第八話
ベリンツォの街のすぐ近くにあるダンジョン『魔の森』。
浅いエリアはたいしたモンスターもいないダンジョンだが、奥地になればすっかり様変わりする。
アレナたちがあっさり倒した刃燕も隠密梟も、通常は見つけることさえ難しく、中級どころかAランク、Bランクの冒険者さえ知らぬうちに殺られることもある。
巨体を活用した高速突進を武器とする「暴走駝鳥」にいたっては、隠れてやり過ごすか強力な範囲魔法をぶちかます以外の対処法は知られていない。
そうして、高ランク冒険者たちがモンスターたちから身を隠してたどり着き、情報を持ち帰った魔の森の奥地。
目的地であるそこに、アレナたちも到着した。
「すっかり『森』とは呼べなくなってますわね! ベルタ?」
「お嬢様のご推察の通りです。先ほど魔力の質が変わりました。ここは『別のダンジョン』と言えるでしょう」
「景色も、目に入るモンスターも違いますものね!」
「お嬢様もベルタ先輩も、とんでもない発見をさらっと……『新たなダンジョンの発見』なんて大騒ぎになることなのに……ねえカロくん、わたしどうしたらいいんでしょう」
「あぅーん」
カロに聞かれても困る、とばかりに力ない声を返すカロリーナ。
ダリアは遠い目をして「新たなダンジョン」の景色を見つめている。現実逃避のようにカロリーナを抱いて、毛並みを撫でまわしながら。
けれど、目の前の光景を見たらダリアの反応が当然だろう。
なんだかテンションの高い——いつも通りのアレナとベルタがおかしいのだ。
なにしろ、森と草原を越えた先に見えたのは山々の間を切り裂く谷で、そこには無数の竜種が飛びまわっていたのだから。
「ここは『竜の谷』とでも呼ぶべき場所ですわね! 腕が鳴りますわぁ!」
「お嬢様、谷を飛行しているのはワイバーンです。『竜』と呼ぶには大袈裟かと」
「そういうものなのかしら?」
へっぴり腰のダリアとは違って、アレナもベルタもワイバーンの存在を気にすることなく谷に近づいていく。
切り立った絶壁が頭上に迫り、上空をワイバーンが飛んでいるのに、圧迫感さえ感じてないかのようだ。
だが、呑気に会話している主従の足が止まった。
アレナたちの気配を感知したのだろう、モンスターが谷に転がる岩陰からぞろぞろと現れたので。
「まあ! これで『竜の谷』と呼んでもいいですわね!」
「まるでこうなることを予知したかのようです。さすがお嬢様」
「な、なんでそんな冷静なんですか!? あれドラゴン、ドラゴンですよ!? めっちゃこっち見てますし!」
アレナたちの前に立ち塞がったのは、何体ものドラゴンだった。
「くふふっ、私を睨みつけるとは、いい度胸ですわぁ! 『カラード』でさえない、ただのドラゴンの分際で!」
アレナの目的は属性をまとって魔法さえ使いこなす『カラードラゴン』の討伐だ。
初代さまが遺した『異世界転生日記』にある、「からあげ」を再現するべく、属性竜の総称である「カラード」の肉を使った「カラ(ードの肉)揚げ」を試作するために。
だからこそアレナは竜種の登場に喜んで、「ただの」ドラゴンであることに憤っていた。
小さなニンゲンに嘲られたのがわかったのか。
谷からのそのそ出てきた何体ものドラゴンが、アレナたちを半包囲する。
喉をぐるぐる鳴らすドラゴンもいれば、嘲るように見下ろすドラゴン、興味なさげに地に伏せて半目で視線を送る個体もいる。
並のモンスターより知能が高いと言われているドラゴンには、個々の性格も存在するようだ。
ゆえに。
「囲まなければ何もできませんの? しょせん雑魚は雑魚ですわねぇ!」
アレナの発言を、あるいは発言の意味を理解したのだろう。
「ゴアアアアアアアアッ!」
中央にいたドラゴンが咆哮する。
ずしんずしんと重い足音を立てて前に出る。
図に乗ったニンゲンめ、俺が現実を見せてやろう、とばかりに。
「あら、いいんですの? 私、全員でかかってきても怒りませんわよ?」
対するアレナは余裕の構えである。
ベルタはすすっとアレナの斜め後ろに下がり、ダリアは引きつった顔で『聖結界』を張った。
カロリーナはダリアの腕の中でがうー、と唸っている。
やる? カロやっちゃうよ? とばかりに。彼我の戦力差がわかってないらしい。アホ勇ましいのは飼い主に似たのか。
「格下からの挑戦ですもの、先手は譲って差し上げますわ」
言うと、ドラゴンの正面に一人立つアレナは指をちょいちょいする。
煽りを受けて、ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。
「はあ。わかりやすい予備動作ですわねえ」
「おおおおおお嬢様!? ブレス! ドラゴンのブレスですよ! すぐ逃げないと! わたしの『聖結界』じゃ防げなそうな」
「落ち着きなさい、ダリア。お嬢様が極めた二つの魔法はなんでしたか?」
「『身体強化』と……『魔力障壁』……まさか!? いやいやいやそんなわけないですよねえ!? ドラゴン最強の攻撃ですよ!?」
「『魔力障壁』」
おたおたするダリアにもわかるようにという配慮か、アレナはめずらしく声を出して魔法を発動した。
アレナの前面に、ドラゴンに頂点を向けた「く」の字型の障壁が張られたのち。
ドラゴンが、ブレスを放った。
薄茶色の鱗で属性のない「ドラゴン」のブレスは魔力の奔流だ。
ブレスは、アレナどころか三人と一匹をまるごと飲み込んで後方に抜ける。
荒れ狂う魔力と土煙がおさまって。
ドラゴンが、ニンゲンどもの残骸を見てやるか、と細めていた目を開いたとき。
そこにいたのは、無傷のアレナだった。
もちろん、うしろの二人と一匹も傷ひとつなく。
「はあ。この程度の障壁も抜けないなんて、ほんとたいしたことありませんわねえ。『身体強化』」
ため息を吐いたアレナが得意の『身体強化』を発動する。
アレナの姿がかき消える。
「グ、グオ? ゴッファァァァァァァ!」
次の瞬間、どむっと弾む音がしてドラゴンが飛んでいった。
ドラゴンのいた場所に、拳を振り切ったアレナを残して。
対人間用に手加減しない場合、アレナの拳は巨体のドラゴンさえ吹き飛ばすらしい。
崖にぶち当たり、ドラゴンはべちゃりと地面に崩れ落ちた。
体の上に、がらがらと岩が落ちてきてもぴくりともしない。
「ほーっほっほっほっほ! ただのドラゴンなんて! 私にかかれば『わんぱん』ですわぁー!」
ルガーニャ王国では、マリーノ家は「過酷な現実を理不尽な魔法でぶっ潰してきた『ロンバルド王国の破壊神』」と言われている。
半包囲していたドラゴンたちさえ後ずさらせて。
破壊神、アレナ・マリーノは高らかに笑う。





