第八話
「お嬢様、そこまで……わたし、やってみます! ううん、治してみせます!」
馬車に轢かれて足を開放骨折した幼女の前に、侍女見習いのダリアがしゃがみ込む。
アレナと侍女のベルタはそのうしろで見守り、子狼のカロリーナは、横たわる幼女のまわりを心配そうにウロついている。
「おね、お願いしますダリア姉!」
「することがないのなら手でも握っていればいいのではなくて?」
「お嬢様は『妹は痛くて不安でしょうし、治療の際に暴れるかもしれません。手を握っていてあげなさい』と言っています」
「はい、おじょうさま!」
「わた、わたし、こんな時に何もできなくて、きっと聖女とか呼ばれていい気になってたからで」
「フラウ嬢」
「わたしが、わたしたちが来なければ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「フラウ嬢。この子に回復魔法をかけていただけるかしら?」
「えっ。けど、わたしじゃ治せないから侍女さんがやるって」
「ダリアの魔法は足に集中することでしょう。ほかに怪我している場所があるかもしれませんわ。それに、温かな回復魔法は気を紛らわせますもの」
「わかりました! 全力でやります!」
アレナの指示を受けて、王立貴族学園で『聖女』と呼ばれた回復魔法の使い手、フラウ・フォルトゥナート子爵令嬢が地面に膝をつける。
幼女の頭にそっと手をかざす。
「ふん。何を大騒ぎしているのだ。平民など多少歩けぬところで問題あるまい。それが嫌なのであれば、ひと思いに楽にしてやってもいいのだぞ?」
フラウは集中しているのか、背後から聞こえてきたエドアルドの心ない言葉にも眉をひそめるだけだ。
アレナにいたっては無視である。
いちおう「魔力障壁」を張って背後を守っているので。
アレナたちの中で王子の評価は地に墜ちた。
たぶん、婚約者のはずのフラウの中でさえ。
フラウから柔らかな光が放たれ、幼女の頭に吸い込まれると、幼女はけわしい表情をゆるめた。
続けて、足の前に座り込むダリアがぶつぶつと独り言を呟く。
「わたしは、初めて回復魔法を使ったときより、ずっとずっと魔力が増えました。マリーノ侯爵家の教えを受けたおかげで」
ダリアの体がやわらかな青い光に包まれる。
「お嬢様がとんかつ用にってオークばっかり狩るから、解体はお手のものになりました。足の骨も、肉も、血の管も、どうついているか、私は知っています」
「ダリア。体を動かす線と、魔力の線もつなげる『いめーじ』をするといいですわ」
「お嬢様が何を言ってるかわからない時もありますけど……信じます。だってお嬢様は、そうやって常識を打ち破ってきたんです。だから、部下のわたしだって」
「がうがう、わふっ!」
「『助かるけどうまく歩けなくなる』なんて常識は知りません! 治る! 治す! わたしが、お嬢様に救われた、ダリア・ダポルトが!」
ダリアの全身の光が腕に集まり、手を伝って幼女の足に流れ込む。
と、まるで時を戻したかのように骨が、傷口が治っていく。
「す、すごい……わたしなんかより、ずっと強力な回復魔法……」
「ほーっほっほっほ! マリーノ家の侍女たる者、これぐらいできて当然ですわぁ!」
「さすがお嬢様、慧眼でした」
「きゅーん」
高らかに笑うアレナと追従するベルタに、カロリーナがそんなわけないだろ、とつっこむ。が、通じない。賢くてもカロリーナは子狼なので。人語は喋れない。人化もしない。
ダリアが発した光が収まると、幼女の足はすっかり元に戻っていた。
促されておそるおそる立ち上がる。
「わあ! いたくない! ダリアねえさま、ありがとう! おじょうさま、ありがとうございましゅ!」
なんともなかったのがうれしいのか、幼女はその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。つられてカロリーナも飛び跳ねる。
