第五話
ベリンツォの街の冒険者ギルドを出て、その日の午後。
アレナたちは、ダンジョン『魔の森』の中を進んでいた。
おなじみのダンジョンだが、アレナたちの姿はいつもと違う。
「奥地まで行くって言うから、わたし、重い荷物を背負う覚悟をしてました」
「ふふん! 知りませんでしたの、ダリア? 貴族は重い荷物なんて持たないんですわぁ!」
「えっ。でもお嬢様、青毛熊を担いで投げ上げてたような……」
「そんな昔のこと、忘れましたわ!」
侍女見習いであるダリアの当然の疑問を、アレナはふんすっと胸を張って受け流す。適当すぎる。
これまでアレナがダンジョン『魔の森』を探索する際は日帰りか、1〜2泊程度の短期間だった。
それも、森の浅い部分で、馬車が通れるところを選んでの道行きだ。
けれど、今回は違う。
目的は『カラード』であるグリーンドラゴン狩り。
目的地は、確認されている中でダンジョンの一番奥地。
当たり前だが、馬車が通れる道はない。
野営の道具や消耗品、保存食。
ダリアは、多くの荷物を背負って運ぶことを覚悟していた。
さすが、元は貧乏貴族で冒険者経験があるだけある。
だが、生粋の金持ち貴族で道楽冒険者のアレナは違った。
「そもそも私、魔法の袋を持ってますのよ? なぜ重い荷物を背負わなくてはいけなくて?」
アレナは見た目より物が入り、重さを感じさせない魔法の袋を持っていたのだ。
ちなみに国宝レベルに貴重で、普通の冒険者どころかSクラスの冒険者さえ持っていないし、高位の貴族でも持っていない家が多い。
多少は慣れてきたとはいえ、庶民に近いダリアとアレナの常識の違いは大きい。
「それにしても……その、魔法の袋と荷物の運び方が……」
そう言って、アレナの斜め後ろを歩いていたダリアが、さらに前方に目を向ける。
一行の先頭を歩くのは、子狼のカロリーナだ。
まだ幼いとはいえ、そこは狼型モンスター。
自慢の鼻と耳を役に立てるべく、鼻をクンクン、耳をピコピコさせて索敵しながら一番前を歩いている。
ダリアが気になったのはカロリーナではない。
カロリーナは荷物を背負わず、いつものごとく全裸だ。淑女らしくない。狼なので。オスだし。
カロリーナのうしろ、アレナの前。
ダリアにとって先輩の、侍女のベルタが問題だった。
「ベルタ先輩……? それ、ティートローリーですよね? お茶会に使う……」
「その通りです」
「自信満々……あの、ここ森の中、というかダンジョンの中なんですけど……」
「問題ありません」
「ええ…………?」
侍女のベルタが押しているのは、お茶会用のティートローリーだった。
下部に車輪がついて、押して運べるようになっているアレだ。
さすが侯爵家のメイド、運び方も板についている。
メイドとの組み合わせはおかしなものではない。
ここが野外で、しかもダンジョンであることを無視すれば。
「心配はいりませんわ! トローリーの足まわりは、馬車と同じくマリーノ家の技術の粋を集めた特製ですのよ!」
「心配していたわけじゃなくてですね…………あっ。お嬢様、馬車のすごさに気づいたんだ」
ほーっほっほっほと高笑いするアレナに、ダリアの呟きは聞こえない。
お嬢様は細かなことを気にしないのだ。
ちなみに、マリーノ家特製トローリーは四輪で、車輪にはモンスターの皮に特殊な加工を施した「タイヤもどき」が巻かれている。
本体に対して大きな車輪にすることで走破性も高い。
さらに衝撃を吸収すべく工夫もこらされているらしい。
引き出し部にはベルタの私物がしまわれて、一番大きな棚には魔法の袋が入っている。
最奥までの探索に必要な野営道具や消耗品、食料はその魔法の袋の中だ。
つまり、長期間のダンジョン探索にもかかわらず、アレナは手ぶらであった。
武器も己の肉体なので。
ということで、ダンジョン『魔の森』を歩くのは、子狼が一体、乗馬服っぽいお嬢様が一人、メイド姿の侍女に、それより簡素なメイド服の侍女見習い、三人と一体だ。
荷物らしい荷物はなく、侍女はティートローリーを押している。
いくらダンジョンの浅い場所とはいえ、ほかの冒険者が見かけたら目を剥くだろう。
あるいは、「やっぱりマリーノはやべえ」とそっと距離を置かれるか。
どう見てもこれから「グリーンドラゴン討伐」に向かうとは思えない一行であった。
「うぉんっ!」
「どうしました、カロリーナ。なるほど。お嬢様」
「殺ってかまいませんわよ?」
「かしこまりました」
「えっ? わた、わたしいま失礼なことを、あれ?」
アレナのGOを受けて、ティートローリーを押していたベルタの右手が霞む。
唐突な主従の会話にビビるダリアだったが、ダリアに何かあったわけではない。
カロリーナが見上げる先。
上空を飛んでいた鳩らしき鳥が、とつぜん頭を失って落下した。
ガサガサと木の葉を揺らして落ちた鳩を確保すべくカロリーナが駆け出す。
「…………えっ、えっ? いまベルタ先輩が右手でぴゃって何か投げて、それで空にいた鳩が、えっ?」
「あら。アレが見えるとは、なかなかやりますわね、ダリア!」
「ありがとうございます? あの、ベルタ先輩?」
「棒手裏剣、という投擲具です。侍女の嗜みですね」
「そうなんですか!?」
いかにマリーノ家といえどそんなことはない。
マリーノ家の侍女の嗜みというより、初代の適当な言葉によって作られた「ニンジャ部隊」の嗜みだろう。
カロリーナを追いかけて歩くことしばし。
一行は、仕留めた鳩のもとにたどり着いた。
先行したカロリーナは、きちんと「待て」している。
やって来たアレナを、カロ、待てできたよ! えらい? とばかりに見上げる。口から垂れたヨダレはご愛嬌だ。
「ふふっ、カロリーナは賢いですわねえ。それと、まだ食べてはいけませんわ」
「くぅーん。わふ?」
「いいえ、夜にも食べませんわよ」
「わ、わおんっ!?」
驚くカロリーナを前に、アレナは堂々と胸を張った。
「『カラード』を狩って! 街に帰って! 『カラ(ードドラゴン)揚げ』『鳥揚げ』祭りを開催するのですわぁー!」
ダンジョン『魔の森』に、アレナの食欲にまみれた宣言が響く。
カロリーナは、ヨダレを垂らしながらもぶんぶん尻尾を振って賛意を示した。長期間の「待て」ができる賢い子である。





