第六話
グリーンドラゴンを狩るためにダンジョン『魔の森』の奥地を目指すアレナ一行。
確認されているだけでも一番奥に向かうとあって、目的地へは一日でたどり着けるわけではない。
つまり、泊まりがけの探索となる。
「んふっ、くふふっ、ほーっほっほっほ!」
陽が暮れていくと同時に、アレナのテンションは次第に上がっていった。
「あの、ベルタ先輩。お嬢様、どうしたんですか?」
「わふぅ?」
「お嬢様の深淵なる思考は私の推し量れるところではありません」
「え? いつも代弁してますよね? 通訳ですよね?」
動物的な勘があるはずのカロリーナも、付き合いの長いベルタも、常識的なダリアも、なぜアレナがご機嫌なのかわからなかった。
ここはダンジョンで、日が暮れれば夜目の効かない人間は不利になるはずの危険地帯なのに。
アレナにどんな考えがあるのか。
「野営! それも、馬車もなく! これぞ冒険者ですわぁー!」
単純だった。
お嬢様育ちのアレナは、シンプルな野営に憧れていたようだ。
ロンバルド王国を旅する際も夜営は一度だけで、それも街道沿いに作られた広場を使って、馬車を利用してのものだったので。
きっと、マリーノ家の初代が記した『異世界転生日記』にも冒険者としての野営の記述があったのだろう。
陽がいまにも沈みそうな夕方。
「ベルタ! それはこっちですわ!」
「はい、お嬢様」
「ダリア、火はもっと大きくしてよくってよ?」
「もっと、ですか? それだとモンスターが寄ってきちゃうような」
水場の近くに開けた場所を見つけたアレナたちは、さっそく野営の準備に入った。
冒険者としては先輩のダリアの忠告を聞くことなく、アレナがノリノリで仕切る。
小さな体では役に立たないと思ったのか、カロリーナはさきほどから行方をくらましている。
アレナたちがいるのは、周囲を木に囲まれた15メートルほどの広場だ。
開いた空間には下草ぐらいしかなく、処理すれば簡単に「野営に向いた場所」となった。
ちなみに処理方法は、アレナの『魔力障壁』を地面ぎりぎりに飛ばして切断、あとは侍女と侍女見習いが草をひたすら魔法の袋に詰め込んでいく作業だった。魔力障壁が便利すぎる。
いま、広場はアレナの指示により姿を変えていった。
中央のたき火は、お嬢様のリクエストで大きなものになった。
一般的な冒険者は、モンスターに見つかることを避けるべく火は焚かないのが基本なのに。
ベルタは風下を除いて三方向に厚手の大きな布を敷く。
さらにアレナの指示に従って、ティートローリーの中の魔法の袋からクッションや毛布、寝袋を取り出して配置していく。
ダリアが心配していた「火で目立ってしまう」ことなど鼻で笑うかのごとく、魔道具の明かりも置かれた。
「これでよくってよ! むふふ、上々ですわ!」
完成したのは、たき火を中心にしたオシャレキャンプ空間だった。
グランピングである。
アレナは「冒険者らしい野営」を望んだはずなのに、似ても似つかない。
なにしろここは、モンスターはびこる危険な「ダンジョン」の中だ。
「あの、お嬢様……いえ、わたし、見張りがんばりますね!」
だが、心配はいらない。
とうぜん、一番下っ端だからと言ってダリアに夜通し見張らせるわけでもない。
「見張りは要りませんわよ?」
「えっ」
「私の『魔力障壁』で周囲をまるごと囲みますもの!」
「ええー…………?」
「モンスターはもちろん、いかなる攻撃も! 動物や虫だって弾いてやりますわぁー!」
言って、アレナが魔力障壁を発動させた。
祖父は平原を燃やし尽くし、父は長大な壁を築いた、マリーノ家の令嬢渾身の魔法である。
緑の膜がうっすら目に見えるほど魔力がこめられた『魔力障壁』が、広場にそって円形に広がった。
「わふっ!?」
ちょうど帰ってきたところだったらしいカロリーナが、膜にべちゃっと顔をつけたまま押しのけられる。
「ああっ、カロくん!」
「あら、私ったら。一部解除してカロリーナを通しますわね」
「わ、わふぅー」
気づいたアレナにより、カロリーナも無事に障壁に囲まれた安全地帯の中に入れられた。
ビックリしたのか安心したのか、カロリーナはへんにょり座り込む。
「あれ? カロくん、それどうしたんです?」
力の抜けたカロリーナが、口からポロッと何かを落とした。
疑問に思ったダリアが近づいていくと——
「がうっ!」
——威嚇して遠ざけて、咥え直したカロリーナはアレナに近づいていった。
「わふ?」
「そうですわね、カロリーナが自分で得た獲物は好きにするといいですわ」
「うぉんっ!」
カロリーナが加えていたのは、一羽の山鳩。
姿の見えなかった子狼は、狩りに行っていたようだ。
午後、食べられる! と思った鳥は「おあずけ」されたので。しかも、街に帰るまでの長期間。
「あ、そういうことですか。……あれ? お嬢様いまカロくんと会話してませんでした?」
「さすがお嬢様です」
「ベルタ先輩なんでもそれで済まそうとしてません!? ま、まあアレです、きっとなんとなく通じ合ったってことです、うん、そう、きっとそうだ」
ブツブツ呟いて、ダリアは考えることをやめた。
「さあ、パーティの準備をしますわよぉー!」
なにしろ、考えてしまったらこの野営風景が理解できないので。
いや、そもそも、いくら国外追放されたからといって、侯爵令嬢が隣国で冒険者になって、揚げ物屋をオープンさせた、というところから意味不明なので。
「きゃんぷふぁいやーして、火で温めたスープを飲んで……終わったら、着替えてパジャマパーティですわぁー!」
「もう火はいいとして……ぱじゃま……ダンジョンの中で無防備にぱじゃま……」
「では私は鍋を火にかけておきます」
「頼みましたわ、ベルタ! それにしても、カロリーナの女体化が間に合わなかったのは残念ですわねえ」
「わっ、わふっ!? あぉーん」
それまだ諦めてなかったの!? とばかりに驚くカロリーナ(オス)。女体化はしない。人化もしない。
こうして、ダンジョン『魔の森』の奥地に向けて探索するアレナ一行の初日の夜が更けていった。
なお、就寝前にはダンジョン内でも欠かさず「寝る前に魔力を使い切る『マリーノ流魔力増強術』」を実行したため、全魔力を使って『魔力障壁』を再行使したアレナと、『聖結界』を張ったダリアはいつも通り寝苦しい夜となったようだ。安全と、わずかな魔力増強と引き換えに。
ちなみに、仕留めた山鳩を頭からはぐはぐバリバリ食べたカロリーナは、くぅーん、と微妙な顔を見せた。
調理された味を覚えてしまった子狼は、下ごしらえどころか羽さえそのままの山鳩が美味しくなかったらしい。野性はどこへ。





