第三話
このところ、ベリンツォの街で注目されている揚げ物屋さん。
その奥、同じ敷地内にある邸宅のリビングに、アレナたちが集まっていた。
「『からあげ、からあげが食べたい……高級なヤツじゃない、母さんが作ったからあげが……』これが、ときどき初代さまが書かれた『からあげ』への渇望の一節ですわ!」
「まるで初代さまが乗り移ったかのような臨場感でした。さすがです、お嬢様」
失敗に終わった第一回からあげ試作会ののち、アレナの日課となった『異世界転生日記』の朗読会である。
揚げ物屋さんの営業が終わった夜だけ、読み上げているのは「からあげ」について書かれた該当箇所だけ、にもかかわらず、朗読会はすでに三夜目を迎えていた。
マリーノ家の初代はどれだけからあげが食べたかったのか。
ちなみに、朗読会に最近入った奴隷の少女と店員の兄妹は参加していない。
まだ幼い兄妹はすでに就寝して、奴隷は「入ったばかりのわたしが、マリーノ家の秘中の秘を知るわけにはいきません」と辞退して、お店や邸宅の掃除に励んでいる。
「『母さんが作った』ですか……つまり、家庭料理、もしくは一般庶民だった初代さまの家で手に入るお肉……」
「ダリア。初代さまの故郷は、このあたりとずいぶん違うようです。肉や野菜は、産地も季節も関係なく手に入ったと言われています」
「けど、お値段はやっぱり違いますよね?」
「あら? 牛の肉も豚の肉も、馬も羊も山羊もたいして値段に変わりないのではなくって?」
「ぜんぜん違いますよ、どこのお大尽さまですか!? あっ、お嬢様は建国の雄、マリーノ家のお姫さまでしたね…………」
アレナのナチュラル金持ち発言に、ダリアががっくり肩を落とす。
子狼のカロリーナがダリアのヒザに上がって慰め——いや、これは多種のお肉に興味を示している顔だ。カロ、うしとうまとひつじとやぎは食べたことない! と尻尾をパタパタさせている。
「手に入るって言っても、やっぱり稀少だったら高いと思うんです。そうすると、一般庶民が気軽に買えるお肉って、鳥じゃないですか?」
「けれど、それなら『からあげ』ではなく『とりあげ』になるのではないかしら?」
「えっと、通称、とか……? そ、それにほら! 『からあげ』は柔らかくってじゅーしーっていう文もあったじゃないですか! 牛や山羊、羊は硬いですし、鳥はあり得ると思います!」
「羊は柔らかいですわよ?」
「お嬢様、侯爵家で食べる羊は仔羊です。一般的に、羊は成長すると肉が硬くなる傾向にあります」
「うう……なんでしょう、お嬢様と話していると心にダメージが……これが格差…………」
貧乏貴族で冒険者として糊口を凌ぎ、のちにお家取り潰しとなってマリーノ侯爵家を頼ったダリアとしては、お嬢様のブルジョワ発言は古傷をえぐられるらしい。
それでも、生い立ちや育ちを呪うことはない。
マリーノ侯爵家に受け入れてもらえたこと、御家再興のため貴族教育を受ける弟のことを思えば、いまの境遇は充分以上に幸運なのだから。
「決めましたわ! ひんとがないのですもの、次の『からあげ』は『とりの肉』を試しますわよぉー!」
「わふっ!」
「試行錯誤を恐れない前向きな決断、さすがです、お嬢様」
「ベルタ先輩はお嬢様を全肯定しすぎじゃないですかね……」
「ところで……トリニクって何の肉なのかしら?」
「それはもちろん、鳥の肉じゃ」
「なに鳥の? 『から鳥』はいませんわよ?」
「あっ。い、いろいろ試してみるとか……」
「山鳥、鳩、軍鶏、フクロウ、マギミミズク、刃燕、ナイトホーク、暴走駝鳥、コカトリス、鳳凰、不死鳥、鳥、あるいは鳥型モンスターは枚挙にいとまがありません」
「一部おかしいの混じってませんかベルタ先輩?」
「たいてい空を飛んでいますもの、狙って仕留めるのも手間ですわよねえ……」
「仕留められるんですね。お嬢様、『身体強化』と『魔力障壁』しか使えないのに」
ダリアのツッコミは主従には届かない。
考え込んだアレナとベルタをよそに、ダリアはカロリーナのヨダレを拭いた。そのまま顔をむにむにしている。
「から、空、殻、カラ……そうですわ!」
ブツブツ言いながら考え込んでいたアレナが、バッとソファから立ち上がった。
「火のレッドドラゴン、水のブルードラゴン、風のグリーンドラゴン、土のブラウンドラゴン、光のホワイトドラゴン、闇のブラックドラゴン」
「どうされましたか、お嬢様?」
「ただのドラゴンと区別するために、属性が明確なドラゴンを『カラード』と言いますわね?」
「えっ。その、おとぎ話や伝説では聞いたことありますけど……まさか、で、でもでもお嬢様、さっき『とりの肉』を試すって」
「『異世界転生日記』にこうありますわ! 『ドラゴンってトカゲなのか鳥なのか。飛べるってことは鳥なのかなあ』と!」
「えっえっ。あ、あれは魔法で飛んでるだけで、形だけ見たらトカゲっぽいような」
「私、決めましたわ!」
リビングの中心で、アレナが拳を突き上げる。
叫ぶ。
「『カラード』を倒しに行きますわよぉー! 初代さまが渇望した、『カラ揚げ』のために!!」
史上一番しょうもない理由での『ドラゴンスレイヤーになる』宣言である。
それも通常のドラゴンではなく、属性持ちの『カラード』ドラゴン狩りである。
カラードドラゴンを倒したとなれば、マリーノ侯爵家の初代さえなしえていない、歴史上で数例しかない英雄の所業だ。
ちなみに過去の数例は数百数千の犠牲を出して、「気まぐれに人間の街を襲ったカラードと戦わざるを得なかった」「(伝えられるところによると)神の試練でカラード討伐を求められた」「カラードが守る秘宝を得るため」、カラードドラゴンは倒された。
まさか「鳥っぽい」「『異世界転生日記』に書かれた『から』と『カラード』の語感が似てる」というヒントでさえないヒントだけで狙われるとは、ドラゴンさんも思ってもみなかったことだろう。
「で、でもお嬢様! 『カラードドラゴン』って、人が知ってる住処は数が少ないような、だから諦めるしかないかなあって」
「安心なさい、ダリア。ダンジョン『魔の森』の奥地にはグリーンドラゴンが生息しているそうです。ゆえに、山地にいるモンスターが山を下りることはなく、山を越えてくるモンスターもいないのだと」
「わ、わあ! それは安心ですねえ!!! そうかあ、近くにいるのかあ、じゃあお嬢様は止まらないんだろうなあ……」
「わふぅ」
アレナに恩を感じている。アレナのためなら死ぬ覚悟はある。と言っても、誰が好き好んでカラードドラゴンに立ち向かうのか。
ダリアのもっともな抵抗は、ベルタによりあっさり論破された。
落ちた涙をカロリーナがそっと舐めとった。
「おあつらえむきですわねえ! では! グリーンドラゴンを倒しに行きますわよぉー! 『カラ(ード)揚げ』のために!」
次話は28日(金)の更新予定です!
週2〜3更新ペースを保ちたいところです(願望





