第三話
王都から出発して最初の宿場町。
その宿の一部屋で、三人の女性がロンバルド王国の地図を前にしていた。
「目的地は、ここですわ!」
「ええーっ!? そんな何もないところに行くんですか!?」
侍女ベルタと侍女見習いのダリア、二人を従える侯爵令嬢アレナが目的地として指差したのは、地図の空白部分だ。
ロンバルド王国の国外である。
「私は王家の名のもとに国外追放されたんですのよ? 言われた通り、ちゃんと国外に向かいますわ!」
「かしこまりました、お嬢様」
「えっと、そこってなんていう国なんでしょうか?」
「ルガーニャ王国ですわ!」
「ええっ!? ルガーニャって、『文化も何もない土いじりの国』って……」
「あらあら、ダリアはすっかりロンバルドの考え方に毒されてますわね。『異世界転生日記』を書いたマリーノ家の初代さまのように、柔軟な思考は大事ですのよ?」
「は、はあ……」
「ダンジョン産の素材や、輸入の食料品に頼るロンバルド王国と違って、ルガーニャ王国は農業大国ですわ!」
「農業……けど、お貴族さまは土いじりより鍛えてダンジョンに潜れって言ってて」
「ふふん、それこそロンバルド王国の価値観でしかありませんわ! 食べ物を作る人たちが偉くないわけありませんのよ? 飢饉の時はどうなりますの? ルガーニャが輸出を止めたら?」
「あっ」
「鍛えた者や貴族はダンジョンのモンスターでも狩って、森や草原のあるダンジョンで採取して、なんとでもなるでしょう。では平民は? どれだけ魔法が発展しても、文化が花開いていても、飢えることになりますわ!」
「ほんとだ……ルガーニャ王国、すごい国なんですね……」
「だいたいロンバルド王国の価値観が偏り過ぎですわ! なんですの、『女性は小さくてほっそりしているのが美しい』って!」
「お、お嬢様?」
「止めてはいけません、ダリア。お嬢様はそれはそれは苦しい思いをされたのです」
「背が高い女性はどうするんですの!? 肉がつきやすい女性は!」
「どうするんですか、ベルタ先輩」
何やら興奮しだしたアレナを前に、侍女見習いのダリアはひそひそ声で先輩侍女に話しかける。
ベルタも、アレナの邪魔をしないように小声で答えた。
「食べる量を減らすのです。背が伸びないように。ダリアみたいな巨乳にならないように」
「えっ、ええっ!? ウチ、名ばかり貴族でよかった……」
「なーにが『彩りよく美しい盛り付け』ですの! あーんなちっぽけな量で食べた気になるわけがありませんわ! 味なんてちっともわかりませんのよ!?」
「あっ。それで、さっき濃い目のシチュー食べて満足してたんですね」
「ええ。お嬢様は背が高く、筋肉がつきやすいうえにすぐ胸に肉がつく体質でした。それゆえ、王子の婚約者として、それはそれは過酷な食事制限をされていたのです」
「私は自由になりましたのよ! もうアホ王子の婚約者でもなく! ロンバルド王国の価値観に縛られなくて済みますの!」
ほろりと涙ぐむダリアを前にアレナがガタッと立ちあがった。
拳を握りしめる。
「過酷な『だいえっと』とはおさらばですわ! せっかくだいえっとしなくていいんですもの、美味しいものを食べて食べて食べまくりますわよぉーーー!!!」
「あっ、それで『農業大国』のルガーニャ王国」
「そうなのでしょう。もちろん賢明なお嬢様は、実家であるマリーノ侯爵家と国境を挟んで隣、ということも考慮されていると思います」
「なるほど……あっ。あの、お嬢様、聞いてもいいですか?」
「なんですの? ダリアはマリーノ侯爵家で働く身内ですもの、なんでも聞いてよろしくてよ?」
「わたしもお嬢様について国外に出ることになりますよね? その、弟は……」
いま、アレナについてマリーノ家で侍女見習いをしているダリアは、最初から侯爵家の使用人だったわけではない。
元は男爵家の長女だったダリアは、母親を流行り病で、父親をモンスターの襲撃で亡くした。
ダリアと弟が幼かったこともあり、法衣貴族である男爵家は取り潰しとなった。
ただでさえ裕福でなかったダリアは、親同士が親交のあったマリーノ家を頼る。
といっても、単なる庇護や援助を求めたわけではない。
自分が働く代わりに、弟を貴族として教育してほしい。
弟が成長した暁には男爵家の復興に力を貸してほしい、と。
幸いなことに、とある事情によりダリアの願いは受け入れられた。
いま弟は、王都にあるマリーノ侯爵家の屋敷に住み、家庭教師をつけられて、学びながら王立貴族学園への入学を目指している。
ダリアは、その弟のことを気にしていた。
「心配いりませんわ! ダリアが私についてきても、弟はウチの屋敷にいてもらいますわ。姉弟ともどもマリーノ侯爵家のことをいろいろ知られましたもの、裏切りは許しませんのよ?」
「それってまさか人質……? た、大恩あるマリーノ侯爵家を私が裏切るわけないじゃないですか!」
「お嬢様は『一度身内にした以上、何があろうと身内です。二人はマリーノ侯爵家の誇りにかけて守りますわ!』と言っています」
「あ、そういう。ありがとうございます。…………ほんとにそういう意味ですよね?」
わかりづらいアレナの言葉を侍女ベルタが通訳する。
不安に思ったダリアに問い詰められると、ベルタはそっと視線をそらした。
「マリーノ侯爵領に着いたら手紙を出すといいですわ! それに、ルガーニャ王国は国境を挟んでマリーノ侯爵領の隣ですもの、手紙のやりとりはできますわよ?」
「ありがとうございます、お嬢様! よろしくお願いします!」
「お嬢様は『たがいに近況報告はできるから、会えなくても気を落とさないように』と言っています」
「あっ。そっか、もう、会えないかもしれないんだ……」
アレナは国外追放された。
つまり、アレナの侍女(見習い)として同行する自分がロンバルド王国に帰ることはない。
この先二度と、王都にいる弟と会うこともないかもしれない。
涙ぐむダリアを、アレナはそっと抱きしめた。
王子いわく「高慢でワガママ」なはずの侯爵令嬢が。
人生の門出を祝う卒業パーティ当日。
アレナの夜は、王都最寄りの宿場町の小さな宿の一室で過ぎていった。
いまごろ同級生たちは、家族とお祝いをしているはずなのに。
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