゴンは音もなく着地した。
「属性をまとったカラード! 風属性のグリーンドラゴン! 相手に不足なし! ですわね!」
その威容に腰が引けるダリアをよそに、アレナは拳を握って喜びをあらわにする。
得意の『身体強化』を全力で発動する。
「ゴアアッ!」
「ふふん、名乗りをあげるとは殊勝な心がけですわね! アレナ・マリーノ! 貴方を『カラ(ード)揚げ』にしてあげますわぁ!」
グリーンドラゴンが吠え、それを受けるように名乗ったのち。
アレナが駆けた。
踏み出した地面がえぐれるほどの力で。
「あ、あの、ベルタ先輩。お嬢様ってドラゴンの言葉がわかるんですか?」
「『そんなわけありませんわよ、あんなの雰囲気ですわ!』とお嬢様は言っています」
「えっ」
「けれど……強者と見まえて名乗りをあげる。それは確かに、お嬢様の戦意を高揚させています」
「たしかに、さっきより速いような……」
「わふっ、あおーん!」
たわむれにとある港町を滅ぼした、だとか、古代魔法文明の終焉は属性竜の怒りに触れたせい、だとか。
主が伝説に謳われるカラードドラゴンに挑むのに、侍女と侍女見習いはどこか呑気な会話をかわしていた。
ペット? の子狼にいたってはカラードドラゴンの脅威よりも、すごい、カロよりはやい! とアレナのスピードに目を輝かせている。
戦場を見守る二人と一匹はともかくとして。
「くふふっ、これは雑魚ドラゴンより楽しめそうですわねえ! 全力で戦えるなんてひさしぶりですわぁ!」
人間と属性竜。
アレナとグリーンドラゴンの戦いがはじまる。
すべては、マリーノ家の初代が渇望して、異世界転生日記にその名のみを残した「カラ(ード)揚げ」を再現するために。
男子高校生がから揚げの作り方を知らなかったばっかりに、ドラゴンたちは良い迷惑である。