安心したのか、幼女の兄は無言でぽろぽろと涙を流した。
「それで、どうして店から離れたんですの?」
「あのね、おみせにくるおじさんがね、『こまったことがあったらギルドに言うんだよ』って言ってたの! それでね、おじょうさまがからまれてたからね、ギルドにいこうとして」
「ふふ、絡まれてたのは確かですけれども、私、困ってはいませんでしたわよ?」
「ええー? そうなの?」
「わふっ!」
「それに……今度から、困ったら私に教えてくださいませ。私、冒険者ギルドなんかよりよっぽど頼りになりますのよ?」
「はーい!」
「お嬢様が知らないうちに配下を冒険者ギルドへ誘導するなど……マリーノ家を理解していないのでしょうか。お嬢様、ちょっと殺ってきます」
「ベ、ベルタせんぱい……? ほ、ほら、無事に治ったんですし! お嬢様も怒ってないみたいですし!」
「その必要はありませんわ、ベルタ。あとでゆっくりお話ししましょう」
ぎらりと目を光らせたベルタを、いま活躍したばかりのダリアがなだめる。カロリーナがベルタのスカートのすそをくわえて必死で止める。
幼女はきょとんと首をかしげ、兄はがばっと妹を抱きしめた。
カオスである。
「ふふ、アレナさまは、侍女と冗談が言い合える関係性を作っているのですね」
そんな光景を見て、座り込んだままフラウは微笑んだ。
アレナと再会してからはじめて、いや、ひょっとしたら卒業パーティ以降ではじめて。
「ようやく茶番が終わったか。さあ帰るぞ、アレナ」
が、ほのぼのとした雰囲気をぶち壊す者がいる。
空気を読めないことに定評のあるエドアルド・ロンバルディア第一王子である。
つかつかと近づいてくるエドアルドの前に、治ったばかりの幼女が立ちはだかった。
「だめっ! おじょうさまは、おみせをやって、たのしそうなの! いなくならないんだよ!」
小さな手を広げて、幼女の精一杯の主張である。
轢かれて骨折するというショッキングな出来事の直後なのに、アレナを連れ去らないでと懸命に主張している。
だが。
「平民ごときが、俺を遮るとは何事だ!」
「きゃあっ!」
エドアルドが、幼女の腹に前蹴りをたたき込んだ。
「いけない! すぐ回復します!」
「エドさま、なんてことを……」
「ぐるぅ、がおーんっ!」
「ふん、王族に歯向かった平民を斬り捨てなかっただけ感謝してほしいものだな。貴様が大人しく言うことを聞かぬからこうなるのだ」
言い捨てて、エドアルドがアレナの腕を掴もうとする。
「行くぞ。抵抗するなら縛り付けてでも連れ帰、ほごっ!」
続けて何か言おうとしたところで、エドアルドが吹っ飛んだ。
アレナの拳で、顔面を殴り飛ばされて。
「な、なにをする! 俺は第一王子だぞ!」
「そんなの関係ありませんわぁ!」
「はあ!? 貴様、ロンバルド王家に歯向かうつもりか!?」
「平民だとか貴族だとか王族だとか、なんの『すとっぱー』にもなりませんのよ! 事故でなく! 意志をもってマリーノ家に連なる者に手を出したら! マリーノ家の全力をもってぶっ飛ばすだけですわぁ!」
「お嬢様はこう言っています。『いいですわ、王家が相手をするというなら、マリーノ家がぶっ潰してやりますわよ。だいたいお嬢様の婚約破棄も国外追放も責任とってもらってないし、あわせて恩返ししてやります!』と」
「あの、ベルタ先輩? お嬢様は自分のことを『お嬢様』って言わないと思うんですけど……?」
「失言でした。後半はマリーノ家家臣一同の言葉です」
こんな時でもマイペースな侍女と侍女見習いコンビをよそに。
アレナの啖呵を聞いた見物人たちから、拍手喝采が巻き起こった。
幼女を足蹴にして、平民を人とも思わぬ貴族(王族)に、逆らう英雄の登場に。





